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Respect for/影冥さん
Contributor/辺境紳士
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外伝 魔法少女アリサ


 この島と、大陸の西半分をその中に巻き込んだ大戦は二年前に名目上の決着を見た。
 それがもたらしたものは平和であったのだが――盤石の平穏ではなかった。渦は禍根を残す。一方は巨悪と断罪され、それに僅差で打ち勝ったもう一方は真の正義として諸国の治世に奔走しなければならなかったのだ。硝煙にまみれたこの土地を。
「君には魔法少女の素質がある」
 それは呪詛か。
 硝煙の残り香は、大戦が未だに終わってすらいないサインなのだろう。そう思う。この場所では少々直接的すぎるきらいはあったかもしれないが。
 この場所で。さほど、感じられるものはない。
「やってみる気はないかい?」
 硝煙の匂い。土の匂い。雨上がりの空気。
 そして硝煙の匂い。
「ちょーっとお得だと思わない? ほらなんせ肩書きが少女だしぃ」
 怒号。轟音。悲鳴。爆音。
 硝煙。
「ほらさァ、あれあれ。いつまでも若くないじゃん? 自分から少女なんてそうそう言い出せないよ魔法なんておまけおまけ」
 衝撃。次いで爆音。凄まじい勢いで土が殴りつけてくる。自分が倒れたことにしばらく気付かなかった。
「あれよ、エネルギー。若さ故の過ち。違う? なぁに過っときゃいいのさ。やろうよー」
 目の前が黒い。
 絶望的ななにかが体を支配しきっている事を自覚した。もう動けない。
 これは疲労か。
 ひょっとしたら、自分の体を支えるべき手足がもう失われているのかもしれない……
 それは塞げない傷。学校で習った技術は通用しない。死に抵抗する術など、そもそも自分は教わっていなかった。まだ入学すらしていない。
 視界が黒い。
 もう硝煙の匂いしかしない。忌むべきサイン。
「ねぇ。ひよっとっとしたらさー」
 大戦は終わっていない。なにせ……
「時すでに遅かった?」
 ここは戦場なのだから。
「あーらーらー」
 諦念すらないまま、目を閉じ――


 ――かけ、アリサは眼前の黒いものをがしいっと掴んだ。力任せに振り回す。振り回す。立ち上がった両足は生の執着にしっかりと支えられ、天を仰いだ彼女は猛る感情の全てを込めて叫んだ。
「なぁんでわたしがこんなトコに、いーるーの〜!」
 ひゅるるるるる……
 風切り音にはっと振り向き、間髪入れずに手の中の黒いものを放る。すぐ脇に掘られている塹壕に体を滑り込ませた。
 爆音。
 刹那の間、空中に残ったデコイに榴弾が直撃したのだ。目を眩ませる閃光と共に、何かが飛び散る音が彼女のすぐ側に振りまかれた。
 無意識のまま肺を硝煙が満たす。たまらずアリサはむせて、塹壕を這い出した。
「はあッ……」
 もう一度、息をつく――
 酸素に飢えていた脳が覚醒するのが聞こえた。
 戦場を見渡す。
 広大な丘には、爆音と銃声が途切れることなく響き続けていた。
「なんで……わたしがぁ……」
 アリサはもう一度、まるで夢との狭間にいるような呟きをもらした。現実はそれとさして変わらない――
 小柄な少女である。淡紅色のリボンで飾られている(親友は年齢不相応と評していたがそれはどうでもいい)栗色の髪は、今は土埃と硝煙と、とにかくずたぼろだった。
 それらはおおむね山岳迷彩のヘルメットに隠れていたが。
 淡紅色の軽く柔らかいワンピースは(親友の評価など知ったことではない)、泥となにやらでもはや見る影も無い。幸い迷彩効果が生じていた。
 ひゅぅるるるる……
「はぁうっ!」 
 アリサはとっさに伏せて地面と同化したが、榴弾の狙いは自分でなかったらしい。
 どかーん!
「……きゃ……あ……ぁ……」
 断末魔。煙に霞んだ向こう側で、看護婦が倒れるのが見えた。
 もう戦慄に身を固くする余裕も無い。この調子ですでに十数人の看護婦が散っていたのだ。
(あと……どれくらい残ってるんだろ?)
 頂点を挟んで反対側……丘の北側からも相当な数が侵攻を開始していたはずだが、とりあえず見渡した視界内には立っている人影は見えない。
 ここにいる看護婦は――
「……たぶんわたしだけ、だよねぇ……」
 アリサは改めて自分の服装を確認した。山岳迷彩のワンピースと、……もとは純白だったであろうワークエプロン。
 胸元に刺繍された文字は何とか読むことができた。
『王立大学 医学部従軍看護婦学科』
「こんな試験だって解ってたら来なかったのにぃ」
「事情はちみっち解ったよん」
「へ」
 唐突な声に、アリサは視線をさらに下にやった。
「つまりあれだねあれだね? 趣味:看護婦さんサバイバルゲームみたいなー」
 足下にいたのは黒いウサギだった。この場には限りなく不相応なタキシードを身にまとい、透明な蒼い眼差しをこちらに向けていた。
「僕が言いたいのは〜趣味は何でもかんでも統合しちゃいけないってことなんだな。コスチューム然りサバイバル然り。いかんせんどっちもアクが強い」
「…………」
 喋っている。軽薄に。ウサギの表情など読めるはずもなかったが、何故か明確に理解できた。……
「……これは夢ね」
「逃避?」
「あんたみたいなのが出ちゃ幻覚とか妄想だって思っちゃうじゃん……」
「だからさぁ。魔法少女やんない? 君ー」
「ああ、わたしはアリサ」
「僕はフランクリン・フォートル。愛称フランクリンクランフリンフォートル。俗称フランク」
「…………」
「…………」
 アリサはふらふらと天を仰いだ。
「……ウサギって腹にたまったっけ……」
「オワオ。なぜいきなり限界モード?」
「だって半日なにも食べてないもん」
「なるほど。弱肉強食。極限状態じゃ食料も現地調達だねぇ」
「うん。いい?」
「魔法少女やろうよー」
「…………」
 ひゅるるるる…………
 振り向く暇もなく。
 炸裂した榴弾が、アリサの意識を吹き飛ばした。


