The another adventure of FRONTIERPUB 54

contributor/ペペドンさん
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パァン!
 発砲音が響くのと同時に横に飛びのき――ながら、目標を視認せずに2、いや3発撃った。
「ぐ……っ!」
 うめき声が聞こえるが、その姿は見えない。いや、正確には見ることができない。
 十数ヤード離れたところで痛みを堪えているであろう少年に、声をかける。
「どうだ。もう、辞めにするか?」
 返答は分かっているが。
「……続けてくれ」
 そうして、また駆け出す音が聞こえる。
 ――いい根性だ。
 満足げな笑みを口元に浮かべながら、弾を装填する。
 さて、これからどう出るか……そう考えながら、ウェッソン・ブラウニングは銃を構えた。







つながるもの






 数時間前の話だ。

「銃の扱い方を教えて欲しい? 俺にか?」
 ウェッソンのその問いに、白髪の少年――フゥルはコクン、と頷いた。
 日が昇りきる少し前、そろそろ昼食時のフロンティア・パブでのことである。
「何で俺が……いやそれよりも、確かお前さんは……」
 銃を持っていただろう。飾り気のないリヴォルバーだ。彼は、前に一度見せてもらったことがあった。
 ということは、扱い方も心得ているものだと思っていたが……
「……持っているだけだ。実際に使ったことは一度もないし、使い方も知らない」
 あっさりとそう答える少年。呆気にとられるウェッソン。
 さて、どうしたものか。
 面倒臭いのもあるが、今の今まで生きてきて、人に銃の扱い方を指南したことなど一度も無い。それを頼まれたことも。しかも、ズブの素人に、だ。
「……“道具ってのは、正しい扱い方をしなければ最大限の能力を発揮できない。手っ取り早くそれを知るには、その道のプロに聞くのが一番だ”……店長が、そう言っていた」
 店長、とは、バルダー・マーティンの事だろうか。近所の人たちからバルさんと呼び慕われている彼だが……店長は意外だ。
 その言葉は正しい。正しいのだが……
「うーん」
「……ダメ、か?」
「いいじゃない、教えてあげたら?」
 厨房の方から声が飛ぶ。テムズだ。
「いや、そう簡単に言うがなぁ」
「サリーに会いに来たついで、って訳でもないみたいだし。その子にも、理由があるんじゃないかしら」
 そうだ。サリーは昨日からネルソンさんの所へ泊まりに行っている。
 おそらくこの少年もそれを知っているだろう。
「そうなのか?」
 という問いに、再び頷くフゥル。
「……この店は、あんたが用心棒代わりをしているとサリーから聞いた。俺も……できれば、俺の住む場所と店長……を、守りたい」
「ふむ……」
 守る、か。そう頭の中で呟いて、目の前の少年を見る。
 青灰色の瞳は、真っ直ぐにこちらを見つめている。
 汚れを知らない目だ。……若干、気だるそうだが。
「……俺も基本を教えるくらいなら出来るだろうが……訓練と実戦とは違う」
 そう、問題はそこだった。幾ら的に当てる練習をしたところで、最終的に相手にするのは人間だ。
 そればかりは教えようが無い、と、ウェッソンはそう考えているのだ。
「まさか撃ち合いをする訳にもいかんだろう」
「……そう、か」
「そういうことなら、僕も手伝えると思いますよ」
 振り向くと、宿の入り口にシックが立っていた。

