The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene-3 Making)
二人の女性が裏路地を歩いている。それは紛れもない獲物だった。
鹿がライオンの縄張りに入ってきたのに等しい。
後は引き金を引くだけだった。
狙いを定め、男はゆっくりと引き金を――が、それは突如飛来してきたドラム缶に中断され、男はライフルごとビルの壁に叩きつけられる。
「何っ?!」
次の瞬間黒い影が屋根づたいに高速で移動し、次の瞬間には彼を蹴り飛ばしていた。
「がはぁっ!」
男は血を吐きながら床に倒される。
殺される。
男はそう思って背を向けて駆け出そうとした。が、振り向いた先には背中から巨大なハンマーを笑いながら取り出すピンクの少女が居た。
「ふふふ……」
背後から女性の笑い声。
「あはははは……」
前からも女性の笑い声。
そして、男は死を覚悟した。
「か、監督! 早く『カット』って言わないと役者が死んでしまいますよっ!」
「ば、馬鹿言え! 俺はまだ死にたくない!」
目の前でノリノリで殺戮行為をする女性陣を前にADと監督は震え上がっていた。
「……と、と、取り敢えず、誰が台本と違うことを言いに行くかジャンケンで決めよう」
「いやです! ボクには可愛い赤ん坊と、我が儘で恐ろしい妻と死にやすい祖母がいるんです!」
「わ、私もカメラ小僧の父と離縁した妻と子が……」
スタッフ達は必死で役者と台本の打ち合わせをしなかったのを悔いた。
そう、此処はエントランス・ザ・ムービーの撮影現場である。
辺境飯店に帰ると、何故か二人の下宿人の姿はなかった。
「どういう事?」
テムズは首を傾げながら辺りを見回す。と、机の上には一枚の紙が残されていた。
――「二人は預かった。返して欲しくば、下記の場所に来るがいい」――
テムズは訝しげに思いながらも地図の告げる場所に向かった。
「ほーっほっほっほっほっ! よくぞ来たわね! テムズ!」
五重塔の頂上で黒衣を翻しながら一人の女性が叫んだ。
「貴女は――ヘレナっ!」
塔の前に辿り着いたテムズは驚愕と共に女性――ヘレナを見上げる。
「ついに私達の決着が付けるときが来たようね」
ヘレナは長い髪を風になびかせながら言う。
「一体なんでこんな事をっ!?」
「決まってるわ。どちらが最強かを決める為よ」
ヘレナはきっぱりと言い放った。
「いい? 人質を助けたくば、この塔の各階にいる強者達を倒してここに辿り着きなさい。しかし、各階にはそれぞれ一流の格闘家達が集まっている。果たして貴女にここまで辿り着くことが出来るかしら? ほーほっほっほっほっ!」
そう言ってヘレナは塔の奥へ消えた。それと共に周りを武器を持った数人の男達に囲まれる。
「く、やるしかないのね」
テムズは直ぐさま目の前の男に神速の蹴りを放つ。相手は避けきれずに転倒する。そして、そのままテムズは振り返らずに裏拳を放った。
すると、背後に迫っていた男の一人が顔面を砕かれ倒れる。
「てやぁ!」
そのままテムズは左の正拳を放ち、続けて二人の男をまとめて吹き飛ばす。
「いかんな――烏龍(ウーロン)☆姑娘(クーニャン)」
「えっ!?」
テムズは突然の声に動きを止める。なんと、突きだした腕の上にやたらめったら長い白髭を伸ばした黒ウサギが立っていた。
「師叙(スースー)!」
「いいか。叫ぶ時は『ほわちゅぁ!』だ。烏龍(ウーロン)☆姑娘(クーニャン)」
黒ウサギの老師――フォートルは冷静に言う。
「師叙(スースー)! それに意味はあるんですか?」
