The another adventure of FRONTIERPUB 36

contributor/ハレルヤさん
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黒い悪魔とうるさい男


「まったく、イヤになっちゃうわ」
 どんよりとした空を見上げて、テムズはため息をついた。
 月が変わってから、一週間雨が降り続けている、雨が降っているなら当然客足は遠のく。
 事実、今月に入ってからのお客はというと、馴染みの客の他には旅人が三人来ただけである。
 あとは、ほぼ毎日来ているのでは無いかという鍛冶屋の青年。
 そして・・・支払いをしない居候だけである。

 支払いの代わりに労働力を提供している居候二人もどこかに行ってしまっている。
「ふうっ・・、掃除でもするかな」
 店内には今テムズ一人だけ、誰に言うでもなくテムズは呟き、厨房に向かった。
 そして慣れた手つきで軽快に厨房をふき取っていく、もっとも汚れるほど使われてはいないのだが・・・
 そのとき厨房の隅から何か黒いものが飛び出してきた。黒いダイヤと呼ばれる生物にも似たフォルムをしている。
 それを見た瞬間時が止まる、そしてテムズは落ち着いて考えてみた、

(変ね、私は毎日清潔には気を使っている、厨房の水周りも完璧なはずよ、でも今目の前にいる不吉な物体は何?)

 熟考の後、この生物は黒いダイヤではない、黒い悪魔だと結論づけた。と、同時に自分のするべきことも分かっていた。
「きゃああぁぁーーーーーーーー!!」
 そう、目の前にいるのは全人類の好敵手〔ゴキブリ〕である、急いでそこから離れるテムズ、こういう時に頼れるガンマンは例によって居ない。
「これだから、ジメジメしたのって嫌いよ」
 彼女は自分の不幸を嘆き、そして決意を固めて敵陣に乗り込んでいった。サリー御用達の高級紙を片手に・・・
「恨みは無いけど観念してもらうわ!」
 ゆっくりと悪魔に近づき、手首のスナップを効かせ素早く振りぬくっ、以外にもあっさり命中、哀れ黒い悪魔の儚い命は散った。
「ふうっ」
 椅子に座る彼女、と、そのとき死んだと思われた悪魔が復活、秘奥義〔飛翔〕を発動した。その姿に恐れない人間はいない。
「なんでぇーーーー!!」
 そして、彼女に向かって行く悪魔。

 − 絶 対 絶 命 −

 そのとき店の外から銃弾が飛び込む、それは黒い悪魔に命中して今度こそ他界させた。
「叫び声がしたから何かと思えばただのゴキブリか、テムズにも怖いものがあるんだな」
 居候のガンマン、ウェッソンがそう言いつつ戻ってきた。
「ただのって何よ! ゴキブリよ、ゴキブリ!! あーっ口に出すのも気持ち悪い!」
 目に涙を浮かべて話す彼女、その時サリーも帰ってきた。
「ただいまぁ〜、あれ? どうしたんですかぁ」
 涙を浮かべるテムズをサリーは不思議がった。
「ウェッソンがまた何かしたんですかぁ?」
(またって・・サリー、君の方がいろいろと問題を起こしているじゃないか)
 と、ウェッソンは思ったがここで言うことでは無いと口には出さなかった。
「ゴキブリがでたんだとよ」
 ウェッソンが気の無い声で言った。
「ほほぅ、ゴキブリは1匹見たら30匹と言いますからねぇ、また出てくるのではないでしょうかぁ」
 サリーは平気そうに言ったが、それを聞いたテムズは鳥肌が立った。
「冗談じゃないわ! 1匹でも怖いのにそれが30匹なんて信じられない!」
「出てくるたびに俺が撃ち抜いてやるさ」
 拳銃を回転させながらウェッソンは言った。
「お店が蜂の巣になるわね・・」
 さっきの一発ですでに壁に穴があいていた、ゴキブリの手前テムズも何も言わなかったが。
「では、駆除しかないですねぇ」
「どうやって?」
 ウェッソンが尋ねる。
「バルダーさんに頼もうかしら」

