The another adventure of FRONTIERPUB 55

contributor/哲学さん
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《Pre Story



 街は歓びに満ちていた。
 なにせ、今日は女王陛下の誕生日だ。街行く人々が陛下の生誕何周年を祝い、ここ数日はお祭り騒ぎである。ちなみに、何周年だったかは覚えていない。
 こんなめでたい日に賭け事などするからだろう――神様も罰を与えたに違いない。
 活気づく街の人々とは対照的にカジノから出てきたさえない男――ウェッソン・ブラウニングは深々とため息をついた。
 財布の中にはもう何も残っていない。
 ――神様も女王陛下の誕生日の時くらい大目に見てくれてもいいのに。
 そんな甘えた事を思いつつ、ウェッソンは帰途につくことにした。
 今日はフロンティア・パブもいつもより繁盛するだろうからその手伝いで忙しくなる。とっとと帰るに越したことはない。
 と、そんな彼の背に声がかけられた。
「そんな暗い顔をしてどうした、ブラウニングの」
 瞬間――彼の周囲の空気が一気に下がった。
 ゆっくりと、覚悟を決めて背後に振り向く。
「何をしにきたロートル」
 眼光を鋭くし、目の前の人物を睨む。
「やれやれ、つれないのう。それが世話になった老人にかける言葉かね」
 そこには年相応にヒゲを蓄え、黒いタキシードを着た上から下まで完璧な老紳士がいた。この下町には不相応な貴族のオーラが漂っている。
 彼の名はアンドリュー・J・ペンウッド男爵。そのものずばり英国貴族であり――かつては戦場で名を馳せた「血塗れ紳士」でもある。軍を退役したその後も、彼の腕は鈍っていない。何故ならば――。
 ――声を掛けられるまで気配に気づけなかった。
 相手の技量の高さを改めて思い知らされつつ、ウェッソンは息を呑んだ。
「うるさい。お前に世話になった覚えはない」
 無視して歩き去ろうとウェッソンは背を向ける。
「ほほう、では前回タダで豪華な食事を飲み食い出来たのは誰のおかげだったかなぁ」
「その後、胡椒まみれで一週間寝込んだのは何処の誰だっけなぁ?」
 再び振り返ったウェッソンの瞳が老人の瞳とぶつかり合う。
「まあ、今日はめでたい日だ。ひとまず下らない争いはやめにしよう。今日は陛下のお誕生日だ」
「……そういえばあんたも貴族だったな」
 しがない地方貴族もこの日ばかりは宮殿で催される祝賀パーティに呼び出されたのだろう。
「そろそろ甥に家督を譲るのでな。今宵、あやつを陛下にお目通りしてもらおうと思ってな」
「……あの頼りない男に任せて大丈夫か」
 ――まあ、この老人に任せるよりはマシか。
「でだ。パーティが始まるまでヒマを持て余してな。しばらく私に付き合ってもらえんかね」
「馬鹿馬鹿しい。それこそ自分の甥に頼め」
「ああ、残念ながら甥はさっきジョバンニの倅の所に行ってしまったのだよ。ロンドンの数少ない知り合いの一人らしいからな」
「……誰だ?」
 貴族の名前なんかいちいち覚えていない。いきなりジョバンニなどと言われてもウェッソンにはさっぱりである。
「まあいい。
 そう言えば、馬は得意かね?」
「馬?」
 突然の言葉にウェッソンは首を傾げる。
「競馬だよ。貴族の嗜みだ」
「なんだ、競馬か」
「ああ、お前のような粗野な男には無縁なものかもしれんな」
 何気ない言葉にかちんと来る。全く持ってこの老人は嫌なヤツだ。
「粗野で悪かったな。あいにく今金を切らしているんだ」
「ふむ……なら、自信はあると」
「ああそうさ。今日はカードで負けたが、馬なら簡単に稼げてたさ」
 カードはあくまで運だ。しかし、競馬はどの馬が勝つかを考えればいい。実力のあるものさえ見抜けば後は簡単だ。
 ――やったことはないが、そうに違いない。
「ほほう……ならば特別に金を貸してやろうか。近くに行きつけの競馬場がある」
「ふん、上等だ。利子を付けて返してやる」
 ウェッソンはにやりと笑う。
「ならば、どちらが沢山儲けるか勝負せんか?
 負けた方が相手の言うことを何でも聞くと言うのはどうだろう」
「いいのか、そんな事を言って?」
「なあに、貴族の嗜みという奴だよ。
 それより、この勝負――受ける気はあるのかね?」
 どうやら、積年の恨みを晴らす時がついに来たらしい。
 おまけに競馬ってとても儲かるモノらしい。万馬券でも手に入れれば一躍大金持ちである。
 今まで資金が足りないから挑戦してこなかったが、これはまさに渡りに船である。
 ついに、貧乏生活から脱出し、なおかつこの老人との因縁を決着させる時が来たのだ。
「聞くまでもない。目に物をみせてやろう」
 その時、ウェッソン・ブラウニングはとても悪い顔をしていたという。






