The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene 4)

Contributor/哲学さん
《Scene:3
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 その日、ウェッソン=ブラウニングは港にいた。
 もはや、故郷に用は無かった。
 ダラダラとした生きるだけの生活にけじめを付けるべく、彼は戦場へ舞い戻る気だった。
 港はいつだって人でごった返していた。
「……」
 再会を喜び合う者、別れを悲しむ者、新たな門出に興奮する者――様々な人々がそこにいた。
 だが、ウェッソンにはそれがどうにも遠くに見えた。
 彼等は自分とはかけ離れた別世界に居るように思えた。
 誰もが生きようとしている。
 だが、ただ一人、自分だけは死に場所を探そうとしていた。
 ウェッソンは荷物を背負い、適当な新大陸行きの船を探す。
 新大陸行きの船のチェックは厳しい。だが、多少の金を握らせれば強引に乗ることは出来るだろう。
 昨日運良くカードでボロ勝ちしたその金を握り、彼は船を探す。
 と、よそ見していたせいか、一人の少女とぶつかる。
「ちょっとぉ! 何処見てるんですかぁ!」
 金髪を二つのおさげにしてぶら下げた眼鏡の少女が文句を言ってくる。
「ああ、すまない」
 良く見ると少女はやたらと大きな荷物を背負っていた。
「……やたら荷物が多いな」
「当たり前ですぅ! 探偵の嗜みですぅ! 万人は探偵には気を付けるですぅ! だから気を付けて歩くですぅ!」
 訳の分からないことを言って少女はそのまま通り過ぎる。
 と、また別の男とぶつかる。
「ちょっと!」
「おっとスマンスマン」
 ぶつかった男は下品な笑みを浮かべ、少女を無視して去ろうとする。
 が、その襟首をウェッソンは掴んだ。
「謝るのはいいが……ついでに盗んだものを置いてったらどうだ?」
 その言葉に男は僅かに顔を引きつらせる。
「な、何のことだ?」
 だが、ウェッソンは静かに銃を抜くと、相手のこめかみに向けた。
「警告は一度だけだ」
「ひぃ! 悪かった! や、やめてくれ!」
 男は口早にそう言うと、懐から黄色い可愛い刺繍の付いた財布を取り出すと、少女に渡し、人混みに紛れて逃げていった。
「……ふぅ……気をつけろよ、お嬢ちゃん」
 そう言ってウェッソンが振り向くと何故かそこには少女の眩いばかりの尊敬の眼差しがあった。
「すごいですぅ!」
「はい?」
「すごいので私の助手にしてあげるですぅ! ほらほら荷物持って!」
 そう言って強引に少女の二倍くらいの身長のある荷物を持たされる。
「お、おい……ちょっと!」
「ほらほら! まずは倫敦に行ってホームズさんを探しに行くですぅ!」
 そう言って少女はウェッソンの右手を掴み、走り出す。ウェッソンは何故か抗うこともできず、引っ張られる。
「おい待てよ! なんなんだお前は!?」
 その問いでやっと少女は立ち止まり、振り返った。
 そして、笑いながら名乗った。
「あ、遅れました! 初めまして! 私はサリサタ=ノンテュライト! 希代の名探偵……の予定ですぅ! よろしく!」
 それが――彼女との出会いだった。




