Super short 14
「あれ、これは何かしら。」
テムズはそうつぶやくと掃除の手を休めて、床に落ちていたものを拾った。
「うーん、これってハンカチ…よね。でも、きれいな赤色のハンカチだわ。一体、誰か落としたのかしら。少なくともサリーやウェッソンのはないし。」
拾ってから、なにか目印でもないのかと思い調べようとしたら、そのとき、入り口の戸が開く音がした方を振り返り。そこにいる人物を見て、テムズはにっこりしていった。
「お帰り、サリー。」
「ただいまですぅ。テムズさん。」
サリーが手に丸めた新聞のようなものを持っているのをテムズは見た。どうやら、彼女の言う探偵御用達のという「まるまるタイムズ」とかいう三文タブロイド紙を買ってきたのだろう。いつものことだろうと思ってまたハンカチを広げてみた。
と、そのとき、サリーはテムズが何か持っているのに気づいて尋ねる。
「あれ、テムズさん、何を持っているんですか。」
テムズは、サリーにでも聞いたらわかるかも知れないかな…
と思い、ハンカチを見せようとしたら。
「ああ、サリーこれね…。」
「テ、テムズさん。な、何をもっているんですか。そ、その赤いものは。テムズさん、あなたはいったい何をしたのですか。」
なぜサリーはそんな過敏な反応をしているのだろうかとテムズは思ったが少し考えるとサリーが見事に勘違いをしていることに気づいて慌てて。
「…じゃなくてサリー、これはね。」
「いいえ、テムズさんがそんなことをするわけがありません。それは私が保証します。たとえ、巷で赤い悪魔と呼ばれていたとしてもです。」
「サ、サリー。」
「ということはどういうことでしょう。…そ、そうです、テムズさんに濡れ衣を着せようとした人物がいるのです。」
そこでサリーはびしっとテムズに向かって指をさした。その指先にあるテムズの表情にはなにやら不穏な影が映っていたがサリーはそれに全く気づいていない。自分の推理に酔いしれていた。
「……」
そして、サリーはテムズのまわりを歩きながら話しを続ける。
「つまり、これは事件なのです。この霧深き倫敦の片隅にある、小さなこのフロンティアパブで誰もが寝静まった深夜に起きたサスペンスなのです。」
次々と勝手なことを言い出してきたサリーに対してもうこれ以上聞いていられないとテムズはため息をつき、そのまま、深く息を吸い込んだあと、低くそして静かに言った。
「サーリー。」
急に呼ばれて、自分の推理を途中で止められてしまいちょっと不機嫌に返すサリー。
「もう、テムズさん、何ですかぁ。せっかく私が…」
そこでやっとテムズの様子に気づいたサリーは絶句してしまった。わずかな沈黙が漂ったあと。サリーは慌てて早口で言った。
「あ、あの、テムズさん。何か気に触ったならのなら謝ります。でも大丈夫、この名…」
いきなりバンと大きな音がした。その音にびくっと反応したサリーは話を途中で止めてしまった。そしてゆっくりとテムズのほうを見ると、なぜか我慢をするような表情で、どうやらテーブルに手を叩きつけた様で、そのときに手をひりひりと痛めたようであった。
サリーは恐る恐るテムズに尋ねる。
「テ、テムズさん」
もう一度、テムズは深くため息をついて、
「サリー。…はあ、もう、いいわ。どうせ何度言っても、繰り返すことになりそうだし。とにかく、これを私が見てたのよ。」
テムズは、代わりにそのハンカチを見せると、
「えっと、これね…」
「あ、それは。」
「サリー、これ誰のか知ってるの。落し物らしいんだけど。」
そう言ってテムズは、サリーにハンカチを渡した。サリーはそれを広げてつぶやく、
「えと、確か、それ昨日だと思ったんですけど…。あ、思い出しました。これ、昨日アリスさんがここに来た時に持ってるのを見ました。」
「え、そうなの。アリスさん、診療所の。へえー、こんな趣味あったのね。」
そういいながら、テムズはサリーが持ってるハンカチを返してもらおうとした、そのときにふと思ったのをそのままサリーにたずねる。
「ねえ。サリー、これをね。アリスさんに渡してくれない。」
「いいですよ。私が渡します。」
間髪をいれずに返事をするサリー。既に自分が渡すと決めていたようである。そして、サリーはハンカチをきれいにたたみ、ポケットにそれを入れて、
「それではいってきますですぅ。」
サリーは、駆け足で外へ出て行った。
「すいませーん。アリスさんいませんかぁ。」
