The another adventure of FRONTIERPUB 14
「で、あんたたちは何しに来たの?」
テムズは縛り上げた二人の男を見下ろしながら聞いた。若いアジア人と年老いたガンマン。
「言ったはずだ。私はサリサタ様を探してここに来た」
「言ったはずだ。俺はブラウニングと戦うためにここに来た」
テムズは思いのほか元気な二人の傷をちらりと見た。一応手当てはしておいたが、どう見ても銃弾を受けたその個所は使い物になりそうにない。
「二人とも出かけていないわよ。ま、いいわ。警察呼んで来るからおとなしくしていてね」
「むぎゅ」
一歩踏み出したテムズは、足元を見た。タキシードに身を固めた黒いウサギがいた。兎は名乗る、フォートルと。
「…まだいたの?」
「気にするな。君がいかに私を傷つけようともそれは些細なことだ。すべてはボーナスのために在る」
「ボーナス?」
「うむ。即ち、ニンジ――」
フォートルはテムズの足の下から脱出すると頭を振った。
「――すべては人類の平和のために必要なことだ」
「…いまニンジ――」
テムズの目の前を光が疾った。前髪がほんの少しだけ焦げる。視線は片前足を頭上に挙げるフォートルに合わせられたままだ。
「マジカル☆ガール。時として言葉は避けようのない時の終わりを招くことがある。不用意な言葉は避けたほうが賢明というものだ」
「…大変勉強になったわ」
テムズは足の裏の物体に感謝の言葉をかけた。だが、その物体は嬉しがる様子もなかった。
「お嬢さん、私を無視してもらっては困る」
「小娘、この俺を無視して無事に済むと思っているのか?」
わざわざ一段落するのを待ってたのかしら? 疑問を心の中に浮かべ、テムズは視線を二人の男に戻した。その時、足元で「ぎゅ」などと聞こえたのは気のせいだろう。
「なに? これから警察に行くから忙しいのよ。他に何か用があるの?」
「だから、私はサリサタさまに会わなければいけないのだ。彼女の祖父である李師父が病に臥せっているのだ」
「リ・シフ? 変わった名前なのね。チャイニーズ?」
アジア人はかすかに笑った。出血のせいか顔色が悪い。
「いや、李というのは姓だ。師父というのは敬称だな。…サリサタ様の知り合いなのにそんなことも知らないのか?」
「李が姓? サリーはノンテュライトよ?」
「なに? …サリサタさまは流れるような黒髪で、切れ長の瞳の二十四歳の女性なんだが…」
「…サリーは金髪で十代よ?」
アジア人は呆然とした表情になった。
「…人違いで殺し合いを始めたわけ?」
「…謝罪しよう」
呆然とする空気の中、一人だけ大笑いするものがいた。ガンマンだ。
「はっ、ずいぶんと笑える話だな! 所詮は東洋のサルだったというわけか!」
「なんだと!」
叫んだせいかアジア人は急に意識を失った。今までに無理をしていたらしい。
「さて、今度は俺の番だな」
気絶したアジア人を侮蔑の目で見ながらガンマンが言う。
「…で、何?」
「ブラウニングはどこだ? 奴こそガン・ブレイズ・ウエ――」
ガンマンは言葉を止めた。その喉もとには鋭いナイフが突きつけられている。そのナイフを持っているのは――フォートルだ。
テムズは足を動かしてみた。そこにあるのは古びた雑巾だった。
「いつの間に…」
テムズとガンマンの声が重なった。テムズは純粋な疑問、ガンマンのそれは驚愕によるものだ。
「先程も言ったはずだがね。不用意な言葉は慎みたまえ。君の言葉はこの場に相応しくない」
フォートルは言い終えるとナイフを捨てた。振り返り、テムズを見る。
「マジカル☆ガール。大変に遺憾なことだが、一つ言わねばならないことがある」
「何?」
「私が仕掛けた因果律の歪みはもう一つ――」
その時、激しい爆発音と共に入り口の扉がはじけ飛んだ。テムズが弾かれたように振り向いた。
「――ある。…どうやら時間差でやってきたようだな」
扉のあった場所には人影が一つ。
「お義兄様は、どこ?」
まず目に入ったのはフリルの多くついたドレスだった。次に、柔らかなウェーブのかかった柔らかな金髪。顔は逆光で見えなく、最後に――無意識に最後に回してしまった
ともいえる――、右手には大戦中もそれを見た人間は少ないであろう最新型の歩兵用の無反動バズーカ。当然テムズは最新型云々などは知らない。
「…お客さん?」
テムズは両手を胸の前で組み、可愛く首を傾げて見せた。それを見上げながらフォートルが一言
「大まけにまけて少しだけ評価アップ」
「…ありがと」
大して嬉しくなかったが、テムズは一応礼を言った。
「ウェッソンお義兄様はどこ?」
乱入者はもう一度言った。その言葉にガンマンが驚愕の声を漏らす。
「き、貴様がブラウニングの養女か! どうやら俺の情報は間違っていたようだな」
テムズはガンマンをちらりと横目で見たが無視した。いまは店の危機だ。
「ウェッソンなら出かけているわ!」
「…お義兄様を呼び捨てにするなんて…あなたがお義兄様をたぶらかした女ですわね!」
「え、ちょっとまっ――」
「問答無用! 消し飛びなさい!」
バズーカが向けられた。
「マジカル☆ガール!」
テムズは飛んできた指輪を思わず受け取った。強制的に言葉がこぼれる。
「開け心の扉、私の心は希望に満ちて、あなたの心を癒してみせます! いでよ! マジカル☆ステッキ!」
テムズの手が炎に包まれ、指輪がマジカル☆ステッキ――ハルバードとなる!
