Coming soon or later
「あら……それはなに?」
ふらりと立ち寄ったアリストは珍しく土産を持参していた。
珍しい事態にテムズは不思議そうに彼が手にしている荷物を見つめる。
「なぁに……ちょっとしたツテさ。君にあげるよ」
中から出てくるのは漆黒の円盤。見慣れないその物体にテムズは目を白黒させる。
「……コレはなに?」
不思議そうに見つめるテムズに対し、アリストは静かに微笑んだ。
「レコードさ」
彼の言われるままにテムズはその物体を奇妙に曲がったラッパのなり損ないがくっついた台に載せる。
「何の曲が入っているの?」
台の下にあるネジをきりきりと巻きながらテムズは聞く。
「今際の際に『喜劇は終わりだ』と言って死を迎えた偉大なる音楽家が作った曲さ」
テムズが手を離すと円盤が回転を始め、キュルキュルと言う鋭い音が店に響き渡る。
「その曲の名は――」
瞬間、小さな宿に盛大なる音の祝福が満ちた。
その苛烈にして壮大なるその曲の名は――。
「彼女に近づいて何を企んでいるの?」
安らぎを求める詩人を責め立てる黒髪の美女。
「僕は――幸運の女神に会いに来てるだけさ」
ただ平然と笑う詩人。
「ベートベン? 知らないね。それより僕は君に興味があるかな」
謎の王子。
「お、おねっ! ……退散ですウェッソンっ!」
変わらぬ探偵。
「犯罪者は何処までいっても犯罪者なんだよ」
静かに語る刑事。
「……過去から逃げるつもりはない」
追憶に苛まれるガンマン。
辿るべき結末を知る由もなく、ただ人は今日を知り、明日を忘れる。
それの向かうべきは――。
「ねぇ――」
グラスを片手にアリストは問いかける。
「なんだ?」
虚ろな目でウェッソンは静かに傍らの詩人を見つめた。
かの詩人は程良い酒気を漂わせながら微笑んだ。
そして……道の上。
夕闇が街を、人を、全てを包み込む。
誰も歩くことのない街道にフラフラと人影が転がり込んでくる。
影は哀しむわけでもなく、さりとて楽しむわけでもなく――。
ただただ静かに調子っ外れな鼻歌を歌いながら……夜の闇へと消えていった。
後に残るのは何処までも響いていく声の記憶。
「……だだだだ〜ん、だだだだ〜ん……」
全ては静寂の中に。
美しさとは終焉という華の中に。
Coming soon or later
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