The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene 3)
照準の先には人がいた。
いつだって人がいた。
そして、次の瞬間、為す術もなく崩れ落ちていた。
それが当たり前だった。
あの日までは。
脳裏に木霊するのはあの悪魔の声。
だが、それでも彼は諦めなかった。
残った目を駆使し、何度も銃弾を放った。
しかし、ことごとくとしてそれは命中しなかった。
7人。
あの死神を求めて、あの死神との決着のために7人の犠牲者を出した。
だが、誰一人として死ぬことはなかった。
薄暗い部屋の中、彼は拳を机に叩きつける。
殺風景な仮宿。
何故誇り高き独逸の民がこんな英国で宿を取らなければならないのか。
男は不満の限りだった。
全てはあの悪魔のせいだった。
あの日、自分は目と共に命を失った。
自分は狙った物は逃がさない、最高の射手だったはずなのだ。
窓の外を見る。外は雨だった。
ホテルの前には小ぎれいな劇場がある。そこでは数日後に公開されるオペラの宣伝がされていた。
そのオペラの名は『魔弾の射手』――我が独逸の誇る鬼才「Carl Maria
von Weber」が作った傑作オペラだ。
それは何でも狙った物を射抜くという魔法の弾丸の物語。魔弾は何でも命中する代わりに、最後の一発は射手の意志に関係なく悪魔の望む生け贄に命中する。
物語はボヘミア――今のプラハで射撃大会で優勝するために若者が魔弾を使うという話だ。主人公は恋人と結婚するためには射撃大会に優勝せねばならなかった。しかし、主人公はスランプ中であり、自信がなかった。だから友人にそそのかされ、悪魔から魔弾を頂いた。そして、最後の魔弾が親友を射抜いてしまい、主人公は悔い改めて数年後恋人と結婚すると言う話だ。
馬鹿馬鹿しい話だ。悪魔に頼るなど愚かしい限り。後悔するくらいならば最初からしなければ良かったのだ。
だが、もしそんなモノが手にはいるのならば――。
欲しい。
何物も貫く魔弾が欲しい。
男は窓枠を握りしめ、ギリギリと歯を食いしばる。
そして、呻くように呟いた。
「ああ神よ。
私は狙撃手なのです。何者にも犯されぬ絶対の空を支配する狙撃手なのです。
私の銃弾はいつだって人を殺しました。狙えば相手を必ずあなたの元へと送り続けました。これからだってそうしたい。
ああ神よ。全知全能なる神よ。願わくば私に絶対の魔弾を。何者も射抜く魔弾を与えて下さい」
だが、その声は余りにもか細く、雨音に流されていく。
雨は全てを流していく。が、突如男は失ったはずの右目を押さえて蹲る。
「――くっ」
どうしようもない疼きがジワジワと目に襲いかかってくる。
「……この痛みは自らが力が足りないからだ。死神を殺せば。あの死神を殺せばきっと……魔弾も、安らぎも、全てが手に入るに違いない」
彼の脳裏には絶えず声が響いている。
それは一つの声。
追い立てるように声が響いてくる。
――「そのコインを辿り、死神を探すといい」――
と。
雨音が激しく地を打つ。
重苦しい雰囲気がフロンティア・パブを包んでいた。
「――ねぇ」
口を開いたのは燃えるように紅い髪を持つ女性だった。彼女――テムズはしばしの躊躇の後、再び言葉を続ける。
「他に病院無いわけ?」
その言葉に向かいに座っていた女性が顔をむっとさせる。
「何よ? ウチの大学病院は信用無いわけ?」
女性――アリサはそう言ってテムズを睨んだ。
「そうは言っても、――なんか心配なのよね。ほら、また殺し屋が襲いかかってくるかもしれないし」
「大丈夫、ウチの構内に入ったら生きて帰ることはないわよ」
アリサは胸を張って断言する。
その言葉にテムズはますますため息をした。『それは患者も同じじゃないの?』と言いかけたが、それは何とか自制心で押しとどめる。
「まあいいわ。大学の警備は――まあ、国立だし、事件が大きくなってるから警察も頑張ってくれると思っておきましょ」
