Super short 8(Part 1)
非常識な偶然の出会いである。
通りの物陰からひょいと気軽に出てきた円筒が額へと突きつけられたので、立ち止まって沈黙する。踵が削れる程度には、急いでいたのだが。 接近戦で使うようなものではないはずだ。女は素早く筒を下ろした。物語としてはまったく場違いな登場人物のはずなのに、表情がいつもと変わらない。その鉄面皮はこういう場面にこそ相応しいのか。ミステリアスにも程がある。 「あら、ごきげんようブラウニングさん」 「…こんにちは」 ウェッソンは一応、引き攣った顔で挨拶の言葉を漏らした。こんなところで何故彼女と会うのだろうか。ウェブリーの銃把が体温に近くなっているというのに、まったく気配に気付けなかった。殺気がなかったのだ。あっても困るが。 そもそもどうして武装しているのか、それすら聞き質せそうにはないほどに、気迫で圧倒される。彼女は何を言おうとしているのか、薄い唇が開き―――――― 「治療費のツケ、そろそろ払って下さいな」 「あ、はい」 ウェッソンは撃ち合いをしているときなどより、よほど冷汗を掻きながら頷いた。危機は至るところに潜んでいる。 「では」 しかし向こうから切り出してくれたので、胃の辺りを抑えながら、 「ま、また…」 二人は背を向けて走り出した。 |
どちらかと問うなら、霧は彼女の味方だ。
この濃霧の中で見えはしないが、路地の角からこちらへ向かってくるのは、焦燥に駆られた急ぎ足の靴音だった。しかし標的ではないし、それなりに聴き慣れていると言えなくもない。 胸中で舌打ちをする。しかしタイミングを合わせるために、挙動はもう始まっていたのだ。止める理由もないような気がして、彼女は湿った壁に背をつけたまま、構えていたライフルの銃口を向けた。別段、標的が近くてもそれほど支障はない。ことによると、服が汚れるかもしれないが。 横顔がこちらを向くと同時に照星へ伸ばした視線を残して、セリーヌは銃を腰溜めまで降ろした。彼がどんな理由で今ここに居るのであろうと、知ったことではない。敵でなければそれでいいのだから。 (それにしても相変わらず謎の多い男ね) 「あら、ごきげんようブラウニングさん」 「こんにちは…」 何か言うべきことがあったような。そうだ、 「治療費のツケ、そろそろ払って下さいな」 「あ、はい」 (診療所で、また会うことにならなければいいけど) 一応、顔なじみには挨拶くらいしておくものだ。この霧を生む生温い空気より冷淡に、だが。 「では」 「ま、また…」 振り返ることもない。 二人は背を向けて走り出した。 |
おしまい
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