The another adventure of FRONTIERPUB 30(Scene-4 Making)
「ふ……ふふふ」
演奏が終わると同時に彼は笑い出した。
「ふっふっふっふっ……」
笑いが止まらない。
「はっ……はっ……はっ……」
彼は今まさに幸せの絶頂にいた。
「はぁっ! はぁっ! はぁっ! はぁっ!」
彼は笑う。
嘲笑う。
辺りを笑い声が包み込む。
と、その彼の肩を叩く者がいた。
「ん?」
男はニヤケながら振りかえる。
「キミキミ、誰の許可を貰って劇場の屋上に入り込んだのダネ?」
「え?」
隻眼の男は訳が分からず話しかけてきた男を見る。
相手はぴっちりとしたスーツにカイゼルヒゲをはやした見るから見るに「ハイソサエティ」な人だった。
「今したでは『魔弾の射手』の劇場公演がなされて居るんだよ? 変な笑い声をだされてはこまるんダガネ」
「いや、これは映画の撮影でして……」
隻眼の男はしもどろになりながら言う。
「映画? ちゃんと許可はとってるのカネ?」
「カント……ク?」
隻眼の男が振り返ると先程まで居たカメラマンやAD達の姿が一切消えていた。
「総員撤収完了しました!」
「うむ! 犠牲は独りですんだな」
ADの報告を受けて監督は満足げに頷く。
その隣ではアリストが干からびて倒れている。
「あ、こいつの栄養剤また切れたみたいだな。衛生班〜」
手を二階叩くと看護婦が二名やってきて一人が患者に躓いて転け、もう一人の看護婦――セリーヌは冷静に無言でその看護婦――アリスをどけてアリストに点滴を打つ。
それを横目に見ながら医師――ジェフリーは眼鏡を上げながら言った。
「『魔弾の射手』の名曲『狩人の合唱 オーケストラver.』を一人の人間に演奏などさせるからだ。廃人同然になっているではないか」
「大丈夫、彼の出番はここで終わったからな」
監督はにやりと笑いながら言う。
「酷いな」
「作品のためだ」
監督はサングラスを妖しく光らせるとニヤリと笑った。
「まあいい、契約内の仕事はしてやる。カネはちゃんとスイス銀行に振り込むように」
そう言ってジェフリーは歩いていく。
「監督、最後の大団円の時のBGMにアリストのギターソロがいるのですが……」
ADがおずおずと言ってくる。
「何い!」
「しかもギターの演奏シーンも取らないと……」
「くっそ! 取り敢えず札束で頬を叩いておけ! そうすれば勝手に演奏してくれるはずだっ!」
監督は怒鳴る。
それと共に慌ただしくスタッフが走り回る。
そう、此処はエントランス・ザ・ムービーの撮影現場である。
そして、そんな中一人のADがカチンコを持ってカメラマンの前にやってくる。
そして、声高らかに叫んだ。
「次、『テムズの死亡☆遊戯』のシーン50行きます!」
そして、カチンっと景気良くカチンコが鳴らされた。
テムズが二階へ上がるとそこには一人の老人が座っていた。
「お主がテムズか」
老人はただならぬ気配を放ちながらその階の真ん中で袖の中で腕を組んで睨んでくる。
「ええ、そうよ」
テムズは直感で気付いた。相手はただの老人ではない。歴戦の勇者だ。
「さあ……勝負と行こうか」
老人の腕がゆるゆると弧を描いていく。
「くっ……まさか太極拳の使い手っ!」
老人の呼吸は緩やかにして深遠。
体内の奥底から未知の力を引き出しているようだった。
そして……攻めあぐねているテムズの前でゆっくりとザブトンを付きだした。
「座りたまえ」
「えっ?」
突然のことにテムズは戸惑う。だが、老人の覇気に気圧され、素直に従う。
そして、老人は目の前に重厚な将棋盤を置く。
「……まさか」
テムズはごくりと息を呑む。
「ああ、はにわ将棋で勝負じゃ」
はにわ将棋――それはただ単に将棋をはにわにたとえてただけの将棋である。
盤面にはえっへんペンギン(王将)、ハッピーはにわ(角)、ダウナーはにわ(飛車)、眠れる獅子(金将)、どぐう(銀将)、アスリープはにわ(桂馬)、まねき猫(香車)、ノーマルはにわ(歩兵)
が揃っている。一番多いのがはにわだからハニワ将棋だが――何故かキャスティングはバラバラだった。
「いざ、打(ぶ)とうではないか」
そう言って対極は始まった。
「ゆっくりしていってくださいませ」
そういって老婆が湯飲みを隣に置いていく。
「こ、これは!」
一口で充分だった。テムズは理解した。
「最高級の烏龍茶ね。……プーアル茶や玉露茶では到底太刀打ちできないほどの」
「ほう、いい舌をおもちのようだ。だが、儂は甘くないぞ」
