The another adventure of FRONTIERPUB 15

Contributor/哲学さん
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がたんっ
 馬車が揺れる。これ以上スピードを上げるのは自殺行為であろう。
 どこか年老いた感のある青年は手にした銃を見下ろし溜息をついた。青を基調とした服装に身を包み、今この暴走に近い馬車に乗って溜息をさっきからついている。
 彼は不意にリボルバーを開ける。そこには銃弾が一つだけ残っている。
「……」
 彼は予備の銃弾を詰めることもせずただ静かにそれを見ていた。脳裏に明るく笑う金髪の少女の姿がよぎる。彼女は大きな眼鏡をしていて……とても無鉄砲で、考え無しで……いつも世話ばっかりかけさせて……。
 再び彼は銃を見る。そこには弾が一つあるのみ。
 彼女が居なくなったら平穏な毎日が訪れるのか……はたまた戦いの日々に戻るのか。
 彼女の居ない酒場で静かにグラスを磨く……それも悪くない。あるいは「アイツ」から渡されたコインに導かれるままに戦いの日々に戻ってもいいかもしれない。
 ここで無理をする必要なんて何もない。
 彼女に尽くす義理なんて何処にもない。
 理由など……。
ガチャッ
 リボルバーはそのまま銃に装填される。弾が一つしか入ってないままだ。
「ま、……たまには格好いいトコくらい見せないとな」
 自嘲気味に彼は笑った。瞳の中にはさっきまでにはなかった光が灯っていた。
――理由なんて……そんなものでいい――
 彼は立ち上がって御者に言う。
「スピードを更に上げられるか?」
「ああ任しときな!」
 威勢良く御者が応える。全く頼もしい限りだ。
「よし……あの馬車へつけてくれ」
「あいよっ!」
 更にスピードが上がる。
――結局のところ…………こんな下らない理由を探すことが絆と言えるのかもしれないな――
 彼は自嘲気味に笑った。――馬車は直ぐそこまで来ていた。

Lesson 3 Lecture of good hunting

「つまりさぁ〜〜」
 偉そうにウサギが指を一本立てて話している。
 それをなんとはなしに疲れた顔で彼女は見ていた。周りにはいつも通りに戻った酒場、そして地面に傷の治った馬鹿な男が二人――馬鹿馬鹿しいにも程がある。
 と、変化が起きた。
ばぁぁん
 煙と共にウサギが出てくる。しかも、そいつはさっきまでいたヤツと同じでタキシードを着ていた。
「……バカが2匹」
 もう驚くことにも疲れたのか彼女はぽつりと呟く。よくよく見ると2匹のウサギには違いがあった。まず雰囲気……そして片方は包帯でグルグル巻きになっていた。
「おい、……何をしてるのだね? フランク」
 包帯でグルグル巻きになっている方のウサギが言う。
「フランク……?」
「あらら〜〜ばれちゃった〜〜そう! 私の名はフランクリン=フォートル!」
 いぶかしむ彼女を尻目にウサギ――フランクは再び自己紹介する。となりでもう一人のフォートルがため息をつく。
「こいつは私の弟なのだよ。彼の方が純粋なので私より魔力が高いのだよ」
「あー、バカで思いこみが激しいから魔法の力使いやすいのね」
 未だ自分の傷すら治せていないフォートルと一瞬で酒場を直して、二人の男を治療したフランクを見比べて彼女は言った。
「すまないな――元マジカル☆ガール。このバカの暴走で大変なことになることになって
「……え?」
 彼女は耳を疑う。
「因果律とかいじられているからぁ〜〜これから大変なことが起こるのさ〜〜」
ばぎぃぃぃい
 無意識に彼女は二匹いる方の憎たらしいくらい元気な方を殴り飛ばす。するとぽぉぉっんとそれは放物線を描き……やがて地面に激突する瞬間煙と共に消えた。
「ちぃ……逃げたか」
 フォートルはため息をつく。
「……さて、どう言うことか説明してくれる?」
 フォートルが振り返ると……そこには拳を不気味にならす魔神がいた。
「えーと……人が人生において通過しなければならないターニング・ポイントが幾つかある」
「へぇ……?」
 一歩彼女は前へ進む。そうすればフォートルは一歩下がる。
「それが何個かここ数日起こるってことさ」
ぼんっ
 赤い魔神の手が伸びる寸前……黒いウサギは煙となって消えた。
『君の決断は既に幾つか終わっている――』
 どこからとも無く声だけが響く。
「ちょっと!? 待ちなさいよ!!」
『だが、君達の周りの人間にもそれは及ぶ――』
「――!?」
 驚いて彼女は床で寝ている二人の男を見る。
『――願わくば――君に幸おおからんことを願う――さらばだ元マジカル☆ガール』
 そして声は無責任に何かの予感を残して消えていった。
 

