And others 20(case 3)

Contributor/しゃんぐさん
《CASE:2
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 彼方に大国を臨む弧島の沿岸。
 水平線を埋め尽くさんばかりの小船と二隻の蒸気船が、ゆらゆらとたゆたい、
――今まさに沈もうとしていた。
「ん、まあ……数十年もしたら立派な珊瑚礁になってくれるだろうさ」
 涼やかな声が、斜めになった船の舳先に仁王立ちでそんなことをのたまった。
 蜂蜜を溶かしたような金髪が潮風になびいてきらきらと輝く。
「……どうして素直にやりすぎたと言わないんだか」
 大砲に腰掛けパイプをふかしていたガンマンが、ジト汗でぼやく。
「おい、そろそろ乗り換えねえと沈んじまうぞ」
 腰に日本刀を下げた男が、半分水につかった船室から顔を出した。
「……何を持ってるんだい?」
「ん? あ、これか。桶だ」
「オケ? ……ああ、バケツのことだね」
「で、なんでまたそんなもん。火事場泥棒か?」
「ちゃうわい、コレは俺が持ってきたんだよ。キャプテン=スパシーバの秘宝のためにな」
『?』
 首を傾げる二人。
「ま、そうさな」
 桶を持った男は、あちこちから煙の上がる島を眺めながら目を細めた。
「全部終わってからのんびりと拝むとしようじゃないか」


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「キャプテン=スパシーバ。この名前には諸説云々あってな。まず、なぜロシア語なのかと言うところから始まるんだが」
「北の人だからじゃないんスか?」
「それもあるかもな。だが、どうもあとづけくさいとは思わんか? 本来はもっと発音が難しい本名だったか」
「それとも、単純だったとか?」
「そうだろうな。財宝とも符号もする」
 ゴソゴソと、事務室でそんなことを話しているテリーと太ったイタリア人。
「ああ、あった。これっス。書類」
「お、そんなところにあったか。以前見かけたと思ってたんだがな」
 こきっと無い首を回すリカード。テリーは書類を懐にしまいこんだ。
「おいてめえら! つ〜か、リカード! なに裏切ってんだよ! 止めろ!! 今なら許してやるから!!」
 坊ちゃん狩りの海賊が縛られた縄にもがきながら声をあげた。
「俺は元から海賊になった覚えは無いんだナ。ほとんど脅されて入っていたんだナ」
 リカードはめんどくさそうに、わざとらしいイタリア訛りで言ってのけた。
「……面白いおっさんスね。本当にこれが頭目なんスか?」
 全然面白く無さそうにテリーが言う。
「……ああ、悲しいことにここの三代目頭目だ。船酔いわするわ、血を見ると気絶するわ、怖くて金庫の中で震えていた救いようのない役立たずだがな」
「世も末っスねえ……」
「るっさい! 大体ウチの海賊はサバラとアクワイの副頭領が実質のトップなんだ! 俺はお飾りだけの頭目なの!!」
「自分で言ってて悲しくならんのか? ……叩き上げのサバラはともかく、アクワイに至ってはどこの骨とも判らない癖に」
 リカードがあきれた様子で頭目を見下ろす。
「あ……アクワイは取引先が……どうしても参謀にって。実際頭いいし。あいつは獲物がどう動いてどう逃げるのかが手に取るように判るんだぞ」
「確かにあいつの特に知略には恐ろしいほどの才能を感じたが」
 虚空を見つめ、思い出したように身を震わせるリカード。
「あの人を見透かすような、人形みたいな目……あれは人がしていい目じゃない」
「そ、そりゃあ俺もあいつが怖かったさ。あいつが来てから、ウチの海賊は大きくはなったけど……なんか、おかしくなってきたし」
 意気消沈したように、海賊の頭がぼやく。
 無言。テリーはと言えば少々難しい顔して考え込んでいる。
 リカードは何をいまさらとばかりにライフルを肩に嘆息した。
「海賊って時点で歯車がおかしいことに気付け」