テムズは敵の攻撃を避けつつ訊ねる。だが、フォートルは片眼鏡を輝かせながらキッパリと言った。
「――いや、意味など無い」
「ほわちゃあ!!」
テムズは迷い無くフォートルに手刀を繰り出した。
そして、そのままテムズはフォートルの耳を掴み、ヌンチャク代わりに敵へと振り回す。
「ほわちゃぁっ! アチャチャチャチャチャチャチャチャ――ほぁったぁっ!」
一瞬にして全ての敵がフォートルの体によって薙ぎ倒される。
「はぃぃぃぃぃぃい」
戦い終わったテムズはその気迫をため込むようにその場で大きく息を吐く。それはまるで獅子の咆哮だ。
「ふ、見事だ――もう私に教えることは何もない……」
力無くボコボコになったフォートルが言う。
「……しかし、私のこの扱いはどういう事だ?烏龍(ウーロン)☆姑娘(クーニャン)」
すると、テムズは顔をずずいっと近づけると、小さく、だが力強く、囁く。
「あんたが師匠の役だろうと私とあんたの関係は変わらないのよ」
「……くっ不条理な」
「大体何よコレ?スカートはひらひらするし、やたらスタッフの男共は太股を見てくるし」
「……ふ、それは男のロマ……がふっ!」
無言で地面に叩きつけられたフォートルはそこで息だえたのだった。
そして、テムズはそのまま塔の中に入っていった。
「よく来たな」
そこにいたのは引き締まった筋肉を持ついかにも東洋人と言った感じの男が居た。
「あんたが一階の番人ね!」
「いかにも。悪いが、こちらにも事情がある。あんたにはここで死んで貰おう」
そう言って男――アニキは青龍刀を手に襲いかかってくる。
「甘いっ!」
テムズは半身をずらし、掌底を放つ。が、突如アニキの背から現れた第参の手がそれを阻む。
「何っ!」
その間に返す刀でアニキが逆袈裟斬りを仕掛けてくる。
「くっ」
テムズはそのまま背後に飛ぶ。すると、相手は二人に別れた。
「相手が一人とは言ってないデース」
アニキの背後に隠れていた男――テリーはそう言って棍を手にしてテムズの背後へと迫る。
「卑怯な!」
「悪く思うなっ!」
「デース!」
両側から刀と棍が迫り来る。だが、テムズは地面に手を突き、体を回転させながら上の方に飛び上がりつつ、両足を開いた。
「ぐはっ!」
「で、伝説のスピニング・パード蹴りっ!」
吹き飛ばされながらアニキは叫んだ。
そして、テムズの目の前に残されたのは階段のみだ。
この先にきっとあの二人が待っているに違いない。
「待ってて。ウェッソン! サリー」
決意を新たにテムズは階上へと上がっていった。
「ロン! 満貫裏ドラよ!」
「うわっ! ――また負けた」
ヘレナの言葉にアリストはがっくり来る。
「相変わらず賭事は弱いな――アリスト」
「弱過ぎですぅ」
一緒に麻雀をやっているウェッソンとサリーが呟く。
アリストは既に下着一枚の姿であった。
「うう……借金が増えていく」
「はいはい、いいから君はテムズのBGMをやらないといけないから現場に戻りなさい」
監督に引きずられながらアリストは退場していく。
「ヘレナさーん後でもう一回〜!」
「無理だろ」
ウェッソンは溜息と共にそれを制止した。
「あ、そう言えばなんで『ごーすと☆ばすたーづ』の撮影止めたんですか?」
サリーがアリストの替わりに麻雀卓に座ったADに聞く。
「なんでも監督がヒロイン役に酒井若菜がブッキングできなくてやる気が無くなったんだって」
「へぇ、大変なんですねェ」
「ええまぁ……」
「あ、それロン」
ウェッソンはあっさりとADの捨て牌を当てた。
その横で一人の女性が呟いた。
「……私の出番はいつなんだろう」
女性――レイエルはそう言って珈琲を手にした。
またもやつづく