And others 20(case 2)
島はどこの沿岸も岩だらけで、そこからすぐに洞窟が始まっている。
洞窟内部は舗装された場所とそうでない場所があり、海賊たちが使うのはその舗装された場所だけ。
それ以外の洞窟は下っ端の海賊が思い思いに住んでいるらしい。
舗装された洞窟は方々でそうでない洞窟と繋がっている。実質の出口は港とほかに三つ、すなわち四方に存在する。
港とは正反対の側に逃げてきたリエン達に連絡係は絶望的な報せを告げた。
「姉貴! 海賊たちの本隊が!」
「なんですって!」
団子頭の少女は顔面を蒼白にしながらも冷静に思案する。
「それで、叔父様はなんと?」
「合流は無しだ、と」
「分かりました。私たちは船で別ルートを行きましょう」
突入時に乗り込んだ小船が四艘、岩陰に隠してある。一艘に10人乗れるとして何とかティム達用に一艘残せる計算だった。だが、
「あ、姉貴! 船が1艘見当たりません!」
「え……どういうこと!?」
確かに、四艘あったはずの船が三艘しかない。余裕を持って用意したはずの船は人質全員を押し込めたころにはどれも満員になっていた。
「ちゃんと船同士繋いでいましたし……流されたとはとても」
「そんな、いったい誰が!!」
歯噛みしてリエンは洞窟の方に向き直る。
ドウン――
最大級の爆発が島中央部で巻き起こった。
「……若」
壁土がぱらぱらと落ちて襟首から進入する。抜け道は天井も壁も露出した土だった。
灯りを手に四つんばいに這うのはかなりの苦行ではある。
「な、何スか、今の爆発? 尋常じゃないっすよ」
「弾薬庫が爆破されたか……それとも、海賊の本隊が帰って来たのかもしれない」
「本隊? ここにいる奴が全員じゃないんスか?」
「ここにいるのは3分の1ぐらいだ。情報では昨日から遠征で5分の4が出払い、帰るのは三日後のはずだった」
四つんばいのよちよち歩きで、律儀に答えるティム。
「はあ、裏を突かれたわけっスか。けど、その割にあせってないっスね」
「一応、『保険』 を掛けておいた。……借りは返してもらうさ。それより君」
振り向いて似たような格好のテリーを睨み、質問する。
「いつまで付いてくるつもりだ? 案内ならもういいぞ」
「いつまでも何も、元からオイラの目当てはこの島の中央っスから」
軽い口調でテリーが答える。
「危険――」
「これぐらいの騒動、危険のうちに入らないっすよ」
慣れた歩き方で口笛を吹いている。ティムはその豪胆さにどこか尊敬の念すら覚えた。
ため息をつくも、ティムは彼の行動に興味を覚える。
「キャプテン=スパシーバ……だったっけ、そんなに凄い海賊なのか?」
「ん〜。海賊というか、その宝がすごいんスよ」
「……もう掘り起こされてるかもよ」
「そうだったら、こっちとしては嬉いんスけどね〜」
「?」
言っている意味がわからず、ティムは眉をひそめた。
「……いつも一人でこんな無謀なことを?」
「いや、いつもは二人でコンビを組んで……って、ああっ!」
と、テリーは何かを思い出した様子で声をあげた。眉根を寄せて「う〜」 と、うめき。
「ああ〜やばいっス。早く帰らないと怒られちゃうっスよ〜」
「怒られる? いったい誰に」
と、こちらの質問には答えずに、
「い、急ぐっス。ほらすぐそこが出口っス。はやくしないと重傷で戦ってる男前のあんちゃんが死んじゃうっスよ」
慌てた様子のテリーが、立ち(屈み)止まっていたティムをせっついた。
爆風が追い風となって胸を押さえてよろよろと走るアクワイを乱暴に押す。
爆発を繰り返す弾薬庫。巻き上がった煙は火山が噴火しているかのような勢いだった。
もう少しであそこに取り残されかけたのかと思い、思わず身震いを起こした。
