Super short 11
Contributor/ねずみのママさん
最後の客が、店から出ていった。その姿が闇の中に消えるまで、テムズは笑顔で見送った。それから戸締まりをして、静かになった店内を見回した。 自然と円卓に目が留まる。ぬくもりが感じられる、大きな木製のテーブル。アーサー王の円卓だよ、と家具屋の主人が冗談で言っていたが、テムズは一目見てこれが気に入ってしまったのだ。店に置かれた円卓は、客たちにも気に入られ、いつも真っ先に満員になった。そして絶えず笑い声や議論の声や歌声で賑わっていた。しかしこのテーブルは、小さな店に置いておくには少しばかり大きすぎて、そのために客や従業員の移動に支障をきたした。とうとう別のテーブルと取り替えられることになり、今日が最後の勤めとなったのだ。明日になれば物置に片づけられる。そして……そして……。 その先を考えるのが辛くなり、テムズは溜息をついた。 「残念だけど、今夜でお別れね」 テーブルの上を拭きながら、テムズは呟いた。 キッチンのほうでなにやらガタガタとやっていたウェッソンがこちらに来たかと思うと、円卓の椅子をひとつ引き、テムズに向かって言った。 「お疲れさん。……まあ、座れよ。いまサリーがコーヒーを持ってくる」 「え?」 驚くテムズ。ウェッソンのうしろから、サリーの声が響いた。 「お待ちどうさまですぅ。スペシャルブレンドのコーヒーですよう。ウェッソンが淹れたから味はいまひとつかもしれませんけど、お客さんたちの心がこもってるんですぅ」 サリーは湯気の立つカップを、テムズの前に置いた。 「どういうこと?」 テムズは思わぬ展開にとまどいながら、椅子にかけた。 「円卓を賑わせていたお客さんたちからのプレゼントさ。今まで楽しませてくれたお礼にって、それぞれ自分のお気に入りのコーヒー豆を一粒ずつ持ち寄って、テムズさんにコーヒー淹れてやってくれって」 テムズは、信じられないといった表情でウェッソンの顔を見た。……冗談ではないらしい。そこで彼女はカップを手に取り、そっとひとくちすすってみた。 今まで飲んだことのない、不思議な味がした。苦いような、酸っぱいような、それでいてまろやかな風味。客たちひとりひとりの顔や名前が脳裏に浮かんでくる。 「それからこれは、サリー特製おむくじですぅ」 という声と共に、目の前に置かれたのは不細工な卵料理。テムズは思わず後ろに身をひいた。 「な、なん……なんでおむくじまでっ!」 慌てるテムズにはおかまいなく、サリーはにこにこして、 「大丈夫ですう。爆発したり、へんなものがとびだしたりはしませんから。中を見てください」 と言った。 「そんなこと言ったって……ふたりしていったいなんのまね? こんな夜中にコーヒーだのおむくじだの」 「まあ、その……感謝の気持ちってやつかな。それと罪滅ぼし」 ウェッソンが照れくさそうにそっぽを向きながら答えた。 「今までひとりで円卓まわりを切り盛りしてくれて、ありがとう。俺はさすらいのギャンブラーになったり、サリーはネルソンさんのところに泊まりに行ったりで、ろくに手伝わなかっただろ。だから……」 「最後くらい、テムズさんにこの円卓でゆっくりしてもらいたかったんですぅ」 それを聞いたテムズの目は少し潤んできた。彼女は皿の上のおむくじを見つめた。 「いまさらそんなこと言ったって……」 ぼそっとそう言いかけたテムズは、そのあとのことばを飲み込み、ナイフとフォークを手に取った。おむくじにナイフを入れると、なかから一枚の折り畳んだ紙切れが出てきた。 「これがはずれじゃないっていうの? ホントでしょうね……」 紙切れを開いてみたテムズは、はっと息を飲み――急いでもとどおりに畳み、そっとエプロンのポケットにしまいこんだ。それには、「テムズさんありがとう」の言葉と、円卓のたくさんの客たちの名前が書かれていたのだ。 テムズはしばらくうつむいたまま肩を震わせていた。ウェッソンとサリーはただ黙って彼女を見守っていた。 ようやくテムズは顔を上げ、かすかに微笑んだ。 |
「私こそ……ありがとうを言わなくちゃね……。お客さんたちにも、あなたたちにも……。本当にうれしいわ。これでもう思い残すことはない――と思ったけど、まだあったわ」 そう言うとテムズはすごい勢いでおむくじを食べはじめた。コーヒーもおかわりをした。そしてきれいに食べ終わると、満足した顔でふたりに言った。 「ごちそうさま。とてもおいしかった。……それじゃ、そろそろおいとまするわ。ウェッソン、サリー、いつまでも元気でね」 立ち上がったテムズに、サリーとウェッソンは、 「お名残惜しいですけど、さよならですぅ」 「次の職場でもがんばれよ。またどこかで会おう」 と、別れの言葉をかけたが、ふと何かを思いだしたように、そろって首をかしげた。 「それにしても、遅いですねえ」 「ああ、なにやってるんだろうな」 そこに、テムズが店の奥から駆け込んできた。よほど急いで来たようで、息を切らせながら言った。 「お、遅くなってごめんなさい。お餞別を包んでいたのよ……」 あとからやってきたテムズは、大きな袋をもうひとりのテムズに差し出した。 「あなたに似合いそうな服をね、お隣のおばあさんにお願いして作ってもらったの。それから、こまごましたものもはいっているけど、使ってちょうだい」 袋を受け取ったテムズの目から、とうとう涙がこぼれ落ちた。 「ありがとう……いままでこんなに親切にしてもらったことなかったわ。ここの人たちは、ほんとうにいい人ばっかりで……私もお別れするのがつらいわ」 と、彼女は心底悲しそうな声で言った。 「なにいってるのよ。こっちこそ、あなたには本当にお世話になったんだから、せめてこのくらい……」 そのとき、店のドアをノックする音がした。 「ああ、お迎えが来たようね」 手ぶらのテムズがドアを開けた。スーツ姿の男がはいってきた。 「コッペリウス商会です。このたびは長期のご利用ありがとうございました。契約期間終了となりましたので、高性能版自動人形を引き取らせていただきにまいりました」 袋を抱えたテムズが男の傍に歩み寄った。そして涙に濡れた頬のまま、テムズたちに最後の笑顔を見せた。3人はそれぞれの思いで、円卓のテムズを見つめた。 「お世話になりました。もしまたご縁があったら、よろしくお願いしますね」 そう言って店を出ていく間際、彼女はふりかえり、目を細めてもう一度円卓を見た。 「さよなら――私の円卓」 円卓はもちろん、返事などしない。しかしほんの一瞬、かすかに軋む音が聞こえたような気がした。 |
Farewell and thank you very much
All customers has sat in "Round of FRONTIER PUB".