The another adventure of FRONTIERPUB 43

Contributor/ハレルヤさん
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空の茜の夕闇に




 年中霧に覆われる街、倫敦(ロンドン)は物騒だ。

 日夜街の何処かで銃声、悲鳴が聞こえる。
 大戦時より平和になったと人々は思っているが。
 まだまだ安心して暮らせるほどでは無い。
 警察も当てには出来まい。
 頼れるのは、自分の力だけ……

 今回はそんな街で暮らす人々の話。





  ドォォン ドォォン ドォォン ドォォン ドォォン

 今日も銃声が止むことは無い。
 人々の喧騒は銃弾によってかき消される。

「何で……こんな事になっちまったんだ……」
 ウェッソンは押し殺すようにつぶやいた。



――ゼッケンナンバー28番 トニー・マッカーポール選手
   80点 75点 60点 65点 80点
   合計360点 暫定4位です――


 今日は“英国一の銃の使い手を決める大会”なのだ。
 そして、なぜウェッソンがここにいるのかを説明しなければならない。
 それは三日前、サリーが読んでいた新聞に端を発する……



 普段より涼しげな静かな朝、サリーとテムズは食卓にいた。
「サリー、ウェッソンは?」
「まだ寝ているみたいですねぇ」
「はぁ……まったく……」
 テムズは深くため息をついた。

「料理ってのはね、愛情を注いで作って――おなかを空かせて待ってる人に――出来たて、ほっかほかを食べてもらう。
 そうやって初めて、本当に“美味しい”って言ってくれるものなのよ。もう一つあるけど……それはいいかな」
 これは確か……探偵として街の調査に夢中になっていて、昼食の時間に帰るのを忘れてしまったサリーにテムズが言った言葉だ。
 テムズは店での料理だけでなく、自分の料理すべてに気をぬかない。食べる人のことを常に想ってこそだろう。
 それ以来サリーは、心から美味しいと言えるように、食事の時間だけは忘れずにパブに戻ってこよう。
 そして間食を減らそう、と心がけるようにした。……あくまで心がけるようにしている。

「それじゃあ、二人で先に食べてよっか」
「はいですぅ」
 三人揃って食事をしたいのはやまやまだが、今は目の前の料理を美味しくいただくことが最優先事項だ。

 いつも通りの美味しい食事も終わり。いつも通りサリーは新聞を読み、テムズは食器を片付ける。
 片付け終わったテムズが椅子に座ろうとしたそのとき、まるで待っていたかのごとくサリーが声を上げた。
「じ、事件です!」
 テムズは、またかという顔で新聞に隠れたサリーに顔を向けた。
「はいはい、今度は何?」
「ちょっと見てください。駅の前で殺人事件が起こったみたいです」
 そう言って、テムズに新聞を渡す。
「最近、そんな事件ばっかりねえ……」
 テムズはパラパラと新聞を一読する。

「ん……?」
 彼女の目と手が止まる、今度はテムズが声を上げた。
「こ、これよ! 私はこれを待っていたんだわ!!」
「え! テムズさんも興味があるんですかぁ!?」
 これまでにない反応にサリーは驚いた。
「違うわよっ、これを見て!」
 新聞の記事を指差しながらサリーに見せる。
「“第二十六回・英国射撃大会”……ですかぁ?」
「そうっ、なんと優勝賞金が五千ポンドよ!」
「でも、沢山の人が参加するんですよぉ。そんなところで優勝するなんて無理ですぅ」

 サリーがそう言ったとき、一人の男が店の奥から出てきた。
「いるじゃない、《溜まりに溜まったツケを持つ》打って付けが」
 テムズは満面の笑みでその男に向かっていく。
 しかし、その瞳に映っていたのは彼ではなく、五千ポンドだった。

「あぁ、おふぁよう」
 まだまだ眠気混じりの男にテムズは言った。
「おはよう♪ ウェッソン、これに出るわよね♪」
 笑顔で新聞を突きつける。
「んあ? 何だこれは。俺の銃はそんなことの為にあるわけ――」
 言葉はそこで途切れた、不思議と息苦しい、汗も噴きだす。
 新聞の陰から、そっとテムズの顔を窺ったが、彼女はただ微笑みを浮かべるのみ。
「でーるわーよねー♪」
「……出させていただきます」
「よろしい♪」
 身の危険を感じたウェッソンは、従順な子犬の様に素直に応じるしかなかった。
 テムズは笑顔のまま立っていたが、そこからは言いようの無い威圧感が漂っていたのである。

(これが、天使のような悪魔の笑顔というやつか……)