なかば気絶しかけていたのだったが、アクワイはそれでも何とか起き上がって逃げていた。
――奇跡でもなんでもない、純粋な訓練の成果である。
気絶の許容量と言うのはある程度の訓練でどうとでもなる。致命傷一歩手前の傷を喰らっても立っていたことは何度もあった。
もっとも、理性の方は今でも「それ以上走るなよ。死にたいのか!」 と叫び続けている。「もう十分がんばったじゃないか。今逃げても海賊は倒れるさ」 と甘い台詞まで囁いている。
実際、海賊の本隊が帰ってきた様子だし、どう考えてもここが潮時ではあった。
なのにまだ走っている。
海賊を潰せとやけに乗り気な自分がいる。
なぜ走っているのだろう。知り合いを殺された怒りだろうか。
違う気がした。
いや、それもあるがそれだけではない。
とにかく気に喰わなかった。
海賊に、死んだそいつに、今に、昔に、なにより自分に腹が立っていた。
何も護れなかった。勝手に死にやがった。誰も救えなかった。
めまいがする。頭がぼうっとしてきた、熱に浮かされている。右胸が熱かった。肋骨を折り貫通した弾痕が徐々にアクワイの体力をこそぐように奪っている。傷が熱を持ち、麻酔が効かなくなってきている。
それでも走る。くそったれと歯噛みした。耳鳴りが五月蝿い。
――行ってはだめ!――
幻聴すら聞こえてきた。人は心が折れそうなとき、一番辛かったことを思い出すらしい。
――傍に居て! あなたは、私の従者なのでしょう?――
泣く顔が、叫ぶ声が、傷口を胸を苛む。
だけどアクワイは昔と同じように、首を振るしかできなかった。
――嫌い、大嫌い! 知らない! アクワイなんて勝手にどこかに行けばいいのよ!!――
燃える草原を背に、振り返らずに走る少女。赤に照らされ見送る青年。
遠い遠い思い出。思い出に浸るように目を閉じる。
「ええ、勝手にします……。僕はあなたを護る。あなたの未来を護る。そう、僕には結局それだけしか出来ない。アクワイなんて名乗りたくなかった僕が、従者になることを決めたあの時から、ずっと……それだけを。――だから、」
過去が現実へと巻き上がっていく。
「だから僕は……あなたの叔父上を……災いの根を確実に葬る! 例え! 過剰であろうとなんだろうと!!」
ついにアクワイは叫んでいた。そして頭の片隅でその言葉が本人を目の前にして絶対に叫べない言葉だと自覚し、冷静さを取りもどす。
癒えぬ傷が、まどろみそうな現実にぐりぐりとピンを刺して繋ぎとめてくれた。皮肉なものだ。
「ナルシスト」
また幻聴が聞こえてきた。懐かしい――いや、最近ではあまり懐かしくない声。
アクワイはもっともだとばかりに頷いた。
「……そうかもしれません、結局は使命に酔ってるだけかもしれない」
「我侭」
「……ええ、僕は子供のころからずっと我侭でした。きっと、あなた以上に……従者失格ですね」
「間抜け、トンマ、幼稚、浅はか、朴念仁、日和見、日陰者、変態、スカポンタン」
「うう……幻聴でも容赦ないなあ……」
痛いやら情けないやらで涙目でぼやくアクワイ。
「だが、少し見直した」
聞きなれない褒め台詞、いつかあの姉妹に言われてみたい気もする。でもまずは、
「……まずはこれを終わらせて帰らないとなあ。あの煤にまみれた霧だらけの街に」
ため息をつく。
「ふむ……了解した。ならばボクは船を守ろう」
「へ?」
ずいぶんはっきりと聞こえる幻聴に、
――アクワイは夢から覚めたようにはっとなって立ち止まり、周囲を見回した。
相変わらずの喧騒だが周囲は静まり返っている。人の気配など全くない。
妙にクリアーになった頭をかいて、アクワイは、
「あれ?」
と、首をひねる。
いつの間にか、敵の本拠地――広い敷地の割にはお粗末な白い館が姿を見せていた。
海の方で、ずずんと何か重いものがぶつかる音がした。
