The another adventure of FRONTIERPUB 26(Part 1)

Contributor/ねずみのママさん
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ホワイトクリスマスとその顛末 1 ――サリー――

 窓を開けたサリーは、外の空気の冷たさに驚いた。
 町は銀世界だった。サリーは目をみはり、寒さを忘れてしばらく雪景色に見とれていた。雨は苦手だが、雪は好きだった。
 くしゃみをして、ようやく彼女は窓を閉めた。時計を見ると、あわてて着替え始める。ぐずぐずしている暇はない。今日は駅まで出かけなければいけないのだ。
 階段を降りていくと、テムズが朝食の用意をしていた。
「おはよう、サリー。すごい雪よ。だいじょうぶ?」
「平気ですぅ。ネルソンさんのおばあさんのためなら、これしきの雪、なんでもありません」
と、サリーは力を込めて言った。
「ほんとにね……足が痛くなくたって、この雪じゃお年寄りには少しの距離を歩くのだって大変よね。代わりを引き受けてあげて、よかったわよ」
 サリーはネルソンさんの奥さんのかわりに、駅まで人を迎えに行くことになっていた。おばあさんは最近足を痛めてしまい、歩くのが大変なのだ。そして、おじいさんは大事な用事があってどうしても抜けられなかった。その話を聞いたサリーが、日頃お世話になっているお礼にと、代理を申し出たのだ。
 ネルソンさんは大変喜んで、サリーに孫のお迎えを頼んだ。ケンブリッジからひとりで来る孫は、10歳の男の子だという。
 急いでトーストとゆで卵とミルクティーを胃の中に納め、、サリーは元気良く出かけていった。大雪の道はたいそう歩きづらかった。なんとか転ばずに駅まで行けたのは奇蹟に近かったといえる。列車の到着時間の少し前に駅に着いたサリーは、冷たくなった手をさすりながら待った。やがて目的の列車がホームに入ってくるのが見えた。
 降りてくる乗客の中から、10歳くらいの男の子を探す。そのくらいの年齢の子は何人かいたのだが、みんな保護者と一緒だった。ひとりでやってくるはずのネルソンさんの孫らしい子供は見つからない。
「あれぇ? フレッド君はどこかしら……」
 つぶやきながらサリーは見落としがないかと周りを見回す。しかし人影がまばらになっても、少年は見つからなかった。迷子にしてしまっては大変、とあせってうろうろと歩き回っていたサリーは、よそ見をしていて誰かとぶつかってしまった。
「あっ、ごめんなさいっ!」
 あわてて相手にあやまる彼女。
「いえ、こちらこそすみません。前をよく見ていなくて……」
と答えたのは20歳くらいの青年だった。丁寧に詫びると、きょろきょろとまわりを見回しながら行ってしまった。彼も、誰かを探しているのだろうか。
 サリーはさらに5分ほど探したが、フレッド少年は見あたらない。途方に暮れて、どうしようかと考え始めた頃、再び先ほどの青年と会った。
「ああ、さきほどはどうも……。もしかして、待ち合わせた人と、まだ会えないんですか?」
と、青年は話しかけてきた。
「ええ……あなたもですか?」
「そうなんですよ」
 彼はため息をついた。
「あの……60歳くらいのおばあさんを見ませんでしたか?」
「……さあ、気がつきませんでしたけど。私は男の子を探してるんです。10歳くらいの茶色の髪の子、見ませんでした?」
 青年は首を横に振った。
「困ったなあ……」
「困りましたぁ……」
 二人は同時につぶやき、思わず顔を見合わせて笑った。
 そうしているうちに、駅の構内はほとんど人がいなくなってしまった。よけいに寒さがつのる。
「どうしよう……迷子になっちゃったのかしら。まさかひとりでネルソンさんの家に行っちゃったのかなあ……」
 サリーのつぶやきを聞いた青年は、驚いた顔で尋ねた。
「ネルソンって……きみ、もしかして……おばあさんのかわりに?」
「はぁ?……あの、まさかあなたがフレッドさんなんてことは……」
「はい! 僕がフレデリック・ネルソンです」
 サリーは思わず2,3歩あとずさり、彼を指さして叫んだ。
「10歳なのにどうしてそんなに老けてるんですかっ?」
 青年は一瞬目を丸くして絶句し、それから吹きだした。
「老けてるとはひどいなあ。僕は18歳なんですよ。……どうしてこんなことになったんだろう」
 顎に手を当てて考える青年は、なかなか知的に見えた。茶色がかった金髪と、青い瞳。どことなくネルソン老人に似た顔立ち。そして喋り方。サリーは彼になんとなく親しみを覚えた。
「ああ、きっと弟のリチャードと勘違いしたんだ。弟は10歳で、茶色の髪なんですよ。もうずいぶん会ってないから、名前をとりちがえたのかな」
 なるほど、とサリーも納得した。でもそれにしても、とんでもない間違いだ。偶然がなかったら、会えないところだった。
 安心したところで、サリーは小さなくしゃみをひとつした。フレッドは心配そうにサリーを見て、
「あ、大丈夫ですか? 寒いところでずっと待たせてしまって、すみませんでした。どこかでお茶でも飲んで暖まってから、祖父の家に向かいましょう」
と言った。
「え、でも……おばあさんたち、首を長くして待っているんじゃ……」
「少しくらい、平気ですよ。それより君に風邪をひかせたりしたら申し訳ない」
 優しい人だ、とサリーは思った。もちろんお茶代も彼が持ってくれるのだろうという計算が働き、サリーはこの際すなおに同意することにした。
 温かいお茶を飲みながら話しているうちに、ふたりはすっかり仲良くなった。
 フレデリック・ネルソンはケンブリッジに住む学生で、両親と弟の4人暮らしだった。いつもはサセックスの母方の実家でクリスマス休暇を過ごすのだが、この冬は新年早々大学の友達との約束があって(なにやら、研究発表の準備だということだった)、彼だけ残ることになった。そこで、クリスマスは祖父のところに行こうと思いついたのだ。
 しかしサリーが関心を示したのは彼のスケジュールではなく、彼の趣味だった。探偵小説が好きだというフレッドは、いとこと合作で小説を書いていると言った。
「お互い忙しくて、なかなか進まないんですけどね」
と、彼は苦笑いしながら言った。
「できあがったら、懸賞に応募しようと思っているんです。まあ、だめもとでね」
「すごーい……読んでみたいです、その探偵小説」
 サリーは目をきらきらさせてフレッドを見つめ、そう言った。
「読者になっていただけますか? それはありがたい! いとこもきっと喜びます」
 フレッドは子供のように嬉しそうな笑顔を見せた。
「書き上がったら真っ先にお持ちしますよ」


