ENTRANCE Radio Drama
(BGM:なんか暢気な春っぽいもの。) (SE[鳥の声]:チュンチュン) 春の陽が暖かい。今日もとてもいい天気だ。 この俺――ウェッソン・ブラウニングは酒場の入り口付近でぽかぽかと暖かい春の日差しに囲まれて惰眠をむさぼっていた。 平穏無事で結構けっこう。 穏やかな事はいい事だ。 何も起こらない日々がつまらないとか面白くないとか言う人間は多いがそれはとても幸せな人間の言う事だ。実際に日常から踏み外した生活をしたことある人間からしたらそれは暇つぶしがしたいだけの贅沢な人間の戯れ言でしかない。 故に、こうやってぼーっと出来る俺は今幸せを満喫している最中という訳だ。 (SE[お腹の音]:ぐきゅ〜〜) ま、貧乏なのが玉に瑕だが。 (SE[お腹の音]:ぐきゅ〜〜 ぐきゅきゅ〜〜ん) いい加減なにか仕事でも見つけた方がいいのかも知れない。 今日は宿の店主であるテムズが朝からハイスクール時代の友人と久しぶりに遊びに行っている。夕方には帰ってくるそうだが、おかげで昼食を出してくれる人間が居ない。 全く――客に対するサービスがなってない。それでもここは宿屋か。 「…………」 (SE[お腹の音]:ぐきゅ〜〜) よくよく考えれば宿代なんぞついぞ払った事がなかった。むしろ、タダで居候させてくれてるお情けに感謝すべきだろう。 まぁ、今日くらい昼飯を抜いたとて支障あるまい。どうせ、今日一日こうしてのんびりと惰眠をむさぼるだけなのだから。 だが、そんな俺の淡い期待を裏切るかのようにそいつはやってきた。 (SE[室外の足音]:ダッダッダッダッダッダッ) (SE[スイングドアの開く音]:キィィ……ガタン!) (SE[室内の足音]:ダッダッダッ) サリー 「ウェッソン事件ですよぉ! 探偵の出番ですぅ!」 あいかわらず騒々しい奴だ。扉を叩いて現れたのは鹿討ち帽を被り、眼鏡を掛けた金髪藍眼の少女。俺と同じくこのフロンティア・パブの居候だ。取りあえず、俺はこいつの保護者って事になってる。 しかし、当の本人はそんな事を気にせず、俺の事を探偵助手程度にしか思ってないらしい。 そう、なんとこの年端もいかぬ十六の少女はこの年にして探偵という仕事をこなしているのである……と本人は公言している。 ……まあ、笑わず温かい眼でみてやってくれ。本人は本人で乗り気なんだ。 ウェッソン 「……そうか。大いに頑張ってくれ。俺は寝る」 サリー 「さぁーいきますよぅ! ウェッソン!」 無視かよ。 サリー 「今こそ助手の力を見せる時ですぅ!」 お前の力じゃないのかよ。 サリー 「ともかくゴーゴー! 善は急げ! 事件は今週のうちに解決ですぅ!」 自己完結型の意味不明な論理によって俺はサリーに首根っこを捕まれ引きずられていく。全く……どっからこんな力が湧いてくるのか。事件を前にした彼女はまさに水を得た魚のように活き活きとしている。 そんな彼女に引きずられつつ ウェッソン 「あぁ、今日も平和だなぁ……」 と思う俺だった。 タイトル:ウェッソンの憂鬱 〜WESSONISM〜 サリー 「うー、事件て聞いてたのにぃぃ。がっかりですぅ」 ウェッソン 「いいじゃないか、腹もふくれたし」 満腹なのはいい事だ。心が満たされる。ネルソンの爺さんの雑用を手伝ったら昼食をごちそうになったのだ。持つべきモノはコネクションだってことをつくづく思い知らされる。その点、サリーはかなりの幸せ者だろう。 サリー 「あ〜〜〜〜! なんか事件でも起きませんかねぇ〜〜」 探偵が世の混乱を願ってどうする。 ウェッソン 「いいか、探偵とか警察なんてものは困った時に必要とされるもんだ。お前が大活躍出来る世の中なんてきっと暮らしにくいぞ? 今こうしてのんびり過ごせるのは沢山の人達が頑張って平和にしてくれたからだ。俺たち凡人はその人達にあやかってのーんびり過ごせばいいのさ。世の中、探偵とか、英雄とか、怪盗とかが失業するくらいが丁度いいんだよ」 サリー 「う〜〜〜〜〜〜〜」 今思えば、これが前ふりだったのかも知れない。 サリー 「あー、ウェッソン! 手品師ですよぅ!」 ウェッソン 「大道芸人とは珍しいなぁ」 大通りのど真ん中で何を間違ったのかタキシードを着て仮面をした手品師がトランプを操っていた。仮面のせいで顔は分からないが、見事な体つきからはっきりと分かる。女である。女のみで大道芸人とははなはだ恐れ入る。技術は確かなようでサリーもすぐに夢中になってきゃっきゃきゃっ喜んでいる。 ああ、今日は平和に暮らせそうだ。 そんな中事件は起きた。 (BGM[不穏な曲]:開始) (SE[悲鳴]:キャーーーーーー) ゴロツキ「へっへっへっ、熱烈なアンコールにお答えしてやってきたぜ!」 