Scene4:運命(さだめ)の虚ろなること聖なるかな


 ウェッソンは静かに目を開く。
 うかつにも、うとうととしていた。
 神経をすり減らし過ぎているのかもしれない。
 そして、眠っている間に見えるのは過去。
 自分が通り過ぎていった過去が次々と、半ば強制的に送り出されてくる。
 だが、それは余りにも断片的で、何故か忘れてはいけない何かが抜けているような気がした。
 ふと、周りを見て気付く。
 そうだ。
 人の顔が無いのだ。登場する全ての人々の全ての顔が欠落し、ピンぼけしたように、ぶれた顔だけが静かに笑いかけてくる。
 ウェッソンは首を振り、立ち上がった。現実世界でもピンぼけを起こす必要は無い。
 そして、辺りを見回す。
 そこには怪我をした人々が歩いていたり、歩き方のややぎこちない医師・看護婦――見習い達が歩いている。そして、廊下を挟んでこちら側はやけに陰気くさい怪我人達が煙草を吸っていた。
 要するにテムズの親友が行ってるとか言う大学病院の喫煙室だ。
 サリーは相変わらずお見舞いをしようと言ったのだ。出歩くのは危険なので極力避けて欲しいが、出歩かなければ事態は何も進展しないだろう。
 だから危険を冒して病院まで来たが――果たして彼はやることもなく、こんな所でパイプを吸うハメになっているわけだ。
 そろそろ暇に耐えかねてサリーを探しに行きたいところだが、『客』が来たようだった。
 だから、ウェッソンは再び座り直した。それに合わせるかのように隣りに男が座る。
「――ウェッソン=ブラウニングだな」
 隣りに座った貧乏くさいオーバーコートの男が言った。
「知ってるだろそれくらい。いちいち30分もこちらを監視して置いてなに言ってやがる」
 ウェッソンは言い返す。そう、この男は廊下の曲がり角からずっとこちらを見ていた。
「気付かれていたか。さすがだな。気配は断っていたつもりだが」
「いや、イヤでも気付くと思うぞ。あれは」
 気配はほほ完全に断っていたが、周りの看護婦見習いが通り過ぎるたびに彼を振り返っていたのでバレバレだった。
「で、俺に手錠をかけたいのか?」
「いや、まさか……ん? 手錠?」
 ウェッソンの問いに相手は肩をすくめる。と、それから動きを止め、考え込む。しばらくして、思い出したように懐から手帳を取り出した。
「遅れたが、俺は王立警察の――」
「いや、気付いてるってそれくらい」
 ウェッソンは馬鹿馬鹿しくなって顔を背ける。
「まあまあ、減るもんじゃないし最後まで聞いてくれたまえ私の名は――」
「レドウェイト警部だろ?」
「……」
 今度こそ相手――レドウェイトは完全に沈黙した。そして、しばらくして舌打ちをする。
「ちっ。ホームズ気取りが……。俺の歩き方と帽子に書いてる名前で推理しやがったか」
 ウェッソンは肩をすくめ、パイプの火を消した。それに対して、相手は怒りを抑えるかのように葉巻に火を付ける。
「やれやれ……何度か会っただろ? 何故か一度会った人間のことは忘れにくい質でね」
「……それが俺を愚弄する言い訳になると思うのか」
「刑事の割にひがみっぽいな」
 ウェッソンは呆れながら、廊下の先を見た。サリーはまだ帰ってこない。
「ほっといてくれ」
 そう言ってレドウェイトは口から煙を吐く。それはウェッソンのパイプから出るものよりも明らかに濃い。どうやらヘビースモーカーらしい。
「何しに来たんだ? あんたは」
 その言葉に思い出したのか、レドウェイトはやっと本題を切り出してくる。
「正直、犯人が見付からなくて非常に困ってる」
「無能だな」
「……。なんでもいい。手がかりでも知らないか?」
 間髪入れずに与えられた致命的な一言をぐっと堪え、レドウェイトは言う。ウェッソンはしばらく相手の顔を見た後、溜息と共に立ち上がった。
「知ってることは昨日とその前の事情聴取で話した。名乗ったことも忘れたあんたじゃ覚えてないかもしれないがな」
 そう言って彼はナースステーションに向かう。プライバシーを守ると言っても患者の病室くらいは教えてくれるだろう。
「待て。お前の様な目をした人間は知っている」
 その言葉にウェッソンは立ち止まる。だが、振り返りはしない。
「お前の目は自分以外の人間を信じないクソ野郎の目だ。なんでも自分で片づけようとしやがる」
 そう言ってレドウェイトは葉巻をそなえつけの灰皿にこすりつけた。
「ちったぁ、他人を信じろってんだ」
 だが、ウェッソンは再び歩き出した。今度は立ち止まらない。
 レドウェイトは舌打ちと共に出口の方へ歩き出した。
 ウェッソンは壁にもたれかかっている若い男に話しかける。
「監視は無用だ。あの馬鹿刑事の愚痴でも聞いてやれ」
 その言葉に相手はたじろぐ。だが、ひと睨みすると、「待って下さい警部〜」と言って去っていった。
 そして、ウェッソンはサリーを探し始めた。


