And others 2
いつものように鍛冶場に篭って作業をしていると、ウェッソンさんがやってきました。
「あれ? ウェッソンさん。どうしました?」
銃の点検は昨日やったばかりなのに、どうしたんだろう?
僕が答を待っていると、ウェッソンさん顔をしかめて懐から銃を取り出しました。不思議に思ってホルスターを見ると、銃は入っていませんでした。
「どうしたんで…すか、それ」
ウェッソンさんの手の中にある銃はかなりの力を受けたのかその銃身が大きく曲がっていました。一体何があったのだろう?
「いや、ちょっと…な、ごたごたに巻き込まれて…直るか?」
悲痛な面持ちでウェッソンさんが言いました。これほどに辛そうなウェッソンさんを見るのは初めてのことです。僕は銃を受け取ると細かく調べました。
「…なんとかなると思います。任せてください!」
僕は自信を持って答えました。普通の鍛冶屋なら無理と言うところでしょうが、僕には親方から受け継いだ技があります。できないことはありません。
「そうか! 助かる!」
嬉しそうにいうウェッソンさんに僕は笑顔を見せました。普段からお世話になっているウェッソンさんに恩返しができるのが嬉しかったからです。
「ウェッソンさん。それじゃあ、直るまでこれを使ってください」
ぼくはカウンターの中から一丁の銃を取り出しました。ウェブリーと同型ですがほんの少しの軽量化と引き金や撃鉄の動きを良くした一品です。見習い時代に親方が「銃の
適性を上げたいい銃だ」と褒めてくれた銃でした。
「いいのか?」
「はい。いざというときのために銃は持っておいたほうがいいでしょう? ウェッソンさんの相棒が直るまでの間はそれで我慢してください」
「…軽いが使いやすそうだ。良い銃だな。助かる」
ウェッソンさんはそう言ってから「頼んだ」と言って慌しく出て行きました。なにか他にも用事があったのでしょう。
僕はさっそくウェッソンさんの銃の修理に取り掛かることにしました。まずは完全に分解する所から始めました。…まあ、そうしないと打ち直すこともできません。
「これは…」
僕は銃のグリップの場所に文字が刻まれているのを見つけました。そこには、『銃弾は己の道を切り開く』。そう、ありました。
「親方だ…」
何故だかはわかりませんでしたが、僕はそれが親方の言葉だと思いました。親方がウェッソンさんに諭した言葉だったのでしょう。
僕は親方に説教されるウェッソンさんを想像して、思わず笑い出しそうになりながら釜の中に銃を入れました。
ここからは気を引き締めなければいけません。僕は銃に集中を始めました。
銃の修理は思ったよりも早く終わりました。夜中までかかると思っていましたが、夕方に終わったのです。
「届けた方がいいかな?」
少しの間迷いましたが、届けることにしました。ウェッソンさんはパブに宿をとっているはずですからついでに夕食にするつもりでした。
今日は一週間ぶりに外に出ました。よほどのことがない限りは食事を乾燥肉で済ましているので外に出ることはまれでした。
「確か、フロンティアパブっていう所だったな…」
僕がフロンティアパブに着いたのはすっかり日が暮れてからのことでした。そう、滅多に外に出ないので迷ってしまったのです。
喧騒と明かりの洩れる入り口から、パブの中に入りました。
「いらっしゃいませー!」
…僕は天使を見てしまいました。釜の中の炎に風を送り込んだときのように鮮やかな赤髪を踊らせ、鉄と鉄が打ち合わされるよりも麗しい声は酔っ払いの喧騒をものともし
ない強さと涼やかさを持っていました。
「あ。あ…」
声をかけようとしたのですが何もいえません。それほどまでに圧倒されてしまいました。
「おう、修理は終わったのか?」
突然かけられた声に僕の意識は現実に戻りました。慌てて肯きをかえします。
「そうか。あ、っと、今受け取るわけにも行かないな…晩飯はまだか?」
「は、はい」
「それなら俺が奢ってやる。何か食っていくといい」
普段なら、ウェッソンさんに迷惑をかけるわけにもいかないので断りますが今日は違います。ここには天使がいます。