「何で……こんな事に……」
 一人ぼやくウェッソン。
「ツケか! ツケのせいなのか!!」
「それとも何か!? これは俺に与えられた試練なのか!?」

――ゼッケンナンバー29番、早くしてください――

「うおっ、俺の番か」
 射撃場に入っていくウェッソン、的からは30ヤードといったところか。
「造作も無いな」
――ゼッケンナンバー29番、どうぞ――

  チャキ ドォン ドォン ドォン ドォン ドォン

 客席から歓声があがる。他の誰よりも速く、正確だった。
――ゼッケンナンバー29番 ウェッソン・ブラウニング選手
   100点 100点 95点 95点 100点
   合計490点 暫定1位です――

「ま、こんなもんだな」
 ウェブリーの銃口に息を吹きかけ、会場のどよめきを背に自分の待機場所へ戻っていった。


 客席で見ていたテムズとサリーも感心していた。
「ははぁ、やっぱりあいつの腕って凄いのねー」
「ウェッソンが狙ったものを外したところ、一度も見たことありませんからぁ」
 胸を張って誇らしげ言うサリー。
「まぁ、頑張ってもらいましょ。あ、飲み物くださーい」
「私はオレンジジュースがいいですぅー」


 それを見ていたウェッソンはつぶやく。
「二人とも呑気なものだな、俺もとっとと終わらせたいぜ」
 今、行なっている射撃は予選。この後八名が本戦に残り覇権を争うのである。
「こんなに沢山集まっているのか、どのくらい待てばいいのやら……」
 会場には競技を控える参加者達がまだ百名ほど残っていた。


  ドォォン ドゥン ドゥゥン ドォン ドーン バーン グシャーン バリーン



――これで、予選は終了いたしました。結果を発表いたします。
   1位、ウェッソン・ブラウニング。2位、ミカン・スター。……
   8位、オール・ニードル。以上の八名が本戦に進むことになります。
   それでは、一時間の休憩の後、本戦を行います――


「さて、一時間……どうするかな……」
 そのとき一人の男がウェッソンに近寄ってきた。
「兄さん、スゲェ腕を持ってるみてぇだが、優勝するのはこの俺様だぜ」
 ウェッソンは男の顔を見るまでも無く、心の中でため息をついた。
(何を根拠に言っているのやら。こういう輩が一番大したこと無いと相場は決まっている)
「へいへい、わかりましたよ。対戦を楽しみに待ってますヨ」
「俺様の美技に酔うがいいぜ。一生忘れないだろうな、ダハハ」
(こういう輩に関わるのは時間の無駄だ、サリーの所にでも行ってくるかな)
 ウェッソンは男の方を一度も向くこと無く、客席に向かっていった。

「ハッ、俺様を恐れやがったな」
 無視に気づかず、男は勝手に意気込む、ウェッソンは見えなくなった。 
「……あっ! 名前を名乗ってねえ!!」


 階段の一番上、客席の一番奥にサリーとテムズは座っていた。
「パクパク。あ、ウェッソン凄かったですぅ。パク。カッコよかったですよぉ。パクパク」
 ポップコーンを食べながらサリーは絶賛した。
「もぐもぐ。頑張って優勝をもぎ取って、ツケを返してね♪」
 たこ焼き片手のテムズもエールを送る。
「いけるところまで、いってみるさ。幸い大した使い手は出場してないみたいだしな。もぐもぐ」
 そう言いながら、テムズのたこ焼きをウェッソンはつまんだ。
「お、美味いなこれ。どこで売ってたんだ?」
 テムズは、ふふっと微笑み、答えた。
「それがね、バルダーさんが屋台を出しているのよ」
 ふと、下を見ると沢山の屋台が並んでいた。
 そして、聞き覚えのある大声でたこ焼きを売っている男も見えた。
「さすが“何でも屋”……といったところか」


――お待たせいたしました。これより“第二十六回・英国射撃大会”本戦を行います――


 控え室に勝ち残った八名が集まる、中には女性もいた。
 ウェッソンは一通り見回して。
「知っている顔は――やはりいないか……まあ好都合だな」

――本戦のルールを説明いたします。予選では“射撃の精密さ”を競ってもらいました。
   が、真の名手というものは“どれだけ速く撃てるか”という事も兼ね備えてなければいけません。
   つまり、“早撃ち”。
   1対1のトーナメントで優勝した者が英国一の腕前を持つものと認められるわけです。
   それでは、対戦表の抽選を行います――

 ウェッソンが引いたのは8番。対戦表に目をやろうとしたそのとき、先程の男がまた近寄ってきた。
「俺様が引いたのは3番だ、せいぜい決勝まで頑張るがいいぜ」
(誰だ?……あぁこの声、さっきの男……だったか)
 早くもウェッソンの記憶の内から存在が消えかかっている男はさらに続ける。
「さっきは言い忘れたが良く覚えておけ! 俺様の名前はジョ――って、いねぇじゃねえか!」