 サリーは直ぐに見付かった。中庭の方でなにやら若い男と楽しそうに話している。
 若い男は病院の中だというのに黒猫を抱いていた。どこかで見たような気もする。
 何にせよ、話しかけるために近づこうとする。
 何故か足が速くなっているのを自覚する。
 馬鹿馬鹿しい。サリーが人懐っこいのはいつものことだ。何故焦っているのか。
 ウェッソンはそう思いながら二人に近づいていった。


「で、いい加減母は僕に彼女でも連れてこいって言うんですよ。全く困ったものです」
 そう言って青年――フレデリック=ネルソンは懐から二枚のチケットを取り出す。名字が違うのは、一度彼の父親が祖父に勘当された後、母の婿養子になったからだそうだ。だが、結局ネルソンの名を頂戴することになり、彼の父は祖父と和解したのだとか。
 彼は祖父が急病で倒れたと言うことで母と一緒に急遽倫敦(ロンドン)へ出てきていた。しかし、彼が手伝うことは何もなく、お見舞いに来たサリーと時間を潰すことにしたのだ。
 二人は飼い猫のケリー(サリーがこっそり持ってきたのだ)と共に中庭を回りながらお互いのことを話し合っていた。
「しかも、こんなモノまで用意して。オペラのチケットなんですけど」
「オペラですかぁ……どんな話なんですぅ?」
「なんでも『魔弾の射手』とかいって独逸(ドイツ)のオペラらしいです。詳しいことは知りませんけどね」
 そう言って彼はサリーに向き直った。
「よければ一緒に行ってくれませんか?」
「えっ?!」
 突然のことにサリーは驚く。
「僕はこの辺りに知り合いがいなくって。サリーさんぐらいしか誘う相手が居ないんですよ」
 やや照れながらフレッドは言う。頬もやや紅く染まっている。女性を誘ったことが本当に無いのだろう。
 どうしようかと迷いながらそわそわとサリーは辺りを見回す。
 断るのも悪いし、かといって受け取るのもこっ恥ずかしい。
 が、フレッドの背後に陰気な顔で近づいてくるウェッソンを見つけると、サリーは迷い無く決断した。
「ごめんなさい。事件が続いてるし、そんな気分には――」
 そう言うと、安堵と失望の入り交じったため息をついてフレッドはチケットを指しだした。
「そうですか。残念ですね。じゃあ、このチケットはサリーさんに上げます」
「え?」
「一人で行くのもアレですしね。まあ、誰か知り合いにでもあげて下さい」
 そう言って彼は半ば強引にサリーの手にチケットを載せる。手が触れ合った瞬間、フレッドの顔はやや赤くなっていた気がした。
「じゃ、また今度、機会があったら活動写真でも見に行きましょう」
 そう言ってそそくさと顔を逸らしながらフレッドは去っていった。
 そして、入れ違いの形でウェッソンがサリーの前に到着する。
「えーと……」
 彼は後頭部をめんどくさそうに掻きむしりながら言葉を探していた。
 サリーはポンッと彼の背を叩くと笑顔で言った。
「そろそろ帰るですぅ!」
 その言葉にどこかウェッソンは安心したような顔になり、ぽつりと答えた。
「……そうだな」
 そうやって二人は病院を後にした。