 そのあとふたりはネルソン家に向かった。ネルソンのおばあさんはやってきた孫を見てびっくりしたが、やはり勘違いをしていたのだった。
 フレッドは祖母の足の具合を気遣い、家のまわりの雪かきを始めた。サリーも手伝いながら、そういえばフロンティア・パブのほうはどうしただろう、と少し気になったが、ウェッソンにまかせてしまうことにした。そこにおじいさんが帰ってきて、サリーに礼を述べ、孫との再会を喜んだ。みんなが揃ったところで昼食になり、そのあとはまた歓談が続いた。
 ネルソン老人とフレッドはチェスを始めた。老人のほうが、圧倒的に強かった。サリーはそれを眺めながら、尋ねた。

「おじいさん、どうしてそんなにチェスが強いんですか?」
 ネルソンはパイプをくゆらせ、答えた。
「うまいタバコをのんでいると、頭が冴えてくるんじゃよ。特にこれは知り合いの貿易商に頼んで手に入れた極上品でな……」
 彼は幸せそうな顔で、ゆっくりとパイプをふかしている。
「じゃ、ウェッソンもそのタバコで、おじいさんと同じくらい強くなるかしら?」
と、サリーは思わず聞いていた。ネルソンは、ほっほっほっと楽しそうに笑い、
「ためしてみるかね? それじゃ今日のお礼に、少し分けてあげよう」
と言った。サリーはコクコクとうなずいた。
「ちょうどいいクリスマスプレゼントになりますぅ」
「誰ですか、ウェッソンさんって?……きみのお兄さん?」
 フレッドの問いにサリーは、
「保護者兼助手です!」
と、元気良く答えるのだった。
「サリーちゃん、そろそろ帰らないと、雪空だから早く暗くなってしまうよ。ウェッソンさんが心配するわよ」
 おばあさんが外を見ながら言ったので、サリーは腰を上げた。
「はあい、そうですね。そろそろ失礼します。」
「ほんとに今日はありがとうね。おかげで助かったわ」
「おお、ちょっと待った。タバコを包んでくるからな」
 おじいさんはそう言って奥の部屋に引っ込んでいった。すぐに、ちいさな布袋を持ってきて、サリーに渡した。サリーはお礼を言ってそれをコートのポケットにしまった。
「送っていきますよ。薄暗くなってきたし、雪道は危ないから」
 そう言ってフレッドがコートを羽織っている。
「あら、そんなことしたら帰り道がわからなくなっちゃいますよ。ひとりでも大丈夫ですから」
 サリーが言うと、彼はにこっと笑い、
「大丈夫。地図を書きながら行くから」
と、手帳を取り出した。サリーが持っているのとよく似た手帳だった。
「そうね、送ってあげた方がいいわね」
と、おばあさんも言った。そこでサリーもまたまた好意に甘えることにした。相変わらず雪が降り続く夕方の町を、二人は歩いていった。
「店の名前はなんと言いましたっけ? 僕も今度食事をしに行ってみようかな」
「フロンティア・パブですぅ。店主のテムズさんはちょっとこわいけど、お料理がとても上手ですよ」
「ふうん……店主は女の人なのか」
「そうです。フレッドさんは金髪碧眼のハンサムさんだから、きっとテムズさんに気に入られますよ」
「なんですか、それ? 僕は金髪といっても茶色が混じってるから……」
「でも、きれいな金髪です」
「きみの髪のほうがずっときれいですよ」
「え……?」
 サリーは驚いた。今まで、髪がきれいだなんて言われたことがなかったからだ。とくに手入れをしているわけでもなく、どちらかというとほったらかしなので、なんだか少し恥ずかしかった。
「それにしても、この雪なかなかやみそうにないですね。明日の朝にはどうなっていることか……」
 重くなった雨傘を振って、積もった雪を払い落としながら、フレッドは言った。
「そうですねえ。雪は好きだけど、積もりすぎは困りますぅ……」
 そう答えたとき、サリーは前方を歩いてくるウェッソンを見つけた。
「ウェッソン、迎えに来てくれたの?」
「暗くなったからな……」
 しかしウェッソンの様子がなぜかいつもとちがっていることに、サリーはすぐ気づいた。どことなく不機嫌そうだ。サリーがなかなか帰ってこないので、怒っているのだろうか? それともテムズとのあいだでなにかあったのだろうか……? 
「すみませんでした。僕がいつまでも引き止めてしまったから……」
とフレッドは言った。
「きみは……?」
 ウェッソンは、はじめて彼の存在に気づいたような表情で尋ねた。
「フレデリック・ネルソンと言います。いつも祖父たちがお世話になっています」
「いや、こちらこそ。……もっと早く迎えに行けば良かったんだが、送ってもらったりして申し訳ない」