放さざるその腕は






「全く、ウェッソンたらどこをほっつき歩いてるのやら」
 フロンティアパブの赤毛の店主――テムズ・コーンウェルはため息をつきながら今夜の準備をしていた。
 毎年この日は陛下の誕生祭にかこつけて飲みに来る客が沢山来る。
 数少ない稼ぎ時の一つだ。今日ばかりはいつもより大目に酒を発注し、今夜に備えている。
 食事の仕込みの量も馬鹿にならない。
 ぶつくさ文句を言いながらテムズが一人でいそいそとキッチンの整備をしていると――。
「事件ですぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
 ばたーん!と扉を勢いよく開けて金髪藍眼の三つ編みの少女が入ってくる。その姿はかの有名な某名探偵の影響が見るからに現れている自称名探偵のサリサタ・ノンテュライトである。
「…………今度は何があったのよ?」
 テムズは作業を止めずに、キッチンを磨きつつ聞いてみる。
「ああ、なんですかぁその態度は!
 なんと!
 なななんと!
 今宵の女王陛下の誕生祭にて公開される『アストンの指輪』を盗むと怪盗から予告状があったのですぅ!」
「……へぇ、って、本当に事件じゃない!」
 思わず手を止めてテムズは声をあげる。
「はいですぅ! しかも予告状はご丁寧に各新聞社に大々的に送られ、正午から宮殿は大騒ぎらしいですぅ」
「大騒ぎねぇ……っていうかアストンの指輪ってなんなの?」
「ふふん、よくぞ聞いてくれました。
 アストンの指輪は女王陛下が即位した際に、ハノーヴァー王国から献上されたとても美しい指輪らしいですぅ。
 ハノーヴァー王国は元来英国の王室が王位を引き継ぐはずでしたが、女帝は認められなかったため、代わりに叔父のカンバーランド公が就任致しました。
 ですが、変わらぬ英国との友好を示すために、ハノーヴァー王国で最高の細工師と言われたアストン・ストンが作り上げた英国の最高の指輪の一つなのですぅ。
 残念ながら、ハノーヴァー王国はもうなくなってしまったのですけどねぇ」
「……あーなんかそんな事を習ったような習わなかったような……」
「と、言う訳でその怪盗を捕まえに言ってくるですぅ!」
 くるりと踵を返し、出て行こうとするサリー。
「……ってちょっとあんた宮廷に入れないでしょ!」
「大丈夫ですぅ! フゥルと待ち伏せして宮殿に入る前に捕まえるですぅ!」
 テムズの制止を聞かず、あっという間にサリーは走り去ってしまった。
「……ま、どうせ警察とか軍隊がいるんだし危ない場所には近寄らせて貰えないか。ま、フゥルくんもサリーよりはしっかりしてるし、そのうち飽きて帰ってくるでしょ」
 テムズは自己完結し、準備を再開した。
 一人でいそいそと今夜の支度を続ける。
 ……続ける。
 …………続ける。
 ………………続ける。
「…………で、ウェッソンはどこをほっつき歩いてるの?」




 夜。
 それは闇の住人達の世界である。
 そこでは昼の世界の常識は通用しない。
 深い闇の中――闇に囚われ、魂を枯れさせ、それでもなお、死ななかった者達だけが自らの道理によって動く事が出来る。
 それは最も近くにありながら、最も遠き一つの別世界。
 その闇の世界に、今宵も新たな魔が現れようとしていた。
「A−4地区、確認完了しました」
「B−7地区、こちらも確認完了しました」
 そこかしこで軍人達の声が響く。
 女王陛下の生誕祭。それは豪華絢爛な宮殿がいつにも増して輝く日。 
 中からは貴族達の笑い声が絶えない。
 しかし、その壁を一枚隔てた外側では軍人達がピリピリと神経を尖らせていた。
「隊長、そろそろ予定時刻です」
「うむ、何か不審な影は?」
「今のところ何も。せいぜい子供が二人侵入しようとしたくらいです」
「で、その子供は?」
「警察のギャラランとかそう言うヤツに引き取られていきました」
「成る程。しかし、ギャラランとは凄い名前だな」
「……いや、ギャルルンだったかもしれません」
「むしろ、ギャララッタかもしれんぞ」
「ギュルルンとかもいいですね」
「…………」
「…………」
「予定時刻まであと何分だ」
「一分を切りました」
「…………」
「…………怪盗は本当に来るんでしょうか」
「まさか。ここは英国の中心だぞ。そんな世界に名だたる大英帝国を敵に回そうとする愚か者なんぞ居る訳が」
 不意に、音が途切れた。
 複数人が会話をしている時に、何故か唐突に全員の会話が途切れることがある。こう言う現象は東洋では「幽霊が通る」と言われ、みんなが黙り込むのは幽霊が通過したせいだ――などと言われたりする。
 しかし、皆が言葉を失ったのはそんな非科学的な理由ではなかった。
 光が消えたのだ。
 いや、外で待機している軍人達のガス灯やランタンはそのままだ。しかし、宮廷の中から一切の光が消えたのだ。
「……なっ。一体何が起きた!!」
「分かりません! 宮廷には何百とロウソクやガス灯があるはず――それが一度に消えるなんて!?」
 軍人達は急いで中へと突入する。
 だが、広大な宮殿を灯すには手持ちのランタンでは余りにも小さすぎた。外から殺到した軍人達は中で警護していた近衛兵達と同士討ちを繰り返し、宮殿の中は騒然とした。
 そんな中――外に残っていた軍人達の中から誰かが声を上げた。
「おい、あそこに誰かいないか」
 声に導かれ、皆は空を見上げる。
 そこにあったのは月。
 夜を満たす巨大な月。
 宮殿内の灯りが失われたためにそれはなお一層輝いて見える。
 その下に三つの影が蠢いていた。
「貴様等何者だ!! 神聖なる宮殿で何をしている!!」
 警備隊長が声を上げる。
 すると月夜に踊るその影はにたりと笑い、眼下の――表の世界の住人を見下ろした。