「と、言う訳なのよ」
 そう言ってテムズはひらひらと手に持った二枚のチケットを左右に揺らす。
「なるほど。僕がやってきたのはグッド・タイミングだった訳だ」
 笑いながらアリストは言う。
 二人は夕闇の中、大通りを歩いていた。偶然、ややこしい時に彼は帰ってきて、偶然サリーは劇場のチケットを持ってきた。
「ほんと、あなたって運がいいのね」
「ま、ギャンブル運は無いみたいだけど」
 そう言うと二人は同時に笑う。
「でも、こんなことしててもいいのかな、て思うのよ」
 テムズはやや暗い顔をして言う。
「知り合いが次々と倒れていってるのに……まだ犯人が捕まってないのに」
「なぁに、彼等が動けるようになったらイヤでも何かして上げればいいさ。自分の出来ることだけを精一杯すればいい」
 その言葉にテムズは僅かに顔を綻ばせる。
「分かって居るんだけどね」
「君は優しいな」
 そう言って彼は笑った。テムズはなんだか恥ずかしくなって顔を背ける。
「そ、そんなこと無いわよ。私なんてガサツだし、短気だし、……そんなに美人じゃないし」
 テムズは消えそうな声を出し、俯く。
「君は十分魅力的だよ」
 アリストはそう言って顔を近づけてくる。
「そ、そう?」
 今日のテムズはいつものエプロン姿ではなく、タンスの底に眠っていたお気に入りを必死に探し出して引っぱり出したモノだ。
 しかし、口紅もいつも通りのモノだし、化粧も急造りなのでちゃんと出来ているか自信はない。
 だが、それでも彼がそう言ってくれればいいような気もした。
 気が付けば、彼の顔はぶつかりそうなくらいに近づいている。
「あ、あ、……あの」
 唇が重なろうとした瞬間――ニコッと彼は笑うと後に退いた。
「さぁ、麗しい姫よ、私と共に美しき物語の世界へ参りましょう」
 そう言って彼は腕を差し出してくる。
 彼の手の平に自分の手を重ね合わせればいいと気付いたのは少し後だった。
 気が付けばもう劇場の目の前だった。
 辺りからは美しい弦楽器の旋律が静かに響き渡り、きらびやかな服装をした貴婦人達が紳士達にエスコートされて劇場へと消えていく。
 その中心には貸衣装に身を包んだアリストが居る。大した服装をしていないが、周りの貴婦人達が恥じらいもなくため息をついて通り過ぎていく美男子が――物語から出てきた王子様のようなアリストが――自分を今エスコートしようとしている。
 そう思うだけで胸が高鳴り、自分が姫様になったような気分になる。
 そして、彼女は彼に応えるべくおずおずと手を伸ばす。
 だが、その二人の間を無音の銃弾が引き裂いた。


「――うう」
 若き鍛冶屋シック=ブレイムスは熱にうなされながら歩く。
 いつも行ってる医院は何故か臨時休業となり、警官達が恐い目つきをして歩いていた。
 仕方なく、遠くにある病院へ向かっていたのだが――どうにも熱のせいか道を間違えていたらしい。
 辺りを見回すと辛気くさいが清潔感のある大通りではなく、きらびやかで、しかしどこか排他的な豪奢な大通りにいた。
 夜も更けてきたので明るい場所ばかりを辿った結果がこれだ。最近の自分はどうも体が弱っている。無理をして酒をのみにフロンティア・パブに足を運んでいたせいかもしれない。
 次からは酒の量を控えないとダメだろう。だが、彼女の笑顔を見ているとつい、もう一杯と言ってしまう。全く損な性分だった。
「ここは――何番通りだろう?」
 彼はふらふらと夢遊病患者のように辺りを見回す。
 彼は知らない。
 英国一の名工の「鋼の後継者」である彼を真っ先に殺し屋が狙っていたことを。
 風邪のせいで店を閉めていたせいで、家に誰か訪ねてきてもベッドから起きあがれなくて応対しなかったおかげで助かったことを。
 だが、当の本人はその幸運に気付くこともなく、高熱にうなされながら一歩――また一歩と前へと進んでいく。
 そして、裏路地に目を向けた瞬間、その不安定さは一気に吹っ飛んだ。
「天使の君っ!」
 路地を駆ける彼女は燃えさかるような赤い髪を風になびかせ、純白のドレスを身に纏っていた。そして、その凛々しい表情はとても力強く、まさに戦いの女神のそれである。
 炎は鍛冶屋の象徴であり、命である。その炎のイメージを持つ彼女はこの通りを行き交うどの貴婦人よりも――いや、自分の知り得るどの女性よりも魅力的だった。
 その周囲を火花が飛び散っている。まるで彼女の炎を彩るように。
 ――火花!
 シックは直ぐさまそれが何かを思い当たる。
「ダムダム弾だっ!」
 銃声を消し去るように作られた暗殺用の銃弾だ。
 そう、戦いの女神は今まさに戦っているのだ。
「助けなきゃ!」
 彼は走り出した。


