「最近は変わった人が多いなぁ」
すれ違ったちょんまげ頭の人を少し目で追った後に、リディアは呟いた。最近は東方ブームとかで変わった恰好をする人を良く見かける。
「今日は晴れてよかったな。せっかくのお休みに雨が降っちゃったら憂鬱だもんね」
鼻歌交じりの軽いステップで歩くと赤い髪が風に乗って舞った。曲が一通り終わった所で、ちょっと立ち止まり、空を仰ぎ見る。雲ひとつない青空だ。
「うん、いい空。今夜は月光の丘にでも行ってみようかな」
月光の丘とは街の近くにある小さな丘だ。晴れた日の夜は月の光に包まれ幻想的な世界を作り出す。知る人ぞ知る名所といった所か。
リディアはにっこりと微笑むとまた歩き始めた。だが、その足は数歩進んだ所で止まった。その視線は路地を向いている。
「土偶……だよね?」
そこには中型犬程度の大きさの人形が転がっていた。なぜか少し汚れた黄色いリボンをつけている。少なくともその姿は前にどこかの博物館で見た土偶だった。
「くっ……ドジったわ……」
突然、その土偶が立ち上がった。しかも独り言まで口にしている。――そして、目があった。
「こ、こんにちは」
リディアはとりあえず挨拶してみた。土偶は今動いたのは嘘だとでも言うように動きを止めている。
「……気のせい、だったのかな?」
リディアは土偶に近づいてみた。離れていた時には気がつかなかったが、ところどころが欠けている。
「どうして土偶がこんな所に……ん?」
何かを蹴飛ばした感覚に視線を足元に落とすと、金色の石の様な物があった。
「これは……なに、かしら?」
それは、ほぼ立方体の形で一面に取っ手らしきものがついてあり、その取っ手には紫色の房がついていた。
「金印よ」
「え?」
「金印。与えられし権力の証。返してもらえるかしら?」
その声はあきらかに土偶から発せられていた。リディアは驚いた顔を――することもなく、にっこりと笑って金印を差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとう……驚かないの?」
「最初は驚きました。けど、他の人を変な目で見たら失礼でしょ?」
土偶は何かを言おうとしたが、それは溜息となり、別の言葉を口にした。
「まあ、いいわ。それじゃね、お嬢さん」
「あ、あの――」
去ろうとする土偶をリディアが引き止めた。
「何?」
「怪我……してますよね?」
「……これぐらい、怪我のうちには入らないわ」
「でも――」
「大丈夫。私はこれぐらいでどうにかなったりしないし、それに……痛みには、慣れてるから」
リディアに土偶は微笑みかけた――ように見えた。
「心配してくれてありがとう。さようなら、お嬢さん」
土偶は路地から出て行った。通行人は何故か歩く土偶に気がつかないらしく、土偶が通りに出ても騒ぎは起きなかった。リディアは黙って土偶を見送っていた。
「……なんだか、悲しそうだったな……」
呟き、それが自身の哀しみであるかのように目を伏せる。そして、それを見つけた。
「金印……だよね」
先ほどとは別の金印らしい、青い房の金印が落ちていた。それを拾いあげ、視線を上げるが土偶はもういない。いや、土偶ではないが何時の間にか円筒形の人形がいた。少し疲れているような雰囲気を漂わせている。
「はにわ……だったかしら? さっきの土偶さんのお友達?」
「……土偶を、知っているのか?」
リディアの言葉にはにわが反応した。リディアが頷いてみせる。
「ええ。たった今まで、ここにいてお話していましたから」
「! 間に合うか――」
リディアの言葉にはにわが踵を返す――途中で動きが止まった。リディアが不思議そうにはにわを見る。
リディアがはにわに声をかけようとした時、先に通りのほうから声がかけられた。声をかけたのはよれよれのトレンチコートを着た男だった。
「おい、あんた――」
そして、物語は交差する――