And others 15(Episode 2)

Contributor/影冥さん
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外伝 朧月夜〜無月むつき



 バタン! と、勢いよく扉の開く音が部屋の中に響いた。
「ダンナ、仕事を持ってきやしたぜ」
 その声に朧月は瞼を上げた。卑屈そうな顔つきの小男が視界に入る。 
「いやあ、ダンナ、いつもながら大人気ですぜ。なにせ、顔が良い、腕が良い、なにより安い! いやはや、なかなか真似の出来ることじゃありませんや。ダンナみてぇだったらあっしもちったあ、モテると思うンですがねぇ。なかなか世の中うまいこたぁ、いきませんやな。っと、そーそーそーそー、仕事の話でした。いやいや、忘れちゃいませんぜ? いや、ホントに忘れてませんって。あっしのような小物はダンナのおかげでオマンマ食わせてもらってるんですから、そんな大事なことを忘れるわけがありませんって。で、仕事なんですがね。今回のはちぃっと大変な話で恐縮なんすが貴族なんですナ。これが。なんでも女を賭けて決闘することになったはいいんですが、勝つ自信がないからとりあえず相手を殺してしまえっていう、なんともくだらない裏話があったもんですよ。あ〜、いやいやこれも立派なオマンマの種。くだらないなんて言うわけにもいきませんわ。貴族自体はまあ、両方ぼんくらですがね、ターゲットの奴ァどこで情報を手に入れたんだか、ボディガードを雇いやがったんですわ。それも悪名高き『鮮血の十字団』! もちろん知ってますやね? なんせあの『鮮血の十字団』だ。知らないやつぁ、まあ、いないでしょ。あれ? もしかして知らない? あ〜、ダンナみたいに格の高いお方なら知らなくて当たりまえ。もちろん説明させてもらいますとも、そもそも何故『鮮血十字団』なのかといいますと――」
 小男の喋りが終わる前に朧月は立ち上がった。そして、一言だけ言う。
「場所は?」
「あ、はいはい、ここに書いてありますがね。それよりもとっておきの情報が――ダンナ、ダンナ〜」
 去っていく朧月に、小男の声は届かなかった。
「やれやれ。いつもながらなにを考えているのかわからん奴だ。……さて、俺も行くか」
 表情をそれまでの卑屈なそれから一変させ、むしろ軽蔑さえしている様子すら見せた。
 小男は部屋を出、建物を出た。その頃には再び卑屈な表情が表に出ている。
「かつての死神が落ちぶれたものだな」
 小男は足を止めた。周囲には小男に声をかけた様子の人影はない。
「政府の犬か」
「酷い言いようだな。間違っちゃいないがね」
「それで、何の用だ?」
「仕事をもってきたんだがね。その様子だと他に持っていったほうがよさそうだ」
 ひゅっ、と小男の手が動いた。
「……O.K.腕は鈍っていないようだ」
「それで、ターゲットは?」
「最近派手にやっている殺し屋だ。名は……オボロヅキ、と言ったか」


 朧月は一軒の鍛冶屋に立ち寄っていた。鉄を打つ音が外にまで響いてくる。
「ジェスター」
「……オボロヅキか。今日も仕事か?」
 朧月が声をかけながら中に入ると、釜の前で鉄を打っていた老人は振り向くことなく答えた。
「ああ。研ぎ直しは終わっているか?」
「終わってはおるがな。……足を洗う気はないのか?」
「……無様に生き延びるには、これが丁度いいのさ。……それに、俺が殺されたときに文句を言われなくても済む」
「……そこにある。勝手に持っていけ」
 朧月は棚から小刀を取ると工房を出る。あとにはただ鉄を打つ音だけが響いた。


