The another adventure of FRONTIERPUB 40
「テムズさん、勝負ですぅ!」
少し遅めの朝食、海鮮スープのパスタを食べていたテムズに挑戦状が叩きつけられた。よりにもよってサリーから。それでもテムズは動じない。食べかけてたパスタを、ちゅるっと飲みこんで
「は?」
…動じてないのではなく、そもそも投げかけられたその言葉を理解していなかったご様子。きょとん、とした表情をしたまま氷水を飲んだ。冷たくておいしい。
「だーかーらー。テムズさんっ! 勝負ですぅっ! ぺいっ! ぺいっ!」
そう言いながらサリーは、おそらく何かの”構え”らしき体勢をとって威嚇(?)してくる。真意を問いたださねばいまいち理解はできなさそうもない。冷えた溜息一つついてテムズは言う。
「探偵の助手じゃなくて?」
「今は募集してません。」
「勝負って、チェスとか?」
「違いますぅ。」
「…まさか、本当に、拳とかで?」
「なんなら足が出ても構いませんよぉ。」
サリー本気で”格闘勝負”を求めているらしい。確かにサリーはいつでも真剣だ。それはいい。しかしよくよく考えても彼女が自分に、腕力で勝てるとは到底思えない。思えないと気付いてちょっと女性としての自分のあり方に疑問を抱いてしまったテムズ。結論として、
「馬鹿言ってるんじゃないわよサリー。そんな暇があったら」
「…臆しましたね? テムズさん?」
諭す言葉を、サリーのむやみに高い所からの言葉と態度、付け加えて余裕の笑みで中断させられる。
かちぃん☆
頭の中のどこかで、火花を伴う何かが弾けたテムズ。
「…は?」
どこか怒気を含んだそのテムズの声は、もはやサリーには聞こえていない。意気揚揚とサリーは言葉を続ける。
「ま、無理もないです。チャイナタウンでもその名を知らない人はいないとかいう白いジンミンフクを着た謎のおじさんから”カ・ラーテ”を習って”オスミツキ””メンキョカイデン”を獲得した、トーヨーノシンピの体現であるカ・ラーテ・マスター探偵たる私に、一介の酒場の主人であるテムズさんが臆するのも無理はありません。」
「……………わよ。」
「それにしても、一部で”赤毛の悪魔”とか絶賛大好評売出し中のテムズさんに対し、戦わずして勝つなんてもしかしたら私ものすごい才能があるのかもしれませんっ! ようしっ! こうなったらこの国一、いや欧州一、んーん! 世界一の格闘探偵を目指すのが華ってものですぅ!」
「…………るわよ。」
「よぉし待っていろ世界のつわものどもっ! この”白き霧の魔都の鉄拳名探偵”、サリサタ・ノンテュライトが最強必殺超絶極悪コンボで”トリカゴ”ったり”ナゲハメ”ったりするですぅっ! ”オレヨリツヨマッタヤツニアイニイキタイ”ですぅ! さぁ、そうと決まったら更なるシュギョーを…」
「やってやるわよ!」
本当に好き勝手言ってるサリーに対し、ここでようやくテムズは挑戦を受ける事にした。このまま放っておいたら冗談抜きに”オレヨリツヨマッタヤツ”とかにでも会いに行ってこっぴどくのされたりしそうだ。止めなければ、と思いつつ実はなによりもテムズの無意識のプライドに火が付いたのが原因である。そもそも赤毛の悪魔って何よ? ということらしい。ここにきてようやく挑戦を受ける気になったテムズに対し…すでにサリーの中での立場は逆転していた。
「ほぅ。ようやくこの私と戦う勇気が出てきましたか。ま、やってあげてもいいですよ。トーヨーノシンピの真髄を教えてやるですぅ!」
かちかちぃんっ☆
そのどこまでも偉そうな態度に、テムズは頭の中で前より増して火花が散るのを感じた。
「後で泣いても、知らないからね。」
「それはこっちの台詞ですぅ! ぺいっ!」
謎な掛け声と共にサリーは怪しい構えをとった。対するテムズはいつもの自然体だ。フロンティア・パブは一瞬にしてバトルステージと変わる!