 即刻その場を離れたウェッソンは自分の対戦相手の方に目をやった。
(雰囲気から察するに、なかなかの腕を持っていそうだな)
 対戦相手の男は、目を瞑りながら静かに銃を布で磨いていた。

 そして本戦が始まる。
 どうやらクレー射撃の様に出てくる的をどちらが速く撃てるか、というものらしい。 
<一枚限りの的を二人で散弾銃を使わずに行う早撃ちクレー射撃> 
 といったところか。
 勝負は一瞬、まさに“銃”という物を端的に表す手段だ。


 まずは1番と2番を引いた者から勝負が始まった。
 ウェッソンは他人の勝敗には興味を持たず、会場の裏で一人パイプをふかしていた。
 どうやら本当に一瞬で決着が着くらしい、会場から聞こえてくる音だけでもそれが分かった。
 両者が揃い、開始の合図が鳴った後、会場は静まり返る。
 息の詰まるような沈黙の後、前触れも無くクレーが飛び出してくる。
 熟練された反射神経と技術が備わっていないとクレーに当てることすら難しいだろう。


 やっと……ウェッソンの出番がまわってきた。

――次は、ウェッソン・ブラウニング選手 対 ミカン・スター選手です――

 二人は向かい合い握手を交わした、手の皮の厚い男だとウェッソンは思った。
 その無骨な手に似合わないような微笑で男は言う。
「よろしくお願いします。勝っても負けても恨みっこ無しですよ」
「あぁ、よろしくな」


  ピ――――――――!!

 開始の合図の笛が甲高く鳴り響いた。
 しかし、笛が鳴ったからといってすぐにクレーが出てくるわけではない。
 おそらく一分、しかしそれ以上の時間をそこに居る者は感じただろう、静寂が時の流れをも支配する。
 その静寂の中、いかに集中力を切らさず、精神を研ぎ澄まし素早く反応できるか。
 決して乱れない“心”それもこの勝負には必要なことだろう。
 ウェッソンはホルスターに手を添え、微動だにせず前を見据えていた、相手の男もほぼ同じ姿勢を取っている。

  パシュ

 乾いた音が会場に響いた――と、思うや否や反応する二人。

  ドドォォン

 一瞬早くウェッソンの銃弾が的を射抜いた。
 反応の速さ・銃を抜く速さ・的に照準を合わせる速さ。
 どれを取ってもウェッソンの方が優れていたのが、男には分かった。
 その後、しばらく悔しさが浮かんでいた顔を笑顔に変えて、男は言った。
「なるほど、素晴らしい腕ですね」
 ホルスターにウェブリーを仕舞い、男の方を向く。
「いや、お前も中々のものさ」
「私に勝ったんですから、絶対に優勝してくださいね」
「あぁ、俺には優勝しなければならない理由(わけ)があるからな」

 その後ウェッソンは順当に勝ち上がり、とうとう決勝にまでたどり着いた。


「ついに決勝か……対戦相手は誰だろうか」
 と、言ってるそばから(また)あの(自惚れの強い)男が近寄ってきた。
 もはや雰囲気だけで近づいて来たことを察するウェッソン。
「今度は何だ? 帰りの挨拶でも言――」
 相変わらずソッポを向きながら話す。
「ダッハッハ! やっぱり俺様の対戦相手はお前か」

(!!!)

 ウェッソンの心の中を雷光が貫く。このやられ役を絵に描いたような男が決勝まで勝ち上がって来るなんて。
 心の動揺が顔に表れてしまった、男はそれを見て勢いづく。
「俺様が相手だからってそんなに落ち込むこたぁーねぇさ。すぐに終わらしてやっからよ! ダッハハッ」
 当然ながらそれは勘違いだ。
 どうやって決勝まで勝ち上がってきたのかを考え込んでいるウェッソンに男の声は届かなかった。



――それでは“第二十六回・英国射撃大会”決勝を行います――

 盛り上がる会場。歓声、鳴り物が轟く。

――対戦は、ウェッソン・ブラウニング選手 対 ジョ……………………――
 決勝ともなれば会場の熱気も自然に上がる、誠に残念ながら男の名は喧騒にかき消されてしまった。
――さぁ、栄冠はどちらの手に渡るのでしょうか――

  ドロロロロロロロロルルルルルルルルル………………ジャンッ!!!

 大袈裟なロールの後、会場は静まり返る。
 息をすることも許されないような、そんな冷たい静寂だ。
 開始の合図である笛が鳴るときを、皆固唾を呑んで待っていた。






  ピ――――――――――――――――――――――!!!


