The another adventure of FRONTIERPUB 30(Last scene)
川はゆるゆると流れていた。雄大な河の流れは全てを飲み込み、そして海へと流す。
ドーバー海峡へ続き、霧の街・倫敦を縦断するその川の名はテムズ川。
そして、その下流にある、かの有名な倫敦橋の近くで一人の黒ウサギがテムズ川を眺めていた。
「――最後に残ったのは彼一人か」
片眼鏡をかけ、どこかインテリぶった風のある黒ウサギは感慨深げに言って、ため息をついた。
が、突如その黒ウサギを水面から飛び出した手が川の中へ引きずり降ろす。そして、その手はそのまま川の岸を掴み、そのまま水面に沈んでいたその体を強引に引き上げた。
「ぶはぁ!」
水面から出てきた赤髪の女性――テムズは水を吐き出し、共に出てきた男性の体を叩く。
「アリスト! 大丈夫っ?! しっかりして!」
思いっきりどつかれて男性――アリストは口から水を吐きだした。呼吸が元に戻ったのでもう大丈夫だろう。
「す、すさまじぃ、せ、生命力だな、ま、マジカル☆ガール」
テムズ川から必死で上がってきた黒ウサギ――フォートルは息を切らせながら言った。
「なーにがマジカル☆ガールよ! いくら私がこの川と親しいからって危うく死ぬところだったのよ! っていうか今頃何なのよ! 肝心な時にはなにも役に立たなかったくせに!」
テムズはそう言ってフォートルの耳を掴み、顔の辺りまで持ち上げて睨む。
「はっはっはっ――何故私達が存在するか。それを分かってないようだね。マジカル☆ガール」
フォートルはそう言って乱れたタイを正す。
「んなこと知ったこと無いわよ。なんかもー、その見下ろした感じがむかつくから八つ当たりしていい?」
「――やたらめったら刹那的になってるな、マジカル☆ガール」
「刹那的にもなるわよ、こんな日常じゃぁね。またなんかやってんじゃないの? あんた」
その言葉にフォートルは目線を逸らす。テムズはさらに無言でフォートルを睨んだ。フォートルはさらにツーンと目線を逸らす。
「……我々はね。人が奇蹟を起こせることを気付かせるために存在するのだよ」
フォートルは溜息と共に呟く。
「魔法など頼らずとも、人は奇蹟を起こすことが出来る。私はそれを忘れないようにするために、今此処にある」
「何よそれ? どういう意味?」
フォートルはふっと笑うとテムズを見た。
「君の怪我はどうしたんだい? マジカル☆ガール?」
フォートルに言われてやっとテムズは気付く。いつの間にか胸を流れていた血が止まっている。いや、怪我すら消えているかもしれない。
そして、気がつけば黒ウサギも居なくなっていた。ただ声だけが響く。
「まあ、死人を蘇らせることなど私には出来ないが……それくらいはサービスだ」
その言葉を聞いて……それでもテムズは納得がいかなかった。
「一体、何だってゆうのよ」
「へぇ、君は相変わらず刺激的だね」
気付くと復活したアリストが耳元で囁いていた。
「え? ってきゃー!」
白いドレスは水に浸かったせいで透けていた。テムズはとっさに肘撃ちを放ち、アリストを吹き飛ばす。
「お、重みののった良いエルボーだ」
「ああ、アリスト! 大丈夫!」
慌ててテムズは吹き飛ばされたアリストに駆け寄る。
そこで、教会の鐘の音が鳴った。
「12時か……オペラ見れなかったね」
アリストはそう言って貸衣装の蝶ネクタイを弄った。
「……そうね」
静かな河の流れだけが二人を包み込む。
街の灯も多くが消え、ただ暗闇の中、二人だけだった。
突如、その事に気づき、テムズは非常に恥ずかしさを覚える。
なんで自分がこんな所にいるのか。
「っと、このギターは使えるね」
アリストはどこからか拾ってきたギターを持ち出し、テムズの前に座った。
「一曲聞いてくれるかい?」
アリストは茶目っ気を聞かせながら聞いてくる。
テムズはくすっと笑って応えた。
「いいわよ。何曲でも」
