The another adventure of FRONTIERPUB 3

Contributor/影冥さん
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FRONTIER PUBのとある一日――あるいは毎日――

 それは、仕事の一段落した気だるげな午後から始まった。
「ねえ、サリー」
 先に口を開いたのはテムズだった。カウンターに乗せていた頭を上げる。
「なぁんでぇすかぁ」
 それに対し、サリーは日の当たるお気に入りの席について日向ぼっこをしながら眠そうに答える。
「そこにいるウサギって、いつからいたのかしら?」
 サリーがテムズの指差す店の隅の暗がりに視線を向けると、そこには確かにウサギがいた。白いウサギだった。
「初めて気が付きましたぁ」
「それじゃあ、あんたは? ウェッソ…ン?」
 テムズの質問を受けるべき人物は確かにいた。だが、紅茶入りの杯を片手にしながらの息づかいはまさしく寝息だった。
念の為に数分間観察を続けるがやはり微動だにしない。眠っている。
「器用なものね…」
 なんとなく感心しながらサリーに顔を向けると彼女もついに眠っていた。どことなく幸せそうな顔をしながら眠っている。
「はぁ…」
 なんとなく溜息をついてウサギに視線を戻す。まさかあんたも寝ているんじゃないでしょうね? などと考えながら。
 ウサギと目が合った。よくはわからないが目が離せない。
 あれ? ウサギの目が光っているような? 反射よきっと。それじゃあどうして目の周りの毛まで赤く見えるの? 白くはないわ。
それは目の錯覚よ。それじゃあどうしてあのウサギは視線をずらさないの? 目が合っているからよ。今視界が真っ赤になっているのは?
それは――――

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「ん…ン?」
 テムズはゆっくりと体を起こした。窓に目をやると日が沈みかけている。
「あ、眠っちゃったんだ」
 まだ眠っているサリーとウェッソンを起こす。夜ともなればそれなりに店は賑わう。そのときにはこの居候たちにも手伝わせないといけない。
「ふぁい…おはようございますぅ…」
 サリーの目はまだ空ろだったが、まあ、そのうちに目を覚ますだろうと判断しウェッソンに近づく。
「ほら、起きなさ――」
 テムズが言い終える前にウェッソンは目を開いた。そうして杯に視線を落とすと「眠っていたか…」と呟いて冷めた中身を一息で飲み干した。
「さあ、二人とも準備するんだから手伝いなさいよ!」
 テムズはそう、宣言してからちらりと店の隅を見た。ウサギはいなかった。

 日が沈んでからまず現れるのは老人だった。黒マントを羽織るという異様な恰好をしているがその言動は紳士だった。
いつも1杯だけ葡萄酒を飲んでいく。そうして「お嬢さん」とテムズに声をかけて…それ以降を覚えているのは誰もいない。思い出すのはなぜか赤い光。
 老人が去ってからは少しずつ人が増える。店の大半を占めるのは冒険者と呼ばれる職種だ。どこを冒険するのかは知らないがどこからかやってくる。
「葡萄酒をいただけますか?」
 カウンターの中にいたテムズはその注文の声に振り向いた。だが、カウンター席にいるのは人並みの大きさの奇妙な置物が一つ。
「変ね?」
 奇妙に思いながらあたりを見回しているとそれに気付いたサリーがやってきた。
「どうしたんですぅ、テムズさん?」
「注文があったと思ったんだけど、ね」
 説明しながらテムズは置物を指差した。
「はにわですねぇ」
「はにわ?」
「昔の人がぁ作った人形ですよぉ。こんなに大きいのはぁ始めて見ましたけどぉ」
「どうしてこんなところにあるのかしら?」
「誰かのぉ忘れ物ですかねぇ?」
「ここの席には今日はまだ誰も座ってないわよ」
 テムズの言葉にサリーの目が光った。
「つまりはぁ謎の現象ですねぇ?」
 テムズは自分の迂闊さを呪ったが遅かった。迷探偵サリーが目覚めてしまったのである。
「あれがそうしてああなるわけで…」
 サリーは本人にしか理解できない情報を元に本人にしか理解できない推理を展開し始めた。そうして結論に辿り着く。
「わっかりましたぁ! これはテムズさんへの贈り物ですぅ!」
「ちがいますよ」
 サリーは自分の推理を否定する声の方向を向いた。そこには謎の元になったはにわが一つ。
「今のテムズさんですかぁ?」
「ちがいますよ」
 テムズが答える前に声がした。声の方向にはやはり、はにわしかない。
「えっとぉ…」
「葡萄酒、まだですか?」
 二人の目の前ではにわが言った。
「ねえ、サリー、はにわって喋る物なの?」
「普通はぁ、喋りませぇん」
 呆然とする二人の横から葡萄酒の注がれた杯が差し出された。それをはにわが器用に受け取る。
「なにやってるんだ、おまえら」
 テムズとサリーが視線を動かすと非難する目つきのウェッソンがいた。
「驚かないのぉ、ウェッソン?」
「なんでだ? 別に驚くようなことでもないだろう? それにお客さんに失礼だぞ」
 そう言うと、ウェッソンは、はにわに「ごゆっくり」と声をかけて別の客のもとに向かった。
「ごゆっくり」
「ごゆっくりぃ」
 二人はとりあえず、はにわから離れた。

 それから少し忙しくなって、一息ついたときには閉店時間になっていた。不思議なはにわがいつ帰ったのか誰も知らなかった。
 いつものように後を片付けてお疲れ様の乾杯をしてからそれぞれの部屋に向かう。寝台に横になるとテムズはすぐに眠りについた。
明日も朝食を求める客のために早起きをしなければいけない。
 こうして、フロンティアパブの一日は終わった。
 テムズが注文と売上の計算で、丁度葡萄酒2杯分の誤差があることに気が付くのはまた明日のお話。

END

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