The another adventure of FRONTIERPUB 26(Part 4)

Contributor/聖風時恵さん
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紅の幻


 鍛冶屋は、雪の降る道を歩いていた。
 街はクリスマスで賑わい、皆幸せそうな顔をしていた。
 だが、今の彼には、クリスマスを祝う余裕などなかった。
 今しがた、鍛冶屋はフロンティア・パブに行ってきた――いや、行こうとした。
 パブの入り口近くから見てしまった光景が、彼を意気消沈させ、パブにはいることを思いとどまらせた原因だった。
 テムズとあの吟遊詩人が、宿り木の下で――
「・・・はぁ」
 やはり、いつか病院の待合室で聞いた話は(一部)本当だったのだろうか。
 気がつけば、自分はパブに背を向け、歩き出していた。
 考えれば考えるほど、思考はどんどん悪い方向へ行ってしまう。
 しばらく歩き、やっとのことで自分の店に着いた。
 人気のない家に救われたような気がする反面、妙に寂しくもあった。
 コートも脱がず椅子に腰掛け、窓の外を見る。
 相も変わらず、大雪が降っていた。
「・・・はぁ・・・」
 口を開けば溜息ばかりだ。我ながら情けない。
 それ以降のことは、もうほとんど記憶になかった。


「一人入院だ」
 カルテに書き込みながら、ジェフリーは看護婦達に言った。
「とにかく熱が高い。それさえ下がれば特に問題はなさそうだが・・・」
 そして、彼は看護婦の一人に目を向ける。
「これから君でも大丈夫だろう。看護を頼む」
「はい、わかりました」
 そう言って、彼女は病室へと向かった。


 鍛冶屋がふと気がつくと、天井が見えた。
 一瞬あのまま眠ってしまったのかと思ったが、どう見ても我が家の天井ではない。
「気がついた?」
 突然、聞き慣れた声が聞こえてきた。
 視線を声のした方に移すと、赤い髪の少女が立っている。
 しかも、彼女の立っているのは自分の枕元だった。
「テムズさん・・・!」
 そう言うと、彼女は一瞬困ったような顔になったが、すぐににっこりと微笑んだ。
「大丈夫? あなた、家で倒れてたんですって。親切な方が病院に連絡してくれたから良かったけど・・・」
「そうだったんですか・・・」
「まだ熱があるようだから、ゆっくり寝ていて」
 テムズはそう言って、ずれた毛布をかけなおした。
――まさか、天使の君が僕の看病をしてくれるなんて!?
 頬が赤くなるのは、熱のせいだけではないだろう。
「あら、どうしたの?」
 鍛冶屋に見つめられていることに気づいたテムズが、きょとんとした表情で問いかける。
「いえ、なんでも・・・」
「そう?」
――ああそうか、これは夢に違いない。僕は自分に都合のいい夢を見ているんだ。
 そう思うと合点がいった。
――でも、この際夢でもいいか・・・
 そして、鍛冶屋はテムズの手を握った。
 彼女の顔が、一瞬赤く染まる。
 夢にしては現実味のある感触を感じながら、鍛冶屋は再び眠りについた。


「リディア」
 ジェフリーが看護婦の名を呼んだ。
「あ、はい! 何でしょうか?」
 リディアと呼ばれた看護婦は、ジェフリーの方を振り返る。
 肩の辺りまで伸ばした赤い髪が、ふわりと揺れた。
「彼の様子は?」
「また眠ったようです。・・・すみません、もう少しこちらに来てくださいませんか? この人離してくれなくて」
 苦笑しながら、リディアは鍛冶屋に掴まれた手を見せる。
「どうやら、私を誰かと勘違いしたようなんです」
「そうらしいな」
「世の中には自分に似た人が三人はいるといいますが、本当に私に似ている人がいるんでしょうか?」
「ああ。それもかなり近くに」
「へ〜・・・」
 感心する彼女を見ながら、ジェフリーも思った。彼女とテムズは、本当に似ている。
 髪の長さと性格こそ違えど、顔も声もそっくりだ。双子の姉か妹と言っても通じるのではなかろうか。
 自分も、街で見かけただけならどちらだかわからないだろう。
 そう思うと、鍛冶屋の気持ちもよくわかった。
「そういえば、君がここに来るのも今日で終わりか」
「ええ・・・」
「・・・非常に残念だ」
「はい?」
「いや、何でもない」
 リディアは、至って『普通の』看護婦見習いだった。
 だが、ジェフリーにとっては、かえってそれがありがたいことだった。
 仕事もそれなりにこなすし、何といっても普通の料理が作れる。
 本当に、見習いなのが残念だと思った。
「先生・・・私、正規の看護婦になったら、またここで働きたいです」
「そう言ってくれるとありがたいな」
「あ、でも、ここにはセリーヌ先輩と・・・・・・・・・・アリス先輩もいますから、わざわざ私が来なくても平気でしょうか?」
 今の間が気になったが、ジェフリーはあえて言わないことにした。
「いや・・・それもそうだが、二人だけでは手が足りないこともある。君が来てくれれば助かるよ」
「それが言い訳に聞こえるのは私だけでしょうか?」
 いつの間にか来ていたセリーヌが、ぽつりと呟く。
「・・・とにかく、来てくれるなら大歓迎だ」
「そうですか? それなら、私もそうしたいです」
 にっこり笑うリディアに向かい、ジェフリーは再び小さな声で言った。
「なるべく早くそうしてくれると嬉しい」
「はい?」
「いや、こちらの話だ」
 リディアは首をかしげながら、また鍛冶屋の方を向く。
「・・・さてと、私は薬を取りに行かなければならないから、手を離してね」
 優しく言って、自分の手をしっかり掴む彼の手を離した。
「リディア」
「何ですか?」
「患者には敬語を使いたまえ」
「・・・あ。すみません、つい・・・」


 次の朝、鍛冶屋はカーテンの隙間から差し込む光で目を覚ました。
 どうやらもう熱はひいたらしい。頭もすっきりしている。
 ふと、昨日の夜のことを思い出した。
「・・・テムズさん」
 起きあがって周りを見ても、テムズらしき姿は見えない。
「やっぱり、夢か・・・」
 苦笑しながら、彼は再び毛布を被った。
――もしかしたら、あれはクリスマスの奇跡だったのかもしれない。
 例え夢か幻だったとしても、あの天使が自分のことを気遣ってくれたことを嬉しく思いながら、鍛冶屋は二度目の眠りについた。

おしまい

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