The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene 2)

Contributor/哲学さん
《Scene:1
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 まどろみの中に男は居た。
 朧気に通り限る言葉、場面、人、そして……心。
 男は思い出す。
 その屈辱を。
「見事だ」
 地に伏した男は言った。眼を斬られ、大量の血が顔の半分を覆っている。この程度の傷では死ぬことは出来ない。しかし、狙撃手としての男の人生は今ここで終わったのだ。
 男に与えられた最高の相棒たるダムダム弾はただまっすぐにしか飛べない。だから、自分が支えて放っていたのだ。
 しかし、今はそれも叶わない。
 だから――。
「殺せ」
 男は言った。それがけじめだった。敗者には死を。それがこの世界の理だ。
 しかし、どこか少年のような笑顔を見せる相手は刀を拭き、ゆっくりと刀身を鞘に収め、あっさりと背を向けた。
「その必要はないよ」
 相手の言葉に男は愕然とする。
「な、何故だ!」
「僕を狙っていた殺し屋は死んだ。今僕の目の前にいるのはただの男さ」
 その言葉に男は強烈な憎悪を抱いた。
 ただの男。それまで殺し屋として、無音の殺戮者として名を轟かせた自分がただの男に成り下がる。
 それは男にとってこの上ない屈辱だった。
「殺せ!! そんな俺に価値など無い!!」
 しかし、相手はもはや答えることもせずにただ男を無視して歩いていく。
 それが殺意を生んだ。刹那の殺意は赴くままに相手へと向かい、懐の拳銃を取り出すと、相手――風雅=カトマンズ=スミスへ解き放たれる。
 6発の死神が壮大な音と共に相手の背へと吸い込まれていく。
 だが、それはただの幻想でしかなかった。実際には銃弾は全てあらぬ方向へと飛んでいき、一発たりとも風雅の背を貫いていなかった。
「ああ……あ、あ゛あ゛あ゛あ゛」
 涙を流しながら男は崩れ落ちた。名実ともに、今此処で一人の死神が死んだのである。
 だが、何故自分は生きているのか。分からない。
 ダラダラと生きることなく、むしろ、いつか殺されるために生きていたというのに、何故自分は殺されていないのか?
「殺せ……殺せ……」
 男は地面を力無く叩きながら叫んだ。
 相手の脚が立ち止まる気配がした。瞬間男は歓喜にその顔を歪ませる。もしかしたら相手は自分を殺してくれるかもしれない。
 しかし、相手は余りにも無慈悲だった。
「僕は死神じゃない」
 そして、風雅は一枚のコインを投げる。男は慌ててそれを拾った。
「そのコインを辿り、死神を探すといい。そんなに死にたいのならね」
 男はコインを手にして茫然とする。そして、気が付けば風雅の姿が消えていた。
 後に残るのは微かな声だけ。

