The another adventure of FRONTIERPUB 55
街は歓びに満ちていた。 なにせ、今日は女王陛下の誕生日だ。街行く人々が陛下の生誕何周年を祝い、ここ数日はお祭り騒ぎである。ちなみに、何周年だったかは覚えていない。 こんなめでたい日に賭け事などするからだろう――神様も罰を与えたに違いない。 活気づく街の人々とは対照的にカジノから出てきたさえない男――ウェッソン・ブラウニングは深々とため息をついた。 財布の中にはもう何も残っていない。 ――神様も女王陛下の誕生日の時くらい大目に見てくれてもいいのに。 そんな甘えた事を思いつつ、ウェッソンは帰途につくことにした。 今日はフロンティア・パブもいつもより繁盛するだろうからその手伝いで忙しくなる。とっとと帰るに越したことはない。 と、そんな彼の背に声がかけられた。 「そんな暗い顔をしてどうした、ブラウニングの」 瞬間――彼の周囲の空気が一気に下がった。 ゆっくりと、覚悟を決めて背後に振り向く。 「何をしにきたロートル」 眼光を鋭くし、目の前の人物を睨む。 「やれやれ、つれないのう。それが世話になった老人にかける言葉かね」 そこには年相応にヒゲを蓄え、黒いタキシードを着た上から下まで完璧な老紳士がいた。この下町には不相応な貴族のオーラが漂っている。 彼の名はアンドリュー・J・ペンウッド男爵。そのものずばり英国貴族であり――かつては戦場で名を馳せた「血塗れ紳士」でもある。軍を退役したその後も、彼の腕は鈍っていない。何故ならば――。 ――声を掛けられるまで気配に気づけなかった。 相手の技量の高さを改めて思い知らされつつ、ウェッソンは息を呑んだ。 「うるさい。お前に世話になった覚えはない」 無視して歩き去ろうとウェッソンは背を向ける。 「ほほう、では前回タダで豪華な食事を飲み食い出来たのは誰のおかげだったかなぁ」 「その後、胡椒まみれで一週間寝込んだのは何処の誰だっけなぁ?」 再び振り返ったウェッソンの瞳が老人の瞳とぶつかり合う。 「まあ、今日はめでたい日だ。ひとまず下らない争いはやめにしよう。今日は陛下のお誕生日だ」 「……そういえばあんたも貴族だったな」 しがない地方貴族もこの日ばかりは宮殿で催される祝賀パーティに呼び出されたのだろう。 「そろそろ甥に家督を譲るのでな。今宵、あやつを陛下にお目通りしてもらおうと思ってな」 「……あの頼りない男に任せて大丈夫か」 ――まあ、この老人に任せるよりはマシか。 「でだ。パーティが始まるまでヒマを持て余してな。しばらく私に付き合ってもらえんかね」 「馬鹿馬鹿しい。それこそ自分の甥に頼め」 「ああ、残念ながら甥はさっきジョバンニの倅の所に行ってしまったのだよ。ロンドンの数少ない知り合いの一人らしいからな」 「……誰だ?」 貴族の名前なんかいちいち覚えていない。いきなりジョバンニなどと言われてもウェッソンにはさっぱりである。 「まあいい。 そう言えば、馬は得意かね?」 「馬?」 突然の言葉にウェッソンは首を傾げる。 「競馬だよ。貴族の嗜みだ」 「なんだ、競馬か」 「ああ、お前のような粗野な男には無縁なものかもしれんな」 何気ない言葉にかちんと来る。全く持ってこの老人は嫌なヤツだ。 「粗野で悪かったな。あいにく今金を切らしているんだ」 「ふむ……なら、自信はあると」 「ああそうさ。今日はカードで負けたが、馬なら簡単に稼げてたさ」 カードはあくまで運だ。しかし、競馬はどの馬が勝つかを考えればいい。実力のあるものさえ見抜けば後は簡単だ。 ――やったことはないが、そうに違いない。 「ほほう……ならば特別に金を貸してやろうか。近くに行きつけの競馬場がある」 「ふん、上等だ。