「ここか」
 黒装束に身を包んだ朧月は目の前の屋敷を見上げた。貴族の館らしい、豪奢な建物だ。そして、視線を落とすとそこには赤く錆の浮いた甲冑姿の大柄な人影があった。
「正面から乗り込んでくるとは……貴様、阿呆か?」
「お前に用はない。失せろ」
 大男は朧月の言葉に対して全体に錆の浮いた戦斧を構えることで答えた。月の光はなく、設置されたランプだけがあたりを怪しく照らし上げる。
 二人が、動いた。
 ギィン――ズガンッ!
 金属同士が擦れあう音。一拍あとに戦斧が敷き詰められた床石を砕いた。 
 大男が戦斧を持ち上げながらゆっくりと振り返る。
「残念だった――」
 ズパァァァン!
 傍で見ていたものがいれば、大男の頭が吹き飛んだように見えただろう。それだけの威力を持った一撃が素手によって大男の頭を――むしろ、そのほとんどの力は首を――襲ったのだ。
「ぐ、あ――」
 ゴパァァァン!
 それでも戦斧を振り下ろそうとした大男の鉄兜が――その中身と共に――回転しながら宙に飛んだ。鮮血が噴水のように噴出し、残った体が崩れる様に倒れた。その頃には朧月の姿はない。
 朧月は屋敷の中に入り、目的の相手の寝室へと向かうべく階段に足をかけ――姿が消えた。その一瞬あとに子供と見間違うほどに小柄な姿が階段にナイフを突き立てた。その一撃をかわした影が、階段を下りるようにはしる。
「ふん、感覚はなかなかいいようだ――ちぃっ!」
 余裕を見せつけようとしていた小柄な男は、影を目で追うなりそのままの姿勢で横に跳び――そのまま死体となって壁に当たり、止まった。
 朧月は階段の下に落ちた黒装束の上着を拾い上げた。羽織りなおすと、階段を駆け上がった。
 その後、寝室までは何の邪魔もなく辿り着いた。迷うことなく扉をあける。
「ようこそ、暗殺者殿」
 部屋の中には赤に染まった一人の男がいた。
 男の足元には死体が一つ。朧月が狙っていた貴族だったモノ。
「『暗殺者から私の命を守れ』。依頼主の願いはかなえさせてもらったよ」
 男は手を差し上げた。その手には赤く光る十字架が握られている。
「彼の魂に主の救いが有らん事を――」
 その祈りは純粋で、真摯なものだった。
「――で、どうするかな、これから?」
「どうする、だと?」
「お互いにたった今仕事が終わったことは確認したわけだからな。これで終わりだと言えるし、まだ終わっていないとも言える。――殺したりないだろう、君も?」
 男は朧月に笑いかけた。血生臭い笑み。
「……外道か」
「おや、不思議なことを。君も同類じゃないのかな、そんなことをしているんだから。……ああ、そうだ。私の部下を何人殺したか教えてもらえるかな? 次の仕事の前に補充しておかなければならない」
「…………」
 男は赤い十字架を手で玩びながら楽しそうに言う。
「いや、君がここまでこれて嬉しいよ。これで欲求不満にならなくて済んだ。正直、無抵抗の相手は余り楽しくなくてね」
 ギィン!
 小刀の一撃を赤い十字架が弾いた。
「もう我慢できないのかね? まあ、いいだろう」
 ギン!
 ギャン!
 キン!
 ギィン!
 朧月の攻撃を男はことごとく受け流し、男の攻撃を朧月が受け流す。フェイントは読み、読まれ、精密な計算の下に生まれる攻撃は、さらに精密な守りによって弾き、弾かれる。
「これだよ! この極限の戦いを待ち望んでいたんだ!」
 男がこらえ切れないように笑った。
 朧月の動きが鋭さを増し、男の動きが鋭さを増す。一瞬のずれが死をもたらす、極限の剣舞が繰り広げられる。
 ギ・キ・キ・キ・キ・キ・キ・キ・キ・キィィィィィィン!
 二人はは声を出すこと、息をする余裕すらも失っていた。意識が全て戦うための戦いへと注がれる。
 一瞬であり、長きに渡った戦いは唐突に終わった。
 朧月の小刀は男の腹を切り裂き、男の赤い十字架は朧月の腹を突き破って止まった。
 男は自分の首に向かってくる刀を見た。
「……良い、剣だ。……戦いを侮辱した私に、勝ちは無い、か……」
 男は自らを嘲笑う。
 刃が煌めいた。


「ダンナ」
 街灯の明かりの下に、小男がいた。その顔はいつもの卑屈なそれどころか、何の色も無い。
「仕事は終わった」
 朧月は小男の様子を気にする素振りを見せず、言った。
「ごくろうさんです」
 二つの影が、すれちがう。
 小男が倒れた。その胸は小刀で貫かれ、自身のナイフを放つことすら出来なかった。
「…………」
 朧月は歩き続け、やがて、壁にもたれかかる。黒装束はほぼ全てが濡れそぼっていた。
「桜……そろそろ、迎えに行けそうだ」
 朧月が空を見上げる。月光は、見えない。
「血を失いすぎると目は光を失うと言うが……あの世でお前の姿が見えなくなるのは嫌だな。なぁ、桜――」
 朧月は、ゆっくりと、崩れ落ちた。

END

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