The another adventure of FRONTIERPUB 8(Part 1)
ウェッソンは両手足の自由を奪われ、地面に転がされていた。しかも岩場のせいで寝心地はすこぶる悪い。
(まさかここまで厄介なことになるとはな…)
ウェッソンを縛った犯人たちは必要もないのにしっかり猿轡まではめていった。おかげで愚痴をこぼすこともできない。だが、持ち物は取られていなかった。銃もだ。
(問題はサリーがどうなったかだ…。くそっ! こんなことならテムズに行き先を教えておくんだった)
ウェッソンは保護対象であるサリーの身を案じた。今の自分にはそれしかできないことが歯がゆかった。
そもそもの発端は三日ほど前にサリーがボロボロの紙切れを持ってフロンティアパブに走りこんでくることに始まる。
「だぁいニュースですぅ!」
サリーの勢いにテーブルを拭いていたテムズが手を止めて見やる。
「どうしたのよ?」
「宝の地図を手にいれましたぁ!」
テムズは溜息をつくとテーブル拭きを再開した。
「テムズさん?」
「なに?」
「妙に反応があっさりしてますけどぉ…驚かないんですかぁ?」
テムズはもう一度手を止めた。不満そうに自分を見るサリーに指を突きつける。
「宝なんてあるわけないわよ!」
「ど、どうしてそんなことを言うんですかぁ!」
「昔の人間だって犬じゃないんだからそんなにほいほい宝を埋めるわけないでしょ。あったとしても、もう見つかってるわよ」
「テムズさん、夢がなさすぎですぅ!」
「どうせ夢を見るならあたしはもっと叶いそうなところで十分よ」
そこでウェッソンが散歩から帰ってきた。睨み合う二人――サリーが一方的に睨み付けている様にしか見えなかったが――に声をかける。
「おい、表まで声が届いてたぞ。喧嘩ならもう少し静かにやれ」
だが、少しの間二人を観察して「無理か」と一人で結論付ける。そこで、我関せずを決め込んで脇を抜けようとしたがサリーに腕を掴まれた。
「それなら見つけて来ますぅ! ウェッソン、明日出発ですよぉ!」
後半はウェッソンに言う。当然ながらウェッソンはこう答えた。
「なにがだ?」
「いいですねぇ!」
しかし、残念ながら求める答を得ることはできなかった。それでも諦めずにもう一度聞こうとする。
「だから――」
「い・い・で・す・ねぇ!」
珍しく迫力のあるサリーにウェッソンは思わず肯いてしまった。それを確認するとサリーは満足げに頷いて自分の部屋に行った。
「一体何がどうしたんだ?」
「宝捜しがどうとか言ってたわよ」
呆然とするウェッソンにテムズが教えてやった。
「それで出発が明日だと?」
「そうらしいわね」
ウェッソンはうつむいて深々と溜息をついた。それからふと頭を上げてテムズを見る。
「そういえばお前の夢って、何だ?」
「聞こえてたの? サリーの宝捜しに負けない壮大な夢よ。知りたい?」
テムズの悪戯っ子の様な光の宿る瞳にウェッソンは頷いて見せた。
「あなたたちが溜りに溜まった宿代を払うこと。…壮大でしょ?」
「そりゃ壮大だ」
はっはっはっと白々しく笑って誤魔化そうとしたら殴られた。
さらに数時間ほど話は遡る。
サリーは知り合いの老爺の家に遊びに来ていた。
「おじいちゃん、面白いものって何なの?」
老人は急かすサリーにいつものようにほっほっほっと笑いかける。
「まあ、待ちなさい。まずはお茶からじゃ。――おい、ばあさん。用意はまだか?」
老爺が台所のほうに声をかけるとそこから老婆が出て来る。
「いま終わりましたよ、おじいさん。さ、サリーちゃんどうぞ」
老婆はサリーにはミルクのたっぷりと入った紅茶を出してやった。お茶請けは特製クッキーだ。
「おいしいですぅ」
サリーの表情が蕩ける。老爺と老婆は幸せそうに顔を見合わせた。
「――はっ、もう少しで忘れる所でした。面白いものってなんですかぁ?」
「おお、そうじゃったな」
老爺はほっほっほっと笑うとボロボロの紙切れを取り出した。
「これは…地図、ですかぁ?」
「そう、地図じゃ。だがただの地図ではないぞ」
「ただの地図じゃない…ということはぁ――」
老爺はサリーの耳に顔を寄せて囁いた。
「宝の地図じゃ」