 バルダーとは近所に住むバルダー・マーティンのことである、真っ黒な髪の豪快な青年で年はウェッソンより少し上で(雰囲気はウェッソンの方が明らかに老成してるが)近所の人からはバルさんと慕われている。
 バルダー・マーティンは何でも屋という一風変わった商売をしている、店の名前は 〔赤い地球 The red earth〕
 謳い文句は 〔害虫退治に子守に店番、銭になるなら何でもやるぜ!〕

「へぇ〜、そんな人がいるんですかぁ」
「彼に任せれば一発でOKよ。さっそく明日いくわよっ!」
 そういって、彼女は店の奥に消えていった。 掃除を二人に任せて・・・


 翌日、まだ雨は降り続いている。
 昨日までは陰鬱な気分だったが今日は違う、憎き黒い悪魔を退治できるのだから。
「さあ! いくわよ〜!」
「雨なのに、元気だなぁ」「珍しいテムズさんですぅ」
 三人は雨の中10分ほど街を歩いて赤い地球に到着した。この辺りの地面は赤土であった。
「なるほど、赤い地球。ね」
 ウェッソンはそう言い、3人は店の中に入っていった。
「オウッ!! いらっしゃい!! 何の御用で!!」
 大声が店内に響き渡る、周りの家具が振動する、初めての2人は思わず耳を塞いだ。
「こんにちはバルダーさん」
 テムズは特に動じずに挨拶をした。
「お! テムズさんじゃねえか! 相変わらず綺麗だねえ!!」
 男は恥じらいもせず大声で言った。
「や、や〜ね〜、いきなり何を言うのよ〜」
 テムズはちょっと恥ずかしそうに笑った。
(あの積極性を少しブレイムスに分けてやればなあ・・)
 ウェッソンは後ろからそう思って眺めていた。
「うちに来るなんて珍しいな! 大抵のことは自分でやるのに!」
「ちょっと自分の手に負えないことがあって・・ね」
「ゴキブリ大量発生事件ですぅ!」
「いや、まだ大量には・・それに事件でもない」
 ウェッソンが一応つっこむ、それを見たバルダーは
「おっ! 初めて見る顔だな! 可愛い嬢ちゃんにシケタ顔(ツラ)の兄ちゃん!!」
「しけっ・・」 「私はサリーですぅ」
「ウェッソンだ・・」
「オウ! よろしく!! 俺はバルダー・マーティンだ!!」
(この大声の男を連れて行くだけで、ゴキブリなんて逃げてしまいそうだな)と、ウェッソンは思った。
「で、ゴキブリだったな! それにはコイツが効くぜ!!!」
 そういって、戸棚の中から小さな箱のような物を取り出した。
「そんな小さな物で本当に?」
 テムズは疑ったが、バルダーはニヤリとして言った。
「コイツは、赤い地球製バルさん印の害虫駆除装置で、水を使った加熱蒸散システムで部屋も汚さず、うんたらかんたら・・・」
 この男、見た目に反して理論派らしい。ゴキブリさえ退治してくれれば、あとはどうでもいいテムズは説明を強引に遮った。
「わ、わかったわかった。とにかくそれで黒い悪魔はいなくなるのね」
 あくまでゴキブリとは言いたくないらしい。
「オウッ! 完璧よっ!!」
 そして、何故か腕まくりして筋肉を見せた。
「じゃあ、さっそく行きましょ」
 外はまだ雨が降り続いていたが、雲の切れ間から太陽の光が差し込んでいた。


「いやー親父さんがいた時と何も変わっちゃいないねえ!」
 店内を見回してバルダーは感嘆の声をあげる。
「それじゃあ、ちゃちゃっとお願いします♪」
 手早く用意をして、始めようとした時にまた奴が現れた。

