アンドリュー・ペンウッド卿はゆっくりと旧友の邸宅へと向かっていた。
久しぶりに会う友人である。
お茶の味も理解できぬ無礼者ではあるが、不思議と彼とは気があった。
風の噂によれば彼は今もご壮健とか。
ますますもって会うのが楽しみである。
やがて、目的の邸宅に辿り着き、彼は礼儀正しくノックを叩く。
数回ならしたが何も返事がない。
きっと留守であったのだろう。
英国紳士たる彼はそう判断し、踵を返した。
「どうぞ」
ぶっきらぼうな老人の声がその背に突き刺さる。
相変わらず無礼な友人だ。
だが、変わっていない友人の様子に嬉しくなり、彼はにこやかに微笑んだ。
「失礼する」
キィ……
軋んだ音と共に扉が開かれる。
扉の中は暗闇だった。
ランプの一つもついて居らず、カーテンすら閉め切ったままだ。
「やれやれ……」
そう言って彼は溜息と共に一歩前へと踏み出した。
瞬間、重い銃声が辺りに響いた。
だが、その時には彼の姿はない。
部屋の中心に躍り込み、強烈な殺気を放つ何かへとステッキを叩き込んだ。
キィン
軽い金属音。瞬間、彼の顔面はぐしゃりと言う感触と共に背後へと弾き飛ばされる。
着地と同時に彼の腹に巨大な脚が乗っかかってくる。
だが、それを紙一重で避け、杖から抜きはなった白刃を相手の首元に放った。
そして、時間は止まる。
彼の胸元には硬い金属の感触。そして、白刃の先には柔らかい肌の感触。
「腕は鈍っていないようだな、アンディ」
「君の方こそポックリと逝ってないか心配しておったよ、エアー」
すると、そこで部屋のカーテンが開けられる。
「またやってたの? パパ」
呆れた声が響く。
てきぱきと床に落ちた物などを掃除していく彼の子供。
「あ、ペンウッド卿。お久しぶりです」
「ほっほっほっ、昔みたいにアンディおじさんでかまわんよ」
そう言って彼――アンディは立ち上がると、背中についた埃を軽く叩いた。
「しかし、生涯独身を貫くとか言っておきながらこんな可愛い子供を作ったのだからお前も罪なやつよのぉ」
「やだ、やめて下さいよ。僕は息子なんだから」
笑いながら彼の子供は他のカーテンを開けていく。
「ふん、儂の技を受け継ぐ息子が欲しかったからな」
ぶっきらぼうに言うと親友は部屋の真ん中にあったソファーに座り込んだ。
「ほっほっほっ、この際娘でも構わないではないか」
「馬鹿言え、儂は息子以外は認めん」
そう言って親友は立ったままのアンディを見つめる。
しばらくしてから舌打ちし、ちらりと彼の子供を睨んだ。
すると器量のいいこの子はすぐに近寄ってソファーをはたいた。
「どうぞ、おかけになってください」
「有り難う、お嬢さん」
「もう、アンディおじさんは冗談ばっかり」
笑いながら彼の子供はキッチンへと歩いていく。
「はん、紳士とは大変なモンじゃな」
「君も相変わらず無粋な男だねぇ」
言っている間にエプロンをつけてポニーテールの髪を結い上げた彼の子供が戻ってきた。
てきぱきとテーブルを台拭きで拭きながら聞いてくる。
「今日は泊まっていくんですか?」
「ああ、そのつもりだよ」
「じゃあ腕によりをかけて作りますね!」
そう言って彼の子供は礼儀正しく台所へと向かっていった。
「ま、あの通り儂ではなくあいつの役目をひきついじまってな」
面白くも無さそうに親友は言う。
しばらくして規則正しい包丁の音が聞こえてきた。
ああ、今日の晩ご飯は期待できそうだ。
「だったら再婚でもしたまえ」
「ふん、あいつ以上の女はこの大陸で見つけられるはずがないわい」
「ほう、意外に純情だね」
アンディが笑うと、親友は面白くもなさげに言った。
「で、何の用なのかね?」
すると、ここで初めて彼は笑みを洩らした。
意地の悪い、少年のような笑み。
この親友は相変わらずの様だった。
「用件とは――死神のことさ」
そして、運命は回り始める。
a pause.
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