老人――煉尊(ネルソン)は不敵に笑う。だが、テムズも負けてはいなかった。
「……悪いけど、私はヘレナには将棋で負けたことないの」
そう言って一番端のノーマルはにわ(歩兵)をテムズは前に進めた。
「――ハッピーはにわ(角)の使い手か。これは楽しみじゃわい」
そして――煉尊はえっへんペンギン(王将)を前に進めた。
――30分経過。
「……」
テムズは盤面の前で固まっていた。
「ゆっくりと考えればよい」
そう言って煉尊はお茶を啜る。
――半刻経過。
「……」
テムズは止まっていた。
煉尊のお茶を啜る音が響く。
――更に一刻経過。
「ほ――」
テムズは盤面を掴んで言った。煉尊は聞き返す。
「ほ?」
「ほわたぁ!!」
叫びと共にテムズは将棋盤をひっくりがえし、そのまま殴り飛ばした。
「はぶぅぅっ!」
だが、煉尊が地面に着地する前にテムズはさらに追撃をかけ、空中に相手を浮かしながら連続コンボをかけていく。
「ホォワタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ――ワタァッ!!!」
顔の原型が分からなくなるまで殴られ切った煉尊は静かに地面に落ちた。
「煉尊老師――あなたは強かった。しかし、間違った強さだったのよ」
テムズは強敵に尊敬の念を込めて呟いた。
「これは――格闘大会なの。ごめんね」
そう言ってテムズはああなんてこと、と涙を拭った。
恐ろしい敵だった。実力では負けていただろう。しかし、相手の僅かな隙をついて辛うじて勝利することが出来たのだ。
決意を新たにテムズは階上へと上がっていった。
3階に上がると、そこには9人の異国の男女がいた。
「よく来たな! まずは我等の名を教えよう!」
眼鏡の男がそう言って眼鏡を押し上げる。
「眼鏡ドリス!」
「そうかなロイド!」
「お酒リカ!」
「まんぞくマック!」
ドリスの名乗りと共に異国の男女はポーズを取っていく。
「不審ボーロ!」
「ひといきリーブス!」
「もうもくノア!」
「もらいものエミリオ!」
ぷちっ
ここが我慢の限界だった。
「つっこまれキーネぇぇぇっ!」
名乗りと共にドリスとキーネはテムズによって蹴り飛ばされる。
「大丈夫かっ!」
「しっかりしろっ!」
慌てる男女達にテムズは告げる。
「あんた達多すぎるのよ!」
「いやぁ、照れるぜ」
一人名乗れなかったトライアンが照れる。
「あんたの事じゃないわよぉぉ!!! アタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタタ――ホワタァ!」
あっさりと9人の男女をのしたテムズは溜息と共に次の階へ――。
「今の気持ちはどうですかっ!?」
みると新聞部という腕章を付けた少女がメモ帳を片手に聞いてくる。
「――あんたは?」
「てんやわんや玲!」
テムズの質問と共に少女――玲はポーズを決める。テムズは無言で少女の腹をたたいて気絶させた。
その横では何故かシルクハットをした猫が耳の裏を掻いていた。
もしかしたらと見ていると、猫は思い出したように喋った。
「私はスタウト=フレーザー……」
「ワタァッ!!!」
猫は放物線を描いて飛んでいった。そして、地面に落ちていたモップを持つと階上へと上がっていった。
4階に上がると筋骨隆々の男が立っていた。
「あんたは?」
「敵かな? 味方かな? 謎の戦士ハテナマン参上っ!!」
「……」
テムズは黙ってつかつかとハテナマンに近づいて手に持ったモップで思いっきり突いた。
「氷虎猛突牙!」
そしてそのままテムズは縮地の術によって一瞬で相手との間合いをつめる。
「奥義・昇竜閃空波!」
壁に向かって連続突きをかけた後、真空を作りながら神速の逆袈裟斬りがハテナマンの体をはるか彼方へと弾き飛ばした。
「またらいしゅぅぅぅぅ」
「二度と来るな!」
テムズは怒りと共に折れてしまったモップを捨てるとずかずかと5階へと上がっていった。
「よく来たわね」
「アリサ!」
5階で彼女を迎えたのはかつての幼なじみだった。
「何故こんな事をっ!」
「ふ……バイト代いいのよ」
アリサはそう言って構える。
「くっ、友情なんてそんなものなのね。いいわ……ギタギタにしてくれるわ」
ぱぁんとテムズは拳を付き合わせる。
「……やけに怒ってない?」
「気のせいよっ!」
そう言ってテムズは飛びかかる。
だが――。
「仙術・絶対的領域!」
呪符が投げられると共に見えない壁がテムズを弾く。
「ふふふ――どんどん行くわよ」
「しまった! その手が!」
「仙術・衝撃的雷撃!
