And others 11(Part 1)
雨の中僕は歩く。
あの宿を求めて。
そして僕は宿のトタン扉をゆっくりと開いた。
仄暗い闇の中に彼はいた。
辺りを見回すが、彼以外誰もいないようだった。
彼女がいないのは救いだった。それだけが、唯一の救いだ。
「久しぶりですね」
僕の言葉に彼は応えない。
雨音が辺りを包み、静寂と言う名の檻の中に僕等は閉じこめられる。
その静寂を破るように雷鳴が轟いた。
でも、僕等は何も変わらない。
「一つ聞いていいですか?」
僕は宿に入らず、雨に濡れたまま言った。
全身を雨水が伝い、体から熱を奪っていく。
そして雨音が僕から現実感を奪う。
けれど彼だけは幻想に包まれることなく、闇の中で俯いていた。
僕は、返事を聞かずに質問をした。
「死神って知ってますか?」
雷鳴が轟いた。
でも、僕は何もせず、ただ立ちつくすのみ。そして、彼は力無い笑みを浮かべ、呟いた。
「さぁな」
そう言って銃口が僕に向けられた。
僕は何も言わずその銃口を見つめた。
そして、雷鳴が轟いた。
誰もが疲れた顔をしていた。
一つの焚き火を囲み、数人の男女達が黙って対峙していた。
皆なにも喋らず、じっと炎を見ている。
僕は外を見てみる。相変わらずの吹雪で何も見えない。
そして周りを見回した。
まず僕の隣にいるのが黒髪の片眼鏡をした青年と、黒髪のストレートの美女の組み合わせ。
その向こう、僕の正面にいるのはカウボーイハットをした老人とフードを被った顔の見えない男。顔は見えないが、声からしておそらく青年だろう。いや、フードというよりは魔法使いのローブのようなマントと一体化したモノを着ている。時代錯誤もいいところだが、とっても洒落ていると僕は思う。
そして、僕の隣にはやけに髭の濃い男と目つきの悪い男が毛布にくるまって震えていた。当然だろうつい先程まで吹雪の中を彷徨っていたのだから。
バラバラの組み合わせの男女達が一つの洞窟に集う。それは何故か。それは氷の魔女に誘われたから。
何処までも続く白銀のカーテンが僕等をこの洞窟から出ることを許してくれないのだ。
きっと氷の魔女は僕等を帰したく無いのだろう。決まっている。美女は寂しがり屋なものだからだ。
「寒くねぇのか?」
髭面の男が聞いてくる。
「ええ、慣れてますから」
僕は笑いながら応える。男は納得しなかったようだが、それ以上追求する気にもなれずに黙り込んだ。不審がるのも無理はない。この雪山を越えるのに僕はギターと食糧をわずかしか持ってきていないからだ。 服装も山を登るにしては薄い。
だが、何よりも異彩を放っているのは僕の目の前にいる老人だろう。その腰には大口径の大型の銃を二丁ぶら下げ、恐ろしいまでの殺気を辺りに放っている。まるで戦場にいるかのような緊張を全身から発散しているのだ。
おかげで恐くておちおち眠ることもできない。もっとも、一度眠れば氷の魔女の口づけと共に僕の弱い体は簡単にあの世に行ってしまうだろう。
と、薪がばちっと跳ねた。
思わず髭面の男達がびくりと肩を震わせるが、他の誰も動揺しなかった。
特に、僕の隣にいるクールビューティは大したものだ。眉一つ動かずに、ただじっと炎を見ている。もしかしたら、彼女は本当に氷の魔女なのかもしれない。美女が持つ威厳と貫禄と、美しさを兼ね備えている。
逆に、その横にいる片眼鏡の男はどこかおどおどして落ち着きの無い気がする。だが、薪の爆ぜる音には動揺していなかった。それよりも遭難しているという事実の方が恐いのだろう。
「……その辛気くせぇツラはなんとかならないのかジーさんよ?」
沈黙に耐えきれなくなったのかひげ面の男が話しかける。
が、老人がギロリと睨むと男は直ぐさま沈黙した。
全くもって険悪な雰囲気だ。
取り敢えず、僕のことを紹介しておこう。
僕の名はアリスト=P=サンクェスト=フェルディール。限りなき愛の歌い手であり、"最後"の吟遊詩人だ。
「……なんか珍しいギターね」
美女が話しかけてくる。
「特注品さ。母の形見でね。そんじょそこらの楽器には負けないよ」
僕は笑って応える。ややシミの入った艶やかな茶色に輝く表面を軽く叩きながら僕は続けた。
「歌おうかい? 今ならタダで歌って上げるよ」
軽くウインクする。
「へぇ、こんな時に歌う曲なんかあるんだ」
やや呆れた声で彼女は聞いてくる。