「あら、いらっしゃい。シック」
「こ、こんにちはテムズさん」
 頭を掻きながらこちらに歩み寄ってくる。
「で、どういうことだ?」
 まさか、遂に弾を発射する自動人形でも作ったのだろうか。確かこいつは……鍛冶屋、だったよな?
「これですよ」
 そう言ってシックが出したのは、一丁の黄色い拳銃。若干、口径が大きいように見える。
 フゥルはそれを訝しげに眺めて、シックに向き直る。
「……これは?」
「親方の遺作の一つで、鉛弾の代わりにゴムボールを撃てるんですよ。殺傷能力は無いんで、思う存分撃ち合えますよ……まぁ、当たると痛いですけどね」
 最後は苦笑しつつ、シックが説明する。
 そう言えば、前に一度見たことがあった。いつだっけか、サリーに連れられて森に入った時だ。
 あの時はゴムボールの他にも色々と撃ち出していたが……
「なるほど。確かにこいつなら、実戦に近い訓練もできるな」
「工房に戻れば、いくつかのバリエーションがありますよ。使うなら、相棒ウェブリーに似ている使い心地の方がいいでしょう? 君も、ね」
 そう言って、フゥルに笑いかけるシック。
「そうか、そいつは助かる。お前さんも、それで文句は無いな?」
 やれやれ、と言わんばかりの動きで立ち上がりながら、ウェッソンが言う。
「……じゃあ!」
「ああ、お前さんに銃器コイツら の恐ろしさを叩き込んでやる」
 にやり、と意地の悪い笑みを浮かべるウェッソン。
 もっと他に言い方はないのかしら、とテムズがぼやき、シックが笑う。
「……感謝、する」
 普段より幾分か顔を輝かせながら、フゥルはそう言った。
「よしじゃあ、まずは場所を探さないとな」
「あ、ウェッソンさん、その前に……」
 早速出かけようとするウェッソンをシックが止めようとする、のと同時に、

ぐぐぅ〜

 二つの似たような音が重なって、店内に響いた。
 白髪の少年が頬を赤らめ、黒髪の青年が照れ隠しに頬を掻く。
 それを見ていた赤毛の店主が笑いながら一言。
「その前に、腹ごしらえね」



――パァン――パパァン――パァン――

「よし、もういい」
 その言葉を受けて、少年は銃を下ろす。だがその視線は、まだ前を見据えている。
 数十ヤード先にある木の枝に、鉄板が一枚、紐で吊るされ揺れていた。
 それを見てウェッソンは、しかし……
「お前さん、本当に銃を撃つのは初めてか……?」
 そう。彼がそう言いたくなるほど、この少年は完璧だった。
 百発百中。
 構え、踏ん張り、体勢。教えられた基本に忠実に、機械の様な精密射撃で、鉄板に描かれた的に当ててきたのだ。
「……初めて……だと思う。昔は、どうだったか知らないが」
 そう言われて、ウェッソンははっとする。
「そうか……そうだったな」
 記憶喪失。確か、サリーがそう言っていた。
 であれば、さして不思議なことではない。記憶を失う前に、銃の扱いを知っていたのかもしれないのだ。
 肉体に染み込んだ習慣や技術というのは、中々消えてはくれない。
 頭が覚えていなくても、体が覚えている、という奴だ。
 なるほど。そうであれば、
「俺も、下手に手加減せずに済みそうだな」
 その視線の先には、手にした銃に目を落とし、考え込む白髪の少年の姿があった。

「準備はいいか?」
 前方にいる……であろうフゥルに向かって、声を張り上げる。
「……ああ」
 淡々とした返事。
――まったく。声だけ聞くとやる気があるのかないのかわかりゃしないな――
 心の中で苦笑いする。
「よーっし、もう一度確認するぞ。今俺がいるところを中心とした、半径約15ヤードの円。俺はここから出ることが出来ないし、お前さんはこの円の中に入ることは出来ない。ルールはそれだけだ。後は、お互い気が済むまでドンパチやろうや」
「……心得た。だが、あんたのそれは……」
 どうやら、彼はまだ戸惑いを隠せないらしい。
 無理も無い、と、ウェッソンは笑う。
 何せ、彼にはフゥルが見えていないのだから。
「この目隠しはハンデだ。弱いものいじめになっちゃあ、訓練の意味がないだろ?」
「……そうか」
 少年の声音が低くなった。無表情な割りに、感情には正直らしい。
 だが……
「お前さんこそ、俺をあまり舐めるなよ?」
 その言葉を引鉄に、真昼の公園に銃声が響いた。




 さて、これからどう出るか。
 視覚を封じている今、頼りになるのは聴覚、そして、何度も死線を潜り抜けてきた自身の勘だ。
 足音から相手の位置を特定し、発砲音が響くと同時にゴム弾をかわし、更に反撃する。
 幸いか風は無い。
 立ち止まらなければ当てられないフゥルにとっては、この戦法でも十分に脅威であるはずだ。  