利子を付けて返してやる」 ウェッソンはにやりと笑う。 「ならば、どちらが沢山儲けるか勝負せんか? 負けた方が相手の言うことを何でも聞くと言うのはどうだろう」 「いいのか、そんな事を言って?」 「なあに、貴族の嗜みという奴だよ。 それより、この勝負――受ける気はあるのかね?」 どうやら、積年の恨みを晴らす時がついに来たらしい。 おまけに競馬ってとても儲かるモノらしい。万馬券でも手に入れれば一躍大金持ちである。 今まで資金が足りないから挑戦してこなかったが、これはまさに渡りに船である。 ついに、貧乏生活から脱出し、なおかつこの老人との因縁を決着させる時が来たのだ。 「聞くまでもない。目に物をみせてやろう」 その時、ウェッソン・ブラウニングはとても悪い顔をしていたという。 |
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何故か背後で爆発が起き、びしぃっと決めた自称美少女名探偵ことサリーはあわあわと倒れかけ、隣にいたボロ布の少年――フゥルがそれを支えた。 そして、即座に振り向き、後ろに声をかける。 「ちょっとー、ギャラハンさん、火薬の量が多すぎですよぉー」 「えーでも、登場シーンはこれくらい派手じゃないとー」 「サリー、ホントにこれが犯人逮捕に繋がるのか」 「何言ってるんですかフゥル! 探偵は爆音と共に登場しないといけないってこないだ知り合いの怪盗さんに言われたから間違いないですぅ!」 「……知り合いの怪盗て何だ?」 「なんか、お嬢さんには燃えも必要だとか言ってたですぅ」 そんなやりとりをする向かいのビルを見てウェッソンは唖然としていた。 頭が混乱する。 ――何故。何故サリーがこんな所にいる? よりにもよって! このクソジジイと悪魔の居る時に!! 「ややや、これはこれは探偵のお嬢さん、お久しぶりです」 老怪盗が声を上げる。 「あー、あなたは先月の時の怪盗レパン・ザ・セカンド――!!」 サリーは今更の如く声をあげる。 「おいおい気付いてなかったのか」 「あれぇ、でもディメンション・ダイスケさんがちっちゃくなってますよぉ?」 「え、あれ、いや、その……」 帽子を目深に被り直しつつ、ウェッソンは返答に詰まる。さすがにこれではバレてしまうんじゃないだろうか。 「ああ、彼は引退して息子に仕事を譲ったのだよ」 「あ、そうなんですかぁ。どうも、よろしく息子さん!」 老怪盗の言葉にサリーはびしぃ、と右手を挙げて挨拶してくる。 「えーと、どうもよろしく」 顔を引きつらせつつ、ウェッソンは手を挙げて挨拶を返した。 「しかし、お嬢さんと助手だけで我らを止められると思いかな? 名探偵サリー」 ばさぁ、とマントを翻し、ポーズを決める老怪盗。 「ふっふっふっ……甘いですよぅ。今回はなんと、ギャラハンさんとその愉快な仲間達があなた達を包囲しています!!」 「いやっふー!!!」 「いぇーい!!」 「ひゃっはー!!」 「名探偵サリー最高ーー!!」 ミーハー集団の如く周囲のビルの屋上にずらりと一斉に警官達が現れる。 「ふふん! 上司が謹慎喰らっててどうでもいい所を警備しててヒマだったらしいので、手伝っちゃってもらいましたー!」 「手伝っちゃいましたー、あははー」 えへん、とふんぞり返るサリーの隣でギャラハンがあははーとふぬけた笑みを浮かべる。 周囲にいる警官達は「いいぞー!」「サリーちゃん最高ー!」「ドンドンパフパフー!」とか騒いでいる。 そんな警官達を見て思わずウェッソンは目を覆った。 「面白い人達だね」 「……ああ、そうだな」 相棒の言葉に疲れたように言葉を返す。 ――ああ、レドウェイトのヤツが苦労する訳だ。 今度飲みに行ったときは優しくしてやろう。