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「腑に落ちません……」
「そんなもんさ、俺なんて何もかもが気に入らない」
 シャンデリアの上と下、二人のアクワイがそれぞれを睨み合う。二人とも遠くを見据えるような焦点の遠い目をしている。
 上のアクワイは、辺りを見回しながらも考え続けていた。
 体力が限界に近い。正直あまり動きたくない。
「アナタのことは訓練所時代から知っていますよ。その『未来を視る』能力も」
「俺もお前を見たことがあるな。確か、フランシス様の従者……だった筈だ」
「あの戦いでフランシス様はお亡くなりになられましたからね。今のボクは捨て犬みたいなモンです」
 捨て犬か。少し前の自分と同じだ。
「あらかじめ言っておきますが、今回僕は派遣されてここにいる。決して独断ではありませんよ」
「維新派――それも過激派の差し金か。マフィアと手を組むなんて排斥派としては見過ごせないな」
「はっ、あなたが排斥派? その装備は馬の骨から作ったとでも言うのですか」
「無知だな。“デジマ”ってヤツさ」
「アナタこそ無知だ“エド”は滅びた」
 コルトが火を噴いた。自分のではない。
 コルト シングル・アクション・アーミー。別名ピースメーカー。
 長めのバレルと名前どおりのシングルアクションが特徴で45口径の威力は折り紙付のベストセラーだ。
 銃弾はシャンデリアの鎖に見事に命中し鎖を弾き飛ばした。
「うわっ……俺より上手いでやんの」
 落下の途中でシャンデリアを蹴って飛び降りて前に転がる。壮絶な音を立ててシャンデリアの音、ガラスの欠片が激しく飛び散る。
カチ――
「っ、またか!」
タン――
 慌てて身を捻ると、床にボウガンの矢が突き立っていた。
タタタン――
 連続して飛んでくる矢に、たまらず地面を転がる。
 その床に微かな違和感、床に手をついて腕の力だけでとぶ。
バシャン――
 案の定、今度は床から突き出す無数の鉄の棒。
 腰の高さまで突き出したそれは先端が凶悪に尖って釣り針のような返しがついている槍だった。
「さっきからさっきから……トラップハウスかよっ」
 前転側転バク宙。紙一重で矢と槍を躱していく。
「逃げてばかりじゃないですか。お得意の先読みはどうしました?」
「お、お前こそ、こんな古臭い手を使いやがって……」
「ボクは追い込みには定評がありましてね。確実に獲物を仕留めるには古典的な罠が一番なのですよ」
 長いバレルを撫ぜて冷笑。狙い済まして撃ってくる。
 アクワイはその弾道を予測し、避けようとして、
バシャン――ビリ
「げ……」
 飛び出した槍が、外套を破り体が床に縫い付けられた。
 アクワイの外套はかなり丈夫に出来ている。とりもなおさずそれは破れにくいということで、
「これで終わりです」
 ピースメーカーを突きつけて、ポニーテールのアクワイがゆっくりと引き金を絞った。


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「はいこれ、武器と船の売買書類っス」
「ああ、間違いない。……ありがとう、礼を言う」
 館の外は波の音すら聞こえるぐらいに静かになっていた。
 今この場にいるのは、ティムとテリーとリカードだけ。
 他の船員や海賊たちは全員ティムたちの船に向かっている。
「けど、この書類要るんスか? なんか、海賊の本隊、壊滅しちゃったようっスけど」
 書類を吟味していたティムは、ああと頷き、
「確かに、どういうわけだか海賊団は腕利きの三人の手によって滅びたらしい。一人は俺の保険だと思うのだが……後の二人はよくわかっていない」
「ん〜、もう一人に心当たりあるっスが、じゃあ、やっぱりこの書類は無駄骨っスか?」
「いや、海賊はともかく、これには売買先のリストが載っている。闇商人を燻り出す十分な手がかりになるだろう。盗む奴が悪いのか、それとも盗品とわかっていて買う奴が悪いのか。どちらも悪いに決まっている」
 断言して書類をパンと叩いた。
「おい、テリー。そろそろ行くぞ」
 リカードがダイナマイトの袋を引っさげ、テリーを呼んだ。
「おっと、今すぐいくっス」
「中に入るのか?」
 驚いた表情のティムに
「宝がこの地下にあるんっスよ」
「地下? 地下があるのか、この建物は」
 館を向いてティムが訪ねる。テリーはおや、と眉をひそめてリカードに、
「あるんスか?」
「ああ、確か天然のワイン倉があるな」
「みたいっスよ」
「?」
 会話についていけず、混乱するティム。
「それに、あの男前のあんちゃんのことも気になるっスからね」
 ライフルを肩にかついで、テリーはぼそっとそんなことを言った。
 今度はティムにも理解できた。
「……そういう理由なら、俺も行こう」