そう言ってテムズは上を見上げる。その視線の先には金を払わない下宿人達の部屋がある。
問題は彼等の方だろう。犯人は同じ標的を二度も狙わない。
ただ、確実に一歩一歩、この宿へと近づいている。
恐らくは自分も狙われるだろう。自分の身を守る自信など無い。今までだって無我夢中でやってきただけだ。
でも、なんとかなる気はする。今までもそうだったのだから。
そして、サリーはウェッソンが守るので心配ない。それも今まで通りだ。
しかし、最近の二人はどこかおかしい。いや、おかしいのはウェッソンか。
二人に一体何があったのか。
気になるところではあるが、下手な干渉は余計な混乱を招くだけだ。ここは静観するのが一番だ。
が、気になることは確かだ。いっそ向こうから泣きついてくるとどれだけ楽だろうか。
ガタン
入り口で大きな音がする。
「暗いわねぇ」
そこにいたのは黒い長髪を伸ばすままに伸ばし、落ち着いた感のある長身の女性と、黒いマントをした眼鏡の男だった。
「あ、ヘレナじゃない? 久しぶりー」
いち早く気付いたアリサが女性――ヘレナに駆け寄る。
「やっほ。二人とも元気そ――うでもないみたい?」
やたら迷惑そうな目で睨んでくる親友にヘレナは苦笑する。
「取り敢えず、溜まってる宿代払ってくれない?」
「いいじゃないそんなの? まあまずは飲みましょうよ。明日まとめて払うからさぁ」
「あんたいつもそう言って次の日トンヅラこいてるじゃない!」
言い争いを始めた二人の女性を前におろおろしながら眼鏡の男――オードが間に割ってはいる。
「まあまあ、二人とも落ち着いて――」
『あんたは黙ってて!!』
が、その言葉を言い終える前に彼の体は二つの手によって吹き飛ぶ。
「がふっ」
「大丈夫?」
机に激突したオードに直ぐさまアリサが駆け寄る。何故か荒れくれ者の来客者が多いせいか、フロンティア・パブの机は硬くできている。
オードの痛みは恐ろしいものではあったが、なんとか耐えてる。
「う、うん、大丈……ぎゃぁああ!」
オードはアリサの介抱と共に来た激痛に叫ぶ。
「あれ? 倒れている人を引き上げるのはこうじゃなかったっけ? 看護技術で習ったんだけど……」
「痛い痛い痛い!!」
変な方向に腕を曲げてられてオードは苦しみ藻掻くが、何故かがっちりと腕を極められており、抜け出ることが出来ない。
「ちょっとアリサなにやってんの!」
叫び声に気付いてヘレナが駆け寄ってくる。
「腕が変なほう向いてるじゃない! こうでしょ?!」
ぐぎっ
「ぎぃぃやぁぁぁ!!」
奇妙な音と共に、オードの腕が更にあらぬ方向へ向く。
「あれ?」
「違うでしょ! こっちよ!」
更にやってきたテムズが腕を動かす。
ごきゅごきゅ
「うげぇぇ!!」
「あれ?」
「ぎゃぁぁぁ!」
「こうかな?」
「げぇぇぇぇ!」
「こうじゃないの?」
「うにょぉぉぉ!」
「アリサはホントに習ったの?」
「やったわよ! ほらこうやって……」
叫び声はなかった。
「あ、上手く行ったかしら?」
「ねぇ、オード?」
と、女性達がオードの顔を覗き込むと、オードは白目をむいて倒れていた。しかも、腕だけでなく、脚までも変な方向に曲がっている。
そして、ポンっと音を立てて黒いウサギになった。
「……あ、コイツもウサギだったの?」
「じゃ、大丈夫ね」
オードの正体を知った途端、急に冷たくなったテムズとアリサは何もなかったかのように席に戻っていく。
「ちょっとちょっと! アリサ看護婦でしょ! 看なさいよ!」
しかし、ヘレナの声は誰も聞いていなかった。
まどろみの中にウェッソン=ブラウニングは居た。
朧気だったはずの記憶が鮮明な映像となって浮かび上がってくる。
ゆっくり……ゆっくりと。
血の臭いがした。
いつも通りだった。
いつも通りの、そして慣れてしまった臭い。
ただ、いつもと違うのは絶え間ないうめき声が断続的に聞こえてくることだった。いつもならば殺風景な死体の山に自分は居たはずだった。