そう、心に決めたウェッソンだった。 「……あれ? あのディメンション・ダイスケってウェッソンさんに似てない?」 ビクッッ ギャラハンの言葉にウェッソンは固まる。 「あ、ハハーハ、ナニヲイッテルノカナ? ミーノドコガ?」 「そうですよぅ、全然似てないですぅ」 「全くだ。そんなんだからいつも減棒喰らうんだぜ?」 「ほんとギャラハンは馬鹿だなぁ」 「マジダメだぜ」 「ちょ、お前等! よく見ろよ! 絶対に似てるって!」 「はいはい、分かりました」 ギャラハンが必死に主張するも、普段からアテにならない行動をしているせいか誰も彼の言葉を聞いていないようだった。 ――よかった、相手が無能で。 と、胸をなで下ろしていると視線を感じた。 ちらりとそちらを見るとフゥルがじっとウェッソンの事を見ている。 「…………」 じー 「…………」 じー 「…………」 じー 「…………」 ぷいっ 何故かフゥルは気まずそうに視線を逸らした。 ――気付いてる。 ――絶対に気付いてる!! 体中から脂汗をダラダラと流すウェッソン。心臓が張り裂けそうなほどバクバクと稼働している。 だが、幸い彼はこのことを話すつもりはないようだ。 ――ああよかった、話の分かる子で。っていうか、なんで俺はこんなことやってんだ。 「 と ー も ー か ー く ! ! 」 似てる、似てないでケンカし始めた警官達の間をサリーの澄んだ声が通り抜ける。 「ここで会ったが百年目! 怪盗さん達のお縄を頂戴ですぅ!」 『おーーう!!』 サリーの号令下の元、警官達が一斉に殺到する。 これだけの人数ならば捕まえるのも容易い――はずだった。 しかし、仮にも宮殿に忍び込み、そこから脱出してきた凄腕の怪盗三人である。 訓練された軍隊よりも更に劣る警官達など相手ではなかった。 タタタタァン 銃声と共にこちらを狙っていた銃が六つ弾き落とされる。 そして、近づいてきた警官達は杖と鞘によってあっさりと地面に叩き伏せられた。 「では、これにて失礼!」 ひょい、と老怪盗はサリーのいるビルに飛び移り、そのままサリーの横を通り過ぎていく。 「あ、待つですぅ!」 「じゃ、僕も失礼っと」 風雅も飛び移り、そのまま彼女の横を通り過ぎる。 「逃がしません!」 サリーは咄嗟に風雅に飛びかかる。 しかし、風雅はひょい、と軽やかに彼女のタックルをかわした。 そしてサリーはビルとビルの狭間に吸い込まれていき――。 「サリーー!!」 気がつけば飛び出していた。 ウェッソンは右手を伸ばし、彼女に向かって跳躍する。 右手で彼女の手を掴み、そして左手は屋上を――掴めないっ!? 身体が重力を感じ、落下していくのを感じる。 しかし、それを押しとどめんと手が伸ばされた。 「フゥルっ!?」 彼は両手でウェッソンの腕を掴み、なんとか引き上げようとする。 しかし、所詮少年の腕では大人一人子供一人を引き上げるだけの力はない。 「んくっ……」 歯を食いしばり、力を込めるがこればかりは根性でどうにかなるものではない。 むしろ、ずるずるとフゥルの方がウェッソン達に引きずられ、ビルの屋上からずり落ちそうだ。 「フゥル! 手を放してください! このままだとあなたまで落ちてしまうですぅ!」 「……いや……だ」 フゥルはずり落ちていきながらも声を絞り出す。だが、それ以上余裕がないのか言葉を発しない。 頑なにその場で踏ん張り続けようとする。 「…………フゥル」 サリーは彼を見つめ――ゆっくりと下を見た。やがて、決意を込めて帽子を目深に被ったウェッソンの方を見た。 「怪盗さん、手を放してください」 この期に及んで彼女はまだ気付いてないらしい。 「フゥルは大切な友達です。私のせいで死なせる訳にはいきません。 なぁに、私のことなら大丈夫。