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「……っはぁ……はぁ……」
 息も絶え絶えに、アクワイは寝室のドアにもたれかかる。
 一階、寝室。ロビー側面の部屋にアクワイは逃げ込んでいた。
 誰の寝室かまではわからないが、おそらく幹部クラスのだろう。ベッドが四個もある。
 外套を捨てて上着だけになったアクワイは、その、上半身をはだけさせて、胸の赤い包帯を露出させていた。
 足首のポケットからアンプルを取り出し、ガラスの蓋を折ってそのまま胸にぶっ掛ける。
「――ッ」
 脳を直接こねられるような痛み。しばらく苦痛に喘いでいるとやがて、その痛みが嘘だったかのように引いていった。
 一息つき、上半分の服の袖を腰に巻きつけて固定する。
 ホルスターから右のコルト・パイソンを引き抜く。右の方にだけ残弾が1つ残っていた。
 右手に銃、左手に袖から出した飛刀を握り締めて扉から身を起こすと、
「もう、いいですか? そろそろボクもこの場所から逃げないといけませんので」
 扉越しに涼やかな声が聞こえてきた。
「ああ、待たせてすまないな」
「一つ……聞いていいですか」
「その時点で一つ……いや、いいけどさ」
「なぜアナタがこの国にいるのです? それはあなたの意思ですか、それともこの国に姉姫様が気にかけるだけの何かがあると言うことですか」
 押し黙る。
「さあ、どうだろうな」
「……声に殺意がこもりましたね。それでいい、アナタには本気を出してもらわねば。ボクはね、一度アナタに挑んでみたいと思っていたのですよ。あなたのその力はボクのトラップ技術によく似ている。先を読み敵を罠にはめる力……どちらが強いかじっくりと検分しようじゃないですか」
「別に俺の能力は未来を見ることじゃないんだがなあ……まあ、勝手にしてくれ」
 ドアから離れる。とたん、木製のドアに穴が穿たれ木屑を撒き散らした。
 規則的な連打。計六個の穴が空くのを確認し、すぐさまドアを開け放ち飛び出す。
 三歩前にいたそいつは余裕の笑みでピースメーカーを捨て、同じ拳銃をもう一つ取り出した。
 アクワイの瞳が色を失い急速に虚ろになっていく。
 遠くを視るような目。アクワイは左手の飛刀を音も無く投げた。
 正確な挙動。投げる瞬間まで震えていた手が、嘘のようにスムーズに流れる。
 投げた飛刀を見もせずに、二歩右へと移動。
カチ――
 少しへこんだ床板の感触がゆっくりとコンマ刻みで伝わってくる。
 踏み込み、一歩斜め左前へ出る。
 飛刀を躱した男の動作をアクワイの横目はしっかりと捕らえていた。
 舞い上がるポニーテール、右腕のコルトをかばうように振り上げている。
 その右腕にボウガンの矢が刺さった。


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 驚愕して銃を取り落とす青年。
 アクワイは冷静に一歩左前へと歩み寄る。
「くっ」
 コルトを取り落としたアクワイが、即座に足元のスイッチを押してバックステップした。
バシャン――
 無数の槍が展開され、二人のアクワイを分かつ壁が生まれる。
 目の前の槍に焦点が合う。虚ろな瞳は元の色を取り戻していた。
 海賊アクワイが槍越しの敵は腕をだらりと提げて、汗を拭った。
「ま、まさかこちらの罠を利用するとは。それが未来視の力ですか」
「いや、流石にこんな広いところじゃ使えないが……」
 アクワイは鉄の柵越しに言い放つ。
「さっきも思ったけど、何か勘違いしてないか? ゴムボールをはねっ返らせて空き缶倒すような根の暗い技だとか思ってるだろ」
「違うのですか?」
「うわ、あっさりと」
 肩をこかして脱力してしまう。
「あ、あのなあ。俺の能力は“捕捉”つまり観察して追跡する力。足跡見て獲物がどこに逃げたのかを探し当てるとか、建物の外観から間取りを見極めるとか、調度品や家具の配置からトラップや隠し部屋を察するとか、そういうのが本来のだな……いや、もういい」
 説得をあきらめてコルト・パイソンを狙い済ます。
「大体の罠の配置は覚えた。それでも、まだやるか?」
「……なぜ、撃たなかったのです。あのタイミングなら撃てたはずだ」
「いや、まあ、撃って欲しいなら撃つが……正直、銃は苦手で。当たり所が悪けりゃ殺しかねない。同じ名前の人間を殺す趣味は持ってないし」
 嘆息。納得いかない顔の敵アクワイ。
「甘いですね。甘い上に愚かだ」
 言われて、確かにそうかもなあと思った。
 それが表情に出たか相手は歯軋りをして、
「腑に落ちない。……なぜそんな負け犬のような目をしてこうも戦える」
 なんかさっきからこんなことばかり聞かれている気がする。
 アクワイはため息をついた。
「単純なことだ。心にぽっかり穴が開いた気になってたから忘れていたけどな。いや……本当は忘れてなかったから、無いほどにあった理由だったから探せずに悩んで迷って気持ち悪くなって、どうにも気に喰わなかった」
「……何のことです?」
 眉をひそめて青年が聞いた。
「犬は飼い主に似るってことさ」
 うん、と頷く。
 タイミングよろしく、館のドアが開いた。


