「……というお話を、フレッドが書いたんですよ。このお店とテムズさんがモデルです。すてきでしょう」
とサリー。
テムズは原稿をテーブルに置いて、溜息をついた。
「なんなのよこれ。フレッドって、探偵小説を書いているのじゃなかった?
しかも……しかも主人公の男に、ウェッソンと私が夫婦だと勘違いされるなんて、いくら話の中でもお断りだわ」
「せっかくモデルにしてくれたのに、あまり喜んでいないようですねぇ」
サリーは不思議そうにテムズを見た。
「だいたい、もう結婚しているって設定がね……相手がどんな人だか、さっぱり描写されていないし。せめて金髪碧眼とかなんとか……」
と言いながら、テムズはちょっぴり頬を染める。
「実在の人物を特定できるような書き方はまずいんですよ〜。テムズさんのファン、多いんだから」
「……にしても。この主人公、気にくわないわね。女々しいったらありゃしない。もし本当にいたとして、母さんに振られたのは当然ね」
「振られたんじゃないです。告白しなかったんですよ。親友思いのいい人じゃないですか」
「いやに肩を持つわね。もしかしてこの男のモデルって、あんたの知り合い?……なわけないか。……まあいいわ。とにかく読んだから、もういいで
しょ。私忙しいのよ」
「フレッドが、感想を聞きたがってますよ。何か言ってあげてください」
入り口近くの席で食事をしているフレデリック・ネルソンが、さっきからちらちらとこちらを見ている。話は聞こえないはずだが、テムズの反応が気になっているのだろう。
「困ったわねえ……気に入らなかった、なんて言うわけにも……ああそうだ。せっかくだからサリーをモデルにした少女を登場させてあげて、といいましょう。この主人公は、その子をかわりに連れて行くの。そして二人は新大陸で幸せに暮らしました。めでたしめでたし……」
「え〜! 私ここを離れるのいやですぅ」
「お話だってば。いいじゃない」
「自分だってさっき、話の中でも間違われるのはお断りだって言ってたのに……」
ふくれるサリーを無視して、テムズはフレッドのテーブルまで歩いていき、まじめな顔で彼に話しかけた。
「感想を言う前に、ひとつ聞いてもいいかしら。この話の主人公、あなたの創作? それとも実在の人なの?」
フレッドはかすかに微笑みながら答えた。
「大部分は創作ですが、モデルはいるんです。あなたのお母さんにとても恋い焦がれていたのは、僕が良く知っている人物です。……もっとも、この町を出た理由はこの話とは全然違いますけどね」
「本当にいるの……?」
テムズは驚いてフレッドを見つめた。
「父親と大喧嘩して、家出したんですよ。愛の告白どころじゃなくなっちゃいました――じつは今でも残念がっているんですよ、父は。困ったものです」
そう言って彼は苦笑した。