だが、今は違った。
そこにあるのは死屍累々を越えた生殺しの地獄絵図だった。
ある者は腕を切られ、脚を切断され、骨を砕かれ、目を穿たれている。
あらゆる所からうめき声が聞こえ、死に切れぬ人々がそこらかしこに転がっている。
そこにヤツは居た。
「……貴様何をやっている」
ウェッソンは声を震わせながら言った。
「ん?」
相変わらず涼しい顔をして風雅は地獄絵図の中心に立っていた。
「何をしているかと聞いている!」
怒りを露わにし、ウェッソンは叫んだ。
「何故トドメを刺さない! そこらかしこで死にきれない奴等が溢れている! お前は何がしたいんだ!」
憤るウェッソンとは裏腹に、風雅はあくまで静かだった。
「君は殺した方がいいって言うのかい?『凄腕』くん」
「当たり前だ」
吐き捨てるようにウェッソンは言った。
「生きて地獄を見せる必要はない。このまま故郷に戻ってもこいつ等は英雄にもなれず、はみ出し物の人生を送るだけだ! 死んで楽にしてやるべきだ!」
だが、風雅は首を振る。
「例えどんなに苦しくても、生きている限りきっといいことがあるはずだよ。中途半端な傷ではまた戦場に戻ってきてしまう。それに、帰りたくてワザと傷を貰う兵士だって居るんだよ」
ウェッソンは相手に銃を向けた。相手の顔は夕日の逆光によって見えない。しかし、はっきりと銃口は相手に向ける。
「相手を選べ。戦場に落ちた天使は楽園には帰れない。血に慣れた人間に安息の地はない。あるのは安らかな死のみだ」
だが、相手は嘆息と共に柄に手を置いた。
「君は死ばかりを見過ぎている。生の可能性を見ていない」
「馬鹿を言うな。お前が生を過信してるんだ」
風雅は半身をずらし、身構える。
二人だけの荒野に緊張が走る。地からあふれ出るうめき声はかき消され、ただ、荒野に死の沈黙が漂う。
「今日限りでその魔銃は捨てて貰うよ」
「ふざけるな」
銃声と共に二人は動いた。
ウェッソンは我知らず起きあがっていた。
血走った目で辺りを見回し――そして溜息と共にベッドに再び突っ伏した。
額に手をあてて考える。
何故今更こんなものを思い出しているのか。
何故、それが今なのか。
が、その答えも直ぐに思いだす。
伝言があったからだ。
「やれやれ、俺も馬鹿なことを約束したモンだ」
無意識にコインを握っていた。風雅の父から託されたコインを、だ。
しばらくウェッソンはそのコインを見つめる。
「……」
様々な思い、考え、記憶が思い浮かぶが、全てがないまぜとなり、まどろみの中へ消えていく。
「くっそ」
昨日誓ったはずの決意も、昔の約束も、全てが混沌としてどうでも良くなりそうだった。
だが、結局彼はそれらを捨てることも、拾うことも出来ず、迷うしかなかった。
やがて、ウェッソンは雨が上がったのを確認し、部屋を後にした。
フロンティア・パブの屋根の上。そこでは死にそうな黒ウサギと、それを見下ろす二匹の黒ウサギが居た。
「大丈夫かね? 兄弟」
見下ろすウチの一匹――フォートルが口を開く。
「ふ、ふふふ……フォートルが見た地獄が分かった気がしたよ」
オードは体をピクピクと震わせながら呻く。その周りをもう一匹の黒ウサギ――フランクが飛び跳ね回っている。
「ヤバイヨ! ヤバイヨ!」
「落ち着きたまえ!」
「そうだ。今は」
ドゥンドゥンドウン
轟く銃声。それと共に3匹のウサギは屋根の上に崩れ落ちる。
「――これで10人(−3匹)」
どこかで声がした。フォートルのマジカル☆イヤーはその狙撃手の声をはっきりと聞いていた。
だが、そんなことは気にせずフランクは起きあがる。
むくり
「あー痛かった」
ドゥン
「……ともかく10人」
声と共に狙撃手の気配は遠ざかっていった。
「……行ったみたいだな」
フォートルは起きあがらず、銃弾を受けた状態のまま言った。
「ネー、彼女たちを助けなくていいの?」
フランクは相変わらずむくりと起きあがり、言う。フランクだけは何故か傷が完治している。