 事の始まりは……いつだっただろう。そもそも明確なきっかけなど無かったが、とりあえずこの現状は二日前に始まった。
 彼女の住む街にある大学、その学科試験があったのだ。試験票と筆記用具を持って試験会場の扉を叩いたアリサは、エプロンと携帯食料とヘルメットと突撃機銃を手渡された。
 とまどう間もなく試験会場の変更が伝えられ、彼女を含む受験生計134人はどことも知れない山中に放り出された。
 合格条件は三つ。
 三日間の生存・防衛戦力の撃破・山岳中腹、丘の頂上に設定された安全地帯に進軍すること。
 なお定員は20人。合格条件が果たされた時点でこれを越えていた際は、持参の筆記用具でペーパーテストを行う。
 『試験』の内容は以上である。これを聞いたアリサは試験官の頭を疑ったが、他の受験生はさして動じた様子もなかった。この悪名高いテストの評判を聞き知っていないのはアリサだけだった。
 従軍看護婦学科。
 通称[サバイバルナース]学科。
 小雨の中、半ば生き残りを賭した戦いは開始された。何故か。
 
 
「……なんで無事なんだろ」
 アリサと黒ウサギをきれいに避けて、辺りは真っ赤な液体で染まっていた。練習用のゴム塗料弾とは言え、よっぽど当たり所が良くない限り怪我をする。
「これが魔法だ」
 目の前のフランクは全くの自然体で立っていた。何かをしたという気配はないが。
 軽薄に厳かに呟いている。
「因と果を律し、時に崩す強大な力。目的はそれ自体には無い。しかし、全ての力は究極的には自分のために振るわれる――そして君には魔法を操る資格があるのだ」
「そ、そんな……」
「魔法少女をすることになった以上、逃れられない定命」
「いきなり決定されても……」
「やってください」
「そもそもなんで、わたしにやらせたがるの? 力が欲しい人間なんて……他に二人くらい知ってるんだけど」
 アリサの生まれは比較的裕福だった。二人の親友に接すると、無意識のうちに引け目を感じることがままある。……それが傲慢だとは気付いていても。
 連想より、言葉が先を衝いていた。言葉が導くままに彼女は続ける。
「どうせなら、あいつら助けてあげてくれない?」
「その二人なら大丈夫だよ」
「え?」
「そーいうわけでさぁ、僕だけあぶれたんだよね。兄貴達はそれぞれ魔法少女見つけてるし。そろそろ寂しいじゃん」
「よくわからないけど……ヒマなんだ」
「はてさて」
 アリサはフランクから視線を外した。実際、よくわからない。
 機銃もとっくに落としてしまった。彼が力をくれるならこの状況を突破できるのかもしれない。
 そうすれば、今まで試験勉強に費やした苦労も報われる。目指していた従軍看護婦になれるのだ。……でも。
 だけど。
「……やっぱいいわ」
「?」
「力を貸すって言ってくれるのは嬉しいけど。ここで誰かに頼っちゃったらダメになっちゃう気がするのよ」
「……」
 アリサは静かに黒ウサギを見やった。見返す彼の透明な感情に、穏やかに語りかける。
「わたしの父親はね、警察官僚なんだ。周りのみんなも父様の跡を継ぐことを期待して、私もそのつもりだったんだけどね。世の中を裏から操るのも悪くはない……」