「誰だ誰だと聞かれたら――名乗って差し上げるのが紳士の努め。
 我こそは神出鬼没の怪盗紳士『アルセイヌ・レパン・ザ・セカンド』!」

 ばばーん!と黒いマントを翻し、仮面の老人が叫ぶ。
 その横には目深に帽子を被る謎のガンマン。

「えーと……なんだっけ……、なんか凄いガンマン、ディメンション・ダイスケ・ツ〜」

 やる気なさげにガンマンが名乗る。

「そして、敵か味方か謎の剣士ゴエモン・ザ・ストーンリバーです。どうぞ、よろしく♪」

 にこりと爽やかにポニーテールの剣士が手を振る。その表情は長い前髪であまり伺えないが笑っていることだけは間違いなかった。
「そんな訳で、アストンの指輪は我々が頂いた!!」
「バカめ! この宮殿から逃げられるとでも思っているのか!」
 天にも届きそうなバリトンが宮廷に響く。
「よい声だ。指揮官としてとても重要な資質だ。しかし――」
 老人はにぃぃ、と心底嬉しそうな笑みを浮かべる。
「逃げるつもりなど毛頭無い。勝手ながら私の通る道を空けさせて貰おう」
 そう言って怪盗は月夜に跳んだ。



「あーあー、あのジジイ真っ向から飛び降りて言ったよ」
 怪盗紳士を名乗ったペンウッド卿はマントを膨らませ、華麗に着地した。
 あっという間に軍人達に包囲されるものの、その手に持つ杖一本で軍人達を薙ぎ払い、包囲網を崩していく。
「……本当にあいつは化け物だな」
 恐るべきはこれだけの乱戦だというのに本人にはかすり傷一つつかず、死者も一人も出していないその実力。本気で相対すれば果たして勝てるかどうか。
「だぁぁぁぁ、ていうか何で俺はこんな所にいるんだ!! 俺が何したって言うんだ!!」
 英国の権威の象徴たるバッキンガム宮殿の屋上でディメンション・ダイスケ・ツ〜ことウェッソン・ブラウニングは頭を抱え、その場に座り込む。
「アンディおじさんから金借りたからだよ」
「うっせーよこんちくしょーが!! つーかなんでまだお前英国にいるんだよ!」
「ふふふふふ。
 やだなー、僕も英国人だよ。アンディおじさんの誕生日のついでに陛下の誕生日も祝いにくるって。あ、パパは帰っちゃったけどね」
 隣で肩をすくめるゴエモン・ザ・ストーンリバーこと風雅・カトマンズ・スミス。彼はウェッソンの元相棒であり――道を違えた旧友である。
「そんな英国人が国にケンカを売るな!!
 だぁぁぁーもぉぉぉー、これで俺はお尋ね者じゃねぇかっ!
 俺は平穏に暮らすつもりだったのにぃぃぃ!」
「ふふふ、心配しなくてもバレなきゃ大丈夫さ」
 本気でジタバタするウェッソンを軽く受け流す風雅。
「テメー、俺はこれでも結構愛国者なんだぞ。女王陛下の為に大戦にも参加したのになんでこんなことせにゃならんのだ!」
「忘れたのかい。これは女王陛下の勅命だよ。失われたハノーヴァーの地にかの指輪を埋葬して欲しい、と」
「なんでこんな大々的に盗まにゃならんのだっ!」
「英国から永遠に指輪が失われたことを内外に知らしめるためさ。
 そうすれば、ハノーヴァー館で一家団欒してるらしい幽霊もきっと成仏するはずさ。
 かの地に眠る幽霊達は陛下の親戚だからね。未だこの世を彷徨う一族の話を聞き、陛下も胸を痛めているんだよ」
「フハハハハハハハハハハハハハハハ」
 二人が会話している間にも闇夜に老人の哄笑が響く。
「嘘つけよ! あのジジイが暴れたいだけだろ!」
「ふふふ、それもあるけどね」
「…………畜生、いつもお前等は俺の人生を滅茶苦茶にしやがって」
 恐らく、秘密裏に指輪を運んでくれという勅命だったのを陛下に無理矢理、怪盗として盗み、内外にアピールした方がいいとあのジジイが説得したに違いない。
 つーか、貴族達とはみんなあんなものなのだろうか。手引きした貴族や使用人達はノリノリで宮殿中のロウソクやガス灯を消したし――大丈夫なのかこの国は。
 帽子の上から額に手を当て、ウェッソンは泣きたい気持ちになった。
 女王陛下も『捕まっても私はあなた達を助けることが出来ませんよ』と言っていたし、失敗はゆるされない。
 そもそも、全部馬のせいだ。馬が悪い。
 あそこで……あそこでなんで四番に抜かれたんだ。下馬評ではお前が一番だったじゃないか。何故あそこで頑張らなかったんだ。期待には応えろよ。
 そんな後悔に苛まれあたふたとするウェッソンを見てぽつりと風雅は言った。
「相変わらずウェッソンは面白いね」
「相変わらずお前は酷いヤツだな! ホントに!!」
 泣き叫ぶウェッソン。もう本当に泣くしかない。
 と、二人は突如としてその場を飛び退く。
 遅れて銃弾が二人のいた場所を通過した。
「さぁて、僕等もそろそろ逃げなきゃね」
「くっそ、俺は絶対に逃げ切ってやる!!」
 二人は同時にその場を飛び降りた。



