The another adventure of FRONTIERPUB 8(Part2)
「昨日はとうとう帰ってこなかったわね」
テムズは通りに出て辺りを見るが二人の居候が帰ってくるような様子はない。
「……」
頭を振って不吉な考えを振り払った。店の中に戻る時、もう一度振り返った。通りに変わりはない。
「まったく…どこに行ったってのよ…」
彼女にできるのは、ただ待つことだけだった。
「はぁ…はぁはぁ…」
サリーは座り込んだ。閉じ込められてから一体どれだけ経ったろう。何度も調べたがどうやっても脱出できそうになかった。
「ウェッソンが…ウェッソンが待っているんですぅ!」
息を整えると扉に体当たりを始めた。だが、サリーの力では扉は揺れることすらなかった。それでも諦めずに続ける。何度も、何度も…
二人はある男を追っていた。その道すがらテリーがアニキに疑問に思っていたことをぶつけてみた。
「アニキぃ。わざわざ落とし穴に落ちたやつなんか縛ってどうするつもりなんスかぁ?」
「邪魔をされるわけにもいかないだろうが。宝が見つかったら助けるつもりだしな」
「そんなもんっスかねぇ」
「それよりテリー。お前、俺たちの後からここに入ってきた奴の事知ってるか?」
「オイラたちが穴の中にいたときに落とし穴を覗き込んだ奴っスか?」
「ああ」
テリーは首を横に振った。
「知らないっス」
「そうか。それなら知っておけ。奴の名はクラップ」
アニキは唾を吐き捨てた。その名を口にすることさえ忌々しい。
「クラップ?」
「トレジャーハンターを名乗る腐った野郎だ」
「どういうことっスか?」
「奴はルールってもんが理解できないのさ」
「ルールっスか?」
分かっていないようだったのでアニキは詳しく説明してやることにした。
「ああ。そうだな…宝の目の前でミスって罠にかかったとしよう」
「はぁ」
「命に関るような罠だ。そんな時に後から来たやつに助けられた。もちろんその時は助けを求めた。その後お前ならどうする?」
「礼を言って…一応お宝を先に見つけたって事を主張するっス」
「それは一般的なトレジャーハンターの理論だな」
「そうなんスか?」
アニキは頷いた。
「まあ、俺が知っている一般的なトレジャーハンターはそうだった」
「それじゃあ、他のはどんなことをするんスか?」
「甘い奴なら感謝してその後友情を育む。プライドの高いやつは礼を言ってそのまま立ち去る」
アニキはそこで言葉を切ってテリーの顔を見た。一応納得はしているようだ。
「そして、タチの悪い奴はその場は立ち去るが、街に戻るまでその命を救ったやつのものになった宝を狙う」
「それじゃあクラップってのはタチが悪いんっスか?」
「まあ、待て。オレが今教えたのはトレジャーハンターの理論だ。奴はトレジャーハンターなんかじゃない」
「でも――」
「自分で名乗っているだけだ。奴はただの悪党さ」
アニキは足を止めた。地面を調べてそこに足跡を見つける。
「テリー、授業はここで一旦打ち切りだ。続きは後だ。――行くぞ」
「へい」
二人は足音を落とした。下っ端二人組み風だった二人は暗殺者を思わせる身のこなしになった。速く、鋭い。
ときに木と一体化し、ときに風となって葉を揺らしながら二人は進んだ。まもなく、クラップの姿を捉える。
(お前は右だ)
アニキが声なき声でテリーに伝える。テリーはゆらりと動いた。すぐに景色に溶け込む。
突然、クラップの両腕が血を吹いた。わけもわからず大地に倒れ伏す。
「これがあの洞窟にあったお宝か」
アニキが箱を拾い上げた。中から鍵を取り出す。
「手前ら、誰だ!」
立ち上がろうとしたクラップの両足が血を吹いた。再び倒れる。その背後にテリーが歩み寄った。
「『純潔の女神』。聞き覚えがあるはずだ」
クラップがアニキの顔を見た。目を見開く。
「ま、まさか…貴様、死んだはず!」
「オレは亡霊だ。もっともお前の道案内はできないがな」
「ま、まて、オボロヅキっ!――」
クラップはそれ以上喋ることができなかった。その首を黒塗りの刃が貫いている。
「……」
しばらく待ってアニキがクラップだったものの懐を探った。するとそこから地図と数枚のメモが見つかった。目を通す。
「どうやらあの洞窟はダミーだったようだな」
「じゃあ、アニキ。その鍵は?」
「宝の入った箱を開けるための鍵だ」
「…無駄っスね」
大抵の錠前は普通、壊そうと思えば壊すことができる。その点で言えば箱を開ける鍵など必要ない。したがって鍵しかない洞窟などダミーに過ぎない。
「宝はこの近くに埋まっているらしいな。掘るぞ、テリー」