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「無事か、朋友!」
「うわ、なんスかこの槍……」
「……このトラップ……使われてるの初めて見たぞ」
 入り口から声がする。見ればテリーとティムとよく分からない太ったおっさんこちらに近づいてきている。
「ボウガン? ええい、鬱陶しい!」
 ティムが棍で矢を目にも止まらぬ速さで叩き落としていた。
「なるほど、巧妙にスイッチが隠されてるっスね」
 後の二人はと言うと、トラップを見つけてはすいすいと避けている。普段からこのテの罠に慣れている感じだ。
 それを見て、腕を押さえていたアクワイが苦笑した。
「……潮時ですね。まあ、ここまでやってきたアナタに、まともに勝てるとは思っていませんでしたよ」
 片目を瞑り「――ですから」 と続ける。
 屋敷中から連続した爆音が響き、地響きが起こる。
「な、なんだ?」
「屋敷中を爆破して火を放ちました、もうすぐこのロビーにも火の手が回るでしょう」
 ロビーの中心へと歩み、床板を目一杯踏む。
 ガコン、と現れて出たのは不吉な予感のするスイッチ。
「悪党のアジトには自爆スイッチ……お約束だとは思いませんか?」
「うむ、自爆スイッチは男のロマンだナ」
 リカードが同意した。
「頷いてる場合か!」
 アクワイとティムとテリーは同時に駆け出していた。
 全員があと一歩の距離に詰め寄ったところで、
 海賊アクワイが口の端を引いて笑い、スイッチを踏む。
バガン――
 ロビーの中心に大きな穴が生まれ、
――太ったおっさん以外の全員が落ちた。