『うわぁ…。』
サリーと対峙するテムズは心の中で唖然とする。サリーは先ほどから謎っぽい掛け声を発しながら、オリエンタルでミステリアスな構えをとっている。それには一つ、大きな特徴があった。
隙だらけ。
少しでも格闘技をかじった者ならその構えが、まるっきり使えないものだと気付くだろう。テムズはこれといって名のある格闘術を身に付けている訳ではないが、幾多の修羅場をくぐり抜けた歴戦の勇者であるのは違いない…おそらくは。当然テムズもサリーの構えの欠点には気付いている。悲しいかな、その構えをとる当人は全く気付いていないが。
「さぁ! ぺいっぺいっ! かかってくるですよぅっ! それとも私の拳を受ける気ですかぁ? 無駄無駄ァですぅっ! よぉーし。ならいきますよ…ぅっ!? これはなんですかぁ? 視界が、世界が変化していくですよぅ?! こ、これがいわゆる”ファイターズハイ”とかいうヤツですかっ。この領域にまで到達した私にはもはや敵はいませんっ! はは、テムズさんが横になって見えますよぉ。これはきっと彼我の境界の喪失によっておこる渾然一体とした……」
すでに勝負はついていた。テムズは冷めた…というより寂寥とした視線を、床に倒れ伏してほにゃほにゃと何かを呟いているサリーに向ける。
先ほどサリーが放っていた威勢のいい言葉の中の「よぉーし。」の「ぉ」のところ。『避けてくれるかなぁ。』と思いつつ、テムズは一撃を放った。構えすらしていないところからの疾風のようなジャブは、テムズの思惑とは相反するようにサリーの顎先に吸い込まれるように当る。顎に衝撃があると、その震動で頭蓋骨に収められた脳は、文字通りに”揺れる”(大きな衝撃より、局所的に起こった小さな衝撃の方が被害者本人は知覚しづらくなおさらたちが悪い)。神経系の伝達に混乱が起こり、その結果被害者の意識とは裏腹に体の自由は効かなくなる。そういうわけでサリーはとっくの昔にKOされている、ということになる。
紅茶が欲しくなる昼下がり。
「今度はアイキドーで勝負ですぅ! これならどんな方向からどんな攻撃されても全機種対応ですよ!」
そして、道ゆく人も家路を思う夕暮れ時。
「さて、と…」
誰に言うでもなく満足げに呟くテムズ。ちょうど今晩の食事の仕込を終えたところだ。いい香りがする店内に、キィと扉を小さく鳴らしてサリーが入ってきた。
「テムズさん……。」
拳闘勝負はもうやらないわ、と反射的に言いかけてそこでサリーの雰囲気が違うのを悟るテムズ。いつもの猪突猛進過ぎる勢いが無く、どこかしゅんとしている。ぺこん、と頭を垂れて
「さっきは、調子に乗ったことを言って申し訳ないですぅ…。」
謝った。
「え? あ、う、うん。別にいいわよ。」
テムズもかなり虚を突かれている。こんなにしおらしいサリーは年に数度見るくらいだ。
「けど…」
頭を下げたままでサリーは、
「もう一度だけ、勝負してもらえませんか?」
そう言って決意を秘めた目をテムズに向ける。テムズは改めてサリーを見た。いつものコートは砂埃にまみれている。そのコートに覆われていない肌…顔や掌には擦り傷とバンソウコウがいくつもある。よく見ると目の当りにうっすらと痣すらある。
「その前にちょっと待って。」
テムズは、何故にサリーがここまでやるのかをひとまず聞いておく必要があると思った。
「そこの椅子に座って事情を説明して。勝負を受けるとしてもそれからよ。」
「探偵は、強くなければなりませぇん。」
と、きた。
「今ここで口に出すのもはばかられるくらい有名なあの探偵でも、武術を習ってました。」
テムズはミステリに聡い訳ではないが、それでも”有名なあの探偵”には思い当たるふしがある。が、当のサリーが口に出せないと言っているから問い返すのはやめておく。きっと何かややこしい問題でもあるのだろう。それにサリーが自分の身を守れる程度には強くなっていてほしい。
「ふぅん…。で、今度は何を教わってきたの? マーシャルアーツ? ジュードー? それともニンジュツとか。」
「わかりませぇん。」
サリーの言葉に思わずテムズは膝の力が抜ける。なんとか転ぶのはふせいだが。
