Super short 4
Fate 1

Contributor/哲学さん

《BACK


 フロンティア・パブには訳の分からないモノが多い。
 それは数え始めればきりがない。住人然り、客人然り、知人しかり……。
 そんな謎の一つに昔から酒場の片隅に置かれているラッパのなり損ないのような箱がある。
 何に使うかも分からず、ただのアンティークとして昔から放置していたのだが―― 一人の青年がその用途を教えてくれた。
 その訳の分からない箱の仕事は歌うことだった。――彼と同じように。
 彼女は一枚のうすっぺらな紙のケースを抱え、その箱に近づいていく。
 その間、彼女の視線は箱の置いてある台に立てかけられている白いギターへと向かっていた。
 その視線はどこか……寂しそうだ。少なくとも今の彼女を見ていると自分も胸が苦しくなる。彼はそう思いつつ、耳を小さく震わせた。
 この後に来る音は自分にとってはやや騒々しいモノだからだ。
 彼女は見上げているこちらを無視してケースから黒い円盤を取り出し、その箱の上に載せた。


 この宿には訳が分からないモノが多い。
 でも彼は知っている。あれはいつも通り霧に覆われた街の中で彼女の甲斐性のない夫が借金をして買ってきたモノだ。
 新しもの好きな店主は最先端と言う言葉に弱く、聞きもしない音楽を聴くために大金を払ってレコーダーを買い、そしてその日の内に飽きた。でも彼女はただ笑ってため息をついただけだった。
 それっきり珍しいと言うだけの理由で店に飾られ続け――ありながらその存在を忘れられることとなった。
 歌うことも出来ず、見られることもなく。――自分と同じように。
 彼は再びその赤い目を、同じように紅い髪をした現在の店主へと向ける。
 彼女は黙ってネジを巻いていた。
 と、そこへ一人の黒髪の女性が店内へと入ってくる。
「あら、今日は誰もいないのね。――あ、そのレコーダー動いたのね」
 彼女の親友はそう言うと気楽にレコードの置いてある台の近くにある椅子に座った。
 それと共に彼女の手はネジ撒きから離れ、ネジはゆっくりと――そして黒い円盤もゆっくりと回り出す。
「それは何の曲が入っているの?」
 親友の言葉に対し、彼女は一言簡潔に答えた。
「なんていうか――騒々しい歌よ」
 瞬間、店中にある全ての空気が震え、彼は思わず耳を縦にピンと伸ばし――必死で台から離れた。
 彼は知っている。確か一度、あのギターを持っていた青年が呟いていたと思う。
 その曲の名は――。


運命


 次の日の早朝。彼女の親友はまた一夜明けると居なくなっていた。
 それに対し、彼女はいつものようにため息を付けながら帳簿に赤字を記す。
「このツケはいつ返してくれるのかしら?」
 お決まりの文句を言いながら彼女はバケツをもってスタスタと外に出ていった。結局の所、こうなるであろうと彼女は覚悟していたのだろう。
 つくづく金と縁がない。それも彼女の運命かも知れない。
 ふと、気配がして彼は背後を振り向いた。
 そこには眼鏡をした黒い兎と――ギターから浮き出る変なもやだ。
「これが結末か」
 変なもやが語る。その言葉には何処か哀愁が漂っている気がした。
「不服かね」
 黒い兎は軽く肩をすくめた。両者は全く違う姿をしながらもどこか似たような雰囲気を醸し出していた。
 敢えて言えば――偉そう。
「物事には常に終わりがある。終わりが来る。それが運命と言うモノだ」
 そう言って兎はレコーダーを見上げた。そこにはまた歌わなくなった箱が置いてある。
「もはやこのレコーダーも響くことはあるまい。いつか誰かに捨てられるまで安らかに居られるだろう」
 その言葉に対し、もやは静かに首(?)を振る。
「汝は愚かなり。人は生きてこそ輝く。動いてこそ煌めく。死んだように横たわり、安らかに老いるにはまだこの道具は若い。そして……あの若者も」
 その言葉に再び沈黙がその場に降りた。
 彼女は。
 彼女はいつものように水の入ったバケツを片手に店の中へと戻ってきた。
 その時にはもう、変なもやも、黒い兎も居なくなっていた。
 店には彼女の鼻歌だけが響いている。