 暗闇の中の逃走劇が始まる。
 漆黒の世界に光など不要だ。彷徨う光は地獄へ誘う鬼火でしかない。
 銃声が聞こえ、ランタンは次々と打ち砕かれていく。
 その間隙を二つの影が通り過ぎていった。
ドサドサドサ
 すれ違い様に、兵士達が倒れていく。
 闇を駆ける二つの影はまさに死神と悪魔の様に思われた。
 死神は光を奪う。
 これ以上惑わぬように。
 悪魔は命を奪わない。
 苦しみだけをそこに。
 死神と悪魔のワルツが宮殿を駆けめぐり、闇を深めていく。
 気がつけば彼らは宮殿を脱出していた。
「腕は鈍ってないようだね」
「……誰のせいだ!」
 裏通りを駆けつつ、悪魔と死神は言葉を交わす。
「くっそ……俺はただ生きるためだけに戦ってきた。
 なのにお前達は無駄な戦いを俺に要求する」
 昔もそうだった。
 ただ、生きることだけを考え、死なないために戦ってきた。 
 なのに彼らは何故こんなにも自分を巻き込むのか。
「第一、お前は戦いが嫌いなくせに――」
「ああ嫌いさ。僕は大嫌いだよ」
 いつしか二人は廃ビルの階段を駆け上っていた。足音が裏路地に響く。

かつーんかつーんかつーん

「戦いなんてなくなればいいと思ってる。
 ずっと僕はそう思っている」
「じゃあなんでこんな事をする?
 なんであのジジイと手を切らない。
 どこかで静かに暮らせばいいじゃねえか」

かつーんかつーんかつーん

「僕が戦わなければ、別の誰かが代わりに傷つくだけさ」
「今日の戦いなんか全くの無意味だろう!」

かつーんかつーんかつーん

「逆だよ。彼らのふぬけっぷりを見ただろう。
 僕もアンディおじさんも一度も鞘から刀を抜いてない。
 長らく戦いを経験していない軍隊は力を急速に失いつつある。
 この一件で軍の体制が見直されることになるだろうね」