「どんな時だって人は歌うことが出来る。だからこそ生きていけるのさ。君の名前は?」
「誘ってるつもり? 残念だけど軽い男はお断りなの」
彼女は長い足を組み替えながら軽く髪を掻き上げる。
「そんな気はないさ。ただ、リクエストもなければ歌う気にもならなくてね。それとも自分の名前が嫌いなのかい?」
すると彼女は軽く微笑んで美しい唇から言葉を紡ぎだした。
「ヘレナよ。彼はオード」
「よろしく」
美女――ヘレナの声にあわせて青年――オードも礼をする。
「僕はアリスト。よろしく」
そう言って軽くギターを弾いて礼を返した。
そして、そのまま僕は歌い出した。
OPEN YOUR EYES (目を開いてごらん)
DON`T CLOSE YOUR EYES (決して閉じないで)
YOU CAN MEET ANOTHER WORLD (違う世界に出会えるから)
THAT ONE IS PHANTASY (それは幻想)
THAT ONE IS A BEAUTIFUL, UNLIMITED AND TRANSIENT (それは美しく、果てしなく、そして儚い)
SOMEBODY FORGET IT (誰もが忘れている)
NEVERTHELESS SOMEBODY KNEW IT (みんな知っていたのに)
DON`T WANNA FOTGET IT (忘れたくない)
DON`T WANNA BREAK IT (壊したくない)
DON`T WANNA MISS IT (見逃したくない)
BECAUSE I LOVE BEAUTIFUL PHANTASY (私は美しき幻想を愛しているから)
I JUST LOVE PHANTASY (私はただ幻想を愛しているだけ)
I KNOW MARVELOUS OF PHANTASY (私は幻想の素晴らしさを知っている)
BELIVE IN PHANTASY (幻想を信じて欲しい)
BELIVE IN POSSIBILITY OF ONE (その可能性を信じて欲しい)
I`M NOT INTERESTING,IF IT IS DREAM (それが夢だろうと私には関係ない)
THERE IS PHANTASY IN THE WORLD (ファンタジーはそこにあるのだから)
最初に拍手をくれたのは意外にも老人だった。そして彼に誘われるように洞窟にいる全員が拍手をくれる。
「いい歌だね」
フードを被った青年が話しかけてくる。相変わらず顔は見えないが、笑ってくれているようだ。
「ありがとう」
僕は素直に礼を言う。
「君の旋律はその場全てに染み渡るような透明感と優しさがある。そうだよね、パパ」
その言葉に老人と青年を除く全員がぎょっとする。が、老人はふんっと鼻を鳴らすとそのまま頷いた。
「悪くはない」
老人から放たれる殺気もやや薄れ、みんなほっとする。
「ごめんね。パパはちょっと無愛想なんだ」
「ちょっと……ねぇ?」
フードの青年の言葉にヘレナは首を傾げ、オードに目で問いかける。それに対してオードは軽く肩をすくめるだけだ。
「なんでもいい、とっとと吹雪はやまねえのか」
やや場が和み、気が抜けたのか髭面の男が愚痴を漏らす。
「さぁ? この吹雪だとレンジャーも捜索隊を出せないだろうね。自分が遭難するヘマは起こさないだろう」
「ちっ、面倒なことになったもんだ」
それまで黙っていた目つきの悪い男も不平を漏らす。
「こんな所で足止めとはな」
「そう言えば、この山に登ることをちゃんと麓のレンジャーか宿に言って置いた?」
ヘレナが思い出したように言う。僕は意味が分から無くて問う。
「なんで?」
「少なくとも、そうでもしておかないと、私達が山に登ったことを誰も知らないことになるのよ。つまり、何も言ってないなら麓のレンジャー達はまさか吹雪の日に誰か登山したとは思わず、捜索隊を一切ださないってコトよ」
「成る程」
「知らないの?」
素直に感心する僕に彼女は呆れた顔をする。
「僕は野宿しかしないんでね」
「何故?」
「金がないからね」
僕がそう言うと彼女はまた不審げな視線を寄せてくる。
「あなたほどの技量が有れば一流の音楽家としてやっていけるんじゃないの?」
「僕の家は代々自然派でね」
そう言って僕は大きく手を広げる。
「大地の暖かさに微笑み、風の囁きをきき、太陽の輝きを受け、水の流れに涼を感じる。それが生きるということさ」
「へぇ」
