The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene 5)

Contributor/哲学さん
《Scene:4
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 銃声が轟く。
 だが、風雅は躊躇い無くウェッソンの元へ走っていった。
 ウェブリーから放たれる弾丸を驚くべき事に、左手で鞘を回転させることによって全て弾く。
「くそったれが!」
 だが、後十歩と言ったところでウェッソンの放つ弾丸の一つが風雅の頬を掠めた。
 同時に風雅は接近を諦め、足を止める。同じく、ウェッソンも射撃を止めた。
ジャラジャラジャラ
 静かに空になった薬莢が地面に落ちていく。
「……この距離がオレの間合いだな」
 ウェッソンは弾丸を詰め替えながら静かに言った。
「ここから一歩でも前に来れば、お前が避けようとするよりも早く弾丸はお前に命中する」
「けど、これより一歩でも後なら僕は君の弾丸を100%避けることが出来るよ」
 風雅も冷静に言い返してくる。
 頭の中で静かにウェッソンは計算する。
 後七歩前に進められたら――つまり、相手との距離が三歩になった時点で立場は逆転し、こちらが銃を撃つ前に相手は刀を振り抜くだろう。
 勝負は三歩から十歩の間に集約される。
 相手が如何に自分に近づくか、あるいは如何に自分が相手を近づかせないか。
カチッ
 詰め替え終わったリボルバーのシリンダーが静かに回転する。
「……」
「……」
 お互い動くことなく、相手の出を見計らった。
 危うくも絶対の均衡が辺りに不気味な静けさを造り出す。
 勝負は一瞬。
 ウェッソンは大きく一歩踏みだし、引き金を引いた。
ドゥン
 相手との距離は九歩。
 風雅は体を素早く前に倒しながら更に踏み込んだ。
 相手との距離は八歩。
 さらに引き金は引かれる。
ドゥン
 風雅は強引に鞘を突き出し、偶然弾丸は鞘に跳ね返る。それと共に風雅も前へ進む。
 相手との距離は七歩。
ドゥン
 ウェッソンは大きく後に下がりながら更に引き金を引く。
ドゥン
 相手との距離は八歩。
 風雅の左肩に弾丸が撃ち込まれる。
 が、風雅は激しいはずの痛みを無視して更に前へ踏み込んだ。
 速い。
 相手との距離は五歩。
 ウェッソンは躊躇い無く前へ踏み込み、銃弾を放った。
ドゥン
 相手との距離は四歩。
カァン
 心臓へ向かった銃弾は――金属音と共に跳ね返る。
 そして踏み込みと共に風雅は刀を振り抜いた。
 二人の距離は三歩。刀の間合いだ。
 が、刀はウェッソンの腕を切断することなく銃身に食い込んだ。
 二人はもう、間合いを越えて密着していた。
「――いい銃だね」
 ギリギリと銃身と刀身で鍔迫り合い(つばぜりあい)をしながら風雅は言う。
「当然だ。オレの銃だからな」
 ウェッソンは歯を食いしばりながら必死で銃口を風雅へと向ける。
 だが、風雅も刀身を斜めに動かし、強引にウェッソンの銃口をあらぬ方向へと押しやる。
「人は生きてる限り何度でもやり直せる。だから、可能な限り生き続けなければならない」
 汗を垂らしながら風雅は言う。声もどこか辛そうだ。左肩からドクドクと血が流れている。
「反吐が出る。人殺しは何処まで行っても人殺しだ。平穏など訪れない」
 ウェッソンも汗を流しながら言い返す。
「そんなのやってみなければ分からないじゃないか! 人の未来を奪う権利など誰も持っていない!」
「だが、権利はなくとも人は人を殺すことは出来る。それが摂理だ!」
 ウェッソンは引き金を引いた。
ドゥン
 銃声と共に二人の体は引き離される。弾丸は空の彼方へ去っていき、代わりにウェッソンは体勢を崩し、仰向けに倒れる。
 瞬間――風雅の刀が地面へと降りて行くが、それよりも早く、ピタリとウェッソンは銃口を目標に当てた。
 風雅は思わず動きを止める。そして、ウェッソンは言ってやった。
「だから――こんな事もできる」
 ウェブリーの銃口はピタリとウェッソンのこめかみについていた。
「例え、お前がここで勝負を止めたとしても、オレは引き金を引くことだって出来る」
 ウェッソンは精一杯憎らしい笑みを浮かべて相手に宣告する。
「狂ってる! 君は死にそうじゃないし、僕に負けたわけでもない。死ぬ理由なんか無いじゃないか」
 風雅は刀をピクリとも動かさず、言い返す。
 二人の距離は半歩。しかし、刀を振り終えるよりも、ウェッソンが引き金を引く方が速い。
「理由ならある――お前に嫌がらせが出来る」
「……っ!」
 そしてお互い何も言わず、にらみ合う。
 そして――風雅は身を引き、刀を鞘に収めた。
「負けだよ。僕は君に勝てない」
 その言葉にウェッソンも起きあがり、首を振る。
「だが、俺も、お前を殺すことが出来ない。結局、両方とも相手に勝てないのさ」
 自嘲気味にウェッソンは言う。
「さてと――こいつはダメだな」
 ウェッソンはそう言って地に倒れている男の一人に歩み寄った。
 男は虚ろな目をしており、呼吸を荒げながら切断された腕をぎゅっと握っていた。
「こいつは傷が治ったとしても藻掻き苦しみ、なんども自殺を繰り返すだけだ。ここで楽にしてやる」
 そう言ってウェッソンは銃口を顔に向ける。
「誰も、人を殺していいはずがない。人を殺していいのは――そう、死神だけだ」
 風雅はそう言って腕を押さえながらウェッソンへと近づこうとする。
 ウェッソンは思わず口が引きつるのを自覚しながら言ってやった。
「だったら――俺がなってやるよ。その『死神』に、な」
 そう言ってウェッソンは引き金を引いた。
 そして、振り向く。
 そこには一人の優男が居た。黒髪に青い目をした、どうにも甘ったれた感のある、だが憎めない――それだけに恐ろしい悪魔が立っていた。黒い髪を後で束ね、尻尾代わりにぶら下げ、どうにも女っぽかった。それがこの悪魔の顔だった。
 だが、それがウェッソンの相棒となるべき男――風雅=カトマンズ=スミスだった。