かつん

「力があれば――また新しい戦いが増えるんじゃないのか」
「力がなければ――また誰かが傷つくんじゃないかな?」

 死神と悪魔は互いに睨み合う。
「風雅、お前は矛盾している」
「それは君もだよ、ウェッソン。誰もが矛盾している。答えなんてどこにもない」
 風の音がやけに大きく聞こえた。
 月に雲がかかり、世界から光が失われていく。
 闇が、深まっていく。
「俺はお前が分からない」
「うん。僕も君が分からない。
 そして、僕等はそれでいいんだと思うよ」
 もはやそこに影はなく、ただただ暗闇だけが――。
「一つだけ言っておく」
 カチリ、と金属音が風をかき消した。
「どうぞ」
 柔らかな声が、周囲の温度を下げた。
「――あの子には手を出すな」
 張りつめた闇が周囲を押し潰さんとこれでもかと重くのしかかる。
 永遠ですら短いほどの長い瞬間が通り過ぎていく。
 やがて闇を裂いたのは余りにも軽い吐息だった。
「ぷっ」
 その吐息はいとも簡単に闇を振り払った。
 厚い雲が取り除かれ、再び空が月の光で満たされていく。
「なーにがおかしい?」
「ははは。君は本当に――」
「あぁん? 一体な……」
「――分かったよ。約束しよう」
 男ですら虜にしそうな柔らかな笑みでもって悪魔は応えた。
「さぁ、アンディおじさんが待っている。行くよ、ディメンション・ダイスケ・ツ〜」
「うっせーよ、このゴエモン・ザ・ストーンリバーが」
 額に皺を寄せ――結局二人はそれ以上話すことなく廃ビルの屋上へと向かった。



「――遅かったな」
 マントをはためかせ、タキシードの怪盗が呟く。
「お前みたいな化け物と一緒にするなこのクソジジイ」
 ウェッソンは悪態をつきつつ帽子を被りなおした。
「なんにしても、これでお前に借りた借金もチャラだ。帰らせて貰うぞ」
 手をひらひらと振り、もう沢山だとウェッソンはアピールする。
 そんな彼に老怪盗紳士はコホン、とため息一つ。
「ふむ。しかし、ものは相談なのだが――」
「なんだ?」
「これを機に私も倫敦で本格的に怪盗をしようかと――」
「ばっかじゃねーの!」
「あ、いいツッコミだね」
「お前等が突っ込み所満載なんだよ!!」
「やれやれ、こやつ段々昔に戻ってないか」
「ですよね、心なしか若返ってる気がしますよ」
「ほっほっほっ、羨ましいのーう。わしゃぁぁ〜も〜すっかり老け込んでしまったから〜怪盗として活躍して〜若返らないとのう〜」
「正規軍をたった一人で蹴散らしておきながら何言ってんだこのクソジジイ!
 あーもー! シリアスなのかギャグなのかはっきりしやがれ!
 お前等は! 俺に! どうして欲しいんだ! この今畜生がっ! がっ! がっ!」
 その場で地団駄を踏み、かなり大人げない反応をするウェッソン。
 すると、きりりと表情を引き締め、老紳士はすっと右手を差し出した。
「私と共に立派な怪盗として生きていかないか」
「おことわりだっ!!!」
 パァッンと差し出された手を弾く。
「変わったハイタッチだね」
「ちげぇよ!」
 ぜーはーぜーはーと息を荒げ、ウェッソンは肩を落とす。
 こんな人外どもにはとてもじゃないがこれ以上付き合っていられない。
 とっとと帰ろう。黙って出てきたからテムズも怒ってるだろう。
「ともかく俺は帰るぞ」
 そうしてウェッソンが背を向けて帰ろうとしたその時――。


「ち ょ っ と 待 っ た ぁ ぁ ぁ で す ぅ ぅ ぅ 〜 」


 月夜を切り裂く場違いな少女の声が屋上に響き渡った。
 三人が同時に向かいのビルを見た。
 まず最初に見えたのは指。

「この世に悪がある限り!」

 月に向かって高らかに伸ばされた人差し指。

「世界の謎をズバズバズバリと解き明かして解決する超絶探偵の出番が来てしまうのですぅ!」
  
それがすっ、と腕ごと振り下ろされ、びしぃっ、と三人の怪盗達に突き付けられる。

「女王陛下の宮殿を騒がせ、国軍を擾乱し、王室の秘宝を奪った悪党さん達ども!」

 月を背にしてキラキラとブロンドのお下げが輝いていた。

「例え、月の精霊さんが見逃しても、その悪事、今此処でおしまいですぅ!」

 月の光に照らされて、何故かキラりん、と眼鏡が闇夜に瞬いた。

「何故ならば――この美少女名探偵サリーが来てしまったからなのですぅ!……なのですぅ……なのですぅ」

どぉぉぉっん!!