意外に彼女は変な顔をせず素直に感心した。
「意外に驚かないんだね」
「ええ、これでも世界中を飛び回ってるのよ」
そう言って彼女はウインクする。それはぞっとするほど美しかった。
「で、結局、誰か連絡をしてる? 実は私達は急いでて宿とかに立ち寄らなかったのよ」
すると髭面の男も肩をすくめて首を横に振る。
「残念だな。俺達も野暮用でな。直ぐに登って降りて来るつもりだったんだが……この様だ」
そして僕が正面の老人を見ると、隣にいるフードの青年が首を振った。
「そういえばさ、」
フードの青年は思い出したように言う。
「今日麓の街で二人組の強盗が入ったんだって」
その言葉に全員に緊張が走る。
「残念ながら捜査網をかいくぐって逃げてしまったらしいんだけど……この季節に馬鹿みたいに山を登れば、警察の目をかいくぐれると思わない?」
全員が押し黙り、ちらちらと老人を盗み見た。
樹すらうち倒しそうな銃を二丁もぶら下げ、人を殺しそうな鋭い目つき。そして顔を見せない、やけに落ち着いたフードの青年。
やや冷や汗が僕の頬を伝う。
だが、僕の隣にいる目つきの悪い男と髭面の男も人相だけで言えば充分強盗だ。
そして、隣のカップル。昔から美女には悪女が多い。充分あり得る。
それぞれが疑心暗鬼の視線を絡ませあいながら何も話さなくなる。
せっかく歌って和んだのにこの様だ。
「やれやれ、悲しいナァ。きっとこの吹雪は山の神様の怒りだね」
僕はわざとらしく大きな声で言う。すると目つきの悪い男が眉をひそめて言う。
「神様だと?」
「ああ、この山にいる神様が不届き者がきたのに怒って吹雪を起こしたのさ」
「神様ってのはこんな土地にいるもんじゃねぇだろ。イエっさんの崇める神様ただ一人がみてんだろうが」
彼は意外に熱心なクリスチャンらしい。だが、残念ながら僕はクリスチャンじゃない。
「昔、そう、遙か昔は世界の各地に、森に、山に、川に、全ての何かに精霊がいると信じられていた。そう、この山にいるのは神と言うよりは精霊だね。いや、いると思われているのは……だけどね」
「へぇ、そら知らなかった。けどそんなものいるはずがねーよ」
目つきの悪い男は鼻で笑う。
「信じるか信じないかは個人の自由さ。でも、いた方が幻想的で美しいじゃない?」
僕は肩をすくめつつ笑う。
「詩人様はそうやって幻想に逃げやがる。現実感がねェ証拠だ。遭難してるのにびびってないと思ってたら、現実を見てないだけじゃねェか。下手したら俺達ゃ明日死体になってんだぜ?」
髭面の男がイライラをぶつけるように叫ぶ。さっさとこんな所から出たいらしい。
「さて、誰だと思う?」
面白がるようにフードの青年が言う。それに対して老人は一言。
「全て殺せば問題ない」
恐ろしい覇気を持ってその老人は周りをなめ回すように見つめた。
その言葉に反応するようにヘレナはちらりとオードに目配せする。が、オードは首を振って肩をすくめる。
「まだ分からないよ」
髭男と目つきの悪い男を見ると歯ぎしりをして周りを落ち着かない目を見ていた。
ついに緊張に絶えられなくなり、髭男は立ち上がり叫んだ。
「ったく、さっきから聞いてたらなんなんだあんたは? さっきから危ないことばっかり言いやがって! 何がしてぇんだ!」
その言葉にヘレナが口笛を軽く吹く。
「意外に勇気有るわね」
「恐くて普通言えないね」
ヘレナの言葉にオードが同意する。
「茶化すんじゃねェ!」
「ああ、マジで行こうではないか」
老人は手に持っていた石を軽く握りつぶすとゆっくりと立ち上がり、髭面の男に対峙した。
「始めよう、殺し合いを」
にやりと笑って老人は手をコキコキと動かす。
「……へ、へっ! 銃使いに力なんか関係ぇねぇ! お、お、脅してもムダだぜ!」
髭面は明らかに怯えながら叫んだ。しかし、老人は笑みを崩さずに言う。
「強き力がなければ威力のデカい銃がつかえんぞ……抜け。それで全てが分かる」
そして再び恐ろしいまでの殺気が辺りに充満する。
が、その殺気をさらりと受け流し、老人の隣にいるフードの青年は立ち上がった。
「残念ながら僕の前で殺しはさせないよ、パパ」
「面白い……お前との決着を同時につけようか」
老人はにやりと笑い、上着を跳ね上げる。そして下につり下げられた3本の銃が周りに晒される。大口径の銃が二丁と、何故か火縄銃らしきものが一丁。