「よーよー嬢ちゃんよー ここは俺らのシマなんで通行料を払ってもらわねぇとなぁ」 「ちなみに俺はストレートのジョン」「俺は正拳突きのジョンソン」「俺はマッスグパンチのジョーン」 「余りの個性的な顔ぶれに声もでねぇみてぇだなぁ」 (BGM[不穏な曲]:終了) (SE[殴り音]:ゴス ゴス ゴス ゴス ゴス) ウェッソン 「……たく。俺の平穏を脅かしやがって」 ふっと、路地裏の奥から大通りを見る。サリーは手品に夢中で気付いてないらしい。よかった。よかった。サリーにばれたらまた変に大騒ぎに拡大されるところだった。 じゃ、お嬢さん。もう二度と裏路地なんか歩くなよ。 サリー 「あれ? なんかさっき変な音がしたような?」 ウェッソン 「気のせいだろ。ひれより見てみろ。あいつ口から次々とトランプを出してるぜ」 サリー 「うわぁ! ホントですぅ〜!」 (BGM[不穏な曲]:開始) (SE[悲鳴]:キャーーーーーー) ゴロツキ(?) 「どうやらこれまでの様だな。X202」 X202 「くっ……まだだ。まだ終わらない」 ゴロツキ(?) 「さぁ、返して貰おうか。君の盗み出した組織の構成員リストを」 X202 「させない! この英国は必ず我々が護ってみせる!」 ゴロツキ(?) 「やれやれ。では私の真の姿を……」 (BGM[不穏な曲]:終了) (SE[殴り音]:ゴス ゴス ゴス ゴス ゴス) ウェッソン 「……はぁ……はぁ。どこの誰だか知らんがこんな所で国家転覆を狙わんでくれ」 蜘蛛の着ぐるみを着た男を蹴飛ばしながら俺は言った。 X202 「あ、ありがとうございます! どうかこの国を救うために力を…… ウェッソン 「悪いが興味がない。とっとと他の場所に行ってくれ」 しがみつこうとする男を振り払い、俺はその場から逃走した。 サリー 「あれ? なんでイライラしてるんですかぁ?」 ウェッソン 「いや、公衆トイレがやたら混雑してただけだ。気にするな。それより見ろ。今、片眼鏡掛けた相方の人が一瞬で片眼鏡掛けたウサギに変わったぞ」 サリー 「うわぁ! ホントですぅ〜!」 全く……最近の路地裏はどうなってんだ。大通りの裏で国家転覆イベントとかしないでくれ。 まあ、こういう事はそうそうないだろうし、これで今日はゆっくり出来るはず。 (SE[悲鳴]:キャーーーーーー) ……これはイジメか。 (BGM[不穏な曲]:開始) 「じゃんじゃーん♪ 手下一号くぅぅん。もう逃げられんでちゅゅゅゅ。世界征服のためにその機械を渡して貰ぉぉぉかぁぁぁぁ」 「く、させません。私の命に代えてもこの世界は護って見せます!」 「ざぁぁぁんねぇぇぇぇん。僕チンは聞き分けのない子はだぁぁぁい嫌いなのでちゅ。そんな訳で」 (BGM[不穏な曲]:終了) (SE[殴り音]:ゴス) ウェッソン 「あぁぁぁ、もう……」 「な、なんでちゅか君はいきなり?」 ウェッソン 「国家転覆だか、世界征服高知らんが、よそでやれ!!!」 (SE[殴り音]:ぼっこぉぉぉん) (SE[吹き飛ぶ音]:ぴゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう) 「あ、ありがとう御座います! あなたは世界を救くったのです!」 ウェッソン 「知らん。俺は何も知らん!」 「そう言わずに、何かお礼を……」 ウェッソン 「……じゃ、一つ頼まれてくれ」 サリー 「あれぇ? どーしたんですかぁ? これ」 世界の平和を守ったお礼とかで貰った望遠鏡をしげしげと見つめるサリー。 ウェッソン 「なんかトイレ使用5000人目記念かなんかで貰ったんだ。探偵七つ道具で望遠鏡だけないとか言ってただろ。俺は使わないからやる」 サリー 「わぁ、ありがとうですぅ」 これでしばらくサリーも暇を潰せるだろう。 そして、俺もしばらくは平和に過ごせるってことだ。 サリー 「えへへ。わ〜い♪」 しっかしまぁ、いい気なモンだ。コレ一つで機嫌を直してくれる辺り単純というかなんというか……。 でも、ま、こいつの笑顔を見てるだけでなんか報われた気もする。保護者冥利に尽きるってやつかね。 あーあ、今日は疲れた。 平穏無事が一番。今日は帰ってゆっくり寝よう。 サリー 「あ、UFO」 ウェッソン 「んな訳ないだろう」 (BGM[ドボルザークの新世界か2001年宇宙の旅]:開始) ゴロツキ(?)「ワ・レ・ワ・レ・ハ・ツ・イ・ニ・チ・キュー・ニ・シ・ン・リャ・ク・ス・ル・ト・キ・ガ・キ・タ」 「コ・チ・ラ・ヲ・ミ・テ・ル・バ・ン・ゾ・ク・ガ・イ・マ・ス」 「テ・ハ・ジ・メ・ニ・コ・ノ・マ・チ・カ・ラ・シ・ン・リャ・ク・ス・ル・カ」 この後、何故かこの星を救う羽目になったのは言うまでもない。 END |