「接岸しやす!」
「白兵戦用意!!」
一か八か、鄭は船を港に接岸して制圧、占拠し、海賊相手に今度はこちらが陸から迎え撃つ作戦に出た。
穴だらけの商船では逃げも出来ず、沈むのが目に見えていたのだ。
大質量蒸気船が最高速度(時速50kmぐらい)で接岸する。接岸と言うよりほとんど体当たり。
木製のぞんざいな埠頭が音を立てて木屑へと変わっていく。主要施設を砲撃で潰していた港は、見た目人の気配はない。
「突撃! 碇を下ろせ! とにかく大砲を並べろ!!」
まるで大昔の海賊のノリで、しかしやたら近代的なガドリングカノンを腰ダメに構えた鄭が、怒声をあげて指示を出す。
船からリフトが次々と下りる。ロープを使い軽業師のように降りていく傭兵たち。
「敵船は!?」
「距離500m……射程圏内です」
「撃ってこねえな。港を壊したくないか、それとも余裕のつもりか?」
「弾が尽きたのかもしれませんぜ。別に海賊だからって船が闘うわけじゃありませんし」
もっともらしく言う部下。
「弾切れか……」
ありえない話ではない。
そも、今時の海賊というのは船を持たない。なぜなら最近の海賊はシージャック――つまり船ごと強奪するからだ。
必要なのはボートと銃器だけ。停泊中のを狙うのならそれすらもいらない。
この時代、積荷より何より船が売れてしまう。船籍を偽造し幽霊船(ファントム・シップ)として売りつけるのも一興ならば、敵国に高く売り払うのもまた一興。そういう時代なのだ。
だからあの海賊船は海賊が港に移動するための移動手段、そして、おそらくはファントム・シップ。
商船を偽り港で平然と海賊を乗せ続ける姑息なゴーストと言うわけだ。
「まあ、そうは言ってもこっちはボコスカ撃たれてたんだ。用心に越したこたあねえ」
「親っさん!」
先行していた制圧部隊の三人が鄭を呼びとめた。
「……海賊の奴ら倒れてるんでさあ」
「大砲にでも潰されたか?」
「いえ、それが……全員綺麗に手足を撃たれていて……え、ええ、それはもう一人も急所には当たってないんですよ」
お、同じだ、と呟いたのはもう一人の傭兵。
「俺が見た奴らは全員、手足をへし折られて……あの痣は細い棒と言うか、まるで片刃の剣で峰打ちしたかのような……」
鄭は思わず髭を摩った。報告を吟味する。
はたしてこれはどういうことなのだ? 砲弾に吹き飛ばされたと言うのならともかく明らかに戦闘によって倒されている。島の逆から攻めている若旦那たちとは思えない。
仲間割れだろうか、尋常じゃない手練が二人で? まさか、ありえない。
「あの……」
残っていた三人目の傭兵がおずおずと手を上げた。
「お、お前もまさか……」
「は、はい。そのまさかです……けど」
「けど?」
片眉を跳ね上げる。
「その、倒れてはなくて……寝ぼけたみたいにぼんやりと、その場でへたり込んでいるんす」
「はあ? ガスでも嗅いだってのか?」
「いえ、起きてはいるんです。ただ、もうとことん無気力であさっての方を向いてて……殴られても縛られても、ぼんやりとしてるんす。
……まるで魂を抜かれたみたいに」
傭兵の発現に、その場にいた全員がごくりと唾を飲み込む。
にわかには信じがたい、だがこんな場所で傭兵が冗談を言うわけない。
理解の範疇を超えた自体に、全員の視線が鄭に集まった。
予想外の自体に、指示を求めている目だ。
鄭は白く豊かな眉毛の奥で冷や汗をかいてから、とりあえず頷いて、
「ああ、まあなんだ。とりあえず、とんでもない強さの三人組らしき奴らが加勢してくれたって事だ」
と、適当にごまかすことにした。
どでかい屋上つきの館の前では三十近くの海賊がたむろしていた。散々陽動したのにこの人数。やってられない。
おそらく、こいつらが最後の守りなのだろう。中に篭るつもりは無いようだ。