    「そのコインを辿り、死神を探すといい」

 それが全ての始まりだった。




Scene2:果てしなき格差


 気が付けば朝だった。
 ウェッソン=ブラウニングは体を起こし、窓の外から伸びている日射しを力無く見つめた。
 浅い。
 恐らく日の出が終わったかそこらだろう。こんなに早く起きたのは久しぶりである。
 そう、こんなに嫌な予感がするのは本当に久しぶりだ。
 よく眠れた――とは思う。その代わり、長時間過去の幻影にうなされたと言うことでもある。
 過去。それはいつだって自分を苛んでいる。
 ウェッソンはコインを取り出した。それは自らの相棒との約束の証だった。
     「君は優しすぎるよ」
 その言葉が全ての始まりだった気もする。あれほど残酷な男は今までに見たことがない。だが、それ故に彼は自分の相棒であった。
 最高にして――最悪の。
「俺は――」
 思わず口にする。早朝が造り出す静けさに耐えきれなくなったのか、はたまた考えをまとめる為かは分からない。だが、何とはなしに口にした。
「後悔などしていない。……一度も、だ」
 そう言って彼は額を押さえる。失敗を反省したことは何度だってある。だが、だからと言って過去が無くなればいいとも、あの時止めるべきだったとも思わない。反省と後悔は別だ。
 だが、今自分は後悔しているかと聞かれたら、頷いてしまうかもしれない。
 何故ならば……どうすればいいか分からないからだ。
 自分がやるべきことは何なのか。それははっきりしている。
 だが、そこに至るまでの道が全く見えない。
 敵は姿も現さず、言葉も発せず、ただ無言のままに殺戮を繰り返す。
キィ……
 部屋の外で扉の開く音がする。
 そして規則的で力強い足音が階下へと降りていく。テムズが起きたのだろう。
 彼女はどうするだろうか。
 いや、どうもしないだろう。彼女は自分を知っている。そして、自分の領分というモノを心得ている。
 彼女は手を出さない。
 彼女が守るべきはこの宿であり、自分なのだ。
 この馬鹿げた戦いに彼女は現れない。絶対者なき、死のゲーム。
 幸か不幸か彼女は幾つもの戦いを経ている。だが、それでも他人のために戦ったことは無い。百歩譲っても身内のために戦ったくらいだ。
 だから、この戦いに彼女は立つことすらしない。何故なら、彼女は強いからだ。
 では、自分が守るべきモノは何なのか。
 ウェッソンは静かに問いかける。
「俺は……」
 そこで彼は止まる。
 静寂。
 そこに満ちるは無音にして厳かなる静寂。
 世界は答えを待ち、僅かな緊張を周囲に振りまく。
「俺は……」
 再びウェッソンは呟く。だが、次が来ない。次が出ない。果てしてこのまま何も来ないのかもしれない。
 悲劇も、絶望も、未来さえも。
 時間は緩やかに流れていく。とても緩やかにだ。
 世界は何も答えてくれない。ただそこにあるだけだ。
 天井を走るねずみの音、外でかわされる主婦達のうわさ話、行き交う馬車の音……全ての音が緩やかに自分だけを取り残して通り過ぎていく。
 ウェッソンは結論を下せなかった。
コンコンコン……
 ノックの音が全ての静寂を破る。
 突然の出来事にウェッソンは銃へ手を伸ばし――そして止めた。
 馬鹿馬鹿しいにも程がある。ウェッソンは溜息と共にベッドから降りたった。
「起きてるよ」
 それだけ言うと、扉は静かに開かれる。そこにいるのは予想通りサリーだった。彼女は眼を真っ赤に――眠れなかったのだろう――しながら、ちらちらとこちらを伺っている。そんなに恐い顔を自分はしているだろうか。それとも、昨日直ぐに追い返したのがいけなかったのか。
 だが、しばしの躊躇の後、彼女は言ってきた。
「あの――、昼……その、お見舞いに行ってもいいですかぁ?その、意味がないって分かってますぅ。むやみに出歩くのも……」
 そこで彼女は口ごもる。
 意味がない。
 確かに面会謝絶の人間に会いに行くなど意味がない。
 怪我を治すことが出来ないのに怪我人に会いに行く――意味がない
 だが、それをしようとする彼女に意味がないのか?
 彼は即座にそれを否定した。
 そうではないのだ。意味が無いというのなら、それこそ自分が彼女といる意味がないのだから。
「ああ、いいよ。だが、俺もつきそうよ。危ないからな」


 テムズ=コーンウォルは静かに朝食の用意をする。いつだって朝は訪れる。
 哀しいときも、苦しいときも――朝は何事もなかったかの様に訪れる。
 彼女はふと酒場を見回す。広い空間にただ一人彼女が立っている。
 とっくに朝食の用意は出来ている。
 きっと、あの下宿人達は何も分かっていないのだ。
 例えどんなことがあろうとも、朝はやってくるのだ。
 彼等は朝がやってくることに気付かない。
 同じように明日がやってくることに気付かない。
「ほんと、何を考えてるのかしらね」
 彼女は苦笑しながら考える。
 そして、懐から手紙を出す。