自分の顔を見つめるサリーに老爺はにっこりと会心の笑みを返した。
さらにさらに時間は数十分程度だが遡る。
ウェッソンはぶらりと知り合いの鍛冶屋の元を訪ねた。店は鍛冶場と一緒になっているために常に熱気に満ちていた。
「よう」
「ああ、ウェッソンさん。いらっしゃい」
鍛冶屋は珍しいことに青年だった。油や煤で汚れているが笑ったときにのぞく白い歯が印象的だ。道具の手入れをしていた。
「あれ? 銃のほうの整備はまだ大丈夫ですよね?」
「ん、ああ。まだ新品同様だよ」
ウェッソンは腰のホルスターから銃を抜いて見せた。鍛冶屋は受け取って軽く全体を確認すると返した。
「ウェッソンさんは扱いが丁寧で助かります」
「平和だからさ」
一瞬翳が走ったがすぐに普段のウェッソンに戻った。飾ってある展示用の銃を手に取る。
「どうだ、調子は?」
「親方が亡くなってからは銃のほうは減りましたね。親方の偉大さを改めて実感してます」
「爺さんは確かに名匠だったからな。だが、お前さんもなかなかのものだ。あと十年もすれば離れていった奴らも戻ってくるさ」
「そう言ってくれるのはウェッソンさんくらいですよ」
鍛冶屋は照れたように笑うと頭を掻いた。それから思い出したように立ち上がる。
「ウェッソンさん。これ、この前見つけたんですけどよかったら持って行ってください」
鍛冶屋が棚から取り出したのは小さな銃だった。ウェッソンの手の中に隠れるくらいの大きさだ。弾も一発ずつしか装填できないらしい。
「これは? …普通の口径じゃないな」
「親方の遺作です」
「これが?」
「ええ。見ていてください」
鍛冶屋は小さな銃に普通の銃と比べても大きい弾を込めると、壁に向かって撃った。弾は途中ではじけると黒い粘液が壁に飛び散った。
「…爺さんらしい銃だな。目潰しか」
「いいえ、少し待ってください」
「?」
ウェッソンの目の前で粘液が燃え上がった。炎はすぐに消えたが貼り付けられた鉄板が熱で歪んでいた。
「親方の作品を改良して作ってみました。どうです?」
鍛冶屋は得意そうに笑うがウェッソンは難しい顔をしていた。
「ウェッソンさん?」
「今の弾は後何発ある?」
「いくつか作りましたけど確か今ので最後です。後は親方の作った目潰し用のだけですね。入用でしたら作りますけど?」
「いや、二度と作るな」
「は?」
「銃と弾は貰っていく。代わりに宿題をやろう」
「宿題?」
ウェッソンは鍛冶屋の目を見ながら言った。この若い鍛冶屋の将来には期待している。こんなことに満足してもらいたくなかった。
「爺さんが何故最後にこれを作ったか。これがわかったらお前は爺さんの正統な後継ぎだ」
いまいち理解できない様子の鍛冶屋に「じゃあな」と声をかけて店を出た。
この銃、サリーに渡せば少しは苦労が減るだろうか? …無理だろうな。そんなことを考えながらウェッソンは宿に帰る事にした。
さて、話が進むことを期待している方には申し訳ないがここで時間はさらに数日ほど遡る。
「アニキぃ」
「なんだ?」
アニキと呼ばれた男は律儀にも振り向いて耳を傾けてやった。
「本当にこんな所にキャプテン・レディ・フリルの宝なんてあるんスかぁ〜?」
キャプテン・レディ・フリルとはごくごく一部の人間のみ知る海賊である。活動期間は大戦中の中ごろのさらに一年間だけ。各国の戦争中の軍の武力ですら捕まえることができなかったといわれている。ゆえに幻の海賊とも呼ばれていた。
「ある。このオレが三ヶ月もかけてウラを取ったんだ。偽物なわけがねえだろ」
「けどアニキぃ〜」
「なんだ?」
振り向きかけたアニキは再び視線を自分の弟分に戻した。
「地図そのものをもっていかれたじゃないっスかぁ〜。そんなんで平気なんスかぁ?」
「むっ。テリーのくせに痛い所をついてきやがったな」
アニキは弟分――テリー――に怒りをぶつけるどころか褒めた。
「おめぇも成長したんだなぁ…」
「当たり前っスよ。おいらの夢はアニキが船長の船の副船長になることっス。アニキの相棒になれるように日々頑張ってるっス!」
アニキは横を向くとにじんできた涙を乱暴にぬぐった。チクショウ! オレはいい弟分を持って幸せだ!