「――終わった何もかも」
 男は重い足取りで歩いていた。
「まあまあ、そう気を落とさないで」
 がっくりと肩を落とし死人のような顔で歩く男――ウェッソンに少女は気軽に肩をたたく。
「あの時――あの時決断を間違っていなければチェックメイトにならなかったはずなのに――」
 そう言いながらウェッソンは酒場の扉をくぐった。そこでは相変わらずモップ掃除をしているテムズだけが――。
――?――
 違和感を感じた。そして、心とは関係なく体は反応していた。背後にいる少女――サリーをはねのけ彼は前方に飛び退いた。銃弾が外へ向かって行った頃にはもう、斜め後ろにいる標的に銃を向けていた。見えていないけど分かる。相手は気配を消して扉の隣にいたのだ。もし、撃つ瞬間に殺気を放たなければ気づけなかっただろう。
 今まさに、後にいる男とウェッソンは銃を向け合っていた。
――あんたなのかっ!――
 両者共に動けない。
「何故だ?」
 ウェッソンは絞るように声を吐いた。
「何故あんたがここにいる?」
「……」
 相手は応えない。
「ウェッソン……」
 扉の向こうでサリーの声がした。その声が彼の心をきつく締め付ける。
「……やめよう」
 緊張を破ったのは老人の声だった。背後の老人が銃を降ろしたのを感じ、ウェッソンも銃を戻し、振り向いた。
 そこにいる老人は……彼のよく知ってしまった男だ。
「こんなお嬢ちゃんの前で殺し合いをするほどワシも無粋ではない」
 そう言って老人はゆっくりと歩き、テーブルに座る。
「……話したいことがある」
 そう言って老人は前の席を勧めた。
カコォォン!!
 重い空気の中突如として老人は地面に叩き付けられる。それはモップで椅子をはじき飛ばしたテムズの仕業だった。
「なんでサリーの時は無粋で、私の時は楽しいのよ」
 モップを握りしめ、赤い獣が静かに声を吐く……。一言でも判断を誤れば即座にその獣は老人をかみ殺すであろう。
「……」
 老人は反論せず、ただ俯きつつゆっくりと立ち上がった。息を吐き……そして言う。
「いや、なんとなく(はぁと)
「じゃぁぁかしいわぁぁぁぁぁ!!!」
ぽぽ〜〜い
 そうして老人は死んだ妻と束の間の再会を遂げた。


「で、話って何だ?」
 老人の心停止をサリーの謎の探偵拳法で回復させた後、老人とウェッソンはカウンターから離れたテーブルで向き合っていた。カウンターで今にも飛び出しそうなサリーをテムズが抑えている。
「あいつが……新大陸へ向かった」
 静かに老人は告げた。サリー達には聞こえない程度の声で。
「……」
 ウェッソンは応えない。
「あいつはどうしようもないバカ息子だが……自分のことをよく分かっている」
 老人は静かに言う。
「もう、大陸はわしらを必要としておらん……無論、この連合王国もな」
「……」
 ウェッソンはどうにももどかしく……もどかしすぎてパイプを吸う気にもなれなかった。
「もう、新大陸くらいしかワシ等の居場所はない。ワシも、あいつの相棒であったお前もそれは同じだ」
「……」
「さっきの動きがその証拠だ。お前に平和は似合わない」
「……だまれ」
 そこでやっと彼は言葉を発した。
「それはお前が決める事じゃない」
 静かに彼はにらみ返す。
「……これを」
 コトリとテーブルの上に老人は一枚のコインを置く。そこには「スミス」と言う名と何か獣の紋章が彫ってある。
「何の意味があるか知らないが……あいつからの預かりモノだ」
「正直言って……受け取りたくない」
 コインを見つめて彼は言う。
「受け取りたくもないし……受け取る資格もない」
 彼は目を逸らし、ただそう呟く。
「ワシの用はこれだけじゃ……新大陸で会おう」
 老人は立ち上がる。
「おいっ! コレを持って行けよっ!」
 慌ててウェッソンは老人に言う。
「それはお前が持っておくモノだ……確かに渡したぞ」
 そうして老人は店を出ていった。