茂みに屈んで隠れながら、アクワイは館の構造を大体理解した。
ほぼ一軒家。洋館と同じ造りの三階建て。当たり前かもしれないが外の壁や柵がなく、庭が無い。中庭も無さそうだ。壁は白い。
普通の洋館と違って左右非対称、左側には屋根ではなく屋上があった。
中はたぶん吹き抜けのロビーで中心に階段。二階はその階段を含んだEの字型の廊下……まあそんな感じだろう。
住んでいるのは頭首と幹部だけだろうか。途中、下っ端の海賊たちが寝泊りするところを何軒か見かけた。
「書類があるとして……三階の一番奥の部屋。さて、どうしようか?」
「決まっている、正面突破だ」
断言する声が聞こえた。
「怪我人には任せられない大役だな。君たちは援護を頼む」
「……そう言うのを余計なお世話ってんだよ」
前を見たまま半眼でぼやく。
視界一杯に金髪の男の顔が広がった。こちらの顔を覗いてきたそいつは目をぱちくりさせて、
「あんたが、男前さんっスか? なんか、捨てられた犬みたいな顔してるっスねぇ」
「……余計なお世話だ。あんたは数に入れていいのか?」
「トレジャーハンターテリーっス。役に立つっスよ」
自信満々に胸を張る青年。非常にうそ臭かった。うそ臭かったので、
「うそ臭い」
と正直に言うと、テリーはぐっ、とのけ反った。
「うあ、あっさりと……どうやったら信用してもらえるっスかねえ」
トホホと笑う。
刹那、
ぶおん――と音がして、遅れて風が薙いだ。
「……何の真似っスか?」
ティムが無拍子で叩きつけた棍を、後ろに下がったテリーが冷や汗で眺める。
彼は臆面も無くアクワイをジッと見下ろしたまま、
「と言うわけだ」
笑う。
「OK。とりあえず戦力にはなるみたいだな」
アクワイは本日何度目かのため息をついた。
全く、面白い奴らが揃ったものだ。
いつの間にか砲撃音も聞こえなくなっている。あちらも何らかの決着が付いたらしい。
不思議と負けたとは思えないのはさっきの幻聴のせいだろうか。
「よし、策はできた。あんたらのすることを言うから良く聞いてくれよ」
敵を警戒し、隠れていた六十名の武装海賊はあまりと言えばあまりのことに、目を見張ってそれを見つめていた。
三人の男が、あろうことか真正面からゆっくりと歩いてきたのだ。
銃がない時代の物語ならともかく、今の時代においてそれは自殺行為以外の何物でもない。
唖然とする大衆の中、三人の男たちは颯爽と歩いている。
海賊のリーダーが手を上げると、全員がいっせいに銃口を突きつける。
しかし三人の行進は止まらない。
中国系の東洋人が棍を廻して突きつけた。
「そこまでだ群れ為す悪党」
打ち据える目つきで睨みつける。
「営業妨害だ、即刻解散してもらおう」
金髪の青年が踵で地面をトントンと叩いた。
「まあ、お宝もあるっスが……へへ」
指を曲げてちょいちょいと、からかうしぐさで挑発する。
「海賊はオイラも大嫌いっスからね」
「ええっと、」
アクワイが頭を掻いて空を見上げ、眉をひそめる。
「……俺もなんか言わないといけないのか?」
「撃て!!」
激しい銃声。
平地を奔る三匹の狼。
三十が十にまで分かれた銃撃を、走るだけで避けきって見せる。
「平地の戦闘といっても、雑魚相手には負けられないよなぁ……」
アクワイには狭く見慣れた場所でなら、ある程度の未来を見ることが出来るという特技がある。
『空間内の全ての要素を把握することで事象の連続を予測する』
と言った、聞くからに凄いこの特技は、実のところビリヤードで「こう打てばこうなる」 といった予測の発展系に過ぎない。
もちろん台は狭ければ狭いほど予測の精度は上がるが、逆に広い場所だとその制度はぼやけてくる。
ぼやけてくるだけなので今の状況でも敵の射撃の範囲がおぼろげながら視ることが出来る。銃口から射撃の命中範囲がメガホンのように拡散して見えるのだ。