  遠く暗い闇が僕を苛む
  闇が僕と君を隔てる
  けれど 朝はやってくる
  朝は闇を消してくれる
  君と僕とを近づけてくれる
  僕は君に出会う

  伝えたいことがある
  数え切れない想いがある
  ずっと言えなかったことがある

  朝が来たんだ
  さあ 聞いてくれ
  僕には伝えることがある
  僕は全てを伝えよう
  朝が僕等を祝福してくれるから

  ――アリスト=P=サンクェスト=フェルディールより愛を込めて

 少なくとも、昨日着払いで届いたこの手紙が自分に多少なりとも影響を及ぼしているのは否定できない。
 彼女は思わず笑みを噛みしめる。
 丁度同じことを考えているときに、この手紙が来た。この詩が書いてあった。
 それは運命なのかもしれない。
「まさかね」
 どうしても弛んでしまう頬を苦労しつつ引き締めながら彼女は席に座る。
「ま、こんな時に不謹慎なんだろうけど――」
 そして彼女は待つ。
 果たして彼等は気付いているのだろうか? 朝が既に来ていることに。


 最初に感じたのは悪寒。
 匂いはそれからだった。
 倫敦の片隅にひっそりとある医院。いつもと変わらず、それはそこにあった。ただ、いつもと違うことが一つあった。
 それは匂い。
 赤き――血の臭い。
「どうしたの……ウェッソン?」
 隣りに居るサリーが不安げに見てくる。
 ウェッソンはしばしの躊躇の後、サリーを後に下げた。
「ここで待っていろ。俺がいいと言うまで絶対に入るなよ」
 ウェッソンはそう言って扉を開けようとした。
 だが、機先を制す形で扉が勝手に開く。
 中からは深紅の髪をした女性が飛び出してくる。一瞬、ウェッソンは場所を間違えたと思った。だが、傍らのサリーが直ぐにそれを否定する。
「リディアさん!」
「あ、ウェッソンさんっ! サリーさん!」
 テムズより一回り若い少女が息を切らせて向き直る。
「大変なんです! 大変なんです!!」
 錯乱している少女をウェッソンは手で制し、黙らせる。
「落ち着いてくれ。君は此処で待っていろ」
 ウェッソンはそう言って医院に入る。血の臭いが更にその濃さを増す。病院独特の消毒の匂いすらかき消し、その臭いはウェッソンを導く。
 そして、診察室を開けた。そこにはいつもの医師がいつもと同じく椅子に座っていた。こちらに背を向け、微動だにしていない。
 だが、扉の音に気付いてか、彼はゆっくりと振り返る。そして、ゆっくりと笑う。
「……安心したまえ。患者は無事だ」
 ジェフリーの様子にウェッソンは舌打ちをしながら叫ぶ。
「一体どうなっていやがる!」
 その言葉にジェフリーはゆっくりと体を震わせる。そして、神経質に保たれていた無愛想な顔が崩れていく。
「さぁな。私の知ったことではない」
 ジェフリーは静かに答える。そして、震えながら彼はウェッソンの前に立ち上がる。
「ただ……もしかしたら私は此処で終わるのかもしれない」
 そう言って医師は倒れた。背には撃たれた後があった。
「……っくそ」
 ジェフリーの後に目を向ける。そこには二人の看護婦が倒れており、その先にはゆらゆらと動く裏口の扉があった。