 ウェッソンはそう言うとサリーの頭をぽんと叩いた。
「帰るぞ」
「はあい……じゃ、フレッド、さようならですぅ。ありがとうございました」
「僕こそ。それじゃ、また」
 サリーは、すでに歩き出しているウェッソンの後を追った。いつもなら彼の横にぴたっと並んで歩くのだが、きょうはどうもそうする気になれず、数歩後ろをついていく。サリーの判断基準で「ウェッソンの機嫌の悪さ・危険度2」というところだ。こちらから突っついたりせず、できるだけそっとしておいて、機嫌が直るのを待つのがいい。けれど、本当に、なにがあったのだろう? 
 そんなことを考えていたサリーは突然、上から落ちてきたなにかに押しつぶされた。目の前が急にまっくらになった。息ができない。そして、とても冷たい……何ごとが起こったのかわからず、叫び声を上げることすらできなかった。
「サリー!」
 ウェッソンの驚いたような声が遠くに聞こえる。きっとすぐに助けてくれる……身動きもできないサリーは、ただおとなしく待った。けれどそれは、恐ろしく長い時間だった……少なくとも彼女にとっては。
 ようやくウェッソンがサリーを抱き起こしたときには、彼女の手足は冷たくなっていた――もちろん死んでしまったわけではなく、文字通り冷たくなっていただけだ。商店街のとある店の屋根から落ちてきた雪のかたまりがサリーを直撃し、彼女は雪の山に埋まってしまったのだった。
「サリー! おいっ、だいじょうぶか? しっかりしろ、サリー!」
 ウェッソンに体を揺さぶられ、半分気が遠くなっていたサリーは正気に戻った。
「あ……いったい……なにが……」
 次の瞬間、ウェッソンはサリーをぎゅっと抱きしめていた。
「良かった……死んじまったかと思った……」
 まさか。こんなことで死ぬはずないじゃない……。さっきのは訂正。「危険度3」だ。サリーは直感的にそう思った。今日のウェッソンは絶対「変」だ。半径10メートル以内に近づいてはいけない。なるべく離れて様子を見るべし――しかし、離れるどころかこれ以上近づけないほど密着している。しかも、ウェッソンはいつまでも放してくれない。サリーは焦った。
 ウェッソンがつぶやくのが聞こえた。
「雪なんて、だいっきらいだ……」
 雪が嫌い? こんなにきれいなのに。……確かに今日は降りすぎだけど、でも――
 ウェッソンはやっとサリーを解放してくれた。その時サリーは大変なことに気がついた。
「……ウェッソン……ウェッソンの顔がよく見えない……」
 彼女は泣きそうな声で言った。
「眼鏡が落ちたんだな。そこいらに埋まっているんだろう」
 ウェッソンは眼鏡をさがそうと、雪をかき分けた。しかし暗くなっていたうえ、雪はめちゃくちゃに多いし、さらに降りつもってくる。すぐにはみつかりそうもなかった。
 サリーもダメージから回復し、立ち上がって眼鏡を探そうとした。その時、足元でいやな音を聞いた。ぱりん、とガラスが割れる音。
「あ……!」
 彼女は自分の眼鏡を踏みつぶしてしまったのだ。片方のレンズはきれいに割れてしまっていた。
「……修理に出さなきゃならないな。だがまあ、見つかって良かった」
 気落ちした表情でウェッソンはそう言い、立ち上がった。すると彼も、何かを踏んづけた。バリッと音がした。
「え?……わっ、しまった!」
 彼が拾い上げたのは、いつもパイプを入れている小さな袋。中から出てきたパイプは無残に割れていた。眼鏡が壊れてよく見えないサリーは、
「なに? どうしたの?」
と言いながら顔を近づけ、ようやく事態を把握した。
「パイプが……!」
「サリーを雪の中から掘り出すのに夢中で、落としたのに気がつかなかったな……」
「ご、ごめんなさい……」
「いや、お前が謝ることはないさ。俺が悪いんだ」
 パイプが壊れてしまっては、あの「チェスが強くなるタバコ」を試すことができない。せっかくおじいさんからもらったのに……クリスマスプレゼントにしようと思ったのに。サリーは悲しくなってしまった。そんなサリーの様子にウェッソンは、
「それより眼鏡だ。いまならまだ店は開いているだろう。預けて帰ろう」 と言って、サリーの頭に積もった雪を払い、彼女の手を引いて歩き出した。すっかり落胆してしまったサリーは、「危険度3」も忘れて、うつむきながらついていった。
 さっきまであんなに楽しかったのに……憂鬱なクリスマスになりそう。
 くしゃみをひとつして、身の不幸を嘆きつつ歩いていくしかなかった。