 何故か背後で爆発が起き、びしぃっと決めた自称美少女名探偵ことサリーはあわあわと倒れかけ、隣にいたボロ布の少年――フゥルがそれを支えた。
 そして、即座に振り向き、後ろに声をかける。
「ちょっとー、ギャラハンさん、火薬の量が多すぎですよぉー」
「えーでも、登場シーンはこれくらい派手じゃないとー」
「サリー、ホントにこれが犯人逮捕に繋がるのか」
「何言ってるんですかフゥル! 探偵は爆音と共に登場しないといけないってこないだ知り合いの怪盗さんに言われたから間違いないですぅ!」
「……知り合いの怪盗て何だ?」
「なんか、お嬢さんには燃えも必要だとか言ってたですぅ」
 そんなやりとりをする向かいのビルを見てウェッソンは唖然としていた。
 頭が混乱する。
 ――何故。何故サリーがこんな所にいる? よりにもよって! このクソジジイと悪魔の居る時に!!
「ややや、これはこれは探偵のお嬢さん、お久しぶりです」
 老怪盗が声を上げる。
「あー、あなたは先月の時の怪盗レパン・ザ・セカンド――!!」
 サリーは今更の如く声をあげる。
「おいおい気付いてなかったのか」
「あれぇ、でもディメンション・ダイスケさんがちっちゃくなってますよぉ?」
「え、あれ、いや、その……」
 帽子を目深に被り直しつつ、ウェッソンは返答に詰まる。さすがにこれではバレてしまうんじゃないだろうか。
「ああ、彼は引退して息子に仕事を譲ったのだよ」
「あ、そうなんですかぁ。どうも、よろしく息子さん!」
 老怪盗の言葉にサリーはびしぃ、と右手を挙げて挨拶してくる。
「えーと、どうもよろしく」
 顔を引きつらせつつ、ウェッソンは手を挙げて挨拶を返した。
「しかし、お嬢さんと助手だけで我らを止められると思いかな? 名探偵サリー」
 ばさぁ、とマントを翻し、ポーズを決める老怪盗。
「ふっふっふっ……甘いですよぅ。今回はなんと、ギャラハンさんとその愉快な仲間達があなた達を包囲しています!!」
「いやっふー!!!」
「いぇーい!!」
「ひゃっはー!!」
「名探偵サリー最高ーー!!」
 ミーハー集団の如く周囲のビルの屋上にずらりと一斉に警官達が現れる。
「ふふん! 上司が謹慎喰らっててどうでもいい所を警備しててヒマだったらしいので、手伝っちゃってもらいましたー!」
「手伝っちゃいましたー、あははー」
 えへん、とふんぞり返るサリーの隣でギャラハンがあははーとふぬけた笑みを浮かべる。
 周囲にいる警官達は「いいぞー!」「サリーちゃん最高ー!」「ドンドンパフパフー!」とか騒いでいる。
 そんな警官達を見て思わずウェッソンは目を覆った。
「面白い人達だね」
「……ああ、そうだな」
 相棒の言葉に疲れたように言葉を返す。
 ――ああ、レドウェイトのヤツが苦労する訳だ。
 今度飲みに行ったときは優しくしてやろう。そう、心に決めたウェッソンだった。
「……あれ? あのディメンション・ダイスケってウェッソンさんに似てない?」
ビクッッ
 ギャラハンの言葉にウェッソンは固まる。
「あ、ハハーハ、ナニヲイッテルノカナ? ミーノドコガ?」
「そうですよぅ、全然似てないですぅ」
「全くだ。そんなんだからいつも減棒喰らうんだぜ?」
「ほんとギャラハンは馬鹿だなぁ」
「マジダメだぜ」
「ちょ、お前等! よく見ろよ! 絶対に似てるって!」
「はいはい、分かりました」
 ギャラハンが必死に主張するも、普段からアテにならない行動をしているせいか誰も彼の言葉を聞いていないようだった。
 ――よかった、相手が無能で。
 と、胸をなで下ろしていると視線を感じた。
 ちらりとそちらを見るとフゥルがじっとウェッソンの事を見ている。
「…………」

じー

「…………」

じー

「…………」

じー

「…………」

ぷいっ

 何故かフゥルは気まずそうに視線を逸らした。
 ――気付いてる。
 ――絶対に気付いてる!!
 体中から脂汗をダラダラと流すウェッソン。心臓が張り裂けそうなほどバクバクと稼働している。
 だが、幸い彼はこのことを話すつもりはないようだ。
 ――ああよかった、話の分かる子で。っていうか、なんで俺はこんなことやってんだ。

