The another adventure of FRONTIERPUB 1

Contributor/ねずみのママさん
《BACK

サリサタ・ノンテュライトの災難

「もう大丈夫だよ。脈も呼吸も落ち着いてきた」
 町の病院の、若い医師はそう言った。深夜の2時過ぎのことだ。
「そうか――よかった」
 安堵のため息を漏らしたウェッソンは、医師の肩越しに顔を覗かせて、まだ意識の戻らない サリーの顔を見つめた。
 安心すると、それまで忘れていた感情が復活してきた。今頃は警察署で取り調べを受けてい るはずの、今回の事件の犯人――サリーをこんな目に会わせた張本人――への怒りと憎しみが、彼の胸の中でふくれあがってきた。
 あの野郎――拳銃の使い方も知らないド素人め。いったいどうやったら至近距離から俺を狙 って、5メートルも離れたところにいたサリーに当てることができるんだ。まるで笑い話だ……。
 たが、そんなへなちょこ野郎が拳銃をぶっ放すのを止めることができなかったこの俺は、い ったいなんだ――。まさかあいつがあんなものを持っているとは思わなかった。そのちょっと の油断が、サリーに怪我をさせてしまった。責任の半分以上は俺にある――。
 ウェッソンは、つい数時間前の出来事を回想した。脇腹を押さえ、泣き叫ぶサリー。「痛いよぉ……助けてウェッソン……助けて……死にたくない……」
 彼はそんな彼女を抱きかかえ、病院へと急いだ。
 痛みと恐怖で苦しむ彼女には、致命傷ではない、大丈夫だからという言葉は、なんの慰めにもならない。それはよくわかっていた。彼が初めて銃で撃たれたときも、撃たれたというそのことだけでパニックに陥り、死への恐怖で地獄のような苦しみを味わったものだ。しかし彼は、サリーにどんな言葉をかけてはげましてやったらいいか、わからなかった。ただ、しっかり抱きしめてやるしかなかった。何を言ったのかも覚えていない。
――死ぬんじゃない、と言ったかもしれない。
 俺のせいで誰かが死ぬなんてことは――もうごめんだ。二度とあんなことを繰り返したくない。彼は昔のことを思い出し、唇を噛んだ。
 命が助かったとはいえ、痛みと恐怖の記憶は生涯消えることはないだろう。そして、傷跡も ――。
 ちくしょう!まだ若い女の子なんだぞ――なのに……
 ウェッソンはやりきれない気持ちになり、拳で壁を叩いた。
「やめてくれ。建物が古いから壊れるぞ」
 冷静な声で、若い医師は言った。

 サリーは目を覚ました。熱で頭がぼおっとしていたが、何が起きたのかは思い出した。思わ ず叫び声を上げると、誰かに肩を押さえられた。
「心配しないで。大丈夫だから。もう、こわいことはないよ」
 声の主が顔なじみの医師だとわかって、サリーは落ち着いた。
「私――死ななかったの……」
 彼女は医師の後ろに立つウェッソンを見つけた。彼女が無理してにっこり笑いかけると、彼 は一瞬辛そうな表情を見せた。そして、中途半端な笑みを返した。
 やがて、夕食抜きで手当てに当たっていた医師は、腹の虫の機嫌をとるために出ていったの で、病室にはふたりだけになった。
「良かったな、死ななくて」
 ウェッソンは言った。
「よかないわよ。ほんとに死ぬかと思ったわ……誰かさんがぼけっとしてるからいけないのよ ――」
 サリーにしてみれば、ウェッソンに心配をかけたくなくて、自分の元気なところを見せよう と、いつもの調子で何気なく言ったつもりだった。しかし彼は逆に表情をこわばらせた。
 え……?
「悪かった……」
 目をそらし、低い声でそう呟くと、彼は、
「ちょっと一服してくる」
と言い残し、部屋から出ていってしまった。
 ……いまのは何? いったいどうしたの? 冗談で言ったの、わかってるでしょうに。
 サリーは首をかしげた。なんだか変だ。彼を追いかけて、ちゃんと言っておかなくちゃ。最 悪の体調のため回転の鈍くなった頭で必死に考えた結論だった。そこで彼女は苦労して起きあ がり、スリッパを突っかけて部屋から出た。
 夜中の病院の廊下はほとんど明かりがなく、ひっそりとしている。心細かったが、壁をつた いながら傷にひびかないようにそろそろと歩いていくと、待合室に出た。
 暗闇の中で小さな炎がゆらめいた。
 パイプをくわえるウェッソンの顔が、闇の中に浮かび上がる。いつもの彼とは別人のような、かたい表情で、なにか物思いに耽っている。
 サリーはそれを見てなぜか不安に襲われた。”保護者兼パートナー”のはずの彼が、遠い存 在に思えた。彼がこのままどこか遠くに行ってしまうのではないかという気がした。
 引きとめなければ――そう彼女は思った。2、3歩前に踏み出したが、痛みに耐えきれず呻 き声を上げてその場にしゃがみ込む。
 ウェッソンが驚いて顔を上げた。反射的にこちらに駆けだし、
「馬鹿野郎っ! こんなところで何してる!」と怒鳴りながら、サリーを抱き上げた。
 サリーはその声を聞いて急に安心した。今まで感じていた距離感が消え、彼の存在が再び身 近に感じられた。彼の腕が軽々と彼女の小さな体を持ち上げたとき、張りつめていた気持ちが いっぺんにほぐれ、脱力感が襲ってきた。
「おい……大丈夫か」
ぐったりしたサリーの様子を見て心配になったのか、今度は少しいたわるように、彼は言った。
「熱があるんだから、無茶するなよ」
そして、ゆっくりとした足取りで病室に戻り、本来彼女がいるべき場所に戻してやる。
 寝かされたサリーはふいにウェッソンのシャツの袖を掴んだ。
「……なんだ?」ウェッソンはとまどいながらサリーの顔を覗いた。
「行かないで――」
「え?」
「私を置いて行かないで」
 彼女の瞳に涙があふれてきた。
「どうしたんだ、いったい」
 彼はサリーの指をシャツから引き剥がそうとするのをやめた。そして、諭すように言う。
「こんな大怪我じゃ、連れて帰るわけにはいかない。治るまで入院だ。わかるだろ?」
「やだ――」
「やだ、って……そんな子供みたいなこと言っても」
「どうして怒ってるの? 私があのときいうこときかないで、飛びこんでいったから?――それ で、こんなことになったから、怒ってるの?」
「怒ってなんか――」
「怒ってる」
 ウェッソンはため息をついた。
「自分自身に腹を立てていたんだ。サリーのせいじゃない――そんなことはいいから、もう寝 ろよ」
「そんなこと言ったって、痛くて寝られるわけないじゃない」
 ふたたびウェッソンの表情が曇った。サリーは慌てて言った。
「眠るまでここにいて」
「おい――冗談じゃ……」
 サリーはまた、しっかりと彼の腕を掴んでいた。
 ウェッソンはしかたなく、ベッドの横の椅子に腰をおろした。
 サリーは手を離さずに、目を閉じた。やがて静かな寝息が聞こえてきた。
 ウェッソンはサリーの指をそっと腕から外した。しかし椅子から立ち上がらずに、そのまま 彼女の寝顔を眺めていた。


一晩中心配していたテムズがようやく事情を知らされたのは、昼近くになってからだった。彼女がカンカンになってウェッソンをはり倒したのは、言うまでもない。

おしまい

《return to H-L-Entrance