  この世で狩より楽しいことはない
  生命が盃に勢いよく湧きあふれる

「しつこいっ!」
 銃弾はなぶるように彼女と、その隣りを走るアリストの周囲を通り過ぎていく。既に弾丸が切り替わり、無音ではない銃声を伴った弾丸がその存在感を響かせていた。
 劇場の後を走っているせいか、チケットの時間の前に上演している魔弾の射手の演奏が聞こえてくる。壁越しのせいかなんとも不気味な歌に聞こえる。
「ここは二手に分かれましょ! アリスト! あなたは右へ逃げて!」
 テムズが叫ぶ。だが、彼は静かに首を振る。
「そう言うわけには行かないよ。そんなことをしたら相手は君を狙う」
「私のことは大丈夫だからっ!」
 テムズは必死になって叫ぶ。彼を巻き込んではいけない。自分一人ならなんとか出来るはずだ。だから、なんとか彼を引き離さなければ。
「戦う君の姿は美しい」
 銃弾の雨を駆け抜けながらアリストは言う。
「なっ――」

  角笛の音をしとねに草原でひと眠り
  薮を抜け 沼を渡り 一頭の鹿を追う

「着飾る必要など無い。戦いが、疾走が、どんな装飾品よりも君本来の――力強き生命力が君を美しく見せている」
「何を言ってるのっ?!」
 突然の言葉にテムズは戸惑う。だが、アリストは構わず続ける。
「けれど、例えひ弱だとしても、僕は君を守る騎士でありたいと思うよ」
 そう言って彼は笑った。
 いつだってテムズは守る側であり、戦う側であった。
 ありがたかった。
 嬉しかった。
 だから――なおさら彼を守らなければならないと思った。
――まったく、損な性分ね――

  これぞ王者の喜び 真の男の夢
  日毎に身体は鍛えられ 食欲も旺盛だ

 が、二人はついに行き止まりに辿り着いてしまう。
 いや、行き止まりではない。目の前はとても開けている。大通りなんかとは比べるべくもない。彼女は直ぐさま走り出していただろう――ただ、下に河さえ流れていなければ。
「危ないっ! 天使の君!」
 突如声がした。路地の横手から一人の青年が飛び込んでくる。
 なんとなく彼女は反射的に避けた。
ひょい

  山と森のこだまに晴れやかに迎えられ
  宴は弾み乾杯の音 高らかに

「あ」
 シックはゆっくりと自分の体が河へと落ちていくのを感じた。
「そ」
 彼は口を開ける。
「そ」
 しかし、その後が続かない。何となく涙が出てきた。
「そ」
 何故自分はこうなのだろう。
「――そ」
 自分は――もしかしたら不幸なのかもしれない。
「そんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!」
ぼちゃぁっん
 と彼は落ちていく。
「僕は――鍛冶屋だけに……カナヅチなんです」
 そう言って彼はゆっくりと沈んでいく。
 しかし、これによって彼は後で船に助けられ、この馬鹿げた殺しゲームの魔の手から逃げることが出来るのである。
 だが、その幸運を知ることなく……彼は哀しみの中、河に流されていった。

  狩の女神ダイアナは 夜に明るさを
  昼には涼しい風を一瞬さりげない贈物

ドゥン
「くっそ!」
 銃弾は一発も当たらなかった。
ドゥン
 銃弾は当たらなかった。
「くそぉ!」
 だが、やっと相手を隅に追いやることが出来た。
 もう相手は逃げることが出来ない。変な男が河に飛び込んでいったが関係ない。
 今――これから。
 たった今より自分は魔弾を手に入れることが出来るのだ。
 彼は自分の持てる全ての集中力を以て引き金を引く。だが、銃弾は放たれない。弾丸切れだ。
「くっそ」
 いつの間にかあの赤毛の女はまた走り出していた。
「逃がさない。逃がしてやるモノか」

  血に飢えた狼やイノシシをしとめる
  畑を荒らす奴は残らず生け捕りだ

 銃声がした。
「あっちみたいですぅ!」
 サリーとウェッソンは裏路地を走っていた。サリーの提案により「超!探偵尾行術」によってアリストとテムズを追いかけていったら予想通り敵は仕掛けてきた。だが、複雑に入り組む裏路地のせいで二人を見失ってしまったのだ。
「くっそ! 彼奴等はどこだっ!」
 遠くから聞こえる銃声だけを頼りにウェッソンはがむしゃらに走る。