一人くらいなら――」 「断る」 「……えっ?」 思わずサリーは言葉を失う。 「馬鹿なことを言うな。俺は絶対に。絶対にこの手を放さない。どんなことがあっても! たとえ俺がどうなってもお前だけは必ず守る!!」 「……怪盗さん」 目を瞬かせ、彼女にはしては珍しい心底驚きの表情をみせる。 「なんでですか? どうして! だってあなたは敵じゃないですかぁ! 手を放さないとあなたも死んじゃうんですよ!」 「うるさい!! 敵とか味方とか関係ない!!!」 ウェッソンは力を振り絞り、なんとか彼女を引き上げようとする。 「俺は……」 「なんでですか!! いいから放して!」 全身の力をただ右手に込めて。 「俺は……」 「私ならなんとかしますから! お願いですからっ!! どうして!?」 全てをただ彼女を救うために! 「俺は……っ!! お前の……」 「若いのう」 今まさに生命の危機が直面する中、緊張感のない老人の声が割って入る。 ぎょっとしてみると対岸のビルの屋上から老怪盗や風雅、そして打ち身でへばってる警官達がじっとこちらを見ていた。 「いやー、青春だね」 「ほっほっほっ、私も若い時は凄かったんだぞ」 「ははは、おじさんはプレイボーイだったからね」 「おいおい、あの怪盗、サリーちゃんにほの字みたいだぜ」 「かー、やっぱ可愛いもんなサリーちゃん」 思い思いに軽口をたたき合い、談笑している。 よく見たら暗さとサリーが邪魔になって見えなかったが、下の方で警官達がマットを敷いているようだった。三人ならともかく、一人くらいならなんとかなりそうだった。 つまり――盛り上がっていたのは当人達だけということだ。 勝手に一人だけ盛り上がって――それをみんなで笑い物にされていたのだ。 よりにもよって、サリーの前で、あんな恥ずかしい言葉を――!! ぶちっ その時ウェッソンの中で何かが弾けた。 「どーーーーーっ、こーーーーーいっ、せーーーーー!!」 突如としてウェッソンの中にわき起こった力が普段の何倍もの力を引き出し、サリーを片手で持ち上げ、そのまま屋上の方まで投げ飛ばした。 『おーーーっ!』 「すげー」 「かっけー」 「やりおるわい」 「へー、意外と力持ちだね」 パチパチと怪盗と警官達が拍手をする。 そのままウェッソンはビルの壁を蹴り、その反動で自らもビルの屋上に着地した。 フゥルはそこで力尽きたのかするっと手を放した。 しかし、彼には何が起こっているのか分かっていないのか目を白黒させて辺りを見回している。 だが――そんなことはどうでも良かった。 「お――ま――え――ら――」 カチャリと腰の銃を抜き、ウェッソンは声を絞った。 その様子に全員が「ん?」と注目する。 「全員そこに直れ!! ぶ ち 殺 し て や る !」 「ギャー!!」 「逃げろー!!」 「ハハハハ! こいつキレおったわ!」 「ふふふ、彼が切れるのは久しぶりだねー」 「おんどれてめぇら今夜こそ決着をつけてやらぁぁぁ!!!」 銃声がなり響き、警官と怪盗達は路地の向こうに消えていった。 後に残ったのはへばって動けないフゥルと――。 「怪盗さん――」 月に照らされる名探偵。 「あなたは一体……何者なんですぅ」 問いかけるサリー。 しかし、その問いに応えるモノは誰もおらず――、ただ月だけが彼女たちを見ていた。 ――数日後。 「はい、ちゃっちゃと皿を洗う!!」 「勘弁してくれ――ここ数日やけに筋肉痛が酷くてまともに動けないんだ」 ウェッソン・ブラウニングはテムズの監督の下、皿洗いに終始していた。 「なによそれ! 店の手伝いを手伝ったバツよ! 一週間は全部の皿洗いをウェッソンにしてもらうからね!」 「……くそ、ついてない」 悪態をついたその時、扉をばたんっと破って少女の声が轟いた。 