「おい! もっとゆっくりやれ! 勢いをつけすぎて壊したら元も子もねぇぞ!」
「へい!」
 石畳の敷設工事現場。そこにアニキの姿はあった。威勢良く指示を飛ばし、敷設工事は順調に進んでいる。
「アニキ〜」
「おう、どうした、テリー?」
「休憩の準備が出来たっス」
「おう、わかった。――休憩だ! 手を休められる奴は休憩に入れ!」
 テリーに返事をすると、アニキは現場に響き渡る声で休憩を指示した。その指示に現場からいくつか承諾の返事が返ってきた。
「ウチの組が一番順調っスよ、アニキ」
「ったりめぇよ。この程度の工事、海の男にかかりゃあ、楽なもんだ」
 そのアニキの言葉に、テリーは表情を翳らせた。
「アニキ……」
「ん? どうした、テリー?」
 しばしためらいを見せ、テリーが答える。
「これって、海の男の仕事なんスか?」
 テリーの一言に、アニキは頭を殴られたような衝撃を受けた。目の前が暗くなり、足からは力が抜け、耳鳴りがする。
 わなわなと震える手を見つめながら、アニキは口を開いた。
「テリー……」
「アニキ?」
「オレは……オレは何をやっているんだ?」
「アニキ……」
「テリー。今のオレは海の男じゃねぇ。……そうだ。今のオレは海の男じゃねぇ」
 アニキは右手を強く握りこみ、左手の掌に叩きつけた。
「テリー!」
「はいっス!」
「オレは海の男の誇りを取り戻すっ! 海の男の誇り、そう、お宝だっ!」
「お供するっス、アニキ!」
 両手を握り締め、嬉しそうに言うテリーに、アニキは頭を横に振った。
「いいや、こいつは海の男の誇りを忘れちまったオレ自身への試練だ。オレが1人でやならきゃならねぇ」
「……アニキ……判ったっス。アニキを信じて待ってるっス!」
「待っていろ、テリー! お宝を――いいや、誇りを取り戻して、俺は帰ってくる!」
 背中にはテリーの視線を受け、アニキは歩き出した。誇りを、取り戻すために。


「とは言ったモノの……なぁ……」
 アニキはふらふらと街中を歩いていた。いくつか馴染み所を回ったが、そう都合よくお宝の情報などない。
「困ったもん――だ?」
 アニキは自分の目をゴシゴシとこすった。目の錯覚では――ない。
 アニキの視線の先にはタキシードを着た黒いウサギがいた。しかも、路地裏へと続く小路の奥で、うねうねと奇妙な踊りを踊っている。
「……なんだ、ありゃぁ」
 やがて踊るのにも飽きたのか、黒ウサギは何事もなかったように歩き出した。二足歩行で。
 アニキは思わずその姿を追いかけていた。
 小路から裏路地へと入り、別の小路から大通りへ。そしてさらに別の小路に――
「……見失ったか?」
 確実に捉えていた筈の黒ウサギは何時の間にかその姿を消していた。いや、そもそも二足歩行をする黒ウサギなどがいたのかどうか。
「疲れてんだな。帰って寝――いや、違う。あのウサ公はお宝への道案内に違いねぇ!」
 アニキは周囲を見回した。どこに続くのかわからない小路。後ろは大通り、そして前に進めば――どこに着くのかわからない。
「前だな。お宝はまだ見ぬ先にある!」
 決断は一瞬だった。そして、やるべき事の決まったアニキは強い足取りで進む。お宝の待つ――と、いうことにした――先へと。

「と、いうわけさ」
「つまり、その宝物のかけらを集めろと?」
(ウサ公!)
 目に飛び込んできた光景に、アニキは咄嗟に身を隠した。
 道の先には小さな広場。そしてそこには少女と黒いウサギ。
 少女が小さく頭を傾げながら訊くと、黒ウサギはうねうねと耳を動かしながら答える。
「そうそう。七つくらい集めてハッピーにならないかい?」
(ウサ公が喋った? ……いや、ありゃぁ、お宝への案内ウサギだ。喋ったって不思議はねぇ)
「七つもあるってこと?」
「さぁ? 5つくらいで良いんじゃない?」
「質問してるのはこっち」
 むんず、と黒ウサギの耳を鷲掴みにして持ち上げる少女。
「ごもっとも。まあ、そんなことを気にしていたら話が進まないと苦情が来るのさ」
「どこから?」
 ジト目で睨む少女の様子を気にすることなく、黒ウサギは天を指差した。
「伝説の勇者は二人のお供を連れていざ旅立たん!」
「……お供って、誰よ?」
 あたりを見回す少女に、黒ウサギは少女を見てポツリと言った。
「目撃者はどう処理すべきだろう?」
(ばれたか?)
 黒ウサギの言葉にアニキは体の力を抜いた。瞬間の単位であらゆる方向に動けるように周囲に気を配る。
 黒ウサギの突拍子もない言葉に、少女は律儀に悩んでから答えた。
「ん〜……海に沈めるとかがセオリー?」
「教育に悪そうなのは悪いから今日のところはこうしよう」
「こう?」
 黒ウサギはペチリ、と指を鳴らした。
「まきこむ」

 その場にいた者すべての目に映る景色が歪む――

 アニキは気がつくと宙いた。空を飛んでいることに感動する前に着地のために体を捩る。
(誰だ?)
 落下する中、アニキは小汚いマント姿の人影を目に止めた。だが、すぐに注意を地面に持っていき――着地する。少女をはさんだ位置にマントの男も着地していた。
 そして、アニキは口を開いた。
「「宝について聞かせてもらおうか」」
 なぜかマントの男と声が重なった。


 そして、物語は紡がれる――



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