診療所にサリーはそういいながら入った。どうやら今はすいている時間らしい、待合室にいる人はいなかった。アリスさんはいつも受付をやっているだろう、と思いつつ、サリーはそのまま受付に行き、受付でうつむいて何かをしている看護婦に話し掛けた。
「あの、アリスさん。これなんですけど落ちてましたよ。」
サリーはポケットからハンカチを取り出し、それを渡しそうとした時、受付で作業をやっていた看護婦が顔をあげると、それはアリスでなくセリーヌであった。そうとわかったサリーはあれ、と手を止めた。
「あ、す、すいません。あの、すいませんが、アリスさんいませんか」
そういいつつ慌てて、ポケットにハンカチを入れる、その様子を見ていたセリーヌは、
「アリスはついさっき出かけました。何か探してくると言っていましたが、もしかしてそれででしょうか。何なら渡しておきますが。」
そうは聞かれたがサリーははっきりとした声で返す。
「いえ、これは私からわたしておきます。えっと、アリスさんは外へ行ったのですよね。では、探して渡しますです。ありがとうございますです。」
「そう。」
そういってサリーは駆け出し、セリーヌはまた仕事に戻った。
サリーは街中を走り回った。が、どこを探しても、アリスの姿はない、
「どこにいるんでしょうか。こっちですかぁ。」
そうつぶやきながら大通りやそこに面する店内、はてまで裏路地に渡って探し回ったがいなかった。
「はぁ、どこにいるんでしょうか。アリスさん…」
もう一度大通りに回ったけど、探してもいなく、とぼとぼと歩いていた。もう日暮れ近くになっていた。
ほぼ半日中走り回ったせいか歩き方もおぼつかない。
「はぁ…、一度戻ったほうがいいかもしれませんね。」
そのつぶやき声にもいつものような元気さがなく疲れがにじみ出ていた。
診療所について、扉にてをかけようとしたとき、後ろのほうから誰か聞きなれた声が聞こえた。
「おーい、サリー。」
振り返ってみるとウェッソンであった。こっちに駆けてくる。
「ウェッソン、どうしたんですかぁ。」
そうは返すものの、口調にはまだ疲れた様子があった。
サリーの元に辿りついたウェッソンは、
「どこに行ってたんだよ。探したんだからな、ほら、そろそろ戻るぞ。」
そう言ってサリーの腕をつかもうとした、と、サリーはその手をはじいて、
「ま、まだ、かえるわけにはいきません。これをアリスさんに…」
それを聞いたウェッソンは、そうか、そうだったな。と小さく呟いて、
「まあ、いいからついて来い。」
そういってきびすを返して先に歩いていった、サリーは、いきなり振り返って去っていくウェッソンを見て、どうしたらいいかわからず慌てて追いかけていった。
二人が黙ったまま歩いて行った先にあったのは、彼らが住んでいるところつまりフロンティアパブであった。それに気づいたサリーはウェッソンに、
「だから、さっきも言ってましたが、まだ私はこれをアリスさんに渡してないんですよ。それを返すまでは戻ることなんてできないです。」
「まあ、いいってさ、入りなって。」
そう言ってウェッソンはせかすが、やはりサリーは頑なに
「でも、まだこれを…。あれ。」
急に扉が開いて、中から誰かが出てきた。それを見たサリーは話している途中なのに言葉を止めて、出てきた人を見る。アリスであった。
「あ、アリスさん。」
そういうはものの急なことでまったく次の言葉が出てこない。ウェッソンはほらとサリーを促す。アリスはにっこりとしてサリーを待っている。
少し間をおいて、サリーはにっこりとついさっきまでの疲れなど忘れたかのような笑顔で、ポケットからハンカチを取り出してアリスに差し出した。
「アリスさん、落し物ですよ。」
「ふむ、で、まだアリスは帰ってないと。」
「はい。」
「…一体どうしたんだろうね。急に何事も言わずに出かけるのは、仕事中だというのに。」
「それなら、先ほどサリーさんが来まして、何かハンカチをと。」
「ハンカチか…。ああ、そうかあれか。」
ジェフリーは、しばらく考えたあと、ああそうかというような顔をして一人納得し呟いた。
その顔を見たセリーヌは何が何だかわからない様子であった。それを見たジェフリーは、
「ああ、そういえば君はしらなかったね。あのハンカチは、確か、ここに彼女がはじめてきたときだったな。そのときもいつも失敗ばかりして、いつも半泣き、たまには泣いていたかな。そんなときに、ここにきていた患者のみんなが彼女に元気付けるために上げたものなんだよ。そうか、今も大切にしているんだな。」
ジェフリーは一人うんうんとうなずいている。
「そうですか。」
セリーヌはそう一言だけいってまた仕事に戻った。
おしまい