And others 15(Episode 4)

Contributor/影冥さん
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外伝 朧月夜〜朧満月おぼろみつき



「アニキ、アニキ〜」
 日も沈み、アニキがねどことして改装した倉庫の中でくつろいでいると、出かけていたテリーがけたたましく飛び込んできた。
「おいおい、騒がしいな。どうした、テリー?」
「お客さんスよ、アニキ〜」
「客? オレにか?」
 アニキの言葉にテリーは「はずれっス〜」と、小躍りしながら言った。
「オイラにお客っス〜。引っかかったっスね、アニキ〜。だけどアニキに用のある人でもあったりするから小正解っス〜」
「おいおい、なんだそりゃ? それにしてもはしゃいでるが、客ってのは誰なんだ、テリー?」
 苦笑しながら言うアニキに、テリーはにへらと笑って入り口を指差した。
「さあ、入ってくるっス〜」
 倉庫の中に入ってきてアニキの姿を見るなり深々とお辞儀したその客は――
「……誰だ?」
 アニキの言葉にテリーの動きが止まった。客も顔を上げ、困ったようにテリーを見る。
「カレン姉ちゃんっスよ?」
「へ?」
 テリーの言葉にアニキはもう一度客を見た。大人の女性となっていたが、いわれてみればはっきりと面影がある。そういえばお辞儀の仕草にも見覚えがあった。
「はー、そうか、嬢ちゃんか。6年も間があったとはいえ、変わったなぁ」
 呆けた顔のアニキを見て、テリーとカレンは顔を見合わせ、心のそこから楽しそうに笑った。
「アニキ、アニキ」
「ん? あ、ああ、どうした?」
「カレン姉ちゃんが飯を作ってくれるそうっスよ!」
 テリーが言うと、カレンが食材の入った荷物を持ち上げて、微笑んでみせた。
「はじめて会ったときに、食べていただけなかったのがずっと気にかかってて、いつかは食べてもらいたいと思っていたんです」
「ああ、そいつはありがたいな。なら遠慮なくご馳走になろう」
 アニキの言葉にカレンは周囲を見回し――困った様子を見せた。
「あの、台所は?」
「あ、自炊の時は表に作ったかまどを使うっス」
 テリーはそう言うとカレンの手をとって外へと出た。
 アニキも外に出ると、テリーがかまどの用意をしているところだった。その様子をカレンが楽しそうに眺めている。
「カレン姉ちゃん、すぐに用意するから待ってるっスよ〜」
「ええ。頑張ってね、テリー」
 カレンがいることがよほど嬉しいのか、テリーはかまどの準備をしながらもちょくちょくカレンの方を窺い、カレンも、テリーが振り向くたびに手をふって答える。
「テリー、恋人を姉ちゃんと呼ぶのはいいかげん卒業したらどうだ?」
「あ、そうなんですよね。テリーってば、何度言っても直してくれないんです」
 アニキが言うと、カレンが同意した。それに対してテリーが鼻を掻きながら弁明する。
「昔からの口癖みたいなもんスから簡単には直らないっスよ。でも、アニキにも言われた以上は努力するっス――できたっス。カレン姉ちゃん、じゃなくって、カレンの番っス」
「うん。任せて」
 カレンがかまどの前で料理の準備をはじめた。それを眺めながらテリーがアニキのほうへと来る。
「なあ、テリー」
「なんスか?」
「そろそろ、嬢ちゃんを迎えに行ってやったらどうだ? あ、鼻黒いぞ」
 アニキの指摘にテリーは袖でごしごしと鼻をこすった。
「迎えにって、結婚ってことっスか?」
「ああ。お前ももう一人前と言ってもいい。6年も待たせたんだから、そろそろ嬢ちゃんのところに戻っても――」
「アニキ」
 テリーがアニキの言葉を遮った。テリーの真剣な表情に、アニキは言葉を止めた。
「そのこと、カレンねえ――カレンと話したっス」
 テリーはカレンの後姿に目をやった。
「オイラたちの夢は、アニキが嫁さんを見つけたら、大きな家を買って、アニキと、アニキの嫁さんと、オイラと、カレン――で、一緒に暮らすことっス。それまでは、お互い家を買えるように頑張ろうって話し合ったっス」 
 テリーの言葉にアニキは驚いた。驚き、嬉しさに笑みを洩らし、そして、笑みを消す。
「テリー、気持ちは嬉しいが、オレは――」
「サクラさん、っスか?」
 テリーの言葉にアニキは驚きに目を丸くした。
「どこでその名前を聞いたんだ?」
「たまにアニキが寝言で言うっス。その人の名前だけっスよ、アニキが寝言で言うのは」
「そう、か。……桜ってのはオレの妻の名前だ。結婚したのは俺がまだまだガキの頃で、オレのせいで死なせちまった……」
「……アニキはそのサクラさんに贖罪してるんスか? 罪悪感から乗り越えることはできないんスか?」
 テリーの言葉にアニキは目を閉じ――フ、と笑った。
「今のオレはそこまでガキじゃねぇよ」
「それなら――」
「あいつはいい女だったんだ。オレが出会った女の中でも全てにおいて最高だった。あいつ以上の女なんてそうはいねぇよ。カレン嬢ちゃんだって霞んで見えるぜ?」
「それは聞き捨てならないっス、アニキ!」
 にやりと笑って付け加えた言葉にテリーが言った。
 そのテリーの頭をアニキはポンと叩く。
「流せ流せ。そろそろ料理ができるみてぇだし、テーブルを持ってくるぞ。外で食おうぜ」
「アニキ〜!」
 倉庫の中に入っていくアニキを、テリーが追いかけた。


「さあ、どうぞ」
 カレンは湯気の立つ器をアニキの前に置いた。中身は乳白色のスープにパスタや野菜を入れたものだ。6年前にアニキが食べ損ねたそのままだった。
「じゃ、遠慮なくいただくぜ」
 フォークで具をまとめて拾い上げ、口の中へ。咀嚼し、飲み込む。
「うん。うま――」
 ドクン。と、大きく体が脈打った。視界が二重三重にぶれ、体が椅子ごと後ろに倒れていくのを感じる。
 アニキはテリーとカレンの屋台に入ってすぐに現れた男を思い出した。
『よう、兄ちゃん。ここの飯は食わんほうがいいぜぇ?』
『んだと!? 俺は正しいことを言っているだけだ!』
『ちっ、わかったよ。……後悔するぜ?』
 アニキは薄れゆく意識の中で思った。なるほど。あいつは被害者だったのか――


 どれだけの間倒れていたかは知らないが、アニキの意識は少しだけ戻り、薄く目を開けた。
 空には、丸い、月があった。その月が、朧に、霞んで見えた。
(オレは、幸せだぜ。お前の傍に行った時に話すことがたくさんできた。それまで、もう少し待っていてくれな。桜――)
 心地良い幸せを感じながら。アニキの意識はもう一度沈んでいった。



END



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