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「しまっ――」
ドサッ――
 時間にしては数秒足らずの浮遊感の後、激しく地面に体を打ち付ける。
 既に体中が痛すぎて痛いのかどうかわからなかった。
 見回す。闇に視界を奪われて何も見えない。
「わざとらしいウインクはそのためかよ」
 毒づく。片目を瞑って目を慣らしていたのだ。
 露出した地面、地下洞窟だろう。湿り気のある冷えた空気が周囲を包んでいる。
「やった、地下っスよ」
 なぜかテリーが小躍りして喜んだ。
「じゃあ、ここが天然のワイン倉?」
「いや、ここはワイン倉じゃない。その隣にある洞窟の袋小路だ」
 灯がついた。ダイナマイトの導火線の火だ。狭い洞窟の中がぼんやりと照らされる。
 そいつはその狭い袋小路唯一の通路にいた。
「ここの出口はここだけだ。さらばです、兄さん」
 そういい残して、放り投げて走り出した。
「いかん、伏せろ!!」
 ティムの叫びの前に既に全員が伏せている。
 爆発。衝撃波が体を打ちつけ、崩落の音が派手に響く。
「む、無茶しやがる……」
 起き上がり周囲を見る。天井の穴の光が強くなり洞窟の全体が見渡せている。
 敵の言葉を信じるなら、唯一の出口が崩落して閉じていた。
「お〜い、大丈夫か〜」
 天井から声が掛かる。
「あ、リカードさん。地下洞窟見つけたっスよ〜。多分ここっス」
「お、そうか。どうも見つからんと思ったら、ワイン倉とは別の穴だったのか」
 建物にして一階以上離れた高さから、のん気なやり取りをする二人。
 アクワイは頬をかいて、
「あ〜、盛り上がってるところ悪いんだけど、リカードさん? すまないがその辺に槍の刺さってるマントがあるから取ってくれないか」
「……ああこれか? ずいぶん重いな」
「で、その中に細いロープの束があるから――って、おいおいおい!?」
 リカードが外套を手に飛び降りてきたのを見てぎょっとするアクワイ。
「あんたが上にいないでどうやって昇るんだよ!」
「無茶言うな坊主」
「アクワイだ」
 こちらの台詞に、リカードはおやっと言う顔をした。
「まあいい、とにかく上はもう火が回って逃げるどころの話じゃない。入り口も開かん」
「……まじか」
「大マジだ。いずれここも埋まっちまうだろう、いやその前に蒸し風呂か?」
 笑うおっさん。余裕の笑みだった。
 出口が探し続けていたティムがそれを見逃さずに、
「手があるとでもいうのか?」
「ああ、とっておきのがあるぞ」
 何が楽しいのかニヤリと笑うおっさん。
 テリーが袋小路の奥の奥のほうで大きな四角い石を指して大声を上げた。 
「あったっス! これがキャプテン=スパシーバの記念碑っスよ。ここの四角い石が蓋をしてるっス」
「そこか……確かに伝承どおりだな。よし」
 リカードが腹から大量に出したそれを見て、アクワイとティムはぎょっとなった。
 もはやお馴染みのダイナマイトだ。
「な、なにするつもりだ?」
「喜べ。キャプテン=スパシーバの財宝を今から拝ませてやる」


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 島国と大陸の途中にある孤島の一つ。そこを近隣の者たちは畏怖の念をこめて海賊島と呼んでいる。
 その島はいわゆるカルデラ島と言う奴で、岩だらけのそこはちょうど海底火山の天辺にあたる。
 その島の大地を、先ほどから度々起こる爆破の衝撃が何度も何度も揺り動かしていた。

 大昔、枯渇し埋没したはずの“それ”は長年の休養を取り戻していた。
 “それ”はちょうど空気を入れすぎた風船のように限界まで達し、いつかは風船を破り破裂するはずの存在だった。
 だが、今そのときを待たず、何度も何度もそれを圧迫する存在が、
ドカン――
 ついにそれに針の穴を開けた。
 そうして、“それ”は今まさに破裂し、溢れ出したのだった。


ブシュウゥゥゥゥゥゥゥゥゥ――――
 船を修理して沿岸に再度進水した船乗りたちは、呆然と“それ”を見上げていた。
 燃え盛る火と立ち上る煙をあざ笑うかのように噴き上げた大量の水しぶきが舞い散る。
「お、叔父様。あ、あれは……?」
 目を大きく見開いて、リエンが不思議そうに訊ねた。
「あ、ああ。確か情報集めのときに聞いた覚えがある。どうでもいいから話題にも出さなかったんだが……」
「聞いた? 何を?」
「この島は海底火山が盛り上がった島で、いつの間にか枯れちまったらしいが……海賊の船長が好んで“それ”で体を癒していたなんて伝説があってな。
 で、ついたあだ名が、キャプテン=スパなんとかとか……」
「はあ……キャプテン=スパ(温泉)ですか?」
「いや、スパなんとかだが……」
 吹き上げるその大量の水――いやお湯か――は、長年の時を経てその勢いを取り戻したかのように景気良く噴水している。
 船の甲板に上る全ての船員としばられた海賊たちが口をあんぐりとあけていつまでもそれを見続けた。
 島中央に大きな虹が掛かった。