「 と ー も ー か ー く ! ! 」

 似てる、似てないでケンカし始めた警官達の間をサリーの澄んだ声が通り抜ける。
「ここで会ったが百年目! 怪盗さん達のお縄を頂戴ですぅ!」
『おーーう!!』
 サリーの号令下の元、警官達が一斉に殺到する。
 これだけの人数ならば捕まえるのも容易い――はずだった。
 しかし、仮にも宮殿に忍び込み、そこから脱出してきた凄腕の怪盗三人である。
 訓練された軍隊よりも更に劣る警官達など相手ではなかった。
タタタタァン
 銃声と共にこちらを狙っていた銃が六つ弾き落とされる。
 そして、近づいてきた警官達は杖と鞘によってあっさりと地面に叩き伏せられた。
「では、これにて失礼!」
 ひょい、と老怪盗はサリーのいるビルに飛び移り、そのままサリーの横を通り過ぎていく。
「あ、待つですぅ!」
「じゃ、僕も失礼っと」
 風雅も飛び移り、そのまま彼女の横を通り過ぎる。
「逃がしません!」
 サリーは咄嗟に風雅に飛びかかる。
 しかし、風雅はひょい、と軽やかに彼女のタックルをかわした。
 そしてサリーはビルとビルの狭間に吸い込まれていき――。
「サリーー!!」
 気がつけば飛び出していた。
 ウェッソンは右手を伸ばし、彼女に向かって跳躍する。
 右手で彼女の手を掴み、そして左手は屋上を――掴めないっ!?
 身体が重力を感じ、落下していくのを感じる。
 しかし、それを押しとどめんと手が伸ばされた。
「フゥルっ!?」
 彼は両手でウェッソンの腕を掴み、なんとか引き上げようとする。
 しかし、所詮少年の腕では大人一人子供一人を引き上げるだけの力はない。
「んくっ……」
 歯を食いしばり、力を込めるがこればかりは根性でどうにかなるものではない。
 むしろ、ずるずるとフゥルの方がウェッソン達に引きずられ、ビルの屋上からずり落ちそうだ。
「フゥル! 手を放してください! このままだとあなたまで落ちてしまうですぅ!」
「……いや……だ」
 フゥルはずり落ちていきながらも声を絞り出す。だが、それ以上余裕がないのか言葉を発しない。
 頑なにその場で踏ん張り続けようとする。
「…………フゥル」
 サリーは彼を見つめ――ゆっくりと下を見た。やがて、決意を込めて帽子を目深に被ったウェッソンの方を見た。
「怪盗さん、手を放してください」
 この期に及んで彼女はまだ気付いてないらしい。
「フゥルは大切な友達です。私のせいで死なせる訳にはいきません。
 なぁに、私のことなら大丈夫。一人くらいなら――」
「断る」
「……えっ?」
 思わずサリーは言葉を失う。
「馬鹿なことを言うな。俺は絶対に。絶対にこの手を放さない。どんなことがあっても! たとえ俺がどうなってもお前だけは必ず守る!!」
「……怪盗さん」
 目を瞬かせ、彼女にはしては珍しい心底驚きの表情をみせる。
「なんでですか? どうして! だってあなたは敵じゃないですかぁ!
 手を放さないとあなたも死んじゃうんですよ!」
「うるさい!! 敵とか味方とか関係ない!!!」
 ウェッソンは力を振り絞り、なんとか彼女を引き上げようとする。
「俺は……」
「なんでですか!! いいから放して!」
 全身の力をただ右手に込めて。
「俺は……」
「私ならなんとかしますから! お願いですからっ!! どうして!?」
 全てをただ彼女を救うために!
「俺は……っ!! お前の……」

「若いのう」

 今まさに生命の危機が直面する中、緊張感のない老人の声が割って入る。
 ぎょっとしてみると対岸のビルの屋上から老怪盗や風雅、そして打ち身でへばってる警官達がじっとこちらを見ていた。
「いやー、青春だね」
「ほっほっほっ、私も若い時は凄かったんだぞ」
「ははは、おじさんはプレイボーイだったからね」
「おいおい、あの怪盗、サリーちゃんにほの字みたいだぜ」
「かー、やっぱ可愛いもんなサリーちゃん」
 思い思いに軽口をたたき合い、談笑している。
 よく見たら暗さとサリーが邪魔になって見えなかったが、下の方で警官達がマットを敷いているようだった。三人ならともかく、一人くらいならなんとかなりそうだった。
 つまり――盛り上がっていたのは当人達だけということだ。
 勝手に一人だけ盛り上がって――それをみんなで笑い物にされていたのだ。
 よりにもよって、サリーの前で、あんな恥ずかしい言葉を――!!

ぶちっ

 その時ウェッソンの中で何かが弾けた。
「どーーーーーっ、こーーーーーいっ、せーーーーー!!」
 突如としてウェッソンの中にわき起こった力が普段の何倍もの力を引き出し、サリーを片手で持ち上げ、そのまま屋上の方まで投げ飛ばした。
『おーーーっ!』
「すげー」
「かっけー」
「やりおるわい」
「へー、意外と力持ちだね」
 パチパチと怪盗と警官達が拍手をする。
 そのままウェッソンはビルの壁を蹴り、その反動で自らもビルの屋上に着地した。
 フゥルはそこで力尽きたのかするっと手を放した。
 しかし、彼には何が起こっているのか分かっていないのか目を白黒させて辺りを見回している。
 だが――そんなことはどうでも良かった。
「お――ま――え――ら――」
 カチャリと腰の銃を抜き、ウェッソンは声を絞った。
 その様子に全員が「ん?」と注目する。

「全員そこに直れ!!

 ぶ ち 殺 し て や る !