「安心しな、テリー。地図はなくしたがこうして写しは持っている。それに街に近い場所にある無人島だからこそ誰も探しやしないんだ!」
テリーはアニキの頭のよさに感動した。オイラにはそこまで思い至らないっス! 凄いっス、アニキ!
「さすがっス、アニキ! 見事な理論の展開ってやつっスね!」
「おうよ。さあ、探すぞテリー! キャプテン・レディ・フリルの宝は目の前だ!」
二人は「オー!」と片腕を突き上げて気合を入れた。
ここでようやく話は一日前になる。
サリーとウェッソンはいままさにフロンティアパブから出発しようとする所だった。
賢明なる貴方ならば時間がおかしいことに気が付いただろう。すなわち二日前に出発したはずではないのか?
「サリーらしいというかなんというか…。気負いすぎて熱出すなんてね」
これが真実である。
「うう…面目ないですぅ…」
うなだれるサリー。熱は半日で退いた。残りの半日は静養にあてたので体調は回復していた。
「まあ、そのおかげで詳しいことを調べれたから俺としては文句はないがね」
ウェッソンが地図を片手に言った。
「日帰りで帰ってこられる距離だったとは予想外だったが、幸運ともいえるな」
「それじゃあ夜には帰ってくるのね?」
「ああ。船は手配してある。後は行って帰ってくるだけだ」
「そ、じゃあ、行ってらっしゃい。気をつけてね」
そして二人は出発した。
港につくと早速ウェッソンの手配した船に乗った。観光客を乗せる船だったので思いのほか簡単に手配できた。
三時間弱で目的の無人島に着く。歩いて一時間くらいで一周できる程度の島だ。名もない島である。
「それじゃあ、お客さん。帰りは予定通りでいいかね」
「ああ」
「じゃ、ごゆっくり」
ウェッソンが船長――操船は一人しかいなかったがウェッソンは彼の名誉のためにこう呼んでいた――と話している間、サリーは地図とにらめっこをしていた。
「で、どこに行けばいいんだ」
「こっちですぅ」
サリーが指差した。その先にある森を確認してウェッソンは一つ肯くとサリーに小さな銃と弾の入ったケースを差し出した。
「目潰ししかできないが護身用にはなる」
サリーは一度ウェッソンの顔を見たが「わかりましたぁ」と言ってて受け取った。
「さて、さっさと探しに行くか」
「行きますぅ!」
しばし森を歩くとサリーが立ち止まった。
「ここら辺のはずですぅ。どこかに洞窟があるはずですぅ」
しかし、坂になっていたりはするがそれらしい洞窟はどこにも見当たらない。
「フム。もしも宝が本当なら入り口も隠されていて不思議はないな」
ウェッソンとサリーが探し始めて数十分後、やがてウェッソンが奇妙なことに気が付いた。
「サリー」
「はい?」
「ここに並んでいる木、変だと思わないか?」
「えーと…あっ、木の根が重なり合ってますぅ」
「ああ。それに木の幹が坂に埋まっている」
ウェッソンは自分で指摘した場所に立つと穴を掘った。すぐに鉄の板が現れる。
「なんてこった。当たりだ」
苦労してさらに掘るとどうやらその鉄の板が蓋になっているらしいことがわかった。全体が現れるまで掘り、よせるとウェッソンも楽に入れるほどの穴があった。緩やかな下り坂になっている。
「わざわざ木を持ってきて入り口を隠してたのか…。これは本格的だな…」
「それじゃあ、さっそく行きますぅ!」
サリーは明かりを片手にひょいひょい降りていった。ウェッソンが追おうとしてふと立ち止まる。
「誰かいたような気がしたが…気のせいか」
厳しい目つきであたりを見回したウェッソンだったが、すぐにサリーを追いかけた。
「アニキぃ」