「分からないって、どういうことよ?」
体勢をたて直しながらテムズは聞き返す。
「だってウェッソンは身を守る手段だとは言いましたけどもぉ…。」
「へ? ウェッソンに習ったの?」
「はぃですぅ。」
あのウェッソンに…そう思ったテムズはしかし考えを改める。昔を多くは語らないウェッソンだが、いくつもの死線をくぐり抜けてきたのは明白である。主に銃の腕前で生き延びてきたのだろうが、その銃を撃てない状況も多々あっただろう。そんな時に頼りになるのは己の体術だけだ。サリーが正体不明な相手から正体不明な武術を教わるより、ウェッソン相手ならはるかに安心できる。テムズがそう納得している間に、サリーは椅子から立ち上がり、構えをとっていた。
「そういうわけで、テムズさん。私の技術がどれだけのものかテストしてください。お願いしまぁす。」
すっくと立つサリーの構えには妙な力は入っていない。顎の前で軽く握られた拳。いつでもフットワークを駆使できる状態の下半身。そして目はしっかりとテムズのほうに向けられ、テムズの動きを一つとして見逃さないよう見据えている。なるほど、この数時間でここまでできるようになるとはウェッソンもかなりしっかりと教えこんだらしい。
さて…、とここでテムズは考える。数分に思える一瞬を越えて、テムズは結論を導き出した。
「わかったわ。」
テムズがそう言うと、傷だらけの顔をぱぁっと輝かせるサリー。しかしテムズは
「けどちょっと考えて、サリー。」
と、続けた。サリーは構えをとったまま、きょとんとした表情に変わる。
「はぃぃ?」
「そうやって構えてる時に必ず相手がかかってくるとは限らないでしょ? あなたの職業はボクサーとかじゃ無いんでしょ?」
「もっちろん、私は探偵ですよぉ。天地天命に賭けてこれだけは譲れませぇん!」
エライものに賭けるサリーの言葉を聞いて、テムズは微笑みながら
「なら、危険はいつでも、どこからでも襲いかかってくるかもしれないって事よね?」
と言う。
「そうですぅ! 正義を狙う悪の影は、あの霧の中から! 路地裏の闇の中から! マンホールの底の深淵の中から! わらわらと湧いて出ては平和を脅かすのですよぉっ!」
サリーは人差し指をあらぬ方向に、ぴっ、ぴっと指しつつ力説する。その言葉にテムズは深く頷き、言葉を紡ぎ出す。
「だったら提案があるんだけど。」
「はい?」
「普通にお店の仕事をしてくれる?」
「えぇえ? テムズさぁん。話が」
違いますぅ、と不平をぶつけようとしたサリーの言葉をさえぎるかのようにテムズは右の掌を見せる「ストップ」のボディランゲージ。
「その中であなたに隙があれば私は躊躇なく打つわ。そしてあなたも同じように、私に隙があったら打っていいわ。ね? 普段の生活の中で技術を使うからこそ、実践的といえるんじゃないかと思うんだけど、どう?」
テムズに言われ、ほけっとした顔のまま思考停止しているサリー。と、脳内の回線が繋がったらしくはた、と納得顔。大輪のヒマワリが咲いたかのごとくにぱぁっと笑って、
「あぁぁぁあ! 凄いですテムズさんそれものすごくナイスアイディア! 採用決定!」
と叫んだ。にっこりと笑うテムズ。
「じゃ、急いで仕事着に着替えてきてね。」
「はぁ〜ぃ……ッ!!」
可愛く返事をしざま、サリーは綺麗なステップで後ろに跳びすさって構えをとる。
「ってテムズさんっ! 今打つ気だったでしょうそうはいきませんよぉっ!」
「え、いやそん……。…ふ、よく分かったわね。いい、心構えよ。さ、今のような調子でいくから覚悟しなさいっ。」
「はぁ〜い。」
着替える為にサリーは二階へと上がる。というか、端から見てて君達、非常に間抜けっぽいぞ。
「はい、2番テーブルにおつまみとエール!」
「はいですぅ!」
「4番テーブルの注文聞いてきて!」
「はいですぅ!」
夕食時になると、フロンティア・パブはさながら戦場のような喧騒に巻きこまれる。この日もそれは例外ではない。ちなみに、遅くに帰ってきたウェッソンがテムズに張り倒されたのも、いつもの事といえばいつもの事である。しかし、確実にいつもと違う事がひとつあった。カウンターで忙しく調理するテムズと、テーブルの間を駆けまわるサリーの間に時折走る謎の緊張感。それが過ぎると何故かお互いニヤリと謎めいた笑みをかわすのが妙な雰囲気を助長している。とはいえしかし、そんな時間は矢のように過ぎて店は静けさを取り戻す。