 だが、


パパァン!!
「クッソ、走りながら撃ってきやがった!!」
 吐き捨てながら横に転がる。と、さっきまでウェッソンがいたところをゴム弾が通り抜ける。
――どう考えても素人じゃないだろう……!――
 心の中でぼやきながら、狙いを定めずに4発ゴム弾を放つ。
 ザッ、と、足を止める音が聞こえた。
「そこかッ!!」
 間髪入れずに、頭の中で捕捉して撃つ。続けざまに2発。
「ぐ……ッ!」
 小さくうめき声が漏れる。後から放った1発に、手応えがあった。
 が、再び芝生を蹴る音が響き出す。
「まだまだいける……ってか」
 呟きながら装填リロードする。
――さっきみたいにけん制して……いや、ダメだな。同じ手が二度通用する奴じゃない。となると……――
 思考しながら、感覚を研ぎ澄ませる。
 日常にはない空気。
 果たしてそこには、小さいながらも戦場が出来上がっていた。
――先読みして撃つしかないか……ん?――
 と、思考の中で異変に気づく。

 足音が、聞こえない。

――まったく――
「そんなこともできるのか? 気配を断つなんて、とてもじゃないがそこらのガキにはできないぜ?」
 軽口を叩いてみるが、返事は無い。実際、半分は本気で言っていたのだが。
パパァン!
 銃声が響き、腕に衝撃が走る。後ろからだ。
 すかさず振り向き反撃するが、手応えはない。
――まったく――
 右手から発砲音。前転してかわす……が、背中に衝撃。同時に後方から銃声。
 痛みを堪えつつ、左に向けて発砲――掠った!
 が、次の瞬間に再び背中にゴム弾が炸裂する。そして火薬が弾ける音。
――まったく、本当に何者なんだよ。こいつは――
 そう思いつつも、何故か顔がにやけるのを止められない彼がいた。



「なァ、おい」
 不意に声を上げる。返事は無い。
 果たして、立ち止まっているのか移動しているのか、それすらも判らない。
 だが、ウェッソンは続ける。
「お前さん、サリーのこと、どう思ってるんだ?」
 まだ返事は無い。
 が、顔はなんとなく想像出来る。訳がわからない、という表情が、ありありと浮かび上がる。
 そして、ウェッソンはにやりと笑い、言ってのけた。

「あー、あれだ。好きなのか?」

どぐしゃァッ
 盛大にこける音。
「そこかァッ!!!」
パパパパパパァンッ!!!!
 そして銃声。

 赤み掛かった空に、断末魔がこだました。



「いや、だから悪かったって。機嫌直せよ」
 白髪の少年に向かって謝るウェッソンの顔は、しかし、笑っている。
「……きにするな。おこってなどいない」
 そう答えるフゥルの声は、しかし、低い。
 そして、二人ともあちこちが青あざだらけだ。  

 結局あの後、フゥルはルールを破り円の中へ殴りこみ、ウェッソンも目隠しを外し応戦。
 お互いが力尽きるまで、公園はまさしく“戦場”と化した。

「……彼女は」
「ん?」
 フゥルが呟く。
「……彼女は、友達だ。それだけだ」
「それだけ、か」
「……それだけだが、それが大切なんだと、思う」
 沈黙。
 空はだんだんと、暗い青に覆われつつある。
「……何も無い俺には、そいういう……つながり、というのか? それが、大切なんだと思う」
「サリーとの、繋がりか?」
 4つの青灰色の瞳が、空を見つめる。
「……彼女や、店長……あと、店に来る客とか……それに」
 そのうちの二つが、隣に座っている黒髪の青年を見据える。
「……あんたとも、繋がった」
 空を眺めていた残り二つの瞳が、ちらと横を見て、
「そうかい」
 満足げに笑った。

「不思議な奴だよ、お前は」
 そう言って立ち上がるウェッソンに連られて、少年の顔が動く。
「久々に楽しい運動だった」
「……楽しかった、のか?」
 怪訝な顔をして訊き帰すフゥルには答えず、
そいつのことで困ったことがあったら、俺かシックの所に来い。まぁ、面倒見てやるよ。それと……」
「……?」
 相変わらず同じ顔を向ける少年を見やり、意地悪く笑い、
「サリーはやらん」
 そう言ってすたすたと歩き去って行った。
 残された少年は一人難しい顔をして、一言。
「……だから、そういう感情は、ない」
 そう、呟くのだった。 



 二つの影が夕闇に飲まれる。
 それを見るものは、しかし、一人もいなかった。



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