The another adventure of FRONTIERPUB 16(Part 2)

Contributor/影冥さん
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魔法少女の死!?(後編)


「意識を保て! 目を閉じるな! ――死ぬな!」
 叫ぶフォートルの声も虚しく、テムズの体が力を失って空に漂った。背中から胸にかけて、一本の短剣が貫いている。
「マジカル☆ガール!」
 フォートルの短い指がすばやく印を結ぶ。
「前のようにこの女を巻添えにするつもりか?」
 その笑いを含んだ声はテムズから聞こえてきた。正確には、テムズを貫いた短剣からだ。
「……上位の悪『殺意』。一度滅ぼされたはずだが……復活したということか」
 次々と印を組み替えるフォートル。その姿は燐光に包まれている。
「あの女が無駄死にだったということがわかってもらえたかな? 力ある者を統べる王よ」
「……何を言っているのか理解できんな」
「理解できないだと? 嘘を――いや、今のお前からは前ほどの力は感じない……何か手を打ったということか……」
「世迷言はよせ。私はフォートル。それ以上でもそれ以下でもない」
 フォートルの手はさらにその速度を増していった。それにつられるように燐光もその光度を増す。
「俺の言葉が世迷言ならばお前の行動はなんだ? 無駄なことはよすんだな。お前が何をしようとこの女は死ぬ」
「死なせはしない! フォートルの名と誇りにかけて!」
 フォートルの気合の声と共に燐光がはじける――だが、他に何かが起こった様子はない。
「失敗したようだな。マジカルキングダムの住人が、触媒もなしにこの世界で力が使えないことなど常識だろう?」
 『殺意』の笑いが冷笑に変わる。だが、フォートルは冷静さを取り戻していた。
「マジカル☆キングダムだ。それと、誰が何を失敗したのか教えてもらえるかな?」
「何? ――ぐあっ!」
 フォートルの瞳が一瞬光ったかと思うと、『殺意』は弾き飛ばされていた。――テムズをそれ以上傷つけない軌道を、正確に。
「後は君と君の生きる環境次第だ、マジカル☆ガール」
 フォートルが囁くように言うのと同時に、テムズの体が消えた。
「何をした」
「貴様が心臓を貫いていた事実をほんの少しずらしただけだ。突き刺さったまま得意げになっているような馬鹿を相手にするのは楽でいい」
 フォートルは普段片鱗も見せないような嘲りの表情を浮かべた。その冷たい瞳に呼応するように、周囲の空気も冷える。
「本来の力も使えないような奴にっ!」
 残像を残すような速度で『殺意』が飛んだ。切っ先はタキシードを掠めただけだったが、その後のソニック・ブームがフォートルを打った。
 なすすべもなく吹き飛ばされたフォートルだったが、突然姿が消える。同時に『殺意』が吹き飛んだ。『殺意』の後にはフォートルが残った。
「ざ、残像すら残らない速度で動いただと!」
 ヒビの入った刀身と、骨の砕けた左手。物質の限界を超えた一撃のもたらした結果はそれだけだ。だが、フォートルの笑みは消えない。どこまでも冷たく、どこまでも蔑ん でいる。
 『殺意』は恐怖していた。知性を持ち、残忍であるが故の欠点。彼は恐怖を知っている。
 フォートルの姿が消えた。『殺意』が思考する間さえ与えずに、打つ。 打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。
打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。打つ。
 『殺意』である短剣は、塵にならないのが不思議なほどになっていた。それどころかその形を保ってさえいる。テムズの血を己のものであるかのように滴らせながら。
 フォートルの代償はぼろきれのようになった彼自身の両腕。
「な、なぜ…なぜだ――」
「我が名はフォートル。――すべての力を統べし者」
 フォートルの瞳は赤く輝いていた。己の両腕から流れる血よりも赤く、その身を包む黒き毛皮よりも深く暗い。
「偽っていたのか? いや、違う……何が起こっているというのだ!?」
 『殺意』が己の体を崩してしまわんばかりに恐怖したとき、唐突にそれは起こった。
「む? 何故に私は重傷を負っている? ……痛い」
「は?」
 『殺意』が間抜けな声を上げてしまうほど、その差は大きかった。
 赤い目の黒ウサギはもういない。
「おのれ『殺意』! よくもマジカル☆ガールを! ――って、痛たたたた」
 指を突きつけようとして、フォートルはもがいた――動けば余計に痛みを感じる。
「もう奴はいないのか……」
 呆然としていた『殺意』だったが、やがて恐怖が薄れ、己自身――殺意を取り戻す。
「む? チャンスを逃したような気がするぞ」
「チャンス? お前である限りそんなものは最初から存在はしない。女も死ぬことだしな」
 どこかふざけた調子だったフォートルの目つきが鋭くなる。だが、『殺意』を脅かすほどではない。
「忘れたか? 俺は『殺意』だ。ただ刺し殺すのが俺の殺り方だと思うか?」
「……毒か」
「助ける方法はあるぞ。あの女が俺を消せばいい。――できるのならばな」
 『殺意』は笑った。相手の無力と自分の優位を楽しむ笑いだ。その笑いにもほんのかすかな恐怖があったが。
「なんだ。そんなことか」
 だが、対するフォートルの言葉はあっさりしたものだった。『殺意』の笑いが止まる。
「死にかけたあの女に、何ができる!」
 フォートルはにやりと笑うと叫ぶように言った。 
「発現せよ、力のかけら! 燃え上がれ、バーニング☆ハートっ!」
 『殺意』が炎に包まれた。その元はテムズの血。ヒビの奥まで染み渡った血が燃え上がった。
「なにっ!」
「マジカル☆ガールの力の純度100%だ。――悪よ消えろ」
 それ以上なすすべもなく『殺意』は消滅した。
「どうもまともに戦った記憶がないが……まあいい。あとはマジカル☆ガールか……」
 フォートルの姿が光に包まれ、消えた。
 空は澄み、風が吹いている――何事もなかったかのように。