「忘れたか。我々は現世では下手な干渉は出来ぬ」
フォートルは哀しそうな目で言う。
「これは、彼女たちの問題だ」
フォートルはそう言って起きあがった。雨が上がったとは言え、空は未だ曇っている。
これはあの死神と呼ばれる青年の心の現れなのだろうか。
フォートルは静かに思う。
彼がこの苦難を乗り越えることを。
「ドーでもいいけどオードの意識がないんだけど♪」
「ああ! オード! しっかりしろ!! フランク! 早く治療したまえ! 彼は我等の中で一番魔力が低いのだぞ!」
薄れゆく意識の中で、オードは故郷に帰る夢を見たのだとか。
ヘレナは特有の勘で咄嗟に身を引いた。遅れて轟音と共に銃弾が元いた場所を通過する。
「うわっ」
一緒にいたアリサは辺りを見回すが、どこにも不審な人影は見当たらない。おそらく長距離からの狙撃なのだろう。
「どうやら一連の事件の犯人は私達もターゲットに収めたようね」
ヘレナは冷や汗を流しながら呟く。
「くっ、何でこんな事に!」
「あんたが近道するために裏路地を歩こうって言ったからよ」
半眼でヘレナがツッコむ。
「まあいいわ。アリサ……あんたは下がってて」
「ヘレナはどうするのよ!」
「大丈夫、私はこれでも修羅場をくぐり抜けてるのよ」
数々の冒険を経て、ヘレナは確かに修羅場をくぐり抜けていた。その中で磨き抜かれた勘が敵を探そうと辺りに神経を張り巡らせる。
そして、その後で実はそれ以上の修羅場をくぐり抜けてるアリサもいつでも動けるように体を身構えた。
もし、テムズと居たのならば――3人が揃っていたとすれば誰にも負けない自信がヘレナにはあった。
しかし、ここにテムズは居ない。
銃声が響いた。
「テムズと離れたのは間違いだったかもね」
薄れゆく意識の中、ヘレナはアリサが倒れるのを見た。
その遙か向こうで声が聞こえた気がした。
「これで12人」
――力が欲しいか――
脳裏に木霊する声。
サリーは突然の超常現象に辺りを見回す。だが、何処にも変なものは見当たらない。
「どうした?」
部屋から出てきたウェッソンが不思議そうな顔で見ていた。彼は先ほど聞こえてきた銃声に神経質になっていた。
「いや、なんか変な声が」
――力が欲しいか――
相変わらず声は問うてくる。
「誰? 一体なんですかぁ?」
サリーは訳が分からずただ辺りを見回す。
――この声は純真なる心を持つ者にしか聞こえない――
「オイオイ、どこか頭をぶつけたのか?」
キョロキョロとするサリーを不審な目でウェッソンが見る。
「違うんですぅ。なんか純粋で美しくて賢い美少女探偵にしか聞こえない声が聞こえてくるですぅ」
「はぁ?」
――そんなことは言ってないぞ――
何故か声は苦笑しながら言ってくる。
と、そこでサリーは気付いた。廊下の窓が開いていることに。そして、そこに二匹のねずみを頭に載せた黄色い置物を発見する。
――ようやく気付いたか――
「も、もしかして貴方が声の主ですかぁ?」
サリーはその黄色い置物に近づく。すると、二匹のねずみは走って逃げていった。
――いかにも。我は巨大なる力を持つ者。少女よ。君は力がほしくないか?――
その置物が話しかけてくる。だが、サリーは虫眼鏡を取り出し、丹念に置物を調べ始める。
ウェッソンは訳も分からず、それをただ茫然と見ている。
「力なんていらないですぅ。私は元々名推理力をもってますからぁ」
――なるほど。君は良く知っているようだ。
人は皆生まれながらにして強い力を持っている。
皆はそれに気付いていないだけだ。
それを自覚する君ならば……あるいはこの試練を乗り越えられるのかもシレン――
「ナンチャッテ」
てへっと置物――はにわはどうやったか体を曲げながら言った。
「うわっ、置物が喋った!」
ウェッソンが叫ぶ。
「ああ! 普通に喋れるじゃないですかぁ」
と、唐突に銃声が響いた。
数々の人々を撃ち抜いた魔弾が窓を抜け、目標めがけて飛び込んでくる。
キン!