「面妖な術を! ですが、それももう終わりです!」
「ちょ、フォートル!」
「今こそ魔法だ、マジカル☆ガール! 己の内に耳を澄ませ!」
テムズはハルバードを構えると心を静めた。回りの時間が引き延ばされ、心の声が聞こえてくる。
(魔法を使うのね、あたし。いくつか挙げるから好きなのを選んでね♪)
その声に呆れないでもなかったが、それでも心を平静に保つ。
(その一、マジック☆ノヴァ。地球を爆発させてその衝撃で相手を攻撃するの♪)
(へ?)
(その二、マジカル☆ビックバン。宇宙の爆発に相手を巻き込むの♪)
(ちょっと――)
(その三、ラブリー☆ホール。光さえも吸い込むブラックホールを作っちゃう♪)
(まってよ)
(その四、プリティ☆プロミネンス。太陽の炎でいろいろ焼き尽くす。ゴー♪)
(なんでそんなのばっかり――)
(これが最後よ、その五、重撃無皇斬。斬ったものはみんなないないしちゃうの♪)
(…じゃあ、五番目で)
(おっけぇ♪)
「いくわよっ! 重・撃・無・皇・斬!」
テムズは身に迫るバズーカの弾を斬った。虹色の光となり、消える。ついでに床板の一部も虹色の光となって消えた。
「…………」
その光景の後にあるのは、沈黙だった。だが、しばしの時が流れ、沈黙が破られる。
「…予想以上だな、マジカル☆ガール。評価は大幅にアップだ」
「…嬉しくない」
その会話を耳にし、我に帰った乱入者が言う。
「…今回は負けを認めましょう。ですが、必ずお義兄様を返していただきますわ!」
乱入者は優雅に振り返ると通りに出て行った。
「おい、小娘」
ガンマンがぽつりと言った。
「なによ」
「ウェッソンってのは、口ひげの生えた初老の男か?」
「…違うわ」
「…そうか。どうやらもう一つ笑い話ができたようだ」
空しい笑いが店内に響いた。だが、すぐにやむ。気を失ったらしい。
「マジカル☆ガール」
「…なに?」
「私の用意した三人は、本来君には関係のない存在だ。今回若干運命を歪めたせいで出会うことになったのだ」
「で?」
「だが、無関係というわけではない。君の関係者の関係者ではある。だが、彼らが己の目的を達することは運命にはない」
「ふーん」
「たとえば最初に気絶したものは、君の関係者の関係者だが、君の関係者に会うことはない」
フォートルはテムズの様子をうかがった。振り抜いた姿勢のまま動かない。
「ついさっき気絶したものは、関係者の関係者の関係者であって、君とは関係のない存在だ」
「へぇ」
「そして去っていった存在。あれは、君の関係者に近しい存在だが、彼女は己の求める存在とは会うことはない」
「結局何がいいたいの?」
「これが魔法の本質ということだ。…因果律は戻した。私は報告に戻る。ステッキは預かろう」
テムズの手からハルバードが抜け、指輪の姿にもどった。それをフォートルが拾う。
「また会う事になりそりそうだ」
フォートルはそう言うと入り口から歩いて出て行った。後に残されたテムズが呟く。
「結構、怖いわ、ね」
テムズは一休みすると二人の男を路地裏に捨てた。起きれば勝手に帰るだろうという判断だった。その後、店にもどり掃除を始めた。壊された扉と、壊した床板は応急処置
で済ます。本格的なのはウェッソンにやらせるつもりだった。ようやく平和がもどっていた。
テムズもフォートルも気付かなかった。歪められた因果律は新たな運命をつむいでいることに。
「いい加減に諦めたらどうじゃ?」
「クッ…今日のところは引き下がろう。だが、いつか必ず勝って見せる」
「精進せいよ、若いの」
ことごとく敗北したウェッソンは、眠っているサリーを背負うと帰っていった。それを老爺と老婆が見送る。
「見所のある若者じゃな」
「おじいさん、気に入ったからいじめるのは大人気ないですよ」
「年寄りの楽しみというものじゃよ」
老爺はほっほっほと笑った。実に楽しそうな笑いだった。
END?