Super short 17

contributor/都波さん
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幸せな人々



 今日は大晦日だ。一年の終わりである。
 雪が積もるほど寒い今日は仕事も休みでやることがない。
 という理由で、後はもう来年が来るのを恋ばなの好きな親友と待つだけ、だったんだけど。
「風邪ですね」
 私は朝からかなりの頭痛と目眩に襲われて家からそれほど遠くない診療所に来ていたのでした。
「風邪薬を渡しておくから帰って安静にしておくと良い」
 白衣と眼鏡の医師はそんなお決まり的な台詞を添えて薬を渡し、診察を終える。
 私は医師にお礼を言い、ふらつきながら部屋を出る。どうにも目眩が酷い。
「大丈夫か? あまり辛いようなら診療所のベットが空いているが」
「いえ、大丈夫です、家近いですから」


 帰り際に看護婦にも心配されるほど危うい足どりで家へと向かう。
 風邪と雪の所為だろうか、ものすごく家が遠く感じる。一人暮らしは体調を崩した時大変なんだなぁ。
 帰り道の途中「フロンティア・パブ」の前を通る。店の前では赤毛の店主が雪掻きをしていた。
「こんにちは」
 見るたびに心を穏やかにさせてくれる笑顔で声を掛けられる。
「こんにちは、テムズさん」
「大丈夫? 具合悪そうだけど……」
 どうやら私は相当辛そうな顔をしていたらしく、彼女が私の顔を覗き込んできた。
「平気です、ただの風邪ですから」
「そう? 無理しちゃ駄目よ?」
「はい、それじゃあ、これで」
 本当はもう立ってるのも辛いんだけど心配させたくなかったので足早にその場を後にする。
 つもりだったんだけど。
「あ」
 足をもつれさせた私は間の抜けた声を漏らしながら雪の上にうつ伏せになる。
 雪が冷たさで自分の体温の高さに気づく。なんとも気持ちの良い冷たさだった。
 さっきまで近くにいたはずのテムズさんの声がやたら遠くに聞こえた。










 気が付けばベットの上に横たわっていた。
 自分が倒れたことを思い出す。そんな事はお話の世界だけで十分だろうに。
「そういえばここ、どこだろう」
 妙に恥ずかしくなった私は新たな疑問を浮上させ、自分の醜態を頭の隅に追いやることにした。
 ゆっくりと身を起こし辺りを見る。それほど広くないこの部屋に見覚えはない。
 ベットの他に最低限の家具なども置かれているようだが生活感はあまり感じられなかった。
 次に窓の外を見る。外はもう暗く、雪も止んだようだった。景色が高いことから二階だという事がわかる。
 とりあえず部屋を出ようかと考えていると不意にドアをノックする音が部屋に響いた。
「は、はい」
 反射的に返事をするとドアがゆっくりと開き、見知った赤毛の店主が現れた。
「あ、気がついた?」
「テムズさん……」
 冷静に考えれば彼女の前で倒れたんだから彼女が助けてくれるのは当たり前だ。
 そういえば「フロンティア・パブ」は宿も兼ねていたはずだ、その貸し部屋なのだろうか。
「急に倒れたからびっくりしたわよ、無理するなって言ったじゃない」
「すみません」
 テムズさんの手が額に触れる。なんとなく気恥ずかしい。
 そういえば昔、親にもされたな。
「熱、下がったみたいね」
「はい、おかげさまで」
「でもまだ安静にしてた方が良いわ。夜も遅いし、今日は泊まっていきなさい」
 安心した彼女の顔を見て自分がどれだけ心配を掛けたか実感する。
 申し訳ない気持ちもあるが、心配されて嬉しくない訳でもなかった。
「目が覚めるのが間に合って良かったわね」
 一瞬何のことかわからなかったが下の階にいるのであろう客達のカウントダウンが聞こえて理解する。
 そうか、今日は大晦日だった。
 秒読みの合唱が終わり、歓声と拍手に変わる。
「あけましておめでとう」
「おめでとうございます」
 私はテムズさんと今年の始まりの言葉を交わした。
 とても、幸せな気持ちで。



 その日私の家の前でひっそりと涙する人がいたのを知ったのは二日後、本人に怒鳴られてからだった。




おしまい


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