 男ははやる動悸を押さえることが出来なかった。
 また殺せなかった。
 後少しだった。後少しでもあの赤髪の女が遅れれば全員殺すことが出来ていた。
 そう、全ては偶然だ。本当ならばあの医師も、看護婦も、死に損ないも、その全てを殺すことが出来ていた。
 ただ、タイミングが悪かっただけだ。
 第一、あの女が大声を出しながら歩き回るのがいけない。看護婦ならば病院で静かにするべきなのだ。
 あんな女は看護婦にはなれない。しかし、自分は殺し屋だ。人を殺すことが出来る。
 遠目に例の医院を見る。多くの人が集まり、警察が中を調べている。
「……!」
 と、人をかき分けてあの男が歩いてきた。黒い髪の、やる気のない死神が。
 赤い髪の女と黄色い髪の女を両脇に抱えながら悠々と歩いている。
 男は懐の銃を確認するとゆっくりと歩き出した。
 相手は何も気付かずにこちらへと歩いてくる。
 一歩。また一歩と男と死神の距離が縮まっていく。
 そして、後十四歩と言うところで、相手は突如立ち止まる。
 男の鼓動が一段階跳ね上がった。十四歩ならば相手の持つ拳銃の間合いだ。
 しかし、気付かれていないことを信じて男は歩みを止めず死神に近づいていく。

「……悪い」
 そう言って死神は懐に手を入れた。
 男は歩みを止めない。
 緊張が限界を超えようとしている。男は懐に隠した銃のグリップを握りしめる。
 死神の隣にいたおさげの女がこちらに目を向ける。そして、死神に何か言おうとした。
 だが、死神は何事もなかったかのように懐からパイプを取り出し、点火する。
「もう、道端で吸うなんて不謹慎ですぅ」
 おさげの女が言う。相手までの距離は二歩。
 そして、男と死神はすれ違う。
 男は視線を感じた。何故か少女はこちらを見ていた。
 それでも、男は歩いていった。
 何事もなかったように。
 そして、曲がり角を曲がり、その瞬間に全ての緊張が解け、その場に片膝を付く。
 汗が全身を伝っていた。
 男は息を荒げ、地面を見つめる。
 振り返ることが出来なかった。
「……とんでもない上物だ」
 男は乱れる呼吸をそのままに笑みを浮かべる。
「……楽しみだ」
 そして、その本心を口の中にしまいつつ、男は心の中で呟いた。
――本当に楽しみだ。あの男を殺す時が――


「ウェッソン……今の人」
 サリーはそわそわしながらウェッソンの裾を引っ張る。
 今し方通り過ぎた男はなんと隻眼であった。
 右目に大きな刀傷の跡があり、その顔は余りにも痛々しかった。
 しかも、そんな怪我をしているのに平然と何事もないように歩く姿はサリーにとってどこかとても不気味だった。
 しかし、ウェッソンは何も答えず、ただ口からゆっくりと煙を吐くのみ。
「もう、……ちゃんと聞いてますかぁ?」
 頬を膨らませながらサリーはウェッソンの顔を見上げる。
「……っ!!」
 そこでサリーは愕然とする。
 さっきまで不気味なくらい普段と変わりなかったのに、とても恐ろしい顔をしていた。
 いや、激しく形相が変わっているわけではない。
 ただ、無表情と共に発せられる凄まじいまでの気迫がサリーを黙り込ませていた。
「あの野郎……俺を試したな」


「……ウェッソンさん?」
 傍らにいる看護婦見習いの女性が首を傾げる。
「……いや、すまない。なんでもない」
 直ぐさま軽い笑みを浮かべながらウェッソンはパイプの火を消す。そして、再び彼は歩き出した。
 現場からいち早く出られたのはテムズの親友が警察署長の娘だったからだ。
 胡散臭い目で見られながらも、リディアの証言もあってか、直ぐさま釈放された。
 そして、わざとらしく現れた隻眼の男。
 あの男は本気だった。もし、自分がパイプを出さねばこの場で殺し合いを始めている所だった。
 まさに、戦いを求める狂人。
 だが、奴は何故直接自分を狙わないのか。
 これ以上の犠牲は払えない。
 ウェッソンの心は不思議と静かだった。
 死がゆるゆると迫っている。
 だが、それは相手も同じだ。
 ウェッソンは傍らにいるサリーをちらりと盗み見た。
 もし、彼女に手が出されることがあったら……。
 いいや、それは無い。
 何故ならば、もう決めたからだ。
 死神は既に隻眼の男の死を決めていたのだった。

つづく



Scene:3》
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