「事ーーーーー件ですぅーーーーーーーーーーー!!」 無論、それはフロンティア・パブの自称探偵サリーである。最近の刑事課では一家に一人は欲しいと呼ばれてるとか呼ばれてないとか言われている人気者でもあるらしい。 そんな言葉を漏らしながら煙草を吸うレドウェイトは――いつにもまして哀愁が漂っていた。それは昨日の話。 それはともかくとしてサリーは新聞をばっと広げ、テムズとウェッソンに叫ぶ。 「なななんと、数日前にアストンの指輪を盗んで指名手配中の怪盗紳士の一味が第二の犯行予告をしてきたんですぅ!」 ぱりーん 「ちょっと! ウェッソン!」 「ああ、悪い」 慌てて割れた皿をちりとりで回収するウェッソン。 「っていうか、舌の根も乾かないうちに第二の犯行? その怪盗よっぽど愉快犯なのね」 「全くですぅ! 英国人の風上にもおけないですぅ! それで紳士を名乗るなんて不届き千万もいい所ですぅ!」 「……はは、まったくだ」 力ない笑みを浮かべつつ、ウェッソンは皿洗いを再開した。 「でも今度は追いかけるのやめときなさい。一回死にかけたんでしょう?」 「いいえ、絶対に捕まえてみせるんですぅ! 名探偵に敗北はゆるされないのですぅ!」 拳を握り、力説するサリー。その背後からはめらめらと炎が燃え上がっているようだった。 「特に……あのガンマンの人! あの人だけは捕まえないといけません!」 眼鏡をくいっと挙げて彼女は力説する。 「あらどうして? そんなに酷いやつだったの?」 するとサリーは顔を左右に振り、彼女にしては珍しく言葉を詰まらせた。 「いえその……ちょっと格好良かったですぅ」 「へっ?」 ウェッソンは危うくもう一枚皿を割りかけた。 「ちょっと……それはどういうこと?」 テムズが女性特有のイヤラシイ笑みを浮かべて追求してくる。 「あ、いや、えーと、その……今のはなしです!! なしなし!! と、とりあえずです! あの人は私を助けてくれました! だから私の手で捕まえて絶対に正しい道に更正させるんですぅ!」 「へー……ふーん、そうなんだー」 「ちょ、テムズさんなんですかその返事は!? 勘違いしないでくださいよぅ!」 「な〜にが勘違いなのかなぁ?」 「怒りますよぅ!」 そんな会話を聞きながら、ウェッソンは裏口からゴミを出しに言った。 でも、何故かその顔はにやついて――。 裏口の扉を開けるとそこには何故かフゥルが立っていた。 彼はこちらをじっと見つめた後――。 「……あの時はありがとうございました」 それだけ言って正面玄関へと向かっていった。いつも通り無感動な言葉なのでその真意は掴めない。 「…………」 ウェッソンは何も言えず、彼を見送る。 数秒後、店の方からフゥルの声が聞こえた。 「サリー、今日は十二秒遅れた」 「あ、フゥル! 聞いてくださいよ! テムズさんたら酷いんですよぉ!」 店の方から賑やかな話し声が聞こえてくる。 何故かその話し声が遠くの国の出来事のように思えた。 なんのかんのでテムズと言い合った後、サリーは結局いつも通りフゥルと出かけていったらしい。 あの少年はあの時の怪盗の正体をばらすだろうか。 もしそうなったら――。 「……まあいいか」 ウェッソンはゴミを出し、うんと背伸びをした。 どうせ、あの少年はそんなことをしないだろう。 今はただ、いつも通りの日常を過ごすだけだ。 まあ、サリーにちょっとはいい所をみせられたのであの二人に少しは感謝しても――。 「おお、奇遇だな。ブラウニングの」 気がつけば何故かゴミ捨て場の側にタキシードの老人が立っていた。 相変わらず気配がない。 彼はニコニコとしながら話しかけてくる。 「実はいい話があるのだが――」 「断る」 そこは譲れなかった。 |
END