 ウェッソンは渾身の力で病院の扉を蹴り開けた。扉は破壊される様子もなく、勢いよく開く。
「うにゃあぁぁぁっ!」
 登場、形相、雰囲気。すべてが病院の受付嬢を一撃で恐怖に陥れるには十分なものだった。受付嬢は赤みがかった金髪を振り乱しながら壁に張り付く。
「ご、強盗!」
「違う!」
「じゃあ、殺し屋! ――って、ホントに殺してるー!」
「まだ死んでない! 急患だ!」
 ウェッソンと受付嬢のやり取りが聞こえたのか、奥から医師が出てきた。テムズを一目見るなり言う。
「痴話喧嘩か?」
「違うっ!」
「冗談だ。――重体だな。セリーヌ」
「はい」
 奥から出てきた彫像の如き不動の美しさを持った看護婦は、車輪の付いた移動式の寝台を押していた。
「どうした? 早く乗せろ」
「あ、ああ……」
 いきなりの態度の変わりように混乱しながらもウェッソンは従った。浅い呼吸をするテムズを寝台に載せる。
「止血は……問題ないな。あとは……」
 手早くテムズの状態を調べながら医師はウェッソンをちらりと見て言った。
「なにがあった?」
「わからない。店に帰ったら床に倒れていたんだ」
「そうか…。セリーヌ、手術室の準備だ」
「はい」
「アリスは病室の準備だ」
「はいっ!」
 足音すら立てずに行動を始めるセリーヌとは対称的に、アリスは壁から剥れると、どたばたと数人分は騒がしく走り出した。
「俺は何をすればいい?」
 焦って訊くウェッソンに、医師は必要以上に冷静に言った。
「生け贄」
「は?」
「――に、近い役割だ。たぶん死ななくて済む」
「一体何を――」
 ウェッソンが聞き直そうとしたとき、セリーヌが戻って来た。
「先生、準備が終わりました」
「わかった。私も準備する」
 医師はそう言って奥に消えた。
「こちらへ」
 看護婦は寝台を押しながらウェッソンを導いた。先にあるのは――エレベーター。
「何でこんなものがあるんだ?」
「必要だからです」
 寝台で大半を占拠されたエレベーターに入り込むと、地下に降りる。
 地下に行ってウェッソンは言葉を飲んだ。最先端の医療設備。いや、最先端すら越えている。
「少々お待ちください」
 セリーヌはそう断わってからテムズを手術台に移し変えた。そのほかにも細々と手を動かしている。
「待たせた」
 医師がやってきて所在なさげに立つウェッソンに言った。医師は手術用の服装だ。
「俺は何をすればいいんだ?」
「輸血してもらう。彼女は致命傷は負っていないがおそらく肺の一部が傷ついている。それ以外に問題なのは血が足りないことだ」
 準備が終わったらしく、医師がテムズを運んできた寝台を指差した。
「そこに横になってくれ。あとは――」
 医師は少し考えてから言った。
「祈ってろ」