街中が完全に夜の闇に支配される時間に店に残るのは、テムズと、サリーと、ウェッソンのいつもの3人。テムズはカウンターの奥で最後の夕食の準備に立っており、居候’sはいつもの席に座っている。パブという仕事柄、どうしても食事は普通より早くなるか遅くなるかのどちらかである。いま、パブにはカリーの放つ、食欲を刺激する薫りに包まれている。
そんな中、猛烈な空腹感と一つの不満を持ちながら、サリーは脚をパタパタさせていた。あれだけ緊張感を持って注意を払っていたのに、仕事時間中にテムズが打ってくるような気配は無かった。そのくせ一発お見舞いしてやろうかと思うと、すぐさまテムズから給仕を頼まれたり材料を取りに行かせられたりで結局は自分も打つ事ができなかったのである。悪い事ではないのだろうが、成果がこれっぽっちも見えないのが、サリーにとっては不満なのだろう。見上げるとテムズが鍋をかき回していた。いたたまれなくなってサリーが口を開く。
「ねぇ〜、テムズさぁん。ホントにやる気、あるんですかぁ?」
「あるわよ。はい、カレー。」
湯気と香気もまろやかな、カレーが入った皿をサリーに差し出すテムズ。
「わぁいですぅ……ッ!! はっ! 危うく気を抜くところでした! 今打つ気だったでしょうそうはいかないですよぉっ!」
嬉しそうに皿を受け取ったサリーは、言いざまバックステップしてテムズとの距離をとった。器用にも手にした皿のカレーはこぼれてはいない。その傍らで、ウェッソンは唖然としていた。
「……さぁん……。…ざぁ、……ょうふにひぃ…しょう…ぶ…れす……ぅ…。むにゃむにゃ…。」
遅めの夕食をすませたあと一時間も経たずして、サリーは緊張感のかけらも無くカウンターで寝こけていた。その背にそっと、毛布を被せるテムズ。もちろんサリーはそれには気付かず眠ったままだ。
「眠ったか。」
後ろからのウェッソンの言葉に頷きで答えるテムズ。サリーの寝顔を見ながらテムズは思いにふける。サリーの構えは先の二回に比べれば堂にいったものだった。しかし強さは一朝一夕で得られるものではない。本気で相手をすれば今度こそサリーを落胆させる事になるだろうし、かといって手を抜く気にもなれなかった。そして何より、夕方に帰ってきたサリーは見た目以上に疲れていた。そんな時に無理をさせるわけにはいかない。そこでテムズはサリーにあんな持ち掛けを行ったのである。サリーに対して隙を見せない自信はあった。サリーの行動は把握しているし実際打とうとするときの動きは分かりやすかったので、自分がやられる可能性は低い。更に先手を打って仕事を頼んでおけばなおさら可能性は低くなる。…自分がサリーを打つ事もできたが、今日はまた仕事が忙しいせいもあってか積極的に打とうとする気は起きなかった。その事でサリーを結果的に騙したような形に、少し罪悪感を覚えるテムズ。とはいえ、今日のサリーに敗北感を芯まで植え付けるのもまた心苦しい事だったろうと思い自分を納得させる。
「さて、ウェッソン?」
「はっ!? いいいいやテ、テムズ! 俺は…」
思わず反射的に声を荒らげてしまったウェッソンにテムズは閉じた唇の前に人差し指を持ってくる。あわててウェッソンは口を閉じた。振り向くテムズの先には、サリーが寝ている。
「サリーが起きちゃうでしょ。なに慌ててるのよ?」
ウェッソンの方に向き戻って小声でテムズが言う。同じように声のボリュームを下げて、
「いやてっきり、怒られるもんだと思って。」
わりと情けない事をウェッソンは言った。
「そんなことはないわよ。」
ふ、と思わず笑みがこぼれるテムズ。
「まぁ、女の子の顔に傷をつけちゃうのは感心しないけど、サリーに代わって、感謝するわ。」
「え…。」
予想もしていなかった言葉に呆然とするウェッソン。
「あそこまできちんとサリーの相手してあげられるのは、やっぱりウェッソンしかいないか…ら…ふぁぁ。」