 クリスマスの日。どうやらいつもの状態に戻ったように見えなくもないウェッソンに、サリーはおそるおそる、タバコの包みを差し出した。結局、ほかのものを用意することができなかったのだ。
「ごめんね、ウェッソン……パイプがないのに」
 泣きたい気持ちを押さえて、彼女はそう言った。
 ウェッソンは少し驚いたように、タバコの葉と、眼鏡のないサリーの顔とを見比べながら、
「いや――ありがとう。しかしこのタバコはいったい……」
と尋ねる。
「ネルソンおじいさんのチェス必勝法なんだって。たまにはウェッソンにも勝ってもらいたくて……」
「そうか……はやいところパイプを新調しないとな」
 ウェッソンは苦笑しながら、
「それじゃ俺も、これを渡しておこう。」
と言って、リボンのついた包みをサリーに渡した。開けてみると、きれいな花の刺繍がついている、布製の眼鏡入れが出てきた。
「すてき……ウェッソン、これ……」
「よかった、気に入ってくれたか。雑貨屋のおばあさんに手伝ってもらって選んだんだ。眼鏡が直らないと、使えないが」
「なんだか、おたがいさまっていう感じね」
 ふたりは明るく笑った。サリーは心の重荷が取れて、ほっとした気持ちになった。
「ありがと。――ウェッソン、大好き」
 そう言ってサリーはウェッソンに飛びついた。そこに、
「サリー、あなたにお客さんよ」 と、テムズがやって来た。
「ネルソンさんのお孫さんですって……フレッドさん、だっけ」
「え? あっ、はい、今行きますぅ」
 サリーは急いで階段を下りていく。不思議な気分だった。宝探しに出かける前のような、期待と不安のいりまじった胸の高鳴りを感じたのだ。どうしてなのかはわからないが。
「つまずかないように気をつけなさいよ、眼鏡ないんだから」
 テムズの声があとから追いかけていった。

おしまい

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