Scene5:魔弾の射手




 ゆっくりとその男は歩いてくる。まるで自分が絶対なる神であるかのように。男は銃という名の鎌を手に、死神となってゆっくりと歩いてくる。
 スコープ越しにもその凄まじいまでの気迫が伝わってくる。
 しかし、スコープを覗き込む隻眼の男――マークス=トレインは恐怖と共に喜びを得ていた。
 戦場を駆け抜ける緊張、いや、それ以上のプレッシャーを相手は与えて来る。戦士にとってより強い者と戦うことは誇りであり、使命だ。
 より強くあるために、より強くなるために、戦士は戦う。
 そして、マークスは力を取り戻した。戦士として蘇ったのだ。だが、それは自分の思いこみでしかない。
 だから、マークスはあの死神を殺し、名実と共に殺し屋としての地位を取り戻すのだ。
 震える手を押さえながらマークスは移動しつつ、シリンダーを取り替える。撃たれた左肩が激しく痛む。長くは持たない。早く決着を付けなければならない。
 神は、自分に魔弾を与えてくれた。だからきっと勝つことが出来るはずである。
 マークスはそう信じていた。故国である独逸は敗戦を期したが、それも何かの間違いだったのだ。あるいは、自分のために勝利を取っていたのかもしれない。なんにせよ、自分はあの英国の死神を殺す。それだけでいいのだ。
 そして、声が響く。
「お前は何を思って銃を撃つ?」
 裏路地を死神の声が響く。応えてはならない。居場所を知られることは狙撃手にとって死を意味する。気配を断ち、機会をまち、相手を貫くのだ。
 先ほどは喜びの余り失態を犯してしまったが、もう、二度目はない。次は、死神を殺すだけだ。
「戦いに意味を求めるほど無意味なことだ。だが、それでもあの馬鹿はそれを考えていた」
 マークスは黙って相手の位置を探る。いつの間にか死角に隠れた死神は大声を出して聞いてくる。そして、確実に近づいている。
「それは今でも馬鹿なことだと思う。だが、お前を見ていると……何も考えていないお前を見ていると激しい怒りを覚える。命と言うモノをボロ屑のようにしか考えていない」
 マークスは引き金を引いた。銃弾は通りを横切ろうと走った死神の残映を貫いた。マークスは舌打ちしつつ、言い返す。
「自分以外の命は屑だ。お前だってそうだろう! 死神!」
 そう言ってマークスは新たなポジションを取るために移動を開始する。相手に居場所がバレたからだ。
「確かに昔の俺はそうだったかもしれないな」
 声が返ってくる。それはどこか寂しげだ。
 女が死んだからだろう。馬鹿な奴だ。大切ならば守らなければならない。守りきれないのにそんなものを作るのは馬鹿なだけだ。
 マークスは静かに相手の次の声を待った。


