Super short 3

Contributor/ねずみのママさん
《BACK

従弟からの手紙

親愛なるフレッド

 夏以来だけど、元気にしているかい? 僕のほうは、指の怪我もようやく完治した。しばらくの間文字をかけなかったのはつらかったけれど、そのぶん頭の中はいろんな話がいっぱいつまってごちゃごちゃになっている。これから書きまくるぞ。
 クリスマスには、おじいさんのところで会えるだろうね? 去年は君が来られなくて、おばあさんも少しさびしそうだったよ。なにしろ君が一番のお気に入りだから。それと、ローラがふくれていたっけ。どうしてフレッドは来ないの? と、いやになるほどしつこく聞かれた。まったくうるさい妹だ。あの子は今年の夏は旅行に行っちゃったから、きみとは一年近く会っていないわけだ。……まあ、つきまとわれることを覚悟してくれ。
 ところで、投稿小説の件。
 探偵事務所の秘書の名前、「サリー・ポッター」にしてもべつにかまわないよ。なんだか、どこかで聞いた魔法使いの名前みたいだとは思ったけど。「ニッキー・ポート」というのはとくに考えなしに適当につけた名前だから、どうでもいいんだが……べつのところで使おうか。犯人の名前とか。すると犯人は女、という話をひとつ考えなきゃな。
 名前は譲歩するけど、赤毛を金髪に変えるのは、ちょっと賛成できない。僕が赤毛が好みだから言っているわけじゃないよ。事務所を乗っ取ろうとしているような悪女には、真っ赤な髪の方が印象が強くていいと思う。金髪のイメージはあわないよ。もういちど考え直してほしい……それに、ほんとうに彼女の名前を借りていいのか? 出番は少なくても、別の、もっとかわいらしい役――たとえば受付の女の子とか――のほうが、差し障りがないんじゃないかと思う。あとで彼女のご機嫌を損ねても、僕は知らないからね。
 ……そういえば、彼女とは、その後どう? 元気で楽しくて素敵な女の子だと君は言ってたけど、もう少しほかに形容のしかたはないのか? 作家志望者がそんな月並みな言葉を使ってちゃだめだよ。
 じつは僕も近々彼女に会えるかもしれない。というのは、勤め先の先輩が来週ロンドンに出張するんだけど、なんと僕を連れて行ってくれるらしいんだ。社員が二人行ってしまうと店のほうがてんてこ舞いになるから、半人前の僕を助手に連れて行って、ロンドンでの用事をなんとか片づけようということだそうだ。なんでもいいや、首都見物ができるなら。そして、せっかく行くからには、なんとしても暇をみつけて例の店……フロンティア・パブを訪ねてみようと思う。君が二十歳にして初めて惚れた女の子というのがどんな人か、ぜひとも一目拝んでおかなくちゃ。それにもうひとりの彼女――赤毛の店主というのにも興味あるし。
 それから、オールドマンさんのところにも挨拶に行くつもりだ。このあいだ、合作小説の草稿を読んでくれて、感想までもらったからね。もらった手紙の文面からすると、オールドマンさんはおじさんが言うほど頑固な人じゃないという印象を僕は持っているんだけど、どうだろうか。
 いずれにしろ、もう少しであの話も完成だ。クリスマス休暇中に最終的な詰めをやって、年明けには清書して出版社に送りたいと思う。忙しいだろうけど、よろしく頼む。
 さて、そういう僕もそろそろ自分の担当分をまとめなくちゃな……。手の怪我とか、仕事のこととかで、ここひと月あまり、手をつけていなかったから。大丈夫、クリスマスまでにはバッチリ終わらせておくよ。
 それじゃ、ロンドンから帰ったらまた手紙を書く。風邪などひかずに元気でいてくれ。