ちなみに狭い場所だと一本の線に見えて避けるのも楽なのだが、
「まあ、予測がぼやけて見えるなら、当たらない範囲に逃げればいいだけだ」
ぼやき、敵の“全員”から間合いを取り、それでも屋敷の入り口へと確実に近づいていく。
海賊たちの銃はどれもこれも一世代前の銃だった。アクワイの特注最新銃コルト・パイソンなんかと違ってまず当たらない。しかも排莢の手間が馬鹿にならないわ、連射もいちおう出来るがトリガーを引きながらハンマーを動かしまくるまず当たらない撃ち方しかできないわと踏んだり蹴ったりな銃である。
つまり「狙って一撃必殺」 が基本の銃なので、アクワイにはそれを予測し、リロードの隙をつくだけの余裕は十分にあった。
銃撃の嵐、三歩で十歩の距離を詰め、岩を飛び越えタッチダウン。遅れて弾丸が岩に弾けて煙を立たせる。
もはや信念と言えそうな謎の理屈で全弾躱し切り、アクワイは二丁の拳銃を抜き放つ。
(――ここなら、五秒、誰も攻撃してこない――)
撃ちまくり、タイミングを計って横に跳ぶ。
コンマ二秒前にいた場所を銃弾が通り過ぎた。
銃をホルスターに収めて再びダッシュ。横目で残りの敵を確認。
二、三人にヒットしていた。練習はしてはいるのだが、銃はまだまだ苦手だ。
また銃撃。前転、石を拾って投げた。放物線を描いて飛んだ石ころは見事に海賊の頭に命中。
「……こっちの方が早いな」
「野郎!」
導火線に火が付いたダイナマイトが飛んできた。
アクワイはそれを冷静に手で掴み、投げ返した。
導火線が長かったのだ。
――爆発。
「よし、調子が出てきた」
外回りを物凄い勢いで走りながら、バリケードに隠れる海賊を殴り倒して隠れる。
それだけの行動を繰り返す金髪の青年。
恐るべきはその走行距離、既に三分以上全力で走っている。
「くっそ、あんな単純な動きなのに!」
「止まったり動いたり、タイミングが合わねえ」
拳銃をとっかえひっかえ連発していたパーマとバンダナ男が喚く。
青年が小麦の入った木箱から出てくる。
一直線の動き、パーマは狙いを定めて引き金を定めようとして、
「――ど、どこ行きやがった!」
狙っていたはずの男が、ゆらいで消えた。その事実に蒼白になる。
銃の狙いによって視野が狭まり、その直後に急制動を掛けたその青年を見失ったのだ。
「こっちっス」
「後ろだ!」
振り返った男に手刀が決まるのを見て、バンダナを巻いた海賊が舌打ちしてショットガンのポンプをガチャリと鳴らした。
青年は気絶した襟を掴みそのまま前へ突き出す。それを見てぎょっとして銃身を下げるバンダナ。
海賊同士の友情があだとなった。そして、バンダナ男は視野狭窄を起こして、
――青年を見失う。
バリケードを突破して敵八人の真っ只中に着地した。銃を持つ海賊は慌ててティムを照準し、発砲。
バッ――
棍を地面に突き立てて跳躍。棍の天辺に逆立ちし、片腕で全体重を支えてティムの体は軽業の如く転へと昇り反り返る。
銃弾がティムの真下を通り過ぎて交錯した。
「が……」
「ぐはっ」
味方の弾丸にやられて阿鼻叫喚する海賊たち。それが次の弾に躊躇いを生じさせる。
「破っ!」
一撃で二人の敵を打ち据え、バックステップと回転で岩を飛び越えて隠れる。
銃撃が止むのを見計らい跳躍、岩を飛び出て銃弾を躱す。思考をやめて即座に敵に向き直る。
ティムは後足を前足の前へ地面を擦る――いわゆる差し足の歩法で一気に敵との間合いを詰めた。
敵の待っただ中に飛び込み棍と体を乱舞させる。
旋風の如き棍捌き。テリーが呼吸が合わないことで翻弄するならティムは呼吸をあわせることで翻弄している。だが、
カツ――
その風を止める者がいた。
(トンファー――?)