  静かだった。恐ろしいほどに静かだった。
 怒りは静かに心の奥底でゆらゆらと燃えていた。
 だが、それ以上に彼は静かだった。それは――絶望かもしれないし、あるいは虚脱だったのかもしれない。
 大切なモノを失って、でもそれが認められなくて、しかし、それが事実だと言うことを否定できなくて。
 そして――なによりこんな事しかできない自分を酷く虚しく思えたならない。
 だけれど――。
 ウェッソンは静かに空を見上げた。脳裏に浮かぶのは霞が晴れ、その笑顔を見せてくる相棒だ。
「それでも、生きて行けと言うのか」
 今なら分かる。彼は強すぎたのだ。そして、それ以上に優しすぎた。
 人の可能性を信じ、どんなに絶望してもやり直せると信じていた。
 そして、ウェッソンは――人の可能性に絶望し、人を信じていなかった。生よりも死を見ていた。
 今、そしてこれから――果たしてウェッソンは生きていけるだろうか。
 生きていけるだろう。
 ウェッソンは直ぐさま結論を下せた。今此処で死ねば――少なくともサリーは怒るだろう。
 理由はそれだけで良かった。死んだ後にまでどやされてはたまらない。
 ウェッソンは静かに移動を開始した。


  銃が他の武器と大きく違うこと――それは威力だ。
 他の武器は多かれ少なかれ、その威力を使い手が調整することが出来る。
 しかし、銃は違う。銃口から放たれる弾丸の威力を調節することはほぼ無理である。だが、それ故に力を込める必要がない。
 ただ、相手に打ち込めばそれでいいのだ。
 そして、相手に打ち込むには集中力と正確な射撃能力が要求される。
 結局の所、マークスが失ったのは右眼でもあり、その集中力だったのだ。
 今、極限状況下に置かれたマークスは右眼を失ってもあまりある集中力を手に入れていた。
 今の彼ならば、狙ったモノは相手がよほど早く動かない限り逃さない自信があった。
 死神の声が聞こえなくなった。おそらくこちらの位置を経験から予測し、有利な位置を探っているのだろう。
 しかし、自分の居る場所はここらの建物で一番高い場所だ。見晴らしも良く、近づくモノは必ずこちらの視界を通らなければならない。
 だが、向こうの姿が見付からないのも事実だった。
 元々昼でも薄暗い裏路地での深夜の戦闘――それは自殺行為に近い。大通りから差し込む僅かな光だけで戦わなければならない。
 けれど、今の自分にならなんでも出来る。
 そう信じることが出来た。自分は魔弾を手に入れたのだから。
 そして、こちらに向かって影が動いた。
 迷い無くマークスは引き金を引く。
 弾丸は狂うことなくその影に命中する。そして、一拍遅れて銃声が響いた。
 マークスは抗うこともできず、のけぞった。
「馬鹿な――」
 マークスは必死で血の吹き出る耳を押さえ、のたうち回る。
「簡単なトリックに引っかかったな」
 いつの間にか声は近くから聞こえていた。のたうち回っているうちに登ってきたのだろう。
「お前が撃ったのはドラム缶だ」
 死神は静かにマークスを見下ろしていた。
「――何でも当たる魔弾を手に入れたとか言ってたな」
 死神はそう言って銃を構え、静かに銃を構えた。相手との距離は20歩ほど。
「右足」
ドゥン
 死神の声と共にマークスの右足が貫かれる。
「左足」
ドゥン
「くっそ!」
 両足を貫かれながらもマークスは隠し持っていた拳銃を引き抜き、相手に向ける。が、相手の方が速かった。
「銃身」
ドゥン
 宣言通り、死神の銃弾はマークスの銃身に当たり、狙いを逸らす。銃撃でも拳銃を離さなかったのは僥倖だが、それ故に隙が出来た。
 そして、すかさず死神は言った。
「右腕」
ドゥン
 銃弾に弾かれて無防備になっていた右腕の関節を銃弾に貫かれ、マークスは動けなくなる。
「こんなことの為にお前は他の奴等を撃っていたのか」
 死神は静かに告げる。
「くっそ、死神が魔弾の射手だったとはとんだオチだ」
 マークスは舌打ちする。体の動く部位のほとんどを撃ち抜かれたマークスはもはや立ち上がることも出来ず、無様に地面を這いつくばるのみだ。
 死神はゆっくりと近づいてきた。
「こんな事と言ったな? 馬鹿なことを言う。弾丸を命中させることこそが銃使いの使命だろう」
 悪びれもせずにマークスは言う。そして、死神の靴がマークスの顔の前に来た時、マークスは最大限の悪態をついてやった。
「人殺しは何処まで行っても人殺しだ」


