プロローグ・レドウェイト編


「レドウェイト」
 つい昨日起きた西部博物館強盗事件の被害報告に目を通していたレドウェイトは、上司の声に顔をあげた。出来損ないのパエリアにニンジンをつき立てたような顔がレドウェイトを睨んでいる。
「何か?」
 レドウェイトはいかにも迷惑そうな顔を作りながら答えた。もっとも、片手に爪切りを持ち、もう片方の手の指をピンと伸ばして「そういえば、事件があったな」などと呟く――あくまでも本人の感覚であり、実際には普通の会話をするよりもやや大きめの声量だった――ような上司にはこの程度の意思表示など通じないだろうが。
「『アポなし突撃』だったか? 中央美術館強盗は?」
「……『アポトーシス』です。西部博物館強盗は」
「ああ、その『アポトースト』だが、捜査の進展はどうだ? そろそろ手がかりの一つくらいは掴んだんじゃないのか?」
 レドウェイトはカレンダーを見、連絡用の黒板に記されている日付を見た。そして、自分の日付感覚は狂っていない事を確認した。
「だいたいの被害規模はわかりました。いまから詳細を確認してきます」
 被害報告はしっかりと詳細まで記されていたが、レドウェイトはそう言って部屋を出た。これ以上は話すだけ無駄だ。
「ん、あ、そうか、サボらず――」
 レドウェイトは上司の言葉を背で受け流し、颯爽と歩き去った。


「純粋な無能なら話はもっと楽なんだがなぁ……」
 流れ行く雲をぼんやりと見上げながらレドウェイトは西部博物館に向かっていた。そろそろ年季の入り始めたトレンチコートのポケットから紙巻煙草を取り出し、咥えて――溜息をついた。何の因果かシガーレットチョコだった。
 チョコの部分を舌先でチロチロとやりながらまた空を見上げる。燕がアクロバット飛行を披露した。
 王立警察の第一捜査室の室長――出来損ないのパエリアの彼――は決して無能ではない。どんな魔法を使うのか予算配分の会議において天才――いや、神の如き手腕を発揮するのだ。捜査室は三つあるが、第二、第三捜査室の予算は第一捜査室の半分以下しかない。
「おっと、到着か」
 シガーレットチョコが半分ほどになった所で西部博物館に着いた。王立警察によって立ち入り規制が行なわれている西部博物館は入り口が派手に破壊されいていた。
「どうだ?」
 レドウェイトは与えられている権限で規制を突破し、先に現場にきていた部下に声をかけた。残ったシガーレットチョコは紙ごと咀嚼する。
「あ、警部。……この博物館では丁度『東方展』が行なわれていたようですね」
「『東方展』?」
 レドウェイトは持ってきていた被害報告に改めて目を通した。被害にあった品はどれも見慣れない名前だ。
「東の方の美術品や名産品を展示していたそうです。最近のブームの影響でしょうかね」
「……それで、他には?」
 部下は少し悩んだような素振りを見せながら答える。
「役に立つ情報かどうかはわからないのですが……」
「構わん」
「目撃者の話によると、『アポトーシス』のメンバーの一人が人形を抱えていたそうです」
 レドウェイトは眉をしかめた。部下も困惑している様子を見せながら、それでも情報を口にする。
「え〜と、なんていいましたっけ……あの、土でできた発掘品の人形……」
「埴輪か?」
「あ、そうそう、確かそれです。大きさは中型犬くらいはあったそうです」
 レドウェイトはシガーレットチョコの残った紙を舌の上で転がしながら「ふ〜む」と唸る。
「まあ、見つけるための手がかりにはなるだろ。他には?」
「今の所はこれだけですね」
「わかった。こっちは頼むぞ」
 踵を返したレドウェイトに部下が声をかける。
「警部はどちらへ?」
「他の博物館でもここと同じように『東方展』を開いているかもしれないからな。そっちをあたる」
「わかりました。頑張ってください」
「ああ、そっちもな」


 何時の間にか雲は空からなくなっていた。澄み切った青が目を刺激する。
「はにわ、ねぇ。そこらへんに落ちていないモンかね」
 何気なく回りを見回したレドウェイトの動きが止まる。狭い路地の奥に円筒形で中型犬程度の大きさのそれが横むきにあった。そばには赤い髪の少女が立ち、それを見下ろしている。
「はにわ、だ」
 思わずシガーレットチョコの紙を飲み込み、「うげ」と唸ってから少女に声をかける。
「おい、あんた――」


そして、物語は交差する――



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