「結局なんだったの?」
 老人が去った後テムズはウェッソンに聞いた。
「……」
 彼は黙ってコインを手に取り、……自嘲気味に笑った。
「古いダチからの贈り物を持ってきただけさ」
 そう言って無造作に――だが神経を集中して――コインをポケットにしまい、パイプに火をつける。
「……どこかに行くの?」
「……?!」
 サリーの言葉にウェッソンは驚き振り向く。
「どこかに行ってしまうの?」
「……大丈夫。何処にも行かないよ……ああ、どこにも行けやしないさ」
 そう言って彼はサリーの頭を撫でた。
「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」
  そんな中、気分をぶち壊す声が酒場に響く。
「何故ですか? サリサタ様! 何故私は猿ぐつわを填められて縄で縛られ、あまつさえ漬け物石を巻き付けられてるんですか!?」
 アジア人の男が叫ぶ。
「おーい、サリーなんかうるさいわよ」
 テムズが溜息と共に言う。
「何も聞こえないですぅ〜あんな男の存在すら分からないですぅ〜〜」
 そう言いながら彼女は両耳を塞いでそっぽを向く。
「御願いです! 族長はサリサタ様の婚儀を執り行うと決定したのです! もう言い逃れは出来ませんぞっ!」
『婚儀っ!?』
 思わずテムズとウェッソンは声を合わせる。
「そうだ。お前みたいな行き後れ……がはっ……ごめんなさい。何でもないです」
 実際、アジア人の感覚ではテムズは行き後れである。少なくとも、サリーの故郷ではそうである。
「結婚てものは本人同士が決めるモンだろう?」
 せき込んでいた喉を何とか整え、再びパイプを加えて、ウェッソンは言う。
「いや、結婚は家同士が結びつくためにするモノだ。親の選んだいい相手と一緒になるのが女の幸せだ」
「……もしかしてサリーってお嬢様?」
 テムズからすればそんな話は絵本に出てくる深窓の姫様くらいである。
「ふふふ……女は沢山の秘密を持つものよ……ですぅ」
「どこで覚えたそんな言葉」
 そう言ってウェッソンは嘆息し、……と、どこか真剣な目で見つめるサリーに気づき戸惑う。
「……どうした?」
「ねぇ? ウェッソンはどう思う?」
「? 何で俺に聞くんだ? お前がいやならそれでいいんじゃないか?」
「いやそうじゃなくて……」
 訳が分からずウェッソンはサリーを見返す。彼女は悲しげな顔してウェッソンを見つめている。
「……?」
「だからその〜〜あの〜〜〜あうううう〜〜〜〜。・゚゚・(>_<)・゚゚・。」
 それ以上どう言っていいのか分からなくなったのか両手でぽかぽかとウェッソンを叩く。
「ああああサリサタ様が鬼畜米英に毒されていく……」
「何泣いてんのよ、バカ」
 テムズの軽い蹴りで沢山の重りのついた男の体が簡単に転がる。その事実に改めてウェッソンはちょっぴり戦慄した。ホントにちょっぴりだが。
「取り敢えず、どこかに捨てとく?」
「ふふふ……俺は所詮ただの使者……俺を倒しても第二第三の使者が……」
「来てもいいから取り敢えず海に捨てようかしら」
「全然オッケーですぅ」
「ごめんなさい、生かしてくれると第二第三の使者を来ないように努力してみますから〜〜(ToT)」
「えらく性格が変わったような……あのウサギのせいで変えられてたのかしら?」
「あのうさぎ?」
「あのですねぇ〜あるところにサラ金をしていたウサギが……」
「う、詐欺」
「あ〜〜オチ言っちゃダメですぅぅ〜〜」
「いや、なんて言うか何故日本語?」
 既に話題はどうでもいい方向へ向かいつつあった。
「あのー」
『なに?』
 三人に意外そうな顔をされて振り向かれる。どうやらすっかり彼のことは頭の中になかったらしい。
「じゃあ、諦めてくれますぅ? アクワイさん?」
「アクワイって言う名だったの?」
「……ただでは諦められません」
 テムズの質問を無視してアクワイは言う。
「なら、狩りですぅぅ〜〜」
 サリーは指を天に掲げて言う。
「狩り?」
 ウェッソンはどうでも良さそうに煙を吐く。さっきまでの嫌な空気が消えて煙草が美味くて仕方ないらしかった。
「ウチの故郷では狩りは男が自分の誇りを持ってやるものですぅ〜それに負けたら帰ってくれるはずですぅ」
「いや、……えっと……それは」
「文句無いわね(はぁと)
 足の裏で床に顔を押しつける真っ赤な悪魔の言葉にアクワイは泣きながら首を縦に振った。
「……誰と戦うんだ?」
 ウェッソンは窓の外を見ながら煙を吐く。今日も霧が濃い。彼はやはりこの街の曖昧な感覚が自分には似合うと改めて確認をしていた。
「もちろんウェッソン!」
 と、サリーはウェッソンの腕に抱きつく。
「お、おい?」
「保護者として当然ですぅ」
 そう言って彼の体にサリーは顔をこすりつける。と、彼は気付いた。……彼女の手が震えている。
「やれやれ……」
 床を見下ろすとアクワイとか言う男がこちらを睨んでいる。彼も彼とてサリーの実父の命令で来ているから引き下がれないのだろう。
――こいつには悪いが――
 そして再び腕にすがりつく少女をみる。もう、こすりつけることもなく、ただ、堅く彼の腕に抱きついていた。
――俺も引き下がれないんだ――
「いいよ、やってやるよ」



