And others 3

Contributor/影冥さん
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外伝 魔法少女ヘレナ



「うう……どうして私はこんな所にいるのかしら……」
 あたし――ヘレナ・ウォールマンは足元で戯れるペンギンを撫でながら呟いた。ペンギンは不思議そうにあたしを見上げている。
「君には魔法少女の素質がある」
 ペンギンの一羽が言った。長い二本の耳が風に揺れている――耳?
「どうしてこんな所にウサギがいるのよ。しかもタキシード着て」
「僕の名前はオード。オード・フォートル」
 オードと名乗るその黒ウサギは自己紹介すると、優雅に一礼した。鉛色に近い青い瞳を細める。妙に楽しそうな表情だ。
「……幻覚ね。喋ってるし」
 あたしは頭を軽く振るとペンギンを抱き上げた。嫌がっているようだが我慢してもらおう。なにしろここはとても寒いのだ。  
「北極に人間がペンギンを抱いて立っていることは現実と言えるのかい?」
「……幻覚のくせに生意気ね」
 あたしは着込んだ毛皮の中に数羽のペンギンを収納しながら黒ウサギをにらみつけた。
 新発見。ペンギンは思ったよりも暖かい。
「幻覚ではないよ。君がかっぱらった船でここに来たようにね」
「失礼ね。ちょっと借りただけじゃない」
「その挙句難破して、ペンギンを抱える者の言葉とは思えないな」
「あんまり失礼なことを言うと焼いて喰うわよ」
 あたしの言葉に黒ウサギは楽しそうに笑った。
「窮地に陥ってもその心の余裕。素晴らしいね」
「なんなのよ、アンタは」
「魔法の王国の民だよ」
「はぁ?」
 やっぱり幻覚か。
「信じていないようだね……よし、それならこうしよう」
 黒ウサギの姿が消え、いつのまにかそこには肩まである黒髪を冷たい風に揺らす、男の人が立っていた。微笑むその姿はモデルを連想させるような、洗練された姿だ。
「……やっぱり幻覚ね。ウサギが突然人間になるなんて、夢か幻以外には説明なんてつかないわ」
 あたしの言葉にその人は苦笑しながら髪を押さえた。ウサギの時と同じ色の瞳を細める。
「それなら、これでどうだい?」
「え?」
 気が付くと、あたしはその人の腕に包まれていた。あたしの腕から落ちたペンギンが騒ぐ。
「な、なにを――」
「今、君の感じているぬくもりは、幻だと思うかい?」
 その人があたしの耳元で囁いた。暖かい吐息が耳朶をくすぐる。すべてを包み込むような抱きしめ方に、あたしは安らぎを感じていた。
「だからって、信じられるわけないじゃない」
 あたしはぼそぼそと言った。我ながら情けないが、相手の顔を見れない。熱を持った顔を見られないように、つい、俯いてしまう。
「信じて欲しい。信じてくれないと――大変なことになる」
 突然厳しくなった声に、あたしは顔をあげた。重めの青い瞳は、あたしの背後を見ている。
「! な、なに、あれ?」
 振り向いたあたしの視界に、異様なものが飛び込んだ。
 蝙蝠の翼を持った――ミミズ。……ミミズ?
「下位の悪『孤独』だ」
「『孤独』?」
「人間の深層心理に存在する悪意が具現化したんだ」
「悪意が具現化?」 
「質問はあとだ。来る!」
 ミミズとは思えないほどの勢いであたしたちのほうに飛んできた。咄嗟に二人そろって伏せる。
 いつのまにかペンギンがいなくなっていた。野生の勘で逃げたのだろう。
「予想よりも早かったな……」
 大きく旋回して戻ってこようとするミミズを見ながら男の人が呟いた。
「どうするの?」
「……君が戦うんだ。ヘレナ」
「は?」
 何を言っているんだろう、この人は。それにどうしてあたしの名前を知っているんだろう? あたしは混乱していた。
「指輪を出して、ヘレナ」
 その言葉に、あたしは無意識の内に指輪を取り出していた。子供向けの玩具の古ぼけた指輪だ。
「ちゃんと持っていてくれたんだね。ヘレナ」
 指輪の裏側には細かい文字が彫られている。『オードからヘレナに。再会を誓って』……オード?
「あなた、あのオードなの?」
 あたしの頭の中には、断片的に昔の光景が浮かんでいた。笑う黒髪の少年。照れる黒髪の少年。怒ったふりをする黒髪の少年――
「思い出したみたいだね」
 男の人――オードは、嬉しそうに笑った。それからすぐに鋭い表情になり、あたしを抱きしめたまま横に跳ぶ。一瞬あとにミミズが通り抜けた。
「ホントに、魔法使いだったの?」
「まあね」
 あたしは子供のときにオードに会っていた。
「ヘレナ」
「なに、オード?」
「君にも手伝って欲しい」
 あたしは迷わず肯いていた。オードなら――信じられる。
「指輪を握って、僕の言うことを繰り返すんだ」
「わかった」
 ミミズの突撃を避ける。
「古き記憶に封じられし門よ」
「古き記憶に封じられし門よ」
 オードがミミズに向かって走り出した。握り締めた拳が光に包まれている。
 あたしの脳裏に何かが閃きつつあった。
「未来の鍵を持つ者が命じる」
「未来の鍵を持つ者が命じる」
 オードの一撃が、突撃しようとしていたミミズを弾き飛ばした。
 あたしの声がオードのそれと重なった。
「「開けっ! 自由の名のもとにっ!」」  
 あたしは、解放の呪文を知っていた。昔のオードを思い出すのと同じように、呪文を思い出していた。
 指輪を握った手が純白の光に包まれる。その光が消えたとき、指輪は消え、青い石のはまった銀の腕輪を身につけていた。
「君なら戦える! フェイ・ヘレナ!」
 あたしが念じると、あたしの背中に真紅の翼が現われる。自分では見えなくても、わかる。
「不浄なるモノを焼きつくせっ! 紅蓮の翼!」
 翼によって巻き起こされる風が、炎となり、ミミズを襲った。オードには、普通の風のように過ぎ去るだけだ。
「暗きの空気を吹き飛ばせ! 疾風の翼!」
 翼の色が灰色に変わり、風を巻き起こした。だけど、その風が空高くまで運ぶのはミミズだけだ。
「浄化の輝き! 光輝の翼!」
 翼が純白に染まり、その風はミミズの体をゆっくりと消滅させていく。炎によって動きの鈍くなっていたミミズは、抵抗できずに消滅した。 
「ご苦労様。ヘレナ」
 笑顔のオードがあたしのところまで走ってきた。二人とも、怪我はない。
「まだよ」
「え?」
「このまま飛んで帰りましょ」
 翼の色が空を思わせる青になる。あらゆる束縛から逃れる自由の翼だ。
「あ、それならこっちの方がいいね」
 オードはそう言うと、黒ウサギの姿になった。
「……やっぱり、最初から夢じゃなかったのね」
「まあね」
 オードはそう言って笑った。


 こうして、あたしは旅のパートナーと出会った。……ううん。再会した。
 彼とならもっと様々なものを見ることができるだろう。
 魔法少女というのも、面白そうだし、ね。

END

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