それに気をとられ、左手の拳銃に気が付くのに遅れた。古風なフリントロックがひどくゆっくりと落ちて見える。
「――っ!」
銃声から遠ざかるように左右に跳んで間合いを取った。拳銃がある以上直線に逃げることはできない。
「……よう動くもんだ、若造が」
ぼそりと呟いた声は、ひどく衰えた印象の声だった。
それもそのはず。老人である。年齢でいえば鄭より老いている。
「だが、それでは先ほどの台風のような棍捌きはできまい」
老人は拳銃をホルスターに戻しトンファーを両手に、隙なく構えた。
「貿易商家のガキか。金さえ手に入れば敵国とでも商売をする裏切り者の一族と聞いておる」
「……馬鹿を言え、祖国を裏切っているのは貴様らの方だ」
肩口を押さえるティム。赤い血が白い袖に広がる。
残った海賊もじりじりと詰め寄り始める。
随分減った海賊の間を駆け抜け、アクワイは館の入り口へと駆け抜けようとしていた。
その横に、手傷を負ったティムを見つける。
「お、おい――」
「来るな!」
走り続けるティムがアクワイを牽制した。
「早く行け!」
「……わかった」
バリケードを蹴飛ばして飛び越える。
今まで取っておいた袖口の飛刀(木の葉形の手裏剣)を惜しげもなく、文字通りに投入して入り口を護る男たちを倒し、血路を切り開く。
だが、視界の隅に一回の窓からティムを狙う男の影を見つけ、
「――ティム!」
気付いていない。
息が止まる、アクワイは一瞬で周囲の状況を見定めて、
(――三秒)
自らの数瞬先の未来を幻視して、残り二枚の飛刀の一つを腰と腕の捻転で投げ放つ。
それで二秒。
結果も見もしないで右足を踏み込み、速やかにその場を離脱――しようとした矢先、
――左足を付こうとした地面に穴が生じて、それから爆砕した。
(――――……‥・・・)
瞬間、思考が停止して意識が真っ白に飛んだ。計算外の出来事に、アクワイの脳はフリーズしてしまう。
真っ白な思考。何も考えられない、思いつかない。
一瞬の死。次の瞬間、浮かんだのは……
燃える草原、馬、黄色、荒野、黒人、サックス、路地裏、ライフルを持ったじじいと黒いガンマンに、赤い髪!
「…――――っだあぁぁぁ!」
走馬灯から復活したアクワイは、右足の太ももに銃弾が掠ったのも気にせずに再び走り出した。
ほうほうのていで両開きの扉を開けてへともぐりこみ閉める。脂汗をかいて一言、
「し、死神が見えた」
屋上から太った男が一人、ライフルで重苦しい外套の男を狙っていた。
男は島を預かっている副頭領にこう聞かされていた。
『あの男は、遠距離の、あるいは予想もできない方角、速さの攻撃に脆弱』
もちろん、彼にはさっぱりわからなかったが。
「要は撃てばいいんだナ」
気にせずにイタリア訛りの英語でそんなことを言いながらライフルスコープに目をやる。
「ストップっス」
息も絶え絶えの静止の声に、ぴくっと動きを止める男。
隣のテリーを見て、ぼんやりと見て、またライフルにかじりついた。
「だぁ〜もう、ストップって言ったじゃないっスか。格闘にロッククライミングまでやってこっちはへトへトなんスよ!」
じたんだするテリー。手には鉤状の爪――バグナグが付いている。これで屋上まで登ってきたのだと、誰が信じられるだろう。
「ああ、ボクのことか。ん〜でも、これしないと僕が殺されちゃうしナ……」
どうしようかな〜と、ぼやく男。
その気の抜けた台詞に、テリーは肩の力を抜こうとして、
「――っ?」
スウェイバック。うなじの上を銃弾が遠すぎる。
テリーはその感触にぞっとしながらも横に跳んだ。
強靭な脚力に屋上の石畳にひびが入る。
「……疾いナ」
男は高速で回り込もうとするテリーの動きを目で追いながら、ライフルのレバーを引き次弾を装填する。
振り返った男の前で、テリーは腰も落とさずに直角にスライドした。
あらかじめ腰を落とし後ろ足をすりながら動くこの歩法は、上半身を動かすこともなく、人の視界外の下半身のみで移動――すなわち、予備動作が全く見えない。
目の前でこれをやられると、まるで瞬間移動でもしたかの様な錯覚を起こす。
はずだった。
「そっちなんだナ」
男は臆面もなくライフルを横に向けた。わずかな筋肉の動き、上半身から下半身へ伝わる力の伝達を見逃さなかったのだ。
だが、テリーはそこにはいなかった。
「おしいっス」