そして、二人は共に笑い合った後、アリストのギターが旋律を紡ぎ始めた。
ウェッソンは闇の中歩いていた。どこかに倒れているはずのサリーを探し求めて。
遠く暗い闇が僕を苛む
闇が僕と君を隔てる
もう、どれくらいの時間がたっただろうか。いつの間にか大通りからは歓声が消え、都会特有の不気味な静けさが辺りを覆っている。
そんな裏路地にサリーは捨てられたように倒れていた。
けれど 朝はやってくる
朝は闇を消してくれる
ウェッソンは何も言えず、その場に跪く。夜明けは遠く、いつまでもこの闇が包み込んで来そうだった。
「サリー……」
君と僕とを近づけてくれる
僕は君に出会う
当然の事ながら彼女は何も応えない。
冷たく地に横たわる彼女を前にしてウェッソンは……死人のような顔をして呟く。
「俺はな……」
伝えたいことがある
「俺は――」
数え切れない想いがある
「お前に会えて……それからやっと変われて……俺は――ずっとお前に……」
そしてウェッソンはその場に蹲る。
拳を握りしめ、やるせなさを噛みしめながら体をこわばらせる。
ずっと言えなかったことがある
「ずっと……ずっとだ」
何を言えばいいのかもはや分からない。
ウェッソンはただ拳を握りしめ、地面にこすりつけるのみ。
涙が出なかった。こう言う時……涙が出ないことほど辛いことはないと思った。
そして、嗚咽だけが辺りに響き、時間が過ぎていく。
朝が来たんだ
「……ウェッソン?」
その言葉にウェッソンは顔を上げる。いつの間にか辺りは薄明るくなっていた。
「どうして泣いてるんです?」
その言葉にウェッソンは気付く。
自分が涙を流していたと言うことに。とうの昔に枯れ果てていたはずなのに。
「お前……なんで?」
サリーは起きあがりながら胸ポケットを開く。そこには銃弾で潰された手帳があった。
「『7th探偵アイテム』が一つ『ちょー・手帳』を使った『鉄壁のディテクティブメモディフェンス』ですぅ!」
茫然とウェッソンはそれを見つめる。
確かに銃弾は直接心臓を貫いていた。胸ポケットなど関係なかった。そして、なによりあの肌の冷たさは何度も戦場で見た死人のものだった。
自分が間違える筈など無かった。
何故、事実が変わっているのか。勘違いなど起こるはずがない。
いや、それとも……これが奇蹟とか言う奴なのだろうか。
だとしたら……なんとも素敵な限りだ。
「ウェッソン?」
ため息もつかず、返事もせず茫然と見つめているウェッソンにサリーは首を傾げる。
そして、ウェッソンはサリーを抱きしめた。
さあ 聞いてくれ
「ちょっとちょっとウェッソン!?」
突然のことにサリーは戸惑う。
「良かった……俺はな……」
僕には伝えることがある
「俺は――」
僕は全てを伝えよう
「……」
だが、ウェッソンの言葉はそこで止まった。後は何も言えず、ただ黙って抱きしめる。
「なぁ……」
「なんですかぁ?」
「しばらくこのままでいいか?」
ウェッソンは顔を赤らめながら言った。
「はい、構わないですぅ」
サリーは満面の笑みを浮かべて言った。
朝が僕等を祝福してくれるから
朝日を見つめながら二人の男女が川辺にいた。
肩を寄せ合い、二人はただ黙って座っていた。
「はっくしょん」
男はくしゃみをする。全身が濡れているせいだろう。
「大丈夫?」
「多分ね」
問いかける女に男は鼻を啜りながら応える。
「じゃ、行きましょうか」
スカートについた埃をはたきながら女性は立ち上がる。
「どこに?」
「フロンティア・パブよ。私がいないとウェッソン達も帰ってこないでしょ? それに、あなたも来ないだろうし」
テムズはそう言って歩き出す。
「みんなの朝食を用意して出迎える。……なんか損な役回りよね」
そう言ってテムズは笑った。その笑顔にアリストは思わずみとれる。
「そうだね……行こうか、フロンティア・パブへ」
「ええ」
そう言って二人は共に歩き出した。いつものあの宿を目指して。
歩く二人の手は固く握られていた。
FIN