「勝負はこの賞金首を先に捕まえた方が勝ちですぅ〜」
 サリーが万能探偵バッグ『バッ君』の中から選び出した賞金首のポスターを取り出す。
「賞金は2万ポンド! 宿代も一気に帳消しですぅ!」
 そこにはニール=パイマーと言う名前の下に「やっちゃえ盗賊団幹部ニーちゃん」と手書きで書かれている。
「……やっちゃえ盗賊団?」
「最近幅を利かせている銀行強盗ですぅ〜」
「……あっそ」
 そう言えば新聞に連続銀行強盗のことが載っていた気もする。
「そんな訳でスタートですぅ〜」
 そう言ってサリーは酒場の入り口にいる二人の背を押す。
「やれやれ……銀行強盗か……そう言えば向かいの大通りに銀行があったっけ」
 取り敢えず、一番近い銀行へとウェッソンは歩き出す。と、その時大通りの方から声が聞こえてきた。
「銀行強盗だ〜〜!!」
「……うそだろっ!」
 そう言いながらもウェッソンは走り出す。十字路にさしかかったところで彼の目の前を荒くれ者ののった馬車が通り過ぎる。そこには件の「ニーちゃん」もいた。
「ちくしょおっ! タクシー!」
 近くにあったタクシー馬車に彼は飛び乗る。
「ドロボー」
 背後で男の声が聞こえると共に、彼の横を馬に乗ったアクワイが通り過ぎていく。ちゃっかり奪ったらしい。
「俺が狩りというモノを教えてやるっ!」
 そう言ってアクワイは強盗の馬車を追う。
「――ったく、何だこの展開は?」
 舌打ちしつつ、ウェッソンは後で警察に突き出すことを心に決めた。そして、御者に声をかけた。
「前の馬車を追ってくれ!」


つかつかつかつか
「……」
 テムズはじっとみる。
つかつかつかつかつか
「……」
 相変わらずじっとみる。
つかつかつかつかつかつか
「……気になるんでしょ?」
 テムズが言うとサリーは立ち止まり……声のした通りの方とテムズを見比べる。
「……見に行きたいなら行ってもいいのよ?」
 苦笑しつつ、テムズはモップを片づける。
――「これから大変なことが起こる」――
 頭にバカうさぎの声が響く。直ぐに犯人が出たのもアイツのせいだろうか? 何にしても展開が速すぎた。
 と、酒場の前に馬車が止まる。
「はーい! テムズ! 巴里(パリ)は楽しかったよ〜〜」
 そこから降りてきたのは巴里旅行に行ってたアリサだった。
――これも偶然? 出来過ぎた偶然……起こるべき必然?――
 頭の中の考えとは裏腹にテムズの行動は速かった。
「ごめんっ! 店番頼むっ!」
 アリサを馬車から引きずり出し、サリーを馬車に押し込む。
「え? ちょっとちょっと!」
「後で埋め合わせするからっ!」
 友人に謝った後、彼女も馬車に乗り込む。
「行こうか?」
「はいですぅぅ!!」
「ちょっとぉぉぉ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 走り出した馬車の後で少女の声が響く。しかし、もう彼女らには関係なかった。