テリーは男のライフルの下にいた。視界から消えた途端地面に潜り込むように手をついて腰を落としたのだ。
足払いが決まる。
すかさずテリーは男のでっぷりとした腹に乗りかかり、マウントポジションについた。
「……おっちゃん、海賊じゃないっスね。同業のにおいがするっス」
沈黙。
「成る程、君もアレ狙いか」
訛りの抜けた声で男が睨みを効かせる。
男は平衡感覚を失いながらも、銃口をテリーの眉間に狙いさだめていた。
バグナグを喉もとに添えたままテリーが問う、
「同業がなんでまた海賊の真似事なんかしてるっスか!」
「なに、客分まがいにちょっとな。ほとんど脅されたようなもんだ。調査は出来るので文句は言えんが」
「……首尾は?」
男は太って見えなくなった首をくるりと回してニヤリと笑った。
「ああ、ついに見つけた」
「見つけた! 掘り起こせたんっスか、アレを!」
テリーが目を輝かせて爪を外して立ち上がった。
同様にライフルを下げる男。
「いや、あと一歩最後の壁一枚が通らないって所だ。だが、折りしもの砲撃と爆撃だ。上手いこと出るとも限らん」
「なんと!」
素直な驚きように、男がもう一度ニヤリと笑う。
「ところで話は変わるが……君たちは強いのか? ここを占拠しているバカを追い出すぐらいに」
テリーは一瞬相手が何を言っているのか判らないという顔をしたが、やがて嬉しそうにニヤリと返した。
「そうっすね。取り合えず、これに勝てば海賊は一掃っス」
太った男が、ニヤリ返したテリーにさらにニヤリ返す。
「となればだナ」
「やることは一つっス」
男は持っていたライフルを一丁テリーに投げてよこし、
――バッグから新たに取り出した一回り以上大きいライフルを片手で構えた。
『一時停戦っス」なんだナ」
銃撃の雨あられを受けて、土が抉れ、バリケードが吹き飛び、弾薬入れが破裂して、銃が爆発していく。
「ななななな!」
「くそ、リカードが裏切りやがった。これだからイタリアンは!」
建物に背中を向けていた海賊の一人が膝をついて地面を両手で「がっでむ」 と叩いた。
……イタリア人に個人的な恨みがあるらしい。デートをすっぽかされでもしたのだろう。
それはともかく、三階建ての屋上など拳銃の射程距離では狙えたものではない。
ほぼ一方的な破壊だった。
「ち、物陰に隠れやがったか」
リー・エンフィールドのボルトを動かし、流暢な英語で唾棄するリカード。
「これを使うっス」
ウィンチェスターをあっさり捨てて、テリーが懐から小さな袋を何個も取り出した。
「あん? なんだこれ」
「さっき、男前のあんちゃんから貰ったんスよ」
そう言いながら屋上からその小袋を投げた。
「撃ち返せ!」
「ま、まて。あ……あれ」
小さな袋がぽいぽいと投げられて来る。袋は途中で音も無くはじけて、
――大量の黒い粉を撒き散らした。
「? 何だこりゃ、ふざけやがって」
「バ、バカ。撃つな!」
ボン――
マズルフラッシュが空気中の黒い粉に引火して爆発する。
「あ、あいつら火薬をばら撒いてやがる……」
黒色火薬入りの袋はどういう理屈か空中分解し、火薬を撒き散らしている。粉は海賊たちを包んでいた。
袋の乱舞。
「と、とにかく粉が尽きるまで撃つな……」
「お、おい、あれ……」
屋上の二つの影がニヤリと笑う。その手に持っているのは、ダイナマイトだ。
一斉に青ざめる海賊たち、蜘蛛の子を散らしたようにその場から逃げ出した。
投下。爆発、爆発、爆発。どんどんと空中の火薬に誘爆していく。
爆発の渦中をちらりと見やって、禿頭の老人が見下げ果てたとばかりに吐き捨てた。
「軟弱者め……これだから二代三代は……」
(二代? ……成る程、海賊結成時のメンバーか。いや、或いは……)
火薬の粉が舞う中、ティムは棍を右手で構えてあれこれ考えていが、結局は別のことを聞いた。
「そういうあんたは逃げないのか?」
「コレが暴発するのか?」
トンファーを回す。
「然り」
互いに笑いあい、呼吸を止める。
一瞬の交錯。
舞う火薬がキラキラと、風に流れて底をついた。
二人が同時に膝をついた。
『元頭!』
去らなかった比較的中年の海賊達がそれを見て悲鳴を上げた。
だが、老人が大丈夫だと手を振って胡坐をかく。
「……なあ、若いの。お前はこれからも恨まれ続けるんだろう?」
老人は懐からパイプを取り出した。
「……世間は同属に優しく……他所者に厳しい。裏切れば、そうもなるだろうさ」