君の相棒 マンフレッド・L・ブライト




親愛なるフレッド

 おととい、ロンドンから帰ってきた。話に聞いていたのより、ずっとずっと凄いところだね、あの街は。僕が見ることができたのはほんの一部分にしかすぎないけれど、それでもいろいろいい経験をした。先輩とはぐれそうになったり、あやうく手荷物を盗まれそうになったり、レストランで注文するときに戸惑ったり、道に迷って妙な路地裏にはいりこんだり……話せばきりがない。ほんの5日間の滞在だったのに、よくもまあいろいろなことが起きたものだ。後述するけど、一生に一度見られるかどうかというすごいものまで見てしまった……。正直、くたびれた。帰ってきてまる一日、何もせずに寝ていたくらいだ。
 それはともかく、オールドマンさんのところも、フロンティア・パブにも寄ってきた。君はおじさんよりも、おじいさん似だね。オールドマンさんは、僕が思ったとおり穏やかな雰囲気の人だった。はじめての訪問だったけど、あたたかく迎えてくれたよ。おばあさんも親切ないい人だ。君は幸せだな。
 でも彼は時折、瞳の奥に鋭い光を宿すことがある。若い頃トレジャー・ハンターだったという話を聞くと、なるほどと思う。見た目よりも頭が切れる、油断のならない人だ。いいかげんな小説など読ませるわけにはいかないぞ。心しておくように。
 来年の夏にでも君と一緒に泊まりに来ないかと言われた。なんだかわからないが、ひょっとして僕は気に入られたのだろうか? まあ、その話はまたの機会にしよう。それより彼女のことだ。
 オールドマンさんが地図を書いてくれたので、フロンティア・パブには迷わずにすぐ着いた。田舎のパブよりもおしゃれな感じの店だね。さすがロンドンだ。赤毛で美人の店主――テムズさんといったっけ――は、おいしい料理をたくさん出してくれた。注文した覚えのないものまであったので、間違いだと思って声をかけたら、作りすぎたので良かったら食べて、と言ってくれた。なんでも泊まり客がひとり帰ってこないので、食事が余ってしまったそうだ。その話の時だけちょっと不機嫌な顔をしていたけど、その他はずっとにこにこしていて、本当に素敵な女性だ。あ、僕が赤毛が好みだから言っているんじゃないよ、念のため。
 店は比較的すいていたので、彼女は僕の話し相手になってくれた。世間話を少ししてから、実は僕はフレデリック・ネルソンの従弟ですと言ったら、彼女はびっくりしたような顔でまじまじと僕を見つめて(少し恥ずかしかったよ)、そういえばどことなく似ているわね、とかなんとか言った。それから、それじゃサリーにも会ってねと言って、奥に引っ込んでいった。
 テムズさんが連れてきた金髪のおさげの子が、君がぞっこんのサリー嬢。なるほどたしかに「元気で楽しくて素敵な女の子」だね。話していると気持ちが明るくなる。しかしまあ、僕ならこう表現するよ。小鳥のように愛らしくて身が軽く、機転のきくお嬢さんだ。見た目より賢い。そして、悪女よりも探偵役にふさわしい。自分で探偵を名乗っているくらいだしね。(意外性を狙うなら、悪女でもいいけどさ)うん、たしかにあまり見かけないタイプの女の子だ。君が気に入ったのもうなずける。
 フレッドは元気にしているかと聞かれた。僕もしばらく会っていないけど、クリスマスに会う予定だ、と話した。サリー嬢は青い目をキラキラさせて、フレッド君がいかにやさしくて親切でかっこよくて文才があっていい人かということを力説し(僕はとうにそんなことは知っているんだけど、せっかくだからいちいち頷いてみせた)……つまり、彼女の方でもまんざらではないんだなと僕は思った次第だ。見通しは明るい。がんばりたまえ。
 そのあと、本当はゆっくりしていきたかったけど、先輩に申し訳ないので引き上げることにした。サリー嬢が、大通りまで送ってくれた。(妬くなよ)そのとき話をしてわかったんだけど、彼女は外国人だったんだね。君は彼女の両親に会うためには、海を渡らなきゃならないわけだ。なんだかスケールの大きな話になってきたな。小説のネタになりそうだ。オールドマンさんに聞いた宝探しの冒険談と混ぜ合わせて、おもしろい物語ができそうな予感がする。クリスマスまでに、アイディアをまとめておく。
 そうそう、ネタといえば、帰る間際にすごいものを見物してしまった。なんと町なかで拳銃の撃ち合いだ! 駅に向かう途中で突然パンパンとなにか弾けるような音が聞こえたので、何事かと思ってうしろを振り向いたら、男がこちらに走ってくるのが見えた。すると先輩がいきなり僕の腕を引っ張って、建物の陰まで引きずっていったんだ。あぶないから隠れていろって。僕はそのときになってもまだ何が起こったのか全然わからなかった。またパンパンと音がして、ようやくそれが拳銃を撃つ音だと気がついた。誘惑に負けて、僕は建物の陰からそっと覗いてみた。男の後ろから数人の制服警官と私服刑事らしいのが追いかけてくる。ということは、男の方は犯罪者だ。止まれ、撃つぞと警察が叫んだときだ。ちょうど僕らのすぐ近くまで走ってきた男は立ち止まって振り返った、かと思うと銃声。男が撃ち返したのだと僕が気がついたのは、警官達がわぁと叫んだあとだった。立ち止まってから撃つまで、一秒の十分の一もなかったと思う。すごい早業だ――彼はすぐに踵を返して走っていってしまったが、そのときいまいましげに呟くのが聞こえた。しつこいやつらだ、まちがいなのに、とか言っていた。追っ手の方を見ると、私服がほかの警官達から遅れて、地面からなにか拾っているのが見えた。それは拳銃だったんだ。逃げた男があんなに離れた距離から――おじいさんの家の玄関から樫の大木までよりももっと距離があったと思うよ――私服刑事の持っていた拳銃を正確に撃ち落としたんだ。ロンドンには、あんな凄腕の連中がざらにいるんだろうか。驚いた、なんてものじゃないね。ショックで、あとから震えが来て止まらなかったよ。おかげで先輩にとても心配をかけてしまった。
 そのあと捕り物がどうなったのかは知らないが、とにかくそれは今回いちばんの大事件で、しかも貴重な経験だった――と思いたい。あの男を推理小説の容疑者のモデルに使いたいな。あんまり頭が良くない脇役のイメージにぴったりだったよ。ちらとしか見えなかったけど、長身で髪が黒くて、目つきの悪いやつだった。強盗殺人でもやりかねないような感じのやつだ。今思いだしても冷や汗が出る。……いったいなにをやらかしたんだろう。それとも男が言ったとおり、間違いで追いかけられていたんだろうか。だとしたら警察が間抜けだということになる。
 長い手紙になってしまった。続きはサセックスで。ローラはなにか特別なクリスマスプレゼントを君のために用意するそうだ。詳しいことは教えてくれないんだけどね。まあ期待しないで待っていてくれ。

スティーブ・キングの片割れ マンフレッド・L・ブライト 


おしまい

《return to H-L-Entrance