Super short 2
黴びた匂い。ぬかるむ足元。薄暗い路地。家々からあぶれた不良―――――全てが刑事の仕事の中にある。こういう連中から情報を“取り出す”には、単純に幾つかのプロセスが必要だ。逆効果なのは分かっていたが、取り敢えず警察手帳を懐にしまう。
(まぁ、儀式みたいなもんか)
「何とか言えよ、なぁおっちゃん」
一人が襟首を掴もうとしたので、レドウェイトは軽く払った。
小雨の中、何度も後ろを振り向いてはにたにたと笑いながら、
「おっ? いいのかよ、公務員が市民に怪我させてもよ? オレ、通報しちゃおうか―――な゛ッ……」
彼は最後までセリフを通せなかった―――――途中で顔面に革靴がめり込んでいたからだ。躊躇はない。レドウェイトの脚は軽く引いてから孤を描くと、腰から回転を入れて再び空を裂く。何度か霧が吹いて、それで一人が沈んだ。
途端に残りの連中は顔色が変わる。どちらかと言うと赤より青が目立つだろうか。ある者は立ち上がり、ある者はもたれていた壁から背を離し、またある者は…
「てめぇ!」
「あー…なんだ、君たち」
いきり立った少年は何処からかナイフを取り出す。予想通りのリアクションを取られて、レドウェイトは陰鬱な気分になった。少年でも中年でも、男はいちいちやることが同じなのだ。少年課の苦労が少しだけ分かったような気がする。
「元気が余ってんならまぁ付き合ってやる。こいつも捜査の一環だ」
ふぅ、と吐息を煙(けぶ)らせて…それでも両手はズボンのポケットの中、くたびれたスーツの裾に隠れている。当然、銃を使う気はない。市民に、しかも未成年に銃を向けるなど…妻や少年課の連中が聞いたら飛び上がるだろう。少しだけその場面を想像してしまった。
「何がおかしい!!」
知らない間に笑っていたのだろう。無精鬚から雨粒を滴らせてて笑う自分は、さぞ不気味に違いない。さて、片付けるとしよう。このままでは一張羅が台無しになってしまう。上着を脱いでポケットに突っ込んだままの脇に挟むと、微かに目を細める。及び腰の少年たちにレドウェイトは呟いた。
「来な―――――」
雨足は文字通り泥沼の方向だ。
「やり過ぎたか…」
気がつくと全員、ものが言えなくなっていた。プロにあるまじき失態だが、代わりは幾らでもいるし、恐らく青少年の教育は一度や二度で成るものでもないだろう。一応、足元に倒れている少年の脈をとってから一人頷くと、重くなった上着を羽織って立ち上がる。襟元で覆い………………十数本目に擦ったマッチにようやく火が灯るが、
「ちっ――――」
軽く首を振り、湿った紙巻煙草を吐き捨てた。一瞬、街の環境運動のことを思って拾おうかと思ったが、何しろ土砂降りで、もう前が見えない。溜息をついて居住まいを正し、レドウェイトはまた歩き出した。前が見えずに、ただ足元だけが見える…捜査はいつもそういうものだ。
(なら全てを歩きつぶしちまえばいい…)
無能な上司や悪天やチンピラや未知の物体などにめげるくらいで刑事が務まるものか。プロフェッショナルに言い訳はない。
end
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