かつての敵国と貿易をする彼らのような商人は、今も尚、同郷のものに白い目で見られる。
だが、
「だが、それがどうした。自らの行ないに悔いが少なければ、儲けはその中にあるものだ。
怒りを遷さず過ちを再びせず――どんなに憤ろうと私憤に任せて同じ過ちを繰り返していては、人に進歩はない」
ティムもふらつきもせずに起き上がった。
棍をゆっくりと廻して地面に突き立てる。
「ふん……こたえねえか。若いもんは礼をしらねえ……」
老人は今まで火薬が舞っていた中で煙草に火を付け、ふかした。
彼らを取り囲んでいた中年の海賊たちが銃を捨て、老人に習って胡坐をかいた。
「ふむ……とりあえず落着か」
と、逃げたはずの海賊が引き返してきた。
「も、元頭……賊があっちからどんどんと」
逃げた海賊はなにやら物凄い形相だった。武装集団に追われていたのだ。
怒れるその集団は次々と海賊を撃ち殴り倒していく。息のあるものはしっかりと縛りあげられていた。
「わ〜か〜!!」
お団子頭のカンフーシャツが敵も気にぜず(銃弾は躱しているが)地平線の果てから走って来る。
「リエン! どうしてお前が……っていた、痛いぞ」
よりにもよって左肩に抱きついてきたリエンを剥がして、ティムが団員を確認する。
「若旦那、ご無事で?」
「鄭!? お前までどう言うことだ? 船が落ちたのか!!」
「いえ、船は穴は開きやしたが何とか無事です……それが」
鄭は首を捻って見たままの事実を告げた。
それは全く信じられないような内容で、ティムですらも伝聞の内容を100%理解できることではなかった。
だが、結局ティムも、鄭と同じくその事実を、疑問を置いたまま受け入れて、
「はは……まあ、そう言うことなら」
館を見上げて呟く。
「後はここだけだ」
いささか不釣合いな貴族の館その物のロビー。
館自体が狭いためか、そう大きなものではない。目に見える扉は五つ。シャンデリアが一つ。窓は二階を合わせて八つ。
殺気が全くない。どうやら、先ほどの海賊たちでが打ち止めだったようだ。
広すぎる。あの力は期待できそうにない。
「終わったみたいですね」
「……ああ、そうみたいだな」
興味なさ気にアクワイは呟く。
「計算外でしたよ。まさか本隊までやられるとは……」
「はっ? や、やられたのか……じゃあ俺がここに来る意味ないじゃん!」
「ご冗談を、アナタの差し金でしょう? こちらはこちらで、アナタほどの使い手が二人も加勢していますし」
「いや、知らないけど……でもまあ、俺より強い奴の方が多いと思うけどなあ。特にこの国に来てからはずっとそんな感じがするし」
「……ふざけた人ですね」
いつのまにか、ポニーテールの青年が、吹き抜けの階段に立っていた。歳も体格もアクワイと同じぐらいだろうか。
「胸が痛みますか?」
「まあな。してやられた訳だな」
ぼんやりと答える。
何が面白いのか愉快そうに笑う青年。
「そう、それを撃ったのは僕です。あの正義感まみれの船乗りを撃ったのも僕。もっとも、殺したのは誰の銃弾かはわかりませんが」
ひとしきり冷たく笑い続けるが、次の瞬間にはすっと表情を殺す。
虚ろな瞳がこちらを見据える。視線だけで人が殺せたらと考えている、今の自分と同じ無機質な眼。
「腑に落ちませんね。なぜアナタが首を突っ込んでくるのです?」
無表情に青年は問う。
「さあな。色々ありすぎて俺にも何がなにやら。まあ、アランの仇ではあるみたいだけど」
「仇討ちですか」
「違う。それは目的のひとつで理由なんかじゃない」
「僕の存在を知ったから?」
「まさか、今さり気なく驚いてるぐらいだ」
「……正義のためなんていわないですよね?」
「言わないな」
ことごとく否定していく。
「ではなんだというのです!」
青年は焦れたように口調を強めた。
はぁ……
「そんなこともわからないのか」
アクワイはこれだから馬鹿は困るとばかりに首を振った。
「俺はあの人の『アクワイ』だ。あの人の従者を目指すなら、こんなところで引いていいはずないだろ?」
断言して肩をすくめた。
青年の目が険悪に鋭くなる。
「まあ、理由なんて関係ないさ。海賊なんかに加担しやがって……めんどうだがその腐った性根、叩きなおしてやるよ、アクワイ」
自分と同じ名を持つ青年を睨み、そう言い放った。
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