 − 悪 魔 再 降 臨 −

「きゃーー! ウェッソン何とかしてっ」
 拳銃に手をかけるウェッソン、しかし横から蹴りが入る。
「ぐはっ」
「また店に穴を開ける気!? 普通に倒しなさい!」
 2人がそんなことをしてる間にバルダーがゴキブリに近づく、暗殺者のごとく静かに近づき、獲物を狙う獣の様な目つきで睨み、テムズをも超える神速のスナップで悪魔を叩き落した。今度は復活の余地の無い威力で。
「さすが、プロの害虫駆除者ですぅ」
 その動きに2人は(ウェッソンは見逃していた)見惚れた。芸術品ともいえるような動きだった。
「ちょろいもんですよ!!」
 そう言って装置の準備を再開した、どうやら水を入れるだけでいいらしい。
「始める前に言っておきますけど、まず窓や扉を完全に締め切ってください! 開始から4時間は締め切って 置かなければいけないです! その間はどっかで時間を潰していてください、ペットを飼っていたらソイツも連れて行かないとダメですよ!」
 ペットと聞いてテムズはウサギとはにわを思い浮かべた、はにわは大丈夫としてウサギは連れて行かないといけないと思ったが、幸い今はウサギは何処かに行ってしまっていた。
(フォートルは・・まぁ大丈夫よね)


「ではっ いきますよ!!」
 バルダーが水を入れると、煙がすごい勢いで吹き出てきた、3人はあらかじめ外に出ていた。まだ、雨は降っている。
「まるで、火事が起きているみたいですねぇ」
 サリーが縁起でもないことを言った。
「確かに火事っぽいな」
 ウェッソンも同調。
「2人して縁起でもないこと言うなっ!」
 拳を振り上げるテムズ、と同時にバルダーが出てくる。
「これで、万事OKです!」
「あ、ありがとうございます、バルダーさん」
 あわててテムズは、手を下ろした。胸をなでおろす3人、もっともそのうち2人は今の拳に対して安堵したわけだが。
「雨も降っているわけだし、うちの店で時間潰しててください!」


 何でも屋〔赤い地球〕にはいろんな物が置いてあった、筋肉が鍛えられるという細長い鉄板や高い木の枝を切ることができるハサミ等々。
(使う機会が無さそうな物ばかりね=だな)テムズとウェッソンはそう思っていたが、サリーにはこれらの物が宝物に見えるらしい。熱心にそれらがどんな物かとバルダーに聞いている。彼女の辞書には退屈という文字は無い。
「暇だな・・」「そうね・・」
「ほほぅ、そんなふうに使うんですかぁ〜。これは何に使うんです? ふむふむ、なるほどぉ〜。こっちは?・・・」



 ぼーっとサリーの動きを眺めて4時間がたった頃、そろそろ大丈夫だとバルダーは言った。
「うぅーーん やっと終わったか〜、長かった〜」
 背筋を伸ばしながらテムズは言った。
「えぇーー、もう終わりですかぁ〜」
 対照的なセリフの2人、ウェッソンは途中で眠りに入っていた。
「ほらっ! ウェッソン起きるですぅ〜」
「ん、ああ、終わったか・・」
 普段よりさらに眠そうなウェッソンだった。

「それでは俺はここで!」
「ありがとうございましたっ あ、お代は?」
 テムズがお財布を開けながら聞いた。
「今度テムズさんの店に来た時に奢ってくれればそれでいいっすよ!! ガハハハハハッ!!!」
 バルダーは大地そして空を揺るがすほど豪快に笑った。
「わかりました、腕によりをかけて御もてなししますね!」
 気がつけば、長く降り続いた雨は止み、太陽がサンサンと輝いていた。

 店に着くと煙はもう大分薄くなっていた、屍骸が見つかったわけではないがこれでもう安心と、テムズは嬉しそうに開店の準備を始めだした。雨で遠のいていた客もこれからはきっと戻ってくる。
「さぁ、皆手伝って! 今までの分をとりかえすわよ!!」
「あいあいさぁ〜」「あいあいさぁ」
 相変わらず居候達の労働意欲はあまり無いようだ。

 案の定、今夜は今までの分を取り戻すかの様に沢山のお客が来て、店は久方ぶりに忙しかった。
 店の今月の出納も何とか帳尻があいそうだ。

 後日、バルダーが店に訪れた。テムズは腕によりをかけた料理でもてなしたが、
 彼の胃袋が空腹時のアリストをも軽く超える容量を持っていたことを彼女は知らなかった・・・


 そして、天井裏に住むネズミの親子が煙によって散々な目にあっていたことも彼女は知らなかった・・・
 しかし、それはまた別のお話。


 今回の話はこれでおしまい、フロンティア・パブは、またいつもの平穏に戻ったのである。



おしまい


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