仙術・灼熱的火炎!
仙術・極限的氷縛陣!
仙術・刹那的黄金界!
仙術・暴発的地震!」
水・金・土・火・木の五行の力がテムズを次々と襲っていく。
テムズはそれらから必死で逃げた。
「攻撃しているときは防御が出来ない――その隙をつけば……」
テムズは冷静に考える。
が――。
「ほらほらどんどんいっちゃぇー!」
アリサは次々と呪符を投げていく。
ぷちっ
テムズは一気にアリサに飛びかかった。
「とっどめー!」
アリサは爆発の呪符を投げる。そして、呪符とともに爆発がテムズの周辺で起こる。
「やったー!」
が、喜んだのは束の間。なんと爆炎のなかから出てきたのは塔に備え付けの「辺境君ボール」だった。
「しまった! 身代わりの術!」
気が付くと背後ではアフロ頭になったテムズがニヤリと笑っていた。
「……次に私はどうすると思う?」
「…………お、オラオラですかぁ?」
「……YES・YES・YES・YES・YES・YES・YES」
「ひぃ!」
そしてテムズの体がすっと消えて周りが暗闇になる。
惨・劇
「――奥義・舜獄殺。まさかこんな所で使う事になるとはね」
何故かアフロヘアーや怪我が治っているテムズは呟いた。何故か彼女の背中には「殺」の一文字が赤く出ていた。
「全員倒してくるとはさすがね」
見ると立てかけてあった障子が倒れ、奥には派手な扇子を左手で仰ぐヘレナが玉座に座っていた。
「二人は何処!」
「安心して。二人は貴女が将棋している間に帰したわよ。今頃夕食でも食べてるんじゃないかしら」
その言葉にテムズは安堵する。
「これで心おきなく――」
「じゃ、私帰るね」
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 何のためにここまで死亡遊戯をやってきたのよ!」
「二人を取り返すため」
「うっ」
身も蓋もないテムズの言葉にヘレナは言葉を失う。ヘレナは玉座から降りてテムズの腰にしがみつき必死で頼む。
「じゃ、私が勝ったら私が旅で手に入れた伝説の食材を上げるからさあ。戦ってよ」
「えーでもかったるいし」
「そこを何とか――ね? ね?」
「……仕方ないわねえ」
その言葉に再びヘレナは玉座に戻り、高笑いをする。
「ほーほっほっほっ! ついにこの時が来たのね!」
「はいはい」
「幼少の頃よりの因縁もついにここで終焉を迎えるのよ!」
「そーね」
「……盛り上がりなさいよ」
「無理」
「えーい、もうこっちから行くわよ!」
そう言ってヘレナはテムズに飛びかかる。が、テムズは力無くひょいっとよけた。
その拍子に壁にあるボタンにぶつかる。
「――あ」
「……あ」
ボタンには――「自爆」と書いてあった。
そして次の瞬間爆発したのだった。
焼け落ちた塔の残骸に一人テムズは立っていた。
「いつの世も勝利とは空しいモノね」
そして、テムズはその場を後にした。
テムズの背にスタッフの名前が縦に流れていく。
そして、画面は切り替わり、辺境飯店での再会、今までの戦い、そして辺境飯店でいつも通りの生活を過ごすテムズ達の様子が流れていく。
「やったー! クランクアップですね!」
AD達が騒ぎ出す。
「いいや!」
監督は髭をさすりながら否定する。
「エンディングテーマはテムズの歌う香港語の歌を流す! さらに余ったところには映画のNG集をつけるのだ!」
「さすが監督!」
「本格派ですね!」
「……NGは全部映倫に引っかかるんですけど」
ADの一人の言葉に全員が黙り込む。
「しかたない! NGが無ければ作るまで! 面白おかしいNGシナリオを作れ!」
「はい!」
スタッフ達は急いで作業を始める。
それを影から見守る女性が居た。
むろんのこと――夜食用の弁当を配りに来たテムズだった。
彼女はふるふると拳を作ると、やけににこやかにADの肩を叩いた。
ぽんぽん
「これなーんだ?」
テムズは拳を見せる。
「グー?」
その言葉にテムズは大きく頷くと――ゆっくりと凶悪な笑みを浮かべた。それは地獄の魔王の様であった。
結局、「テムズの死亡☆遊戯」は撮影中止になったのだとか。
つづくの?