「ちいっ!」
 相変わらずアクワイは何度目かの接近戦を試みるが、最後に残ったニーちゃんはさすがに倒せないらしい。他の部下たちは既にウェッソンとアクワイが片づけている。
「どうやらそこまでのようだなっ! もう弾は無いんだろ?」
 ウェッソンはアクワイに言う。
「何を言うかっ! まだだっ!」
 そう言って彼は強盗のいる馬車に飛び込む。そして何とか成功し、もみ合いの喧嘩になる。それをウェッソンはじっとみていた。
――集中しろ――チャンスは一度だぞ、ウェッソン――
 残りの弾は一発のみ。判断を誤ればそこで終わる。と、二人は馬車からとうとう落ちる。それにあわせて、ウェッソンも飛び降りる。猛スピードの馬車から飛び降りるのは思ったよりもいたかった。が、今はそんな痛みにとらわれている場合じゃない。彼はすぐさま立ち上がる。
 そこには立ち上がりかけのアクワイと強盗の姿。どうやらニーちゃんの方が早く、しかも銃を構えていた。
 そして、アクワイの方へ銃が向かう瞬間――。
ドゥゥン
 ウェブリーは火を噴き、ニーちゃんの銃を飛ばしていた。そして銃を突き付けながら彼は近づく。
「チェックメイトだ」
 ウェッソンの言葉にさすがの強盗も渋面を作る。
「あんたら――なにもんだよ?」
 強盗は言う。
「……しがない保護者さ」
 ウェッソンは苦笑した。と、その瞬間ニーちゃんは背中に隠し持っていた銃を抜く。ウェッソンはウェブリーで取り出した銃を外側へ叩いた。
ドゥゥン
ヒィィィィィィィィン
 流れ弾がどこかの馬車に当たったらしい。が、今はそれどころじゃない。返す手で銃身をもち、ウェブリーのグリップを強盗の頭に叩き付ける。それだけでニーちゃんは気絶した。
「ふぅ……これでおわっ……」
「サリサタ様っ!!」
 ため息をつこうとした瞬間アクワイが叫ぶ。その視線の先には暴走馬車に乗るサリーとテムズの姿が見えた。さっきの流れ弾は彼女らの馬車に当たったらしい。
「くそっ!? なんでまたっ!!」
 彼は今頃トボトボと歩いてきたアクワイの盗んだ馬に乗り込み、暴走した馬車を追いかけた。


「くそっ! こっち側の扉は開かないわっ!」
 テムズのいる側のドアは立て付けが悪いのか妙な具合に絡まってて開かなかった。
「サリーっ! そっから飛び降りてっ!」
「こ、恐いですぅ……」
「何言ってるのよっ! さっき御者のおじさんも飛び降りてたでしょっ!」
 事態は切迫している。テムズはなんとかしてもじもじしているサリーを急かす。
「あれは私の推理では振り落とされたらしいですぅ」
 だが、サリーはあーだこーだ言って動かない。
「あーもーこのままだとテムズ川の藻屑よ〜〜」
「よりによってテムズ川ですか〜」
「なによ、『よりによって』って?」
「別になんでもないですぅ〜」
「嘘仰いっ! ってあーもーどーでもいいから早く降りてっ!」
 テムズに言われ、サリーは唯一開いている扉から外を見る。そこには暴走したせいでものすごいスピードで変わっていく景色がある。こんなところ落ちたら怪我してしまう。そんな危ないことは出来ない。
「……やっぱりこわいですぅ」
 彼女はとうとうしゃがみ込む。
「……あーもー」
 実力行使に出ようかとテムズが思ったとき、彼は来た。
「おいっ!」
 馬車に並列に走らせ、ウェッソンは言った。
「何をしているんだっ! はやく降りないとよりによってテムズ川に落ちるぞっ!」
「だからなによそれっ!?」

「……でもぉ」
 しゃがみ込むサリーの前にウェッソンは手を出した。
「じゃぁこっちに飛び移れよ。俺がしっかり捕まえてやる」
 サリーは馬と馬車の間の距離をみる。全く問題にならないほど短い距離だ。コレくらい小学生でも飛び越えられる。だが、今は馬車が暴走している。
 ――もし、失敗したら?
 彼女には飛び移ることが出来なかった。
「俺を信じろよ」
「え?」
 彼の左手が彼女の顔の前に来る。
「何があっても俺はお前を助けてやる――だからこいよ」
 サリーはウェッソンの顔と手を何度も見比べる。もうテムズ川まで後がない。もう、後数秒……。
 ウェッソンの手は変わらず彼女の前にある。
 ――そして彼女は笑顔を浮かべ……。
「はいですぅ」
 彼女の体は馬車を離れた――。


