アクワイはいつものように路地裏にいた。否、その瞳はいつものように、ではなかった。死罪を目の前にした罪人のそれだ。自分の罪を悔い、償いは命しか残されていないと悟った、悲壮な目付きである。
「やあ、アクワイ」
裁判長が来た。その美貌は罪人に対する最後の安らぎか、それとも全てを断罪する氷の微笑か。アクワイは後者だ、と思った。あの人は――あの人ならば、微笑みと共にあらゆる罪を裁くこともできるだろう。それは傲慢か、生まれと共に神から奪った品格か。だが、それがなんであろうと問題ではない。あの人はそれができるのだから。
「申し訳――」
「言い訳は必要じゃない。君は優秀だ、判っているだろう?」
万が一の希望――寛容なる免罪――は断ち切られた。
「……いかなる、処罰でも」
アクワイはそう言って頭を下げた。余計なことを言った。失敗した自分には最初からこれしかなかったのだ。
「宜しい。では、君への処罰を言い渡そうか」
判決は、ゆっくりと、焦らすように下される。
アクワイは身じろぎも許されずに、待つ。耳元に吹きかけられる甘美なる吐息は地獄へといざなう誘い香か。
「肩を揉みたまえ」
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「…………………は?」
間の抜けた声だ。心の中の自分が嘲っている。間抜けな声だねHAHAHA!
「そう、ボクは気付いたんだ。心を動かすのは珍しい贈り物ではないと。大事なのは心だ。そして、心とは何か? それは、あらゆる女性の前で紳士たることにあるのではないか、と」
「……はぁ」
「だが、しかし! ボクは次の壁を見つけた。紳士とはなんだ?」
「…はぁ」
「そうだ、優秀なる君でも判るまい。だからこそ、ボクは思った。ボクの思う紳士が、真なる紳士の心なのかを」
「はぁ」
「宜しい、理解できたようだね。流石はボクが優秀と認める者だ。さぁ、行ってきたまえ、この街の全てのおばあちゃんの肩を揉みほぐすために!」
「は? え? なんで、私が!?」
その微笑みは、全てを断ち切る。――迷いを持つ余裕さえも。
「ボクは忙しい。君は優秀だ。だからこそ、証明は君に任せる。判るね? 君は優秀だ」
――なにやら、新たな試練らしい。
END
後日談の後日談。
308人目のおばあちゃんの肩を揉みながら、アクワイは気まぐれな主を思う。
「ああ、これがサリサタ様だったならばこのような気まぐれなど――いや、そもそも最初の気まぐれすらもなく、平穏な日々を約束してくださっていただろうに……」