ゆらゆらと上着が揺れる。おそらく上着が服に付く前に老人は銃を取り、引き金を引くだろう。
張りつめた緊張の中、全ての時が硬直する。
そんな中ただ老人とフードの青年だけが止まった時間を超越し、動き出す。
と、そこで突風が吹き、洞窟内が白銀の風によって覆われる。
「……オード!」
「ああ、やっぱり……!」
「くっそ、戦いの邪……!」
「どの道僕が……!」
「なんだこいつは!」
途切れ途切れにみんなの困惑する声が白き世界を越えて聞こえてくる。
そして突風が僕の体を弾き飛ばした。浮遊感と疾走感に揺さぶられながら僕は穏やかに言った。
「僕は君に会いに来た。さあ、僕を導け……我が名はプリス。アリスト=プリス=サンクェスト=フェルディール。最後の継承者なり」
そして白濁とした世界を越えて、僕は……。
「ここは?」
突風にはじき出されたさいに体をあちこちぶつけたせいか、彼女――ヘレナは体の節々を押さえながら聞いてくる。
僕の視線に気付いたのか、彼女は立ち上がり、軽く手を挙げて平気よ、と言った。
「洞窟の奥に飛ばされたみたい。他のみんなとはバラバラみたいだね」
彼女は頷くと、ゆっくりと髪を掻き上げながらぞくっとする程の色気を出しつつ断定する。
「やっぱり、『彼』がそうだったみたいね」
「うん、急がないと」
が、彼女はふと立ち止まる。
「どうしたの?」
「オード……私達は正しいことをしているのかしらね?」
突然の言葉に僕は戸惑う。
「彼の歌……とても綺麗だった」
そう言って彼女は目を閉じ、軽く拳を胸に当てた。
「……正しい、とは断定できない。でも、間違いじゃないと思う。彼も、僕もね」
「そう……行きましょ」
僅かな時間をおいて彼女はうなずき、そして歩き出した。彼女には、いや、僕には背負うモノがある。だから、止まることは出来ない。それが、正しくないとしても、だ。
そうして僕達は洞窟の奥へと向かった。
白銀が抜けた世界。その中心にいるのは黒光りする棒と、それに交錯する一つの銃。そして、青年と、老人だ。老人は風が収まると同時に、体を回転させ、相手を弾き、左手で抜きはなったもう一つの銃で相手の心臓へと銃口を向ける。だが、引き金を引くよりも早く老人は身を引いた。僅かに遅れて銀光が老人の手があった位置を通り過ぎる。
さらに続けざまに左右から来る銀光と漆黒をそれぞれの手にある銃身で老人は受け止めた。
「……まだ斬れないか」
青年は呟く。
「当たり前じゃ。シングル・アクション・アーミー……世界で最も血に飢えた銃よ」
ニヤリと笑って老人は飛び退いた。それと同時に青年も飛び退き、それぞれの武器を収める。
「大分気が高ぶってるね」
青年の腰には黒光りする一本の棒があった。それは全てを斬り裂く「刀」と言う東洋の武器だ。
「ああ、久しぶりにあの若造に会いに行くからの」
老人はそう言って自分の手首を見た。数条の古い斬傷があり、その上にまた2本新しい斬傷が出来ていた。
「お前も馬鹿なヤツよのぉ。腕ではなく、ワシを殺すつもりで斬り込んでくれば良いモノを」
「ははは、そんなことしたら僕はパパを殺すことになる」
笑いながら青年は恐ろしいことをいとも簡単に言う。やはり、この親子はどこかピントがズレている。
「はん、お主ごときに殺されるワシで無いわい! 殺せるモノなら殺してみんか!」
「僕にそんなつもりはないよ。さっさとその両腕を切断して隠居させてあげるさ」
「ふん、戦場で死んだ方がよっぽどマシじゃ。相変わらずお前は酷いヤツじゃ」
そう言って老人は洞窟の奥を見た。
「他の奴等は弾き飛ばされたようだの」
「うん、踏ん張りのきかない人達だね」
肩をすくめながら青年は応える。
「しかし、小物しかいないと思ったら意外や意外、とんだ化け物も紛れ込んどるようじゃ」
ニヤリと老人は笑い、髭をさすった。
「ま、どんな化け物でも、僕に斬れないモノはないよ」
ばさぁっと、彼の被っていたフード付きのマントが取り除かれる。
その下にはぞっとするほどの優男が、しかしどこか血の臭いのする男が立っていた。
「そう、この風雅・カトマンドゥ・スミスを倒せるのは死神を置いて他にない」
彼は立っていた。この世のモノでは無い何かのような。
そう、たとえるならば……悪魔のような笑みを浮かべて。
つづく
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