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「いややや。まさかあんなに熱いとは思わなかったナ」
「思わなかったじゃねえぇぇ〜! やけどするかと思ったぞ!!」
「全くだ。途中で海水が染み出してきたから良かったものの……」
「あ、こっちの方がいい湯加減っスねえ〜」
 アクワイは地面に立ち、確かに頃合になった湯水に濡れながらも周囲をぼーと俯瞰していた。
 屋敷の遥か上にまで立ち上る噴水は、お世辞にも綺麗とは言いがたい土混じり。
 湯がワイン倉やらなにやらを満たし、その上の天井や建材を粉砕しているからだ。
 まあ、そのおかげで昇れたのだが。熱いわ天井は落ちてくるわ温泉独特の硫黄臭さわあるわでとんでもない大冒険だった。
 なんにせよ、あと数時間もすれば瓦礫すらも洗い流され、綺麗な温泉と湯煙だけが残るだろう。
……今はただの硫黄臭い泥水の噴水だが。
「しかし、これが財宝とはな。綺麗好きな海賊もいたもんだ」
 まあ、香水の無い昔の方が入浴は多かったとも聞くが……アクワイは呆れてものも言えない。
「この温泉には傷を癒す効能もあるっスよ、あんちゃんも後で入ってみたらどうっスか?」
「傷口開いた重傷で入れるわけねえだろうが……って、うああ、傷思い出しちまったじゃねえか、忘れてたのに」
「その重傷を良く忘れられるもんだな……」
 右肩を押さえるティムが眉をひそめて信じられないと呟く。
「ああ、もうとにかく終わったんだから、俺はもう帰るぞ。明日の昼までには絶対に帰るんだからな」
 びしょびしょの外套をはおり、アクワイは駄々をこねるように両手を振り上げた。
「ふむ、では船に戻ろうか」
 ティムが同意して頷く。
「おいらたちはここに残るっスよ。もとからこの温泉に入るのが目的だったっスから」
 テリーがティムに声をかけた。「アニキも来てるようっスし」 と付け足した。
「おっと、そうだったな。君とはまたじっくりと話したかったんだが……」
「オイラはトレジャーハンター兼、船のりっス。同じ海にいるならその内また会えるっスよ」
 あばよとばかりに左親指を立てて、右手を差し出しにっかりと笑う。
「ああ、そうだな。また会おう、我が友よ」
 ティムはその手をしっかりと握った。
「テリー、ここはまだ時間掛かりそうだから他のポイント探そう。さっきの墓石から他の場所の地図が見つかった……と……おい、兄ちゃんそんな格好で寝てたら風邪引いちまうぞ」
 リカードが片繭を跳ね上げてやれやれと無い首を回す。その視線の先には、
「ホント〜に、とんでもないあんちゃんっスね……」
「……うむ、図太いというか何というか、彼らの民族は皆こうなのだろうか」
 仰向けになって豪快に眠るアクワイがいた。


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 その日、そのパブはほとんど貸切の状態だった。
 ティムが「今日は全部俺のおごりだ!」 と叫んで船乗り一般客構わずにどんちゃん騒ぎを始めたせいである。
 突然振ってわいてきたその儲け話にパブの店長は歓喜した。
 赤毛のその店長が商魂たくましくも豪勢な料理を次々と作り、金髪の少女が団体客の間を縫うように忙しく駆け回り、パイプをふかしたガンマンは心底疲れたようにカウンターに突っ伏して動かない。いや、時々モップやらトレイやら熱したフライパンやらが飛んでくるのでその時だけは動いている。
 その馬鹿騒ぎはほぼ一日中続き無論途中で酒も食料も尽きたのだが、何しろそこは商人の馬鹿騒ぎ。次々と食料と酒が補給されていく。流石にこれには赤毛の店主も目を丸くしたが、なぜか卸値で売りつけて店頭価格で買い戻そうとするので呆れて文句も言えなかった。
 しまいには船長自らが本場中国の料理を振る舞い、しかも振舞うたびにレジに金を突っ込んでいくというはちゃめちゃぶりである。
 中華の味に興味を示した赤毛の店主にレクチャーする商人の長。面白く無さそうに時折割って入るシニョンの少女。
 それらを見ながら鄭が豪快に笑う。
「わははは。海賊団は再起不能。都市に潜む闇商人の摘発も順調。島は解体されてついには海上警察も重い腰を上げた。まさにいいことずくめでさあな」
 まなじりを下げて笑う鄭に中華鍋を振るうティムもつられて朗らかに笑う。
「ああ、今回は皆良く動いてくれた。特別にボーナスを与えるつもりだ」
『おおっ!!』
 店中から声が上がる。
「ついでにちょっとした旅行もあるぞ!」
『おおおお!!』
「旅行?」
 リエンが加減を大きく間違った饅頭ほどあるシュウマイの皮を伸ばしながらたずねた。
「ああ、新しくできた観光名所さ」
 ティムはシュウマイを伸ばす棒をくるりと回して微笑んだ。