  その言葉は過去に自分が言った言葉だった。ウェッソンは男を、そして過去の自分を哀れに思った。
「ああそうさ、自分が人殺しだと言うことを忘れて好き勝手生きてるお前が羨ましかったと言う気持ちはあるさ。お前が大切にしていたものを全部消してやりたかったのさ」
 男は精一杯悪党面をして叫んだ。
「だから、練習台にしてやったんだ。そして、予想通り俺は最後の最後で魔弾を手に入れたが――ホントの魔弾に殺されることになるとはな」
 瞬間――男の左腕が動いた。撃たれたはずの左肩を酷使し、無理矢理拳銃を死神に向ける。だが、それよりも早く、ウェッソンのウェブリーも相手の額に突き付けられていた。
 互いの銃が至近距離で近づけあっている。ギリギリの極限状態の中、男は最後の悪態をつく。
「人は過去から逃れることは出来ない。そんなチキンに俺は負けない!」
 その言葉にウェッソンは――うっすらと笑った。
「俺は――過去から逃げていたわけじゃない」
 自嘲の笑みを浮かべウェッソンは戦闘中だというのに肩をすくめた。
「それに――」
 思い浮かぶのは新大陸に居るであろう相棒の笑顔と、数々の女性と、そして――サリーの笑みだった。
 不思議な気持ちだった。このままあの酒場に帰ればまたテムズとサリーが待っていてくれる気がした。
 もう――そんなことはないのに。
 男は引き金を引いた。が、男の持つ小型の拳銃からはなにも放たれなかった。
「くそったれ――タマ切れか」
 悪態をつく男にウェッソンは静かに言葉を続けた。
「たとえ、どんな過去があろうとも――未来を失うわけじゃない」
 そして、ウェッソンは引き金を引こうとして――それを男の声が遮る。
「いいのか?」
 男は痛みで苦しいはずなのに必死で笑みを作って聞いてくる。
「伝説では悪魔は魔弾を7個のみ契約者に渡す。もっとも、魔弾の射手は4発しか使わなかったがな」
 男が何を言いたいのかウェッソンには何となく予想がついた。が、それを黙らせるコトをせず、ただ静かにウェッソンは聞く。
「そして、最後の銃弾を撃った時、契約者は大切なモノを失う。果たしてお前は何発撃った? 6発撃ったんじゃないか? 次で7発目なんじゃないか?」
 しかし、ウェッソンは肩をすくめた。
「俺は悪魔と契約をしていない。俺は――死神だ」
 それに――大切なモノはもう失ってしまったのだ。
 そして、ウェッソンは引き金を引いた。

 銃声は響かなかった。ウェブリーのシリンダーはただ静かに回転し、撃鉄は空を切った。
 だが、男は事切れていた。
 ただ、静かに安らいだ顔をして眠っていた。
 結局の所――男には銃弾など必要なかったのだろう。死を望んでいたのだから。
 ウェッソンはふらふらと立ち上がり、呟いた。
「終わったよ。サリー」
 そう言ってウェッソンはその場を後にした。


Last scene》
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