……Go home》
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開店を知らせるサインは、一応扉に下げた木の札に書かれた「営業中」「準備中」の文字と言うことになっている。まあ、他にも、(晴れているときだけ)開けた窓から揺れている薄いベージュのカーテンとか、焼きたてのスコーンの匂いとか、紅茶の空気とか、お客さんや居候やらが賑やかに騒ぐ声とか。慣れた来客はそういうしるしを感じてドアを開けてくれるのだろうけど、やっぱり顔を見たことのない新しいお客さんにこそ最も気は遣わなくちゃいけない。その人達は、札に「営業中ですよ」と言われてやっと扉を開ける。
お母さんがたまに口にしていた文句だけど、本当を言うと、彼女は常連のお客さんと話す時に一番面白そうに笑っていたことを確か覚えている。 そういうわけで、扉に下げた開店札をひっくり返すのはわたしの日課だ。 札の「営業中」の側には、この札が初めて客を招いた日付が書いてある。 |
テムズ:2000.5.31……うわぁ、もう四年じゃない!
サリー:どうしたんです、テムズさん?
テムズ:見てよ、六月になったらもう四周年じゃない。長いことやってたものね……。確かに、いつの間にか店の壁は穴だらけになっちゃったわ。空けて、埋めて、空けて、埋めて……。ドアなんか1回、完璧に買い換えたもの。
サリー:そうか……改装した時ですね。でもあれからだって二年半くらい経ちましたよ、テムズさん。そろそろドアも軋んできてません?
テムズ:もったいない事言わないでよー。ちゃんと、ウェッソンに週に一回油差さしてるんだから。まだまだ使えるわよ。
サリー:ふふ、いつまでも倹約家ですよね、テムズさん。実は助かってます。
テムズ:…………?
サリー:…………なんですか?
テムズ:いや……気のせいか。そう、なんでもないの。
それにしても、いつの間にか長く続けるのに慣れちゃってたわよねぇ。四年なんて。エントラが始まった頃に中学生だった子って、大体高校生になってるでしょ? 赤ちゃんだった子はそろそろカメラ目線を覚える頃よ。
サリー:70歳だった人は74歳になっているわけですね。この国で、どれだけハッピーバースデーの歌が歌われたんだろう……。きっと政治取引の材料になるくらい、長く。そう、尺が長くなってるわね。間違いない。
テムズ:…………?
サリー:…………なんですか?
テムズ:いや……、なんでもないの。だから、四年もやってれば、そろそろ私達も変わらなきゃいけないって思うわけよ。まあ……あれね、小学一年生が小学五年生になるくらいの進歩とは行かないけど。私達が……
サリー:16歳から20歳になるくらいには成長しないといけないわけですよね。安心していいですよ、テムズさん。
テムズさんは今何歳ですか?
テムズ:…………あれ? 23歳になってる気がする……。
サリー:ね?
テムズ:サリー、あんた、20歳になってない……?
サリー:あはは、わかりますか?
テムズ:判るわよ! わぁ……背、伸びたねぇ! 私とあんまり変わらないじゃない。髪下ろした?
サリー:でも、あの頃のテムズさんには追いつけてなくて……。テムズさんもすっごく綺麗になりましたよ。大人です陰謀です! すっかり薄暗い照明と真っ赤なドレスとバーボンと煙草が似合うようになりましたね〜。
テムズ:うん、私もね、いろいろあってさ……(ぷはーっ)ってそこまでやつしてないわよ身は!
サリー:(ふわっ)
テムズ:か……かわされた!?
サリー:うふふ、わたしも伊達に探偵を四年やってないですから。自称名探偵は返上して、他称探偵くらいにはなってるんです! (ちゃっ)テムズさん、……あなたは引退した方がいいわ。
テムズ:くっ……。
サリー:あなたも気付いていたはず。やっぱり四年もこの店を続けるべきじゃなかった。そう、23歳では無理がありすぎです。
テムズ:そんな……23歳がなんだというの!? やっと競馬に行けるようになったくらいじゃない! U−23代表で言えばとりあえずベテランにはなるじゃない! それを捕まえて、この子は――
サリー:(かちり)さようなら。言い訳するなんて、もう、あなたは強かったあの頃のテムズさんじゃない……!
鍛冶屋:危ないテムズさぁぁん!
ズキュゥゥゥーン!
テムズ:か、鍛冶屋さん!
鍛冶屋:くあぁ……! げはっ、げほっ――て、テムズさん……っ。 最期まで、あなたの姿を見つめっぱなしで、僕は……。
テムズ:ううっ、えぐっ、いいの、わかってる……ううう、えっえっ。わかって……ずずー、ひっきし!
鍛冶屋:ちなみに僕は24歳ですけど……どうでしょう?
テムズ:うん、とても力強くなった。髪切ったのね。でも、顎髭とタンクトップは絶対似合わない。物凄く日焼けして、なんだか妙に歯が白いし。でも瞳の光はあの日のまま。雪平鍋をうんざりするほど打ち続けていたひたむきな眼差しよ。今のあなただったら高射砲だって作れるでしょう! そう、本当は、私……。
鍛冶屋:いいんです……言わないで。その言葉、三途の川の渡り賃にはお釣りがいっぱいだ……(がくり)
テムズ:鍛冶屋さぁぁぁーん! うう……! なんて事……
サリー:皮肉ね。自分の作った銃に殺されるなんて。でも、これが真実。鍛冶屋は己の作品に、悪人は己が芽吹かせた正義の光に、母は娘に、飼い主は飼い犬に、ツッコミはボケに、焦がし燃やされてしまう。さようならテムズさん、あなたは。わたしにとって――
テムズ:(――――!)
ガァァァァアーン!
サリー:――――(どしゃっ)
ウェッソン:(フッ、くるくる、すちゃっ)……そして保護者は、守っていた子供に。俺が『子供』だったのさ、サリー。本当だ。四年前からずっとそうだったんだ――――
テムズ:ウェッソン…………!
ウェッソン:テムズ。俺は……
テムズ:ウェッソンって、29歳になっても全然代わり映えしないのね!?
ウェッソン:……ほっといてくれ。
●THE END。そろそろ「若造」くらいは返上したい23歳の春。