「事情はおおむね解ったよん」
「へ? まだ話は終わって」
「んじゃ、僕は応援していよう。精神的に」
 ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり…………
 どこまでも無神経な轟音の方に顔を向けると、丘の頂上の方から一台の装甲車が駆け下りてくるのが見えた。
 その姿はどんどん大きくなり……
「え?」
『貴様の頑張りもここまでだ。我々の面子にかけて、易々と試験突破などさせはせん! 覚悟しろッ!』
 ぱたらたたたたた…………
 どちゅんちゅんちゅんちゅんっ!
 一斉に周りの土が弾け飛ぶのを見た瞬間。アリサはようやく気付いた。
 戦場のど真ん中で立ち話をしていたのだ。
 ざあっと音を立てて血の気が引いていく。
「ふ、ふふふふフランクだっけ」
「なに、別に会話にいちいち(笑)を付けるこたないんだよ」
「魔法少女やる!」
「無理しなくていいよ。ぼかァ精神支援でいいから――」
「さっさとしなさぁいっ!」
 首根っこを持って引き寄せたフランクの目に、眼光を叩き付ける。いろいろ悩んでいた気がしたがそれも全て吹っ飛んでいた。緊急事態なのだ。
「イエス、マ〜ム。話が早いねぇ」
 フランクのガラスの瞳が、一瞬何かの色を帯びた気がしたが。
 アリサは無視した。なにせ緊急事態なのだ。
「んで! どーやんの!?」
「これこれ」
 フランクは指輪を取り出して、こちらに差し出してきた。シンプルな金のリング。低彩度の戦場の中で浮いたきらめきを放っている。
「くれるの?」
「持ってて」
 そのまま体をくるっとひるがえし、彼はアリサの頭上に飛び乗った。
「それ持って、僕の言うことを繰り返すんだ。言わなくていいよ。どーせ形式だし」
「どっちよ」
「これって様式美だよねぇ。彼らには必要な儀式だけど、気分としちゃ悪くないね。とかくこの世はノリがなきゃ」
「いーから早く!」
 装甲車はどんどん近づいていた。射撃が威嚇でなくなるのにそう時間はいらないに違いない。
「んじゃ行くよ。『遍在の渦』」
「へ、へんざいの渦」
 アリサの頬を衝撃波が叩く。
「触れるてのひらは鍵」
「触れるてのひらは、鍵」
 弾丸の爆発音が鼓膜を揺さぶり、
「統べられる力を開く」
「統べられる力を開く――」
 彼女は開き直った。

「正義と恣意の元に! ノック・オン★マジカル!」

 ごこんっ!
 瞬間。
 頭上でなにかの門が解放され、彼女と地底とを一直線に貫いた……ようなイメージが浮かんだ。
 黒ウサギから莫大な力が流れてくる。
 いや……むしろ自分から力が注がれていくような。
 奇妙な共有感。
 棒立ちのまま。何かを理解しかけ、断絶しながら意識と時が白濁していく――
(これが……)
「いいねぇ。媒のなりがいがある。君なら振るえるよん」
 歌うようなフランクの声。
 頭が脈を打って熱い。
 一気に酩酊したような気がする。何も考えられない。
(これが……魔法)
「力だね。マジカル★ガール」


