The another adventure of FRONTIERPUB 25(Part 1)

Tip of basis/哲学さん
Contributor/影冥さん
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究極と至高の名のもとに 〜ただ一欠片の輝き〜 (前編)


 カラン。
 光を柔らかく反射する琥珀の液体の中で、一片の氷が踊った。
 男はその涼やかな音色を耳に、男は口に含んだ液体をゆっくりと胃に流し込んだ。よく冷えたそれは、喉を灼いた。
 ふぅ。
 熱をもった喉を冷やそうとでもするかのように、息を吐く。まるで火吹き竜の吐息を感じさせるほどに、熱い。
 男は琥珀の中に踊る氷を光の中に透かした。淡いランプと琥珀の輝きに浸されたそれは、宝石とも違う独特な光を作り出していた。
 ダァン!
 次の瞬間、男はグラスを勢いよくカウンターに叩きつけていた。割れこそしなかったものの、中身は水滴となり、あたりに飛んだ。
「違う……こんなもので俺は満足しない!」
 自分自身でも予想できないほどに激昂していた男は、背後に立つ赤い髪の恐怖には気がつかなかった。
 男の名はウェッソン・ブラウニング。密かに水割りにこだわりを持つ男。

 ……あ、打ち上げ人間。


「で、昨日は何をトチ狂ってたわけ?」
 次の朝、赤い髪の恐怖……もとい、テムズ・コーンウォルは「今度のは骨に来たかもしれん」などと呟くウェッソンに訊いた。
「……あんな氷じゃダメだ。大げさなほどの氷塊をアイス・ピックで砕かないと」
 テーブルに突っ伏してうめきながらもウェッソンが答える。その瞳には決死の覚悟をした戦士の光があった。あるいは究極の作品を求める職人のそれか。
「氷塊って言ってもねぇ、ウチには大きな製氷機はないし。それにあんたの言ってるのってほとんど特注の域じゃないの?」
「それでも男には求めるべきものがある!」
 叫び終えると同時に胸のあたりを押さえて丸くなった。いたむらしい。
「大ニュースですぅ!」
 ドパァァン! と入り口の扉が開いた。そこに仁王立ちするのは、金色の災厄……とも言えなくもない少女。名はサリサタ・ノンテュライト。通称サリー。
「極秘ルートによりまたしても宝の地図を手に入れたのですぅ!」
「例のおじいさんにまた貰ったの? 今度はどんなの?」
 サリーの興奮を覚ますテムズのあっさりとした問いかけ。
「……あの、テムズさん? もう少しノってくれると嬉しいんですけどぉ……」
「ああ、わかったから、泣かないの」
 涙ぐむサリーにさすがに悪いと思ったのか、テムズは慰めてからコホンとわざとらしい咳を一つ。
「なんですって! 宝の地図!?」
 あからさまに演技過剰に驚いてみせた。その傍でウェッソン(死体風)は虚ろな視線をむけている。
「今回はキャプテン・マイケル! とってもマイナーな海賊のお宝ですぅ!」
 マイナーかよっ! という意志をこってりと乗せたテムズの視線がサリーに送られた。それに気がつかずサリーはなぜか誇らしげに仁王立ちで笑っている。だが、興奮しているのはサリーだけではなかった。今にも母なる大地に帰りそうだったウェッソン(死体風)が立ち上がり叫んだのだ。  
「キャプテン・マイケル! あの伝説の酔いどれ海賊の秘宝だと!」
 突然復活したウェッソンに驚いたサリーが怯えつつも首肯した。
「し、知ってるんですかぁ、ウェッソン?」
「当たり前だ! キャプテン・アイス・ピックとも呼ばれるほどに水割りにこだわったといわれる海賊だぞ! その宝ともなればイッカクの角から作られた伝説のアイス・ピックがあるかもしれん! あるいは不溶氷を作るといわれる虹色の製氷機か! いずれにせよ急ぐぞサリー! 究極の水割りは目の前だ!」
「なんだかよくわからないけど、出発ですぅ―!」
 珍しく騒ぐウェッソンと例の如く暴走の様子を見せるサリー。その光景に背を向け、テムズはひっそりと溜息をつき、彼女にしては珍しい言葉を言った。
「また留守番なわけね」
 はい、その通り。


 勢いに乗ったときの行動は早かった。その日の午後に、サリーとウェッソンは港にいた。目の前には小型の帆船が一艘。 
「ほっほっほ。用意しておいて正解だったようじゃの」
 船を用意した老爺が満足げに言った。
「……いや、手際のよさは正直驚いたが……なんだか貴族のものらしき家紋なんかが見えるのは気のせいか?」
「なに気にすることはない。もともとワシの友人が道楽で作った船じゃからな」
 老爺はほっほっほっといつものように好々爺の笑いを浮かべた。
「さて、船員を紹介しようかの。二人しかいないが十分な腕利きじゃよ」


 ここで話は時間を若干遡る。場所は港の近くにある倉庫の一つ。
「テリーよ、お前、こだわりはあるか?」
 唐突にアニキが言った。
「へ、こだわりっスか? そうっスね……好きなものは最後まで残しておくっス!」
 テリーが力いっぱい宣言した。あまりにも堂々としたその姿は、ある種の神々しささえ備えている。
「あ〜、まあ、こだわりといえないこともねぇか」
 兄貴はそう言うと一枚の海図を取り出した。
「宝の地図っスか!?」
「ああ。キャプテン・マイケルの財宝だ」
「マイケル? 誰っスか、それ?」
「北のほうからやってきたといわれる海賊だ。海賊社会からすれば、まあ並の腕前だな」
「そんなやつでも宝を隠したりするんスね」
「ああ。宝を隠すのは海賊の礼儀らしいからな」
「そんなもんスかね。……アニキ、これ海図っスよ。おいらたち船を持ってないっス」
「ああ、船は何とかする。そういうわけだから準備をしておけ」
「わかったっス!」
 テリーは張り切って倉庫を出ようとしたところでアニキに呼び止められた。
「どうしたっスか?」
「キャプテン・マイケルはその得意とした得物から別の名前でも呼ばれていたそうだが、わかるか?」
「う〜ん……わからないっス」
「まあ、ヒントもないんじゃわからんだろうな。もう一つの名はな――」
 アニキは不敵に笑って言った。
「キャプテン・アイス・ピック」


 そして時間はもどる。老爺の合図によって二人の船乗りが姿をあらわした。
「ニキーデース!」
 素晴らしく滑らかな足取りで先に出てきたのは、一昔前の貴族がつけていたような巻き毛の鬘をつけ、作り物の鼻とヒゲのついた眼鏡をかけた男だ。名はニキーというらしい。
「リテーデース!」
 奇妙なダンスをしながら出てきたのは逆立てた金髪に、やはり鼻とヒゲのセットになった眼鏡をかけた男だ。名をリテーと名乗っている。
「二人合わせて流離いの船乗りブラザースデース!」
 言葉に表すのをためらってしまいそうな奇妙なポーズ。さらに何がおかしいのか「HAHAHAHAHAHA!」と笑い続けている。
「……大丈夫なのか?」
 ウェッソンの不安の声は無力にかきけされるだけだった……

to be continued



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