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「アニキ〜〜!! そっちのお湯はまだあついっスよ〜〜」
「わかってねえなテリー。その熱いのがいいんじゃねえか」
 あちこちに湯煙が立つ岩場で二つの男くさい影。念のために言うと水着であって全裸ではない。まあ、片方はふんどしだが。
「へ〜、すごいっすね〜〜。確かそっちは間欠泉があって100℃近かったと思うんっスけど……」
「うわ〜ちゃちゃちゃちゃちゃ〜!!」
「す、すごいっ。お湯の上を歩いてるっス!!」
 などとやっていると。
「何をやっとるんだ、おのれらは……」
「あ、リカさん。何してるっスか? 一緒に入りましょうっス」
 リカードは温泉の蒸し暑さにもめげず登山ルックだった。
「いや、何ってキャプテン=スパシーバの財宝を……」
「? まだ他に温泉があるっスか?」
 テリーは温泉を泳ぎ(「こらテリー! 温泉で泳ぐな! あああああ、タオルを湯につけるんじゃねえ!」 などと声もするが) なにやら楽しそうに岩で囲んだ湯に浸かっていた。
「いや、そうじゃなくて……」
 リカードは何か言おうかと思ったが当人たちが幸せそうなので、
「まあそれもいいかもなんだナ」
 とイタリア訛りでぼやいてから、手に持っていたゴムボールほどもある金色の塊を後ろ手に追いやった。

――遥か昔、キャプテン=スパシーバは枯れた温泉を嘆き、その源泉に自らの財宝を投げ込んで温泉が蘇るのを願ったという――


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 数日後。
 いつものバケツに腰掛けて、アクワイは懐かしい裏路地でぼーと空を見上げていた。
「怪我はもう良いのですか?」
 一つしかない路地裏の入り口から青年の声が聞こえる。
「そう簡単によくなるわけないだろうが……」
 ぼやいて反論する。
「そうですか。今のアナタなら楽に殺せるかもしれませんね」
「……やってみればいいさ」
 沈黙、雑踏の音がよく聞こえる。
 青年はコルトSAAを懐に戻して首を振った。
「止めておきましょう。ココでは不利すぎる。……今日は挨拶に来たのですよ」
「挨拶?」
「新たな任務を頂きましてね。次の任務は抹殺指令です。ボクらにとっては最重要人物の」
「なっ!」
 跳ね起きてアクワイは無意識のうちにコルトを引き抜こうとするが、
「ですが――、どういうわけだか全く見つからないで困っているのですよ。まさかこんな辺境にいるはずもありませんし、いやはやどこへ行ったのだか」
 やれやれと、ぼやく青年。
「どういう……ことだ?」
 アクワイは青年の真意が分からずに戸惑った。
「わかってませんね。正直、この任務は僕たちにとっては閑職もいいところです。家出した少女なんて殺さないでもほっておけばいいんですから」
 身も蓋もなく青年は肩をすくめる。
「だからまあ、しばらくは休養させてもらうとしますよ。今回の一件でボクはアナタ以上に疲れた。あの海賊を相手にするのも一筋縄ではいきませんでしたし」
「って、おいおい、そんなことでいいのかよ」
 同じ名前を持つ青年に、思わずつっこみを入れてしまう。
「海外に来てまで生真面目なヤツの方が珍しいですよ」
 と、冷笑。踵を返すと、ポニーテールが揺れた。
「それではまた、互いの傷が癒えたら殺しあいましょう」
「二度と来んな」
 青年は何も答えずに大きく伸びをしながら雑踏に溶け込んで消えていった。
「……ヘンなヤツ」
 アクワイも伸びをして、バケツに座りなおして眠ることにした。


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 いつもの裏路地。いつものようにごろつきを追い返した従者とその主人は雑談に興じている。
「ほう、そんな事があったのかい?」
「大変でしたよ……」
 今日も今日とてニ、三、細々としたことを頼まれる日常。ただし、今日のアクワイは疲労困憊で今にも眠りにつきそうなほど肩を落として憔悴しきっていた。
「よかったじゃないか。君が海の平和を護ったのだぞ。一族を表して表彰状をあげよう」
微笑む美姫にアクワイは、
「んな、正義ぶったものじゃなかったですよ。あれは……」
 ため息をついて、そう言うのだった。


おしまい

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