 威嚇射撃の後一歩も動かないその受験生を見て、装甲車の中試験官は訝った。彼の試験官経験を通して、そんな人間はあまり見たことがない。降伏するか逃げ出すかあるいは立ち向かうか。
 密かに靴下で爆弾を作っていた受験生に装甲車を撃破された事もあった。
 彼女は試験の後、どこに行ったものやら……戦場ですら感情の一つも表に出さなかった、その受験生の冷酷な面を思い出しながら試験官は視界を現在に戻した。
 去年の失敗以来、彼は己に油断を禁じている。
 前方約100ヤードに突っ立っている少女はまったく動いていない。
 恐怖で気絶したか?
 彼は少々憐憫を覚えたが、左腕の動きによどみはない。火気管制、照準。
 この距離では外さない絶対の自信があった、が……トリガーに軽く指をかけるところで止める。
 標的は動かない。
(これで終わるようでは……従軍看護婦など無理な話だぞ)
 動かない――いや、受験生が腕をこちらに伸ばした。よく見ると頭に何かを乗せている。なんだ?
(だが遅い)
 躊躇は一瞬。彼はトリガーを引いた。


「なんでも★バリアー♪」
 高らかに詠う少女の声に応じたかのように、彼女の眼前に虹色の幕が現れる。装甲車からの射撃は轟音と共に霧散した。
 明らかな驚愕の色を見せ一瞬攻撃は止まるが、すぐさま機関銃の連射が再開された。完全に本気だ。
 しかし――それでも障壁を破ることができない。
 対する少女は装甲車に歩み寄っていく。ふらふらと、酩酊したように……やたらとその表情もにこやかだった。
 むしろ笑っているのは、頭にちょこんと乗っている黒ウサギの方か。
 銃撃が止む。装甲車は逆制動を掛けて後退しようとした。
「遅いよ〜ん♪」
 それは少女かウサギか、とにかく言葉に間髪入れず掲げられた腕に力が集う。
「バチバチ★サンダー♪」
 全てを圧するように爆発する雷撃。
 標的にされた装甲車は軽々と吹き飛び、丘の斜面を転がっていった。
「うっふっふぅ……次はぁ……♪」


「ヘンダーソン助教授が撃破されたぞ!」
「てぇか、なんでこんなトコで装甲車使いたがるんだかあの人も……」
「まあ問題のあった人だったね。眠って貰って正解だったか」
「いーから、こっち来ますよ! ほらジョン、撃って撃って!」
「へいへい。ご慈悲を(ぱうんっ)」
 …………
「ぜったい★レイヤー♪」
 …………
「き、効かない!」
「てぇか、なんで狙撃銃なんて持ってんだよジョン! 俺知らねぇぞ!?」
「どっかん★ファイアー♪」
 どっかーん!
「ぎゃああああ」
「ジョンがやられた!」
「しっかりするんだっジョニー!」
「ま――マイク……実は郷里の女なんていねぇのさ……メアリーは犬だ……」
「いい、いい。もう喋るな。くそ、許せねえ!(だっ)」
「む、無茶だ! マーイク!」
「てぇか、あいつマイクって名前だったっけ?」
「ごーごー★ブリザード♪」
 ごぉっ!
「うわぁぁぁぁ」
「マイクがやられた!」
「くそ、許せない! みんな一斉射撃だ!」
「てぇか、俺達試験やってるんだよな。積極的に攻撃するのって何か変じゃねぇか……」
「ドキドキ★アースクエイク♪」
 全てを圧するように振動が丘を包み――