「それじゃあ、遠慮なく」
「ああ。…テムズ! 食事を作ってくれ! 俺の奢りだ」
「あ、うん、わかった!」
天使の名前はテムズさんというそうです。その麗しい声にぼくの心が旅立ってしまいそうになりますが、全精神を以てつなぎとめました。平静を装って空いていたカウンター席に座ります。視線はテムズさんから離れていなかったので、何人かの足を踏んでしまったようですがそんなことは気になりません。
「それじゃあ、しばらく寛いでいてくれ」
ウェッソンさんはそう言うと忙しそうに喧騒の中に飛び込みました。僕はそれに一拍遅れて肯きましたが、誰も気にしていないようです。僕も気にしていませんでした。
「はい、お待たせ。お酒はエールでいい?」
「は、はい。もちろん――」
貴女が勧めるならどんなものでも、と続けようとして慌てて言葉を止め、頭を激しく縦に振りました。こんな高潔な方に口説くようなせりふなんて間違っても口にできません。それ以前に言うほどの勇気が僕にはありません。
かの天使は僕の様子に少し驚いたようですが、すぐにクスリと笑って杯にエールを満たしてくれました。もっともその笑顔に僕はもう十分に酔ってしまっていましたが。
それから閉店するまで僕は天使を眺めて過ごしました。たまに思い出したように杯に口をつけ、料理を口に運びます。もっとも僕には味わう余裕なんてありませんでしたが。
「またせてすまなかったな」
僕の目は、テーブルの上の後片付けをする天使に向けられていましたが、慌ててウェッソンさんを見ます。
「あ、いえ。――どうぞ」
僕が持ってきた銃をウェッソンさんに渡すと、ウェッソンさんは鋭い目つきで点検を始めます。
「どう、ですか?」
僕は、親方に出来を見てもらっていたときのように緊張して聞きました。ウェッソンさんは無言で点検を続けます。
「……良い出来だ。流石だな」
ウェッソンさんはにやりと笑って言いました。それから、僕の渡した銃をホルスターから抜いて差し出します。
「こいつのおかげで助かった。今日は助けてもらいっぱなしだったな」
「ウェッソンさんに受けた恩に比べればこれぐらい……」
「そうか」
ウェッソンさんは嬉しそうに笑いました。
「あら、珍しく素直に笑ってるわね、ウェッソン」
その時、思いもよらないことがおきました。天使がこちらにやって来たのです。
「俺はいつでも素直だよ。…紹介がまだだったな。この物騒なのはテムズ。この店の店主だ」
「誰が物騒なのよ」
「……誰かそんなことを言ったか?」
「……まあいいわ」
天使は微笑むと僕を見ました。……僕を見た? そう、目が合ったのです!
「ウェッソンが前に言っていた鍛冶屋さんね?」
「は、はい」
このときに声が裏返らなかったのはまさに奇跡でした。まさか天使が僕のことを知っていようとは! このときの僕の心は力いっぱい振り下ろした槌とその反動のように激しく震えていました。
「よくわかったな?」
「入ってきたときにウェッソンが何か話していたでしょ? それに特徴も言ってたじゃない。それでなんとなくね」
あまりの感動にもう言葉に表すことなど出来ません。気が付いたときには立ち上がり、頭を下げて言っていました。
「それじゃあ、僕はそろそろ帰ります。ご馳走様でした」
「ん、そうか。じゃあ、またな」
「また来てね」
「は、はい」
僕はふらふらと出口に向かいました。背後ではウェッソンさんと天使がなにやら話をしているのが耳に入ってきます。
「そういえば、サリーはまだかしら?」
「遅くなるようなら泊まると言っていたからな。今日はじいさんの所に泊まるんだろう」
「そう。それじゃあ、サリーの代わりに洗い物お願いね」
「なに? ちょっと待て――」
「それじゃあ、お休み♪」
やっぱり天使の声は心に響くなぁ。
それから、夜空に天使の姿を思い浮かべ、ふらふらと家に帰りました。
この日から、外に出ることもまれだった僕がフロンティアパブの常連になるなんて、この時は思いもしませんでした。
ああ、天使の君――
END
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