「なんて奴らだ…俺たちが一週間かけても見つけれなかったのにあっさり見つけやがった…」
「どうします?」
「追うぞ。宝に辿り着いた所で奪ってやる」
「さすがアニキっス」
木の陰で相談し、結論が出た二人は先に入った二人組みを追った。
「中は広いんですねぇ」
「おそらく島の大部分を使って螺旋状に下っているんだろう。自然の洞窟ではないことが決定的だな」
「と、いうことはこの先にお宝があるんですぇ。燃えてきましたぁ」
そう、気合をいれたサリーの足元でかちりと音がした。だが、彼女の注意は道の先にあったのでそれには気がつかなかった。
本人が気付くかどうかの音だったのでウェッソンも気がつかなかった。罠があったと彼が判断したときには、彼はすでに闇の中に姿を消した所だった。
音もなく開いた落とし穴は、サリーの足がスイッチから離れることによって音もなく閉じた。彼女はウェッソンが落ちたことにも気付かず「行くですぅ」を繰り返すだけだ。
やがて、いかにもな扉の前に辿り着いた。この先にお宝が待っているんですねぇ。サリーの胸が高鳴る。
「さぁ、行きますよう、ウェッソン…ウェッソン?」
そこで始めて彼女はウェッソンがいなくなっていることに気付いた。しかし、
「途中で疲れて休んでるんですねぇ、きっと」
そう、結論づけて扉に手をかけた。力を入れるとあっさりと開く。中は半円形のホールになっていた。地面は柔らかい土になっている。
「さあ、この中にお宝があるわけですねぇ。どこでしょう?」
サリーはまずは歩き回ることにした。どこかに穴を掘ろうにもスコップを持っているのはウェッソンだ。
「おっ宝〜♪」
「残念だがな、お嬢ちゃん。ここの宝は俺の物だ」
入り口に男が立っていた。明らかに盗賊な恰好をした男だった。
「だ、誰ですかぁ?」
「トレジャーハンター。とでも名乗っておこうか」
「ウェッソンはどうしたんですかぁ!」
「ウェッソン? …ああ、お嬢ちゃんと一緒に来たもう一人のほうかな? そういえば途中で落とし穴が開いてたな、罠にでもかかってくたばったんじゃないか?」
「そんな…」
嘘だと叫びたかった。今すぐ目の前の男を張り倒してウェッソンの元に行きたかった。
「さ、おしゃべりはこれくらいにしようか」
男の手には銃があった。サリーが咄嗟に護身用の銃に手を伸ばすが男の反応が早かった。サリーの足元の土がはじける。
「余計な動きはしないで貰おうか。俺は銃の扱いが苦手でね、次は当たるかもしれないな」
「くぅ…」
くやしい。悔しいけどどうにもならない。
「さて、お嬢ちゃん。少しばかりそこら辺をを掘ってもらおうかな? 素手で掘ってもらえるとありがたいな」
サリーはおとなしく従った。柔らかい土だったが掘り進めるにつれ固いものに変わってゆく。やがて爪が剥がれた。
「痛ぅっ」
「爪でも剥がれたか? ま、お宝を狙ってたんだ。それくらいは我慢してもらおうか」
やがて小さな箱が出てきた。
「それだ。そこに置いて壁に向かいな」
男とサリーは一定の間を置いたまま動いた。男が箱に辿り着いたときにサリーは壁に辿り着く。
「よし、これで俺の目的は達成だ。あとは嬢ちゃんの好きにしな。あばよ」
男が扉の所まで辿り着いたときにサリーに言った。
「俺は育ちがいいから出て行くときは扉を閉めるんだがね、この扉は中からは開かないんだ。気をつけなよ」
意味に気が付いたサリーが走り出すよりも早く扉が閉まった。それでも扉に辿り着いて開けようとするが開かなかった。
「そんな…」
サリーはただ絶望の声をあげるしかなかった。
to be continued