小気味良い音と共に銃弾はハニワに命中し、そして跳ね返った。
「ナハハ〜ちょっと張り切ったせいでラスボスからもNG喰らったみたい」
短い手で頭をさすりながらはにわは笑う。
「ナハハハハ〜〜そんな訳で全国のはにわファンのみなさんまたライシュー♪」
そう言って黄色い置物は煙を出しながら空の彼方へと消えていった。
それを茫然とウェッソンとサリーは見届けた。
「……なんだったんだ? あれは」
一方、同じ台詞を隻眼の男も呟いていた。
絶対の銃弾はいとも簡単に脆そうな置物によって弾かれたのだ。
「……まあ、アレはどうでもいい」
ターゲットはもう窓際から退避していた。仕方なく舌打ちと共に隻眼の男はライフルを降ろした。
首を巡らせるとそこでは黒山の人だかりが出来ている。
その中心にいるのは二人の女性だ。
結局また仕留め損なったのだ。
「くっそ……いつになったら俺は魔弾を取り戻すことが出来るんだ!」
男は廃ビルのドアを蹴る。
「簡単なことだ。悪魔と契約をすればいい」
静かな声が辺りに響いた。
「誰だっ!」
男は突然の声に背後を振り返る。そこには先ほど飛んでいったはずの黄色い置物があった。
「おやおや、殺し屋ともあろう者が何をうろたえる」
「くっそ」
咄嗟に男は取り出した拳銃を向ける。
「無駄だよ。銃弾ごときで私は死なないし、君じゃあてられないだろ?」
男は引き金を引いた。しかし、銃弾は置物の横を掠めるのみだ。
「楽をして人を殺そう等とは笑止千万なことだ。魔弾とは悪魔の造り出す弾丸の事よ。契約も無しに使えるモノではない」
置物はゆっくりと男に近づいてくる。
「じゃあお前が悪魔とでも言うのか?」
男は声を上擦らせながら言う。
「馬鹿な。あんな下衆共と一緒にされては困る」
ただならぬ気迫を放ちながら置物は言う。
「――これ以上の犠牲は私としては避けたいところだ。だから……今此処でお前を消してもいいのだぞ」
「ひっ!」
だが、そこではにわは歩みを止める。
「しかし、これは人に課せられた避けられぬ運命でもある。だから、私は今は退こう」
瞬間、黄色い置物の姿は何処からも失われる。
「馬鹿な……消えた?」
そして、最後に言葉だけが辺りに木霊した。
――自分にとっての悪魔とは何なのかをよく考えることだ――
そして廃ビルの下のゴミ捨て場に落ちた黄色い置物はため息をつく。
「……格好つけすぎた」
ノリノリ過ぎて脚を滑らせたのだ。
いや、そもそも自分に脚があったのかも謎であるが、ともかく脚を滑らせてしまったのだ。
まあいい。人生とはこの様に先が読めないから面白いのだ。
そうして置物――はにわは自らの過ちとの決別を下したのだ。
そして、彼には輝ける未来が待っているのだった。
そんなハニワの横を二匹のねずみは通りすぎていった。
「ママ〜何あれ〜?」
「し、見てはいけないざぁます。今日はパン屋が耳を捨てる日ざぁます。急ぐざぁます」
「は〜い」
つづく