■□■□■□■□■□■□■□■□


 翌日。
「事件ですぅ!」
「そうかわかった。朝飯食ってからな」
「ミドルズブラ山脈で丘一つが謎の消滅! 同時刻演習を行っていた謎の集団の安否が気遣われる――この謎の集団ってのがわたし的ポイント、謎二つだから政府の陰謀もスペシャルですぅ!」
「ふむ……じゃ……サリー。お前の首突っ込みたがりも」
「政府の陰謀ですぅ!」
「そうか。政府の陰謀はそれ以上明らかにしちゃあいけない」
「なるほど。権力の前に途中で諦めて日常に戻りつつもふとした弾みでそれを思い出し悔恨に胸を突かれるけなげな探偵。いいですねえ」
「どうでもいいが、けなげな探偵ってのは何だかな」
 朝刊をまさぐって次の話題を捜す探偵っぽい少女と、話半分に朝食を平らげているガンマンっぽい男を見やりながらアリサはトーストにかじりついた。
 このありふれたB&Bに朝方客が入ったところを彼女は見たことがない。ちなみにあの二人は客ではない(店主談)というが、どうでもいい。
 どうでもよかった。
「試験はどうだった? なんか、えらく遠くまで行ってたみたいだけど」
「中止」
 カウンターを挟んでミルクティーをすすっている赤毛の親友に告げると、彼女は驚いた表情を見せた。
「なんで? みんなして食中毒とか?」
「うん、そんなもん」
「ふうん……この季節大変だからね」
「試験官やってた教授やらなにやら全員が病院に行っちゃったもんだから、お開きよ。延期なことは延期なんだけど、次の試験がいつになるかは未定! ……あーもー!」
「なに怒ってんのよ」
「あんたやらヘレナとかに邪魔されながら勉強したあげくにあーいう死に目を見て、全部無駄になったんだよぅ! やぁってらんないわー!」
「死に目ってあんたトースト五枚目じゃない。その食中毒だって大したことないってば」
 食中毒ならどれだけいいか。そう呟いてアリサは食べかけのトーストを始末した。
「おかわり!」
「はいはい」


 トースト三枚とミルクティー二杯を追加で腹に収めて、アリサはフロンティア・パブを後にした。
 寝不足の頭に、朝の陽光も心なしか鈍い。パブが路地裏にあるせいもあったが。
「そろそろ冬かなぁ……」
「詩人だねぇ。マジカル★ガール」
「……」
 寝不足の頭がひとつ重くなるのを感じた。見なくともわかる。
「冬って言えば誰もが詩人なのさ。あいつらを食わすなんて政府もどうかしてなくなくない?」
「あんた……まだいたの」
「事後報告だよん。悪い連中から君に関する記憶は消しといたからさ、もち心配無用」
「…………」
 軽くて薄い声が頭を擦過していく。アリサは深い嘆息をもらした。
「なぁーにー、悲観することはないない」
「……」
「それ故に溺れるってね。今回は君のせいだったがまたもやどっこいそうなるとは限らない。明日を信じてあがくエネルギー、若さ故の過ちって言うよね言わない?」
「言わないわよ!」
 頭上のフランクをはたき落として踏みつける。
「だいたい全面的にあんたのせいじゃない!」
「まあ確かに素養があるからと言ってヒマつぶしに君を誘ったという点では反省を禁じ得なかったりして」
「あんたは〜……」
 足の裏に力を込めるが黒ウサギに動じた気配はない。まだ小動物に対するためらいがあるのを苦々しく自覚した。親友なら容赦しないところだが。
「だけど、君に落ち度がなかったわけでもないねぇ?」
「!?」
 虚を突かれた。完全に。
 気付くといつの間にかフランクが足の裏から、数歩前方に移動していた。
 彼はこちらを眺めている。ガラス色の瞳からは相変わらずなにも読むことはできない。
 アリサは絶句した。
「君の弱さ、多分補うことができるよ。僕でもね」
「…………」
「魔法が必要になったら呼ぶといい。呼ばなくても行くけど」
「迷惑な……」
 もう声を荒げる気力もなかった。
「じゃまた、マジカル★ガール」
 そうして黒ウサギは煙と消えた。痕跡も残さず。
 夢だったかと一瞬考えがよぎったが、握りこぶしの中の感触がそれをうち消す。
 手を開くと、昨日受け取った金色の指輪が相変わらず軽薄に輝いていた。
(魔法……力)
「いらないよ、そんなもん」
 呟いて、それを側溝に捨てようとした――


……手を止める。
(それと、わたしの弱さ……か) 
「次回はこうはいかないからね、フランク」
 年齢不相応な苦い笑いを浮かべ、アリサは指輪をポケットに滑り込ませた。

おしまい
あるいはつづく

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