「へいっ!」
二人はメモに記された場所を掘った。掘りながらテリーが訊く。
「アニキぃ」
「なんだ?」
「悪党だったらどうするか聞いてないっス」
「邪魔者は消す。それが悪党の理論だ」
大いに納得したテリーはそれから黙々と掘った。そしてついに大きな箱が出て来る。鉄でできたしっかりとした箱だ。
「せっかくだ。鍵を使うか」
鍵を入れた回す。あっさりと開いた。
「……」
「……」
「宝…といえば宝だな…」
「…どうするっスか、アニキ?」
アニキは一番上にあった大きめの宝石を一つとった。後はとらずに蓋をしめる。
「確か女の子だったな?」
「へい」
「くれてやるか…。テリー、洞窟の入り口まで持っていくぞ」
「もって行くんっスか?」
「文句いうな。ほら、そっち持て」
二人は洞窟の入り口まで来ると箱を下ろした。テリーが洞窟に入ろうとするとアニキが止める。
「どうしたっスか?」
「いや、助ける必要はないみてぇだな。帰るぞ」
耳を澄まして洞窟の中の様子を探ったテリーは頷いた。
「へいっ!」
アニキは紙に何かを書き付けると箱の中に入れ、蓋を閉じる。鍵は差し込んだままだ。
二人はどたばたと走った。走りながらアニキが呟く。
「オレは甘い奴の部類だな」
時間はアニキとテリーがクラップを追っていたあたりに遡る。
とうとうサリーは痛みと疲れで起き上がる気力を失った。扉の正面に当たる壁に背を預けて座る。動きたくなかったが感覚の薄くなった手を必死に動かして鞄を探る。
小さな銃が出てきた。
「……」
サリーは何も考えずに撃った。灰色の粘液が扉に飛び散った。動きたがらない指を無理矢理動かして弾を装填、撃つ。
「…」
撃つ。装填。撃つ。装填……
何度繰り返したろう。扉はそのほとんどが灰色の粘液に覆われていた。
「…」
弾がある限り撃つつもりだった。機械的な動作を続ける。銃本体もかなりの熱をもっているはずだが気にならなかった。
「…」
その中の何発目が黒い粘液だった。弾を捜すサリーの目の前で突然扉が炎に包まれた。熱波がサリーを襲う。思わず顔を伏せた。
「な、なんだったんでしょぉ…」
炎はすぐに消えた。サリーの目に入ったのは、強力な熱でひしゃげた扉だった。出るのに十分な隙間もある。
「ウェッソンを、助けないと…」
扉の隙間を通るときに手に火傷を負った。痛みが走ったが無理矢理押さえる。
ゆっくりとだが、明かりを手に確実に進む。しばらく進むと、つまずいて転んだ。体を起こすと目の前に穴があった。
「ウェッソン! 返事をしてくださぁい!」
サリーが叫ぶと返事はなかったが何かを叩く様な音が聞こえた。サリーは身を乗り出した。結構深い穴のようだ。
「ウェッソ――」
そして、落ちた。身を乗り出しすぎたせいだ。
地面に叩きつけられた。体中が痛い。それでも無理矢理体を起こして
「ウ、ウェッソン?」
転がった明かりの中に彼は――いた。
「ウェッソン!」
できるだけ急いで縄を解いた。解放されたウェッソンがサリーの肩を掴んだ。
「おい、サリー。一体何があった?」
だが、サリーはそれに答えることはできなかった。弱々しい笑みを浮かべて、
「保護者失格、で…すぅ…」
そう言うと意識を失った。
サリーが目を覚ましたのは、自分の部屋だった。体を動かせなかったので、目だけで部屋の中を見ると、見慣れない大きな箱があった。
「あら、目を覚ましたのね」
テムズが入ってきた。水差しの載った盆を持っている。
「テムズさん、その箱、何ですかぁ?」
テムズは箱を空けて中身を取り出して見せた。年代物の、フリルのたくさんついたドレスだった。
「ドレス、ですよねぇ?」
「これが宝だったみたいよ。結構な数があるわ」
「ほら、宝物、ありましたぁ」
サリーは満面の笑みで言うと、眠った。
数週間後、ウェッソンは店の中で宝箱に入っていた紙に改めて目を通していた。
『当方、貴公らと同じくキャプテン・レディ・フリルの財宝を求めるものなり。されど、みつけし財宝は我らには不要のもの。よって、冒険心ある少女に贈る』
書いてあるのはそれだけだ。だが、ウェッソンはこれを書いた人間と話をしてみたいと思った。なかなかに愉快そうだ。
「ウェッソン」
呼ばれたほうを向くとテムズがいた。笑っている。
「どうした?」
聞くと、テムズが退いた。奥からサリーが入ってくる。その身を年代物の、フリルのたくさんついたドレスに包んでいた。
「どうですかぁ?」
頬を染めてサリーが言う。
「あ、ああ、似合ってる…」
呆然としたままウェッソンが言った。実際、サリーのその姿は童話の中に出てくるお姫様のようだった。
END