The another adventure of FRONTIERPUB 4

Contributor/影冥さん
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ウェッソン・ブラウニングのけじめ――銃の重み――

 ウェッソンが銃の分解整備をしていると、テムズが近づいてきた。銃の部品を手に取り、物珍しそうに眺める。
「どうかしたか?」
 ウェッソンは手を休めて訊いた。組み立てるためにはテムズの手の中にある部品が必要だ。
「どんな仕組みなのかなと思って」
 テムズは部品をテーブルに置いた。その部品を手に取り、ウェッソンは作業を再開する。
「知ってどうなるわけでもないだろう?」
「まあね」
 そう答えながらもテムズは眺めたままだったが、ウェッソンは気にせずに銃を手早く組み立てた。手についた油を布でぬぐう。
「どれくらいの付き合いなの?」
「何がだ?」
 撃鉄を起こして引き金を絞る。弾は入っていないので撃鉄が落ちる音だけだ。
「まあ、こんなものか」
「わかるの?」
 弾を込めようと思っていた手を止めてウェッソンはテムズを見た。ウェッソンを見つめている。
「一体なにを聞いているんだ?」
「それ」
 テムズが銃を指差した。
「…銃だな」
 ウェッソンは手の中の相棒を改めて見た。すまし顔の嫌な奴。誰が言った言葉だったろう? 誰かはこの鉄の塊の相棒をそう呼んだ。
「だから、その銃との付き合いはいつごろからなのって聞いてるの。あんた、起きてる?」
「付き合いか…いつだったかな」
 少なくとも大戦の中では一緒だった。銃身が歪むたびに何度も直してもらった記憶がある。
「なにそれ。ま、いいわ。許してあげる」
 テムズがウェッソンの言葉から何かを感じ取ったらしく特に追求することもなく諦めた。ウェッソンも自身に対して追求するつもりはなかったので気にしなかった。
銃に弾をゆっくりと時間をかけて込める。次に顔をあげたときにはテムズは目の前にいなかった。洗い物でもしているのだろうといい加減な判断を下して立ち上がる。
 銃を腰のホルスターに収めて、散歩でもしようと店の入り口に向かうと、先に一人の男が入ってきた。
「いらっしゃい」
 無意識の内にいつでも飛び退ける体勢になりながら言った。頭より先に体が反応する。こいつは無法者だ。油断すると死ぬぜ。
 男はごく自然に店内に入ってきた。なぜか手には荒縄。その先は外に向かっていた。馬にでもつながっているのかもな。ウェッソンはそう思った。
 ウェッソンは相手に敵意がないと判断して振り向いた。奥にいるテムズに来客を教えなければならない。
「ウェッソン・ブラウニングはどこだ?」
 ウェッソンが奥に声をかけるよりも早く男が口を開いた。ウェッソンがまた男のほうを向く。
「さぁ?」
 ウェッソンはとりあえず嘘をついた。どこだだって? 本人を目の前に言う言葉じゃあないな。
 男は無言で荒縄を引いた。自然とその先――サリーが店の中に入ってくる。
「ウェッソン助けて〜」
 サリーがあっさりと言った。男はサリーを見、それからゆっくりとウェッソンを見る。
「O.K. 俺がウェッソン・ブラウニングらしい。で、用件は何だ?」
 ウェッソンは溜息を一つついて宣言した。手は自然に腰にある。
「俺と勝負をしろ」
 男はただそれだけを言った。敵意や害意といったものはない。
「何故?」
「俺は死神を殺すためにここに来た」
 死神。大戦中に一時呼ばれた名だ。大して嬉しい呼び名ではなかったが。
「俺は生きるために戦っていた。死にたがりの奴らに死を運んでやるためじゃない」
「そんなことはどうでもいいことだ。俺は最強を証明するためにここにいる」
 ウェッソンは納得した。よくいる人種じゃないか。大抵の人間には無関係な人種だ。
「まずはサリーを放せ。やるかどうかはそれからだ」
「だめだ」
「逃げたりはしない」
 男は首を横に振った。信用されていないのとは別の理由だとウェッソンは思った。
「では、何故だ?」
「お前は生きるために戦っていたと言った。それならば本当に強いのは守る者がいる時のはずだ」
 頭の回転は遅くない、とウェッソンは思った。だが、おそらくは硬い。次に言う言葉は――
「俺が勝ったらこの女を殺す」
 予想通りだった。そうしてこういったやつらは実際に実行する。
「わかった。…外にでろ」
 男は黙って外に出た。もちろんサリーつきだ。
「テムズ! 決闘に行って来る!」
 ウェッソンは声をかけてから外にでた。ウサギが笑っているような気がしたがおそらくは気のせいだろう。
 三人はしばらく歩いた。やがて廃工場に行き着く。
「入り口はここだけだ。この中で降参するか動けなくなるまで戦う。どうだ?」
「いいだろう」
「サリーは外につないで置いてくれ。流れ弾が当たると困る」
 男は黙って従った。
「ウェッソン…勝つよね?」
 ウェッソンは黙ってサリーの頭に手を置いた。微笑みかけてやってから廃工場の中に入る。男もついてきた。

「このコインが落ちたら勝負開始だ。落ちる前に動いても負けだ。異存はないな?」
 男はまたも黙って頷いた。精神を研ぎ澄ませているのだろう。
 コインがあがった。放物線を描いて――落ちる。
 先に動いたのは男だった。すばやい動きで物陰に跳ぶ。
 それに対しウェッソンは動かなかった。手を腰まで持ってきて、目で相手の動きを追う。それだけだ。
 男が物陰から半身を出して撃った――いや、撃とうとした時には手に銃はなかった。一瞬遅れて銃声が聞こえ、さらに遅れて自分の銃が床に落ちた音を聞く。
「な――」
 次の一瞬には肩を撃ち抜かれていた。衝撃に体が宙に浮く。
「終わりだ」
 男の一瞬飛んだ意識が次に戻った時にはウェッソンの姿と銃口が目の前にあった。観念して目を閉じる。だが、次の一撃は来ない。
「何故殺さない」
 目を開いた男が見たのはウェッソンの背中だった。背中越しにウェッソンが答える。
「お前の命と銃の重みは釣り合わない。それだけだ」
「…殺す価値もないということか」
「二十年――」
「?」
「二十年経っても銃の重みの意味がわからなかったらまた来い。その時は――」
 男は一瞬振り返ったウェッソンの目に恐怖した。
「殺してやる」
 そこには死神がいた。

 荒縄で縛られたサリーを引きずったウェッソンがパブに帰ってきたのはそれから二時間後のことだった。
 突然謎の言葉と共に失踪したウェッソンにテムズの怒りの鉄拳が炸裂したのはさらに三秒後のことだ。空を舞ったウェッソンが、死神を見たと語ったのはまた別の話。

END

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