「ギャー!!」
「逃げろー!!」
「ハハハハ! こいつキレおったわ!」
「ふふふ、彼が切れるのは久しぶりだねー」
「おんどれてめぇら今夜こそ決着をつけてやらぁぁぁ!!!」
 銃声がなり響き、警官と怪盗達は路地の向こうに消えていった。
 後に残ったのはへばって動けないフゥルと――。
「怪盗さん――」
 月に照らされる名探偵。
「あなたは一体……何者なんですぅ」
 問いかけるサリー。
 しかし、その問いに応えるモノは誰もおらず――、ただ月だけが彼女たちを見ていた。








 ――数日後。
「はい、ちゃっちゃと皿を洗う!!」
「勘弁してくれ――ここ数日やけに筋肉痛が酷くてまともに動けないんだ」
 ウェッソン・ブラウニングはテムズの監督の下、皿洗いに終始していた。
「なによそれ! 店の手伝いを手伝ったバツよ! 一週間は全部の皿洗いをウェッソンにしてもらうからね!」
「……くそ、ついてない」
 悪態をついたその時、扉をばたんっと破って少女の声が轟いた。
「事ーーーーー件ですぅーーーーーーーーーーー!!」
 無論、それはフロンティア・パブの自称探偵サリーである。最近の刑事課では一家に一人は欲しいと呼ばれてるとか呼ばれてないとか言われている人気者でもあるらしい。
 そんな言葉を漏らしながら煙草を吸うレドウェイトは――いつにもまして哀愁が漂っていた。それは昨日の話。
 それはともかくとしてサリーは新聞をばっと広げ、テムズとウェッソンに叫ぶ。
「なななんと、数日前にアストンの指輪を盗んで指名手配中の怪盗紳士の一味が第二の犯行予告をしてきたんですぅ!」
ぱりーん
「ちょっと! ウェッソン!」
「ああ、悪い」
 慌てて割れた皿をちりとりで回収するウェッソン。
「っていうか、舌の根も乾かないうちに第二の犯行? その怪盗よっぽど愉快犯なのね」
「全くですぅ! 英国人の風上にもおけないですぅ! それで紳士を名乗るなんて不届き千万もいい所ですぅ!」
「……はは、まったくだ」
 力ない笑みを浮かべつつ、ウェッソンは皿洗いを再開した。
「でも今度は追いかけるのやめときなさい。一回死にかけたんでしょう?」
「いいえ、絶対に捕まえてみせるんですぅ! 名探偵に敗北はゆるされないのですぅ!」
 拳を握り、力説するサリー。その背後からはめらめらと炎が燃え上がっているようだった。
「特に……あのガンマンの人! あの人だけは捕まえないといけません!」
 眼鏡をくいっと挙げて彼女は力説する。
「あらどうして? そんなに酷いやつだったの?」
 するとサリーは顔を左右に振り、彼女にしては珍しく言葉を詰まらせた。
「いえその……ちょっと格好良かったですぅ」
「へっ?」
 ウェッソンは危うくもう一枚皿を割りかけた。
「ちょっと……それはどういうこと?」
 テムズが女性特有のイヤラシイ笑みを浮かべて追求してくる。
「あ、いや、えーと、その……今のはなしです!! なしなし!!
 と、とりあえずです! あの人は私を助けてくれました! だから私の手で捕まえて絶対に正しい道に更正させるんですぅ!」
「へー……ふーん、そうなんだー」
「ちょ、テムズさんなんですかその返事は!? 勘違いしないでくださいよぅ!」
「な〜にが勘違いなのかなぁ?」
「怒りますよぅ!」
 そんな会話を聞きながら、ウェッソンは裏口からゴミを出しに言った。
 でも、何故かその顔はにやついて――。
 裏口の扉を開けるとそこには何故かフゥルが立っていた。
 彼はこちらをじっと見つめた後――。
「……あの時はありがとうございました」
 それだけ言って正面玄関へと向かっていった。いつも通り無感動な言葉なのでその真意は掴めない。
「…………」
 ウェッソンは何も言えず、彼を見送る。
 数秒後、店の方からフゥルの声が聞こえた。
「サリー、今日は十二秒遅れた」
「あ、フゥル! 聞いてくださいよ! テムズさんたら酷いんですよぉ!」
 店の方から賑やかな話し声が聞こえてくる。
 何故かその話し声が遠くの国の出来事のように思えた。
 なんのかんのでテムズと言い合った後、サリーは結局いつも通りフゥルと出かけていったらしい。
 あの少年はあの時の怪盗の正体をばらすだろうか。
 もしそうなったら――。
「……まあいいか」
 ウェッソンはゴミを出し、うんと背伸びをした。
 どうせ、あの少年はそんなことをしないだろう。
 今はただ、いつも通りの日常を過ごすだけだ。
 まあ、サリーにちょっとはいい所をみせられたのであの二人に少しは感謝しても――。
「おお、奇遇だな。ブラウニングの」
 気がつけば何故かゴミ捨て場の側にタキシードの老人が立っていた。
 相変わらず気配がない。
 彼はニコニコとしながら話しかけてくる。
「実はいい話があるのだが――」
「断る」
 そこは譲れなかった。





END


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