 この宿には色々な音が響いている。
 だから耳を澄ませば色々と聞こえてくる。
 風の音、ドアの音、足音、そして……。
キィィィ
 天井裏にある窓が風に揺れる。
 すると、そこにはいつの間にか黄色い陶器が現れる。それもまた、他人には忘れられた何かだ。
「運命とは皮肉だ。何故人は争わずに生きていくことは出来ないのか」
ドタドタドタドタ
 突如なにかの走る音が割り込んでくる。
「急ぐざます!どくざますっ!」
がんっ
「あ、ママ……」

がんッ      がんっ     がんッッ
        がんっ            がんっん
                                パリーン

 気が付けば……彼の目の前で黄色い何かが破片となって飛び散った。
「……今のは見なかったざますっ! 急いで隣の奥さんのチーズを盗みに行くざます。今日は特売だから絶対テーブルに置いてるはずざますっ!」
「待ってよ〜」
 トコトコと足音は過ぎ去った。
 彼は耳をピクピクと敏感に震わせつつ、その破片が散らばった場所に近づく。
 ……と。
「あーびっくりした」
 びくりっと彼は咄嗟に走ってその場から逃げ出した。
 声と共にいつの間にか彼の前には黄色くて丸っこい、粘土状の何かが現れていた。目と口みたいな物があるのだが、ただの空洞にしか見えず、どこか怖い。
「……二度あることは三度ある。それもまた運命なのかも知れない」
 そう言うとしゅぼっ、とその物体の足下(?)で音がした。それと共に火花が弾け飛び、そのまま奇妙な物体はどこかへと飛んでいった。
 彼は――どうでも良かった。


 いつものように店内に戻ると――。
 彼の目の前には白いギターがあった。
 誰もが忘れたようにそのギターには触れない。触らない。
 このギターもまた忘れられていくのだろうか。
 それともまた自分と同じように――。
 彼は嘆息した。
 そんな偶然などありえない。それこそ――運命でもない限り。
 結局の所、彼はあの青年の歌が好きだったのかも知れない。
 彼には様々な音が聞こえてくる。耳障りな音、騒々しい音、優しい音、綺麗な音――。
 中でも彼の歌は――心地よかった。
ざぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああ
 ふと――雨が降ってきた。
 思わず首を伸ばし、キョロキョロと周りを見回す。
 突然の雨に街の人々は近くの建物へと走り込んでいく。
 そんな中、彼女だけが胡乱な目で空を見上げていた。
 このギターがここに置かれたのもそんな日だった。
 だが、それもすぐにやめ、彼女は鼻歌と共にモップ掛けを開始した。
 再び彼は嘆息する。
 何も変わらない。……何も起こらない。
がたーんっ
 唐突に何かが落ちる音がした。だが、もう驚く気にもならず、彼は再び嘆息をつくのみ。
がたたたたたたっ
どたどたどたどたどた
ズキューン
ズキューン
パン、パン
 はぁぁぁぁ……
どさっ
 いつものコトだった。


 この店には様々な事が起こる。それは奇跡だったり、変異だったり……あるいは偶然だったり。
 だが結局の所、ここはそう言う場所なのだろう。
 そして概ね……平和なときの方が多い。運命などどうでもいい。それだけで充分だ。
 少なくとも、うさぎはそれを知っていた。






















 静かな時が流れていた。
 醒めやらぬ雨の音が子守唄となり、うさぎの意識はゆるゆると夢の中へと誘い込まれていく。
 朦朧とした意識の中、世界は歪み、夢と現(うつつ)の境界がするすると失われていくのを感じる。
 ふと、懐かしい音が聞こえてきた。
 気怠げにうさぎは頭を持ち上げ、胡乱な瞳で辺りを見回す。いつもと変わらぬ風景。
 そう、いつものように変な台はその存在を忘れられ、店はいつものように閑散としている。
 そして、ただギターの音色だけが店の中に染み渡っていく。
 そう言えばギターは何処にあるのだろう。
 しかし、次の瞬間どうでも良くなり、彼は再び目を閉じた。
 そんなことはどうでもいいのだ。
 流れ行くこの音色に酔うことこそが、今最も大事なのだから。


a pause.

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