言葉の途中であくびが混じる。さしものテムズといえども、さすがに仕事をしながら常にサリーの行動も見ているというのは精神的に負担がかかったらしい。いつもよりも早い時間に眠気が襲ってきたようだ。目をこすりつつテムズは、
「それじゃ、今日は私、先に寝床に就かせてもらうわね。後で、サリーを二階に運んであげてね。」
とウェッソンに言う。
「あぁ。」
「じゃ、おやすみ。」
「あぁ、おやすみ。」
パブの二階にある自分の寝室に戻る前、テムズは一度店内を振り返った。サリーがウェッソンに見守られたまま熟睡している。
「……しぃ…っさちゅ…むにゃ…、…しゃぁりぃぃ……りゃん…ぶれ…ふぅぅょ…むにゃぁ。」
テムズは、
『…あの一本気なところは、私も見習うべきなのかもね。』
とあくびをかみ殺しながら思った。明日も早い、今日は早く寝よう。もし時間があいたら、今度はちゃんとサリーの相手をしてあげよう。けれども今日は、おやすみなさい。
「ちぃぇすとぉ〜〜〜っ!!」
ゴツッ。
「うっ!?」
気持ちよく眠っていたら、額への衝撃と素っ頓狂な声に文字通り叩き起こされた。
「ぅぁ…。なに…?」
テムズのぼやけた視界に、まず飛びこんできたのはサリーの「してやったり」な笑顔だった。
「ゃ…やったぁついにやりましたっ! どうですかテムズさんっ一本とっちゃいましたよぉぅ〜〜〜っ!」
「あ…。」
なんの事はない、サリーにとってはまだ、勝負は続けられていたのである。
「…負けたわ、完敗よ。」
テムズは潔く負けを認めた。どのような形であれ、相手から先に一本打たれたのだ。それに自分が寝入ってから少なくとも1時間以上は経っている。その間好機をじっと待っていたサリーの努力は賞賛すべきものだろう…たぶん。
「やった、やったですぅ! 待った甲斐がありましたぁ!」
こどものようにはしゃぎまわるサリーを見て、テムズは微笑ましい気持ちにさせられた。はしゃぎながらサリーは叫んだ。
「…よぅしっ! これで私がフロンティア・パブ最強の位置につく事になったわけですよ! まさに一国一城のあるじ! ここを定礎としてサリー最強伝説がうまれるのですぅ!!」
「…ヘ?」
「ふふふ。先の二回では不覚を取りましたがやはぁり、私には探偵だけでなく武術家としての才能もあるということが証明されましたっ! 天は二物を与えないと言うのは嘘ですね。告訴してやるですぅ!」
「…あの、サリーさん? もしもーし?」
「今、この時間から”音速を超える拳の名探偵”、サリサタ・ノンテュライトの想像を絶する大活躍が始まるのですぅ。360度から襲ってくる有象無象の凶悪犯を名推理と音速拳でちぎっては投げちぎっては投げぇっ! あ、もっちろぉんテムズさんやウェッソンの身は守ってあげますから大船に乗ったつもりでいてくださって結構ですよぅ。」
「…おーい。」
「まぁ、本当のところを言えばこうなる事はわかっていましたぁ。なぜならば私の中に流れる格闘家の血が真に目覚めたからですぅ。ふふふ、こういうのを”鴨がライフル背負ってやってくる ヤァ ヤァ ヤァ!”とかいうんでしたよねぇ。もうテムズさんは無理して拳をふるわなくて、いちパブを細腕一本で経営する可憐な主人を演じていただいてもいい時代ですよぉ。」
「……。」
「さーて、覚醒した私の前に立ちふさがる愚劣蒙昧の輩は裂帛の気合の一撃で灰燼と帰す! なのですぅ! はっはっはっはっはっはっはっはっは、なのですぅ!」
「うーるーさーいーぞー。こんな夜中に近所迷惑と…は…」
にゅっと入り口のドアの影からウェッソンが、眠そうな顔を出してサリーを諌めようとした。しかしその言葉は視界の端に移ったあるものによって中断させられた。それは、おそらく、悪魔。ベッドから半身を起こして微笑を浮かべている。微笑み? ならばその瞳に宿るあからさまな殺意の光は?! その視線の先にはいまだそれに気付かずはしゃぎまわっているサリーがいる。
パジャマを纏った赤毛の悪魔はその身を完全に起こし、そして・・・
どっとはらい
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