  だからやめられない 狩は男のロマン
  逞しく生きよう 身も心も健やかに

「うそだろ――テムズ。お前まで」
 走り付いた先には腹から血を流したテムズが居た。
「ははは……ドジっちゃった」
 笑いながら彼女は崩れ落ちる。
「しっかりしろ!」
 アリストが叫ぶ。が、アリストも肩を撃たれ、二人は共に河に落ちていく。
「テムズさん!」
 サリーは思わず駆け出す。
「待て!」
 ウェッソンは思わず駆け出すサリーを制止する。
 が――。
ドゥン

  俺達の森に歌声が響きわたる
  自由と喜びを称える俺達の命の歌

「ふ……ふふふ」
 演奏が終わると同時に彼は笑い出した。
「ふっふっふっふっ……」
 笑いが止まらない。
「はっ……はっ……はっ……」
 彼は今まさに幸せの絶頂にいた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
 彼は笑う。
 嘲笑う。
 心臓に当たった。
 狙い通り心臓に当たった。
 彼は笑う。
 彼は嘲笑う。
 彼は祝福する。
 手に入れたことを。
 力を取り戻したことを。
「手に入れたぞ! 俺は! 魔弾を手に入れたぞっ!」


 笑い声が響く中……ウェッソンはサリーを抱いていた。
 心臓を貫かれた彼女の体は急速に冷たくなっていく。
「サリー!」
「ははは……探偵失格ですぅ」
 ゆっくりと彼女の瞼が降りていく。
「ごめんなさい……ごめんなさい」
「謝らなくていい!! しっかりするんだっ! まだ助かるはずだ! 早く! 早く!」
 自分でも何を言っているのか分からなかった。そして、彼女は動かなくなった。
 彼は……独りとなった。永遠に独りとなったのだ。
「……」
 ウェッソンは黙ってサリーを地に横たえた。
 相変わらずうざったい笑い声が聞こえてくる。
 耳障りだ。
 何もかもが耳障りだ。
 そして、ウェッソンはウェブリーを笑い声の主へ向ける。
 引き金は引かれた。
ドゥン


 銃弾が彼の肩を貫いた。彼は突然のことに避けることも出来ず、倒れ込む。
 相手を見ると、こちらを向いても居なかった。
「馬鹿なっ! この距離を拳銃でかっ!」
 隻眼の男とウェッソンの距離はライフルの射程ギリギリだった。拳銃などでは決して届くことはない。
「これが死神の力とでも言うのか」
 戦慄を覚えつつも、彼はどこかで血がたぎるのを感じた。
 恐れることはない。
「俺は――魔弾を手に入れたのだから」
 そう言って彼は銃を構えた。
「もっと見せてみろ。あいつの相棒だというお前の力を」


 遠くから叫び声が聞こえてくる。
 馬鹿馬鹿しい。
 本当に馬鹿馬鹿しい。
 結局誰も守れず、何も得ることもなく、後に残ったのは戦いだけ。
 やっと風雅が言っていたことが分かった気がするのに。
 やっと、戦い以外の何かを手に入れた気がしていたのに。
 俺は――凄腕のガンマンであり、死神と恐れられた化け物ではなかったのか。
 彼は力無く笑う。
 いいや――。
「……関係ない。俺はなんて情けないんだろうな」
 そして、急速に彼の目は鋭くなっていく。
 だらしなく垂れていた目はキツく引き締められ、全身を覆っていた緩慢な空気は全て消え去り、おぞましいほどの殺気が放たれる。
 そして、死神は顔を上げ、笑い声のしていた方向を睨む。
「悪いが劇終(フィナーレ)にさせて貰うぜっ! スナイパーっ!」

つづく



管理者注 ● 劇中に挿入されている歌曲は、実在するオペラ「魔弾の射手(ウェーバー作曲)」からの引用です。
 概説並びに日本語訳は、「BunIIIの音楽よもやま話」(http://www2u.biglobe.ne.jp/~f-n/index.htm :BunIIIさん管理)を参考にしたとのこと。


Scene:5》
《return to H-L-Entrance








......Side-b finishing once》