プロローグ・はにわ編


 フロンティア・パブの壁際で、はにわはいつものようにサリーの読む新聞を盗み見ていた。サリーが今呼んでいるのは『倫敦スポーティ』。ないことを中心に書いてあるというゴシップ――を作り出す――三流紙だ。通称『倫スポ』。
『東方ブーム! 時代はサムライ拳法だ!』
『激写! 強盗団侵入のその時!』
『三日で激ヤセ! 即身成仏のススメ!』
『大人気! ヤラセ探偵ポワール・ムーズ感動の第35部最終章! そして激闘の第36部の幕開けへ!』
(これは!)
 はにわが注目したのは一枚の写真だった。特に、数人の男たち――と思われる――の中の一人。その一人が、人形を掲げている。
(あれは……間違いない、土偶!)
 滑らかな曲線、上質の土が使われていることをうかがわせる躍動的な質感――それはまさしく土偶だった。
(何故土偶が……)
 倫スポには事件後の写真がもう一枚載っていた。破壊された展示ケースが写真いっぱいに広がっている。そして、はにわはその写真の中にも気になるものを見つけた。
(これは……金印、か?)
 それは金印が展示されていたらしいスペースだった。そのスペースには紹介文もあるようだが、さすがに写真ではわからない。
(確かめる必要がありそうだな……)
 はにわは気配を消すと事件現場である西部博物館へと向かった。


 西部博物館は、王立警察によって立ち入り規制が行なわれていたが、人間に認識できない状態まで気配を消しているはにわは問題なく中に入ることができた。すぐに金印が展示されていたスペースへと向かう。
(これは、間違いない……な)
 その金印は、『禁断の王国への鍵』と、はにわは猫神に聞いたことがあった。
「『月光の下、三つの太陽を交わらすべし。さすれば、大いなる扉が開かれん』……旧い……旧い言い伝えニャよ」
「大いなる扉……その先には、何が?」
「禁断の王国、求めてはニャらぬモノ……内包する力に、滅ぶことを許されニャかった旧都ヤマタイコク」
「ヤマタイコク……」
「言い伝えを知るもニョも、もう、わずかしかいニャイだろう……それでも、誰かは知っていニャければならない。扉は開いてはニャらぬぞ、はにわよ」
 金印についての話はたったそれだけだった。それでも憶えていたのは、そのときの猫神の目が印象的だったからかもしれない。泣き出しそうでいて、懐かしんでいるような、不思議な目だった。
(偶然か……それとも意図した結果なのか、土偶……)
 はにわは西部博物館を出た。そして、あてもなく街中を彷徨う。それは、土偶を探すようでいて、土偶から逃げているかのようだった。
 街の中ではにわは突然立ち止まった。一瞬、土偶の力を感じたのだ。記憶にある街の地図と今の力の波動の感じ方からすると、場所はおそらくもう少しいった場所にある路地。
(……再び会って……会っていいのか、私は?)
 自分自身に問う。答えは……でない。それでも、体は土偶のいるはずの場所に向かっていた。決して速くはない歩み、それでも、答えを求められる時間は迫ってくる。
(ここ……か……)
 答えが出ないままに、たどりつていた。目の前にいるのは、地面にしゃがみこんだ土偶――ではなかった。
(テムズ!? ……いや、似ているが違う……土偶は……)
 赤毛の少女が立ち上がった。何か呟いた後に、想像していなかった事態に気配を隠すことすら忘れていたはにわに向かって問い掛ける。
「さっきの土偶さんのお友達?」
(! この少女は――)
「……土偶を、知っているのか?」
 はにわは自分が冷静さを欠いていることに、頭の隅で充分にわかっていた。それでも、迂闊に言葉を発する自分を止めることができない。
「ええ。たった今まで、ここにいてお話していましたから」
「! 間に合うか――」
 少女の言葉に、はにわはとっさに動いていた。だが、踵を返そうとした瞬間に見えた道行く人々をきっかけに、冷静さを取り戻していた。
(私は今何をしようとしていた!? 落ち着け! 闇雲に探そうとしても見つかるわけがない!)
 そのとき、通りのほうから少女に男が声をかけてきた。横目に見ると、よれよれのトレンチコートが印象的な男だった。
「おい、あんた――」


そして、物語は交差する――



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