「ハッハッハ。見ておけ!! この俺様の美――」

  パシュドォン

 彼は銃口に息を吹きかけ、両腕を横に広げ“やれやれ”といったポーズをとる。
「すぐに終わったな」

――そこまで! 勝者ウェッソン・ブラウニング選手!
   よって“第二十六回・英国射撃大会優勝者”はウェッソン・ブラウニング選手です!!――

 本日一番の歓声が客席から揚がる、その見事な早撃ちに対しての賞賛だった。
「フン……俺達も捨てたもんじゃないな。相棒」
 そう言いつつホルスターにウェブリーを仕舞った。
 声援は止まない、そのまま授賞式に移った。
 そして、ツケ王ウェッソンは優勝賞金五千ポンドを受け取った。
「これで……ついに、ついに……」
 それは希望の光に満ち溢れている、清々しき横顔であった。



 選手も観客もスタッフも全員帰った後。
 敗れた(顔も名前も結局覚えられていない)男は一人取り残され、呆然としていた。

「え……? もう……おわり……?」


 そこに買い物帰りの主婦達が通りかかる。
 なにやら騒がしく口をまくし立てている。
「ねぇ奥さん知ってる? さっきここで何か大会があったらしいのよ」
「あらそうなの? 全然知らなかったわ」
「それでね、出店してた屋台からナント食中毒が出ちゃったらしいのよ」
「あらやあねぇ、まったく食材にはちゃんと気を使って欲しいわ」
「だから、選手の中にも途中で病院に送られちゃった人がいたらしいのよ」
「あらまぁ、その人は災難だったわねぇ」

「ところで、あの人は一人で何をしているのかしら?」





 フロンティア・パブに三人が戻ったときには、もう開店の準備に取り掛からねばならない時間だった。
「ふぅ、今日はどっと疲れたな」
「賞金もドッサリ入ったし、言うこと無しね。ありがとっ、ウェッソン♪」
 賞金袋を頬に当てながらテムズはニコニコ顔だった。
「これでやっと、肩の荷が降りたかな」
 出てきた紅茶を飲みながら感慨深げにウェッソンは言った。

「うん。あと半分、頑張って返してね♪」

 その驚愕の事実をウェッソンは、今初めて知った。
「ぶっ! 何!? まだ半分残っているのか!?」
 思わず紅茶を吹き出す。慌てて口を拭うウェッソンを尻目にテムズは淡々と話す。
「そうよ、ツケは宿代のほかに、あれと……これと……それと……ついでに例の件も……
 それから(あんたが原因の)店の修理費とか、まだまだ沢山あるのよね〜」
 指を折りつつ、つもりつもった借金を計算する彼女。
「あと……これでもまだ半分か……」
「まぁまぁ、とにかく今日はお疲れ様」
 そして彼女は自分の部屋に戻ろうとした、が、振り返ってもう一言。
「そうそう、一応言っとくけど。ツケを全部払ったからって、勝手に出て行っちゃうなんてダメよ」
 そう言いながら、店の奥に消えて言った。


「?」「?」
 ウェッソンとサリーは顔を見合わせる。
「どういうことでしょう?」
 二人は分からなかった。
「まあ、行く当ても特に無いし、そうして貰えればありがたいが」
「そういえばここから出て行くことなんて、考えたことも無かったですねぇ」



 部屋に戻ったテムズが窓を見ると、西の空が見事な夕焼けに染まっていた。
 その景色を見る者は、往々にして心に哀愁を抱く。
 日々の暮らしの中で、考えもしないことが、出てくることもある。
 彼女は静かに扉を閉めた。

「わかってるわ……お金より大事なもの、沢山有るってこと」
 ベットに横になる彼女。西日が眩しい。夕日によって部屋は紅く染まっていた。
「あんた達がいる。当たり前のことなのかな」
 茜色の天井を見上げながら一人つぶやく。
「やっぱり……ご飯はみんなで食べたいから……」
 それは、サリーに言えなかった、美味しい料理の最後の条件。
 沈んでいく陽の光によって変わりゆく街の景色を、彼女はじっと眺めていた。



  変わるのは人もまた、同じ。
  いつまでも、なんてあるわけもない。
  それを、彼らは気づいているのか。
  気づいているのに知らない振りなのか。
  忙しい日々の中で、ふとそう思うことがある。
  しかし、立ち止まって考える暇など無い。
  そんなこと、したくもない。



「そろそろお店を開けなくちゃ」


 茜空も漆黒の闇へと変わっていた。
 それでも、変わらない毎日は今日もただ過ぎていくのみである。
 まるで、この“時”が永遠に続くかのように。

 ただ……過ぎていくのみである。


おしまい

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