「ここ、どこよ?」
 テムズはあたりを見回した。どうやら川の中にいるらしい。足首がつかる程度の深さなので危険はなさそうだ。
「テムズ」
 自分を呼ぶ声に振り向いてみると、そこには彼女の父親がいた。
「父さん? 何やってるの?」
「散歩だ。三途の川の川辺を歩くのが日課になってな」
「三途の川?」
 父親のほうに歩いていこうとするテムズを、彼女の父親は止めた。
「ああ、待て。こっちに来るとお前、死ぬぞ」
「そうなの?」
「ああ、間違いない。俺で実証済みだ」
 父親はそう言うと、特に気にする様子もなく川に入って、テムズの近くにやってきた。
「それじゃあ、あっちに行くと生き返るの?」
「ああ。体が生きていれば生き返る」
 父親はあっさり肯いた。その勢いにつられて、テムズもあっさり言う。
「あっそう。じゃ、帰るわ」
「まあ、待て、娘よ」
「何よ」
「久しぶりに会ったんだ。少しぐらい話をして行ってもいいだろう?」
「仕方ないわねぇ」
 テムズは改めて自分の父親と向かい合った。確かに死んだ父親だ。
「どうだ、元気か?」
「死にかけたんだから元気じゃ、ないけど……まあ、それ以外は概ね元気ね」
「店はどうだ?」
「まあまあね」
「まあまあ? まだあるのか?」
「借金は返したもの」
 父親は大きく目を開いて驚いてみせた。
「あの借金を?」
「ちょっとしたことがあってね……」
「そうか、残っているか……」
 父親はそう言うと少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

「テムズ」
「なに?」
「母さんに会いたいか? 今なら会えるぞ」
「母さん? ……やめとく」
「どうしてだ?」
「……いま会うと、帰りたくなくなりそうだから」
「そうか…そうかもしれないな。よし、それじゃあ、母さんと会うのは死んでからだな」
 テムズは笑った。
「変なの」
「変かもな」
 父親も笑った。
 やがて、どちらからともなく笑いが収まる。
「そろそろ帰るね」
「ああ。今度来た時は母さんと一緒に迎えに来てやろう」
「うん。楽しみにしてる」
 テムズは父親に背を向けると歩き出した。
「テムズ」
 足を止めるテムズ。だが、振り返らない。
「頑張れ」
 父親の声を背に受け、テムズは川を渡りきった。
 意識に光が染み渡る。 


「ありがとうございました」
 テムズの父親が頭を下げると、その先にタキシードを着た黒いウサギが姿をあらわした。両手は力なく下がっている。
「あの娘に対するささやかな礼だ。貴殿が気にすることはない」
 テムズの父親はもう一度礼をすると岸に上がった。死者の国に至る道だ。やがて、その先に歩き去った。
「さて、私も帰るとしよう。……今回はさすがに疲れた」
 そう言って、黒いウサギは深々と溜息をついた。


「――ズ。テムズ――起きろ」
 テムズがうっすらと目をあけると、そこには金髪碧眼の、『あの人』がいた。彼女の顔を覗き込んで、安心したように笑っている。
 『あの人』がテムズの視界から離れていった。どこかに行こうとしているのだろう。
「…って、待ってください!」
 テムズが必死に大声を出すと――それでもかなりかすれていた――『あの人』が驚いたように振り向いて言った。
「どうした、テムズ?」
 その声はウェッソンのものだった。
「ウェッソン?」
 テムズは目を開ききった。
 テムズは、白を基調にした質素な部屋の中に自分がいることを知った。あとは、驚いた表情で自分を見ているウェッソン。
「ここ、どこ?」 
「病院だ」
「病院? どうして?」
「刺された時のこと、憶えていないのか?」
 テムズは驚いてウェッソンに聞き返した。
「刺された? あたしが? ――痛っ!」
「無理するな。傷が開くぞ」
 胸の傷を押さえるテムズにウェッソンが言った。
「医者を呼んでくるから、おとなしく寝ていろ」
「…うん…」
 テムズは横になると自分の記憶を探った。だが、いくら思い出そうにも『無気力』を倒した後のことを思い出せない。
「あとで、フォートルにきか…な……きゃ……」
 呟きながら、テムズは再び眠りに落ちていた。


 結局、今回の事件は迷宮入りとなった。事件を示すものが、被害者であるテムズ以外になかったせいである。真相は一匹の黒ウサギのみが知ることとなった。
 ちなみに、テムズが入院している間、サリーが店で奮闘していたのはまた別の話。


END        

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