バシャァァァァァン
 暴走していた馬車が水に落ちる。その川の岸に馬に乗った青年と少女がいる。
「なぁ……」
 青年は静かに言う。
「何?」
 少女は青年の体に抱きつきながら言う。
「俺達がここにいるのはただの偶然の作った偽りの幻想なのかもしれない」
 青年は淡々と言う。
「おれはここにいるべきじゃないのかもしれない」
「……そんなことっ!」
「……そんなこと分かるはずが無いんだよな。せめて答えが出るまで、ここにいる……それも悪くないよな」
 そう言って彼は笑った。
「だからまだしばらく、ここにいてくれ」
 すると少女は驚いた顔をする。
「この言葉を待ってたんだろ?」

「ねぇ? ウェッソンはどう思う?」
「? 何で俺に聞くんだ? お前がいやならそれでいいんじゃないか?」
「いやそうじゃなくて……」
「……?」
「だからその〜〜あの〜〜〜あうううう〜〜〜〜。・゚゚・(>_<)・゚゚・。」

 先刻のサリーが行きたくないならそれでいいという答えに少女は不満だったのだろう。何故ならば、ウェッソンがどうして欲しいかという意見がなかったからだ。
 つまり……彼女の望む答えは――。
「どうした……?」
「……ありがとう」
 彼は苦笑する。
――困ったな――
 こんな時どんな顔していいか分からない。笑いたいような、ため息をつきたいような……それでいて恥ずかしいような……あるいは全部がまざったむずがゆい感覚だ。
 だが、取り敢えず、これだけは言えた。
「……どういたしまして」
 そして彼女と目が合い……二人は笑い合った。
 刹那……和やかな雰囲気をうち砕くかのようにテムズ川に水柱がたった。
バシャァァァァァン ガタン カランカランカラン――
 と、二人の空気が変わる。
「ね、ねぇ、探偵さん?」
「なななな、何でしょうガンマンさん?」
 二人はなるべく川の方を見ないようにカタカタと震えながら言い合う。
「かかかか、片手でば、馬車を川から投げる人がいたらどうします?」
 彼等は川と反対側を見た。――そこにはぐしゃぐしゃに潰れ、水浸しになった馬車の残骸があった。
「……ににに、にげるですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうう( ̄□ ̄;)!!
 途端、二人のりの馬は川から一目散に走り出す。だが、その背を何者かの絶叫が貫く。それは魔王の降臨を示す合図だったのかもしれない。

のがすかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああ

 そして……倫敦(ロンドン)に赤い魔王(ルシファー)が降臨したのだった。





「はーい、テムズ、賞金よ」
 アリサが酒場にやってきた。
「あ、もう終わったの? やっぱり持つべきモノは友達よね〜」
 テムズは笑いながら彼女を迎える。彼女の父は警察官である。事務官であるが。彼女は強盗を捕まえた賞金を持ってきてくれたのだ。結局……アクワイは本国に帰った。テムズの顔を見るなり死ぬ気で走って逃げていたのは気のせいだろうか? もう、お別れの握手を求めて手をさしだしただけで泡吹いて倒れていた。一体彼に何があったのかテムズには分からない。
 ただ、自分にも川に落ちてから次の日までの記憶がないのだが。
「はい、父さんから貰ってきた賞金よ」
 渡された封筒をドキドキしながらサリーは封を切る。
「意外に軽い……紙幣ってこんなに軽いんですねぇ」
 と、中をみてサリーが不審な顔をする。
「どうしたんだ?」
 端っこで新聞紙を読みながらパイプを吸っているウェッソンが訊ねる。
「……」
 サリーは黙って封筒をひっくり返した。
チリン、チリン……
「……30ポンド?」
「あら? 街の被害総額は差し引かれてるのよ」
「被害総額?」
 テムズは訳が分からず聞く。するとアリサは懐から出した紙を読み上げる。
「アクワイが盗んだ馬代」
「ふむふむ」
「ウェッソンが壊した馬車代」
「ふむふむ」
「テムズが壊した馬車代」
「え?」
「テムズが壊した橋代」
ぴししっ
「テムズが壊した家代」
ぴしししっ
「テムズが壊したガス灯代」
 その頃には……テムズは何かが崩れていくのを感じながら……ゆっくりと意識を失った。意外と人間は便利に出来ているものだった。
――「ははっ! 大変なことが起きるのさっ! 元マジカル☆ガール!」――
 と、意識を失う間際に声が聞こえた気がした。
 彼女は確認もしないで無意識に掴んだ何かを握りつぶした。

おしまい

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