And others 24
その日は朝から雨だった。 この季節に降るそれは、容赦なく人々から体温を奪っていく。 男は、寒さに肩を震わせ、視線を上げた。 そこは街外れにある集合墓地だった。 見渡す限り広がる墓石と、葉の落ちた木々。 彼――シック・ブレイムスの父もまた、ここに眠っているのだ。 |
ふと、シックの視界に見慣れた姿が映った。 見れば、その人は大量の木材を担いでいる。 一体何に使うんだろう…そう思っていると、あちらも気づいたらしく、こちらに歩み寄って来た。 「よぉ」 「こんにちは、ウェッソンさん」 ウェッソンが担いでいた木材を下ろす。 かなりの量を運んでいたはずだけど、息一つ上がっていないのは流石だな、と、シックは素直に思った。 軽く挨拶を交わし、二人墓石の前に並んだ。 「こんなところで会うのも珍しいですね。…今日はどうして?」 「ん…いや、近くを通りかかったんでな。たまたまだ。お前は?」 聞かれてシックは少し困った顔をして、 「僕も似たようなもんです。親方…父さんに、近況の報告を」 そう、言った。 「父さん、か…」 そう呟き、ウェッソンはパイプを取り出しつつ聞いた。 「爺さんが生きてる頃、そう呼んだことは?」 シックはハッとしたような顔をした後、寂しげに笑って、 「…一度も」 静かに首を振った。 「そう、か」 パイプから煙が立ち昇る。 何とも言えない沈黙。 それを打ち破るように、シックが言葉を紡ぎ出す。 「ウェッソンさんには、本当に感謝しています。あなたのおかげで、僕はあの人の弟子に…息子になれた。…生きてくる事が出来た」 そう言うシックを見て、ウェッソンは少し驚いて、 「俺はきっかけを作っただけさ。ここまで歩んでこれたのは、間違いなくお前の力だよ」 「それでも…やっぱり、あなたは僕の恩人です」 そう言って微笑む彼に、ウェッソンは何かを言おうとして…そして止めた。 雨は静かに木々を濡らし、雨粒が傘を叩く音だけが響き渡る。 「…あれから、もう7年も経つんですね…」 どこか遠くを見つめるような目で、シックはそう呟いた。 「そんなに経つのか。通りで最近、テムズの奴に攻撃される度に体が悲鳴を上げるわけだ」 不意に出された名前に赤面するシックに笑みをこぼしつつ、ウェッソンもまた視線を上げた。 そうして見えるのは、広がる石の原。 二人が思い出すのは、今は遠い過去。 血と硝煙に塗れた、遠い記憶―― どさっ その音と共に、そこは戦場でなくなった。 そこかしこに出来た焼け跡と、屍の山。 その中に彼はいた。 この赤黒い世界の中で一人血に濡れることなく、しかしその手は何者よりも血に濡れている。 それが後に死神と呼ばれる男、ウェッソン・ブラウニングだった。 彼の目に映るのは、ただただ虚ろな世界。 そうして彼は、課せられた仕事を終えたのだった。 無駄の無い動きでホルスターに銃をしまう。 今回の作戦は、敵に占領された街の開放が目的だった。 …そのはずだった。 結果的に、本部は街ごと敵を殲滅することを選び、そしてその通りになった。 ――あの爆発の嵐の中、自分が生き残れたのは奇跡だな そう思いながら、彼は近くの瓦礫に腰掛けた。 そして空を見上げる。 陽は見えない。 重たく広がった黒い雲は、直に雨を降らせるだろう。 「そうなればいい。…そうすれば、街に広がった火も消える」 そう、呟いた時だった。 背後の廃墟から、人の気配を感じた。 ――敵はさっきの奴で最後だったはずだ そう思いつつ、再び銃を構え歩み寄って行く。 廃墟に踏み入る。 天井は崩れ、暗い空が中からでも見える。 まず目に入ってきたのはカウンター。 その上には山積みされた鍋、そして銃器の整備に使われていたであろう品々。 さらに奥に大きな炉があることから、どうやら元は鍛冶屋か何かだったらしい。 その、火が消えた炉の中から、小さな息遣いが聞こえてくる。 気配の元は、どうやらそこらしい。 静かに近寄り、そうして銃を突き出し言い放った。 「動くな!」 果たして、そこには確かに人がいた。 だがそれは彼が思っていたような敵ではなく―― ――震える両手で銃を構えた少年だった。 銃を向け合う二人の少年。 …と、ウェッソンが口を開いた。 「お前…それ、弾入ってないだろ」 「え!? あ…! どど、どうしよう…」 そうして慌てる少年を見て、ウェッソンは溜息一つついた後、銃を下げた。 それを見てなお、少年はまだ彼を警戒している。 「お前は? ここの子か?」 「…でした。父さんも母さんも、殺されちゃいましたから」 そう語る少年の顔は、やはり暗い。 死神は、何も語らない。 「あなたは、僕を殺すんですか?」 そう聞く少年に対し、彼は、 「さぁな。それは……お前次第だ」 こう、答えた。 そしてそれが、彼らの出会い。 ブラウニングを継ぐものと、鋼を継ぐもの。 |
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天はその出会いを憂いだのか、はたまた祝福したのか。 静かに、雨が降り出した。 それはきまぐれか、或いは罪への償いか。 その後ウェッソンは、少年に一人の男を紹介した。 まだお前に生きるつもりがあるのなら、その人に会え、と。 さらにこうも言った。 「生きる気が無いならそう言え。…俺が殺してやる」 そして少年は出会う事になる。 『鋼』の二つ名を持つその鍛冶師に。 その男に弟子入りしたその時から、彼の人生は再び始まるのだ。 「雨、止んできましたね」 「ああ、そうだな」 そうして見上げた空からは、光が差し込んできていた。 思いを馳せた時の中に、何を見出したのか。 彼らの表情は、何を想ってのものなのか。 それは誰にもわからない。 「さて、と。俺は帰るが、お前はどうする? ついでに寄ってくか?」 「えっ!? い、今からですか!?…どどど、どうしよう…行きたいのは山々なんですけど、心の準備が…」 「何に対してだよ…まぁ、丁度人手も足りなかった所だ。いいから来い。テムズの友達が宿を半壊させちまってな―――」 そうして彼らは日常にもどって行く